日本裁判官ネットワークブログ
日本裁判官ネットワークのブログです。
ホームページhttp://www.j-j-n.com/も御覧下さい。
 



このブログは、日本裁判官ネットワークという司法改革について発言する現職裁判官メンバーと、元裁判官サポーターによる共同執筆です。投稿は各個人の見解であり、日本裁判官ネットワークという団体の公式見解などではありません。メンバーもサポーターも、種々多忙なため、なかなかうまく更新できませんが、どうか長い目で見てください。今後ともよろしくお願いします。



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gooブログの仕様変更により、広告が表示されるようになりました。ブログ記事の内容との関連性から、弁護士事務所の広告等が表示されるようです。申すまでも無いと思いますが、これは日本裁判官ネットワークとして選定した広告が掲載されているわけではありません。広告に表示された法律事務所を当ネットワークが推奨しているなどと言うことはありません。どうぞご理解ください。



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新年あけましておめでとうございます。今年も日本裁判官ネットワークをよろしくお願いします。

サッカーの天皇杯決勝は,12月に既に行われ,浦和レッズが優勝を決めています。今年は毎年のような興奮,特に昨年のひいきのセレッソ大阪の優勝のような興奮がないので,何となく物足りない正月です。でも今年は,いよいよここ1~2年で動き出してきた民事訴訟のIT化の試行が始まりそうです。まずeコートからのようです。ウエブ会議などで弁論準備が行われることになるでしょう。未来の民事訴訟の形が見え始めます。楽しみですね。法曹の知恵の出し合いも大事です。

日本裁判官ネットワークも,民事訴訟のIT化に負けずに,今年は何か新しいことができないかと思っています。



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恒例の司法十大ニュースです。今年の特徴は,①第1位が3つあること,②刑事の再審
事件が10位以内に3つもはいったことでしょうか感想があったらよろしくお願いします。

平成30年(2018年)司法十大ニュース

第1位 松橋(まつばせ)事件(昭和60年発生の殺人事件)について,再審開始決定
確定。検察は有罪立証放棄の方針。(10月,12月)
第1位 日産ゴーン会長逮捕・勾留。身柄拘束期間等で議論が生じる。(11月)
第1位 最高裁が,岡口基一東京高裁判事に,ツイッター投稿を理由に戒告の決定(3
月の東京高裁長官の書面による厳重注意に続くもの)。(10月)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第4位 オウム事件の13人の死刑囚の死刑執行。(7月)
第5位 大津地裁,日野町事件(昭和59年発生の強盗殺人事件で無期懲役が確定し,
服役中に病死)の第2次再審請求事件で再審開始決定。検察官は即時抗告。(7月)
第6位 司法取引開始。(6月)
第7位 裁判所でも,障がい者雇用の水増しが発覚。実態は399人超で,法定雇用率
2.3%を下回る結果に。(2.58%→0.97%)。(8月,9月)
第8位 東京高裁が,安保法訴訟で,自衛官が争う利益を認めて,破棄差戻しの判決。
(2月)
第9位 法科大学院定員を国が管理へ。届出制から認可制へ。5年の法曹コースも新設
へ(来年の通常国会に法律改正案提出予定)。(11月)
第10位 福岡高裁宮崎支部が,大崎事件(昭和54年発生の殺人事件)の第3次再審請
求の第1審再審開始決定を支持(ただし,地裁決定が認めた供述心理学鑑定には,合理
的な根拠は示されていないとして,明白性を認めなかった。)。(3月)
第10位 伊方原発の運転差止仮処分申立てに関し,広島高裁で仮処分異議申立てを認め
,差止めを認めた原決定を取り消し,仮処分申立てを却下の決定。大分地裁でも,仮処
分申立てを却下の決定。(9月)

番外
第12位 最高裁,同一労働同一賃金関係で,定年後再雇用労働者と非正規労働者につい
て,2つの判決(待遇の差が不合理か否かについて)。(6月)
第13位 大阪高裁,地裁,簡裁が裁判所来庁者に所持品検査開始。そのほか今年は,仙
台,横浜,名古屋,神戸,広島など各地に所持品検査が広まる。(1月)
第13位 韓国大法院が,元徴用工の日本企業への損害賠償請求を認容した控訴審判決を
支持し,上告を棄却。(10月)



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以前、離島に勤務していた頃、体験ダイビングをしたことがあります。
海はきれいだし、シュノーケリングはしたことがあったので、スキューバダイビングも楽しいだろうと思ったのですが、私はダメでした。
耳抜きが上手にできないし、何よりも「怖い」のです。
口に加えたレギュレーターが外れたらどうしようとか、ゴーグルがずれたらどうしようとか、とにかく海の底で何かトラブルが生じたら、どうにもならないし、下手をしたら死んでしまうんじゃないかと不安でしょうがないわけです。
スイムスーツもなんか窮屈だし、とにかく心配事が多くてダメでした。
海の底はテレビで観るのと同じで、しかも色彩豊かで、いろんなお魚とかサンゴとか、イソギンチャクとかがいて綺麗なのですが、あまり楽しめませんでした。
なんか息苦しくて、一緒にいたインストラクターに、上がりたいとサインをして、海面に上がると、インストラクターの方から「白山さん、息が吐けていませんよ、もっと息を吐いてください」と言われました。
私にとっては全く予想もしていなかったことで、「いや、息は吐いていますけど」と言うと、インストラクターの方は笑いながら、「いやいや、泡の量が少なすぎますよ」と言います。海の中では、吐いた息は泡になって出て行くので、インストラクターの方は、目で見てその量を把握するわけです。
「息を吐けないと吸えないですよ」
つまり、私は水中で息が吸えなくなる恐怖のあまり、息を吸ってばかりいたわけです。肺の大きさは決まっているわけで、吸ってばかりだと肺の中はいっぱいになって、息苦しくなるばかりなのです。当たり前といえば、当たり前なのですが、言われて初めて気がつきました。そのあとは少しコツを覚えて、呼吸は楽になり、怖さも多少マシになりました。
 
訴訟や調停でくる当事者の方も、こうした息を吸ってばかりの人がいらっしゃるように感じることがあります。
つまり、裁判所という非日常的な空間での恐怖感というか、紛争において不利な取り扱いを受けるじゃないかという恐れからか、心の中がいろんなことでいっぱいで、喋ってばかりなのです。
そういう人については、とにかく心の中で思っていることをできるだけ外に出してもらう必要があります。そうしないと、こちらの言葉が心の中に入っていかないわけです。心の中にある自分の言葉を外に出して、私たちの語る言葉を入れるスペースを心の中に作ってもらう必要があるように思います。
「言葉は外に出さないと、内に入らない」わけです。
というわけで、私は、訴訟や調停でくる当事者の方の話は、10分から15分は遮らずに黙って聞いて、まず、息を吐いてもらうように努めています。
上手に息を吐くように、自分の考えや気持ちを話してもらった後に、新鮮な空気を肺に送るように、こちらのお話を聞いてもらうことができれば、少しは解決の道筋も見えてこないかなぁと思うのですが、どうでしょうか。


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映画「泣き虫しょったんの奇跡」(監督;豊田利晃、主演;松田龍平)を観てきました。
プロ棋士への登竜門である奨励会に入ったものの、26歳の誕生日までに4段に昇格できなければ、自動的に退会となり、プロへの道は絶たれるという厳しい掟に阻まれ、いったんプロ棋士への道を諦めた主人公のしょったんが、周りの様々な人たちの応援を得て、アマ名人から再びプロ棋士に挑戦するという物語です。
法律に携わる仕事をしている私も、プロ棋士になれなかったわけで、複雑な気持ちでこの映画を観ました。
しょったんが奨励会でメキメキと実力をつけていく過程で、「感想戦」というのがあって、とても興味深く観ました。感想戦というのは、将棋好きの人ならすぐにわかると思うのですが、勝負のついた後で、自分たちの打った手を再現して、どこで勝敗が分かれたかをそれぞれが分析し合うというものです。周りを巻き込んで、ワイワイとやるのですが、それによって自分の手を客観的に眺めることができて、敗因がつかめたり、勝った方も思わぬ幸運で勝ちを拾ったことがわかったり、お互いにとって実益が大いにあるようです。
これは、私たちの仕事にも大いに参考になるように思いました。
判決が確定した後、お互いの主張と立証を分析して、どこが勝敗の分かれ目であったのか、いろんな人の意見を聞いてみると、実力が上がるのではないか・・・。
と言っても、判決を言い渡した後、当事者に感想を求めるわけにはいきません。そうなると確定した事件記録だけが頼りです。事件記録を分析して、棋譜ならぬ口頭弁論調書に基づいて、主張と立証を再現し、どの時点で勝敗が別れたのか、この時点で何を釈明すべきだったのか、裁判官の心証が決まったのはどの時点で、どの証拠が決定的だったのか、そうしたことを分析し合うというのはどうでしょう。当事者を巻き込むわけにはいかないので、裁判官どうしで感想を述べ合うということができればいいなぁと思っています。
ただ、和解の場合には、成立直後であれば当事者代理人に感想を求めることができるので、私の方で勝手に「感想戦」を行うようにしています。
曰く「代理人、結局、和解に至ったのは、どういう点が大きかったのでしょうか・・・・。今後の参考にしたいので、ちょっとだけ教えてもらえませんか?」
そこで、自分の心証が受け入れられていればよし、そうでなければ、たとえ和解が成立したとしても、大いには反省する必要があります。
もしかして
「いやぁ、裁判官が頼りにならないので、もう代理人どうしで話し合ってまとめてしまいましたぁ!」
なんてことがないよう、和解「名人」を目指してしっかり頑張りたいと思います。
 
追記
羽生九段が、竜王のタイトルを奪われ、27年ぶりに無冠となってしまいました。前人未到の100タイトルか、ついに無冠の一戦だったようですが、ちょっと残念です。


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通俗道徳とは、「勤勉に働き、倹約に努め、努力するものは成功する」といった、ごく普通の人々が「良いおこない」として考えてきた道徳観念をいうようです(松沢祐作著「行きづらい明治社会」岩波ジュニア新書。同「分断社会・日本」岩波ブックレット)。
私は、大学生の頃、憲法のゼミで「平等な社会とは、努力した人が報われる社会である」という論陣を張って、あれこれと議論をしたことがあり、こうした考え方の信者であったわけですが、最近、自分の考えは端的に「通俗道徳」と概念づけられていて、この観念が実は、社会に分断を招き、世の中を生きづらくしているという考え方を知り、なるほど、そうか、そういうことだったのかと大変、驚かされました。
私も学生の頃は、前途洋々、自分の可能性を信じていて、一生懸命に努力すれば夢は叶うし、だからこそ、自分は頑張るんだ、やればできるはずだと思っていました。
ところが、歳を重ねるにつれ、人生や世の中というものは、そう簡単なものでないということに次第に気がつきました。
通俗道徳を信じると、どうなるか。人の努力は外からこれを測ることができないため、世の中の多くの人は、結果からしか「努力」の量を測ることができません。成功した人は自分の成果は自分の努力の結果であるということで自分の成功を正当化することができます。しかし、失敗した人は、結局、努力が足らなかった、勤勉、倹約、努力という通俗道徳に沿った生き方をしていないという、ステグマを背負うことになります。
社会における成功の総量が決まっている以上、努力したからといって必ず成功するとは限りません。努力は成功の一つの要素に過ぎず、それ以外の外部的要因、例えば親の財力、環境、幸運など様々な要因があるのに、通俗道徳はそうした外部要因には一切、目を向けず、ひたすら内的要因のみを取り上げ、人々に判定を強いるわけです。そして、敗者が外部要因に原因を求めると、その途端に甘えているとか、根性がない、言い訳がましいという言葉が投げつけられ、世の多くの人たちは勝者のいう「努力」を受け入れ、羨望するわけです。
経済的に成功しなかった人の多くは、通俗道徳によれば、努力が足らない、つまりは自己責任であると一方的に断罪され、成功した人は、自己の努力のみが成功要因であったかのように誇り、それ以外の人を自己責任であると非難する。そうすると、もう、失敗した人は、もう救われることがないわけで、そうした観念が社会における、温かい連帯を阻害し、不安と競争を人々に強いているというわけです。
勤勉や努力は尊いし、成功の一つの要因であることは疑いありません。成功した人は通俗道徳に沿っていたことはそうなのでしょう。しかし、失敗した人が、勤勉ではなかった、努力をしなかったとどうして言い切れるのか。 
ところで、裁判所は、どちらかというと競争に敗れた人や不安が的中した人がたくさん来られるように思います。
例えば、民事の法廷。
事業資金の融資を受けたものの、うまくいかなくなって返済が滞り、金融機関から訴えられる人たち。
社長である夫、その妻が連帯保証人になっていて、第1回口頭弁論期日で夫婦揃って法廷でうなだれています。僅かな額の分割弁済を申し出ても、毎月の利息にも満たず、支払いを命じる判決を受けることになります。
例えば、刑事の勾留質問。
万引で逮捕され、連れてこられても、自分を責め、被疑者国選弁護人の説明に耳を傾けない老人。懸命に制度の趣旨を説明することになります。
私はこうした手続が終わると、なんともいえない虚脱感に襲われてしまうのです。
(お恥ずかしい話ですが、かくいう私がずっと憧れていて、結局なれなかったのは、社会的弱者を法律の力で守るため、悪戦苦闘する社会派ドラマの主人公のような弁護士さんだったのです。)


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私は、とある地方都市で単身赴任中なのですが、最近、古い友人が幹部職員として当庁に赴任してきて、時折、飲みに行くようになりました。お互い単身赴任どうしでですが職種も違い、こんなところで再会するとは思いもよらなかったのですが、古い友人とは有難いもので、色々と情報交換をしたり、気兼ねなく仕事の悩みを打ち明けることができ、助かっています。
 
実は、最近、いろいろとうまく行かないことがあって悩んでいたのですが、友人の次の言葉にハッとさせられました。
「首をすくめて、言われたことだけやって、ただ時間が過ぎるのを待つだけのような仕事はするなよ。うちにはそんな人も多いけど、そんなつまらんことはやめようぜ。」
「せっかく裁判官になったからには、君にしかできんこともあるやろ。少しでもいい裁判所にしていこうや。」
私は、笑いながらも内心ではドキッとしていました。
 
また、職責上、彼は、私の担当した事件記録を目にすることがあるのですが、こんな話も出ました。
「君、いい判決、書いてるよねぇ」(なんで、そんなに上から目線?)
「いやいや、ちゃんと主張・争点の整理書面なんかも作って、丁寧な仕事してるやん」(ほぉ、分かってるねぇ)
「代理人弁護士にも、きちんと理解を求めてね」(ウンウン、苦労しているよ)
彼が私にお世辞を言うような立場ではないし、そんな関係でもないので、そんな褒めても今日の飲み代は割り勘だからなと釘を刺したのですが、そんなことを面と向かって言ってくれる人はいなかったので、内心では本当に嬉しくて私はちょっと泣きそうでした。
 
先日も、二人で飲んでいて
「あんた、なかなかいい裁判をしてるねぇ。ホワイトボードにあれこれ書いて、事故状況を整理したり、争点を箇条書きにしたり、頑張ってるよねぇ」と言うので、私は驚いて「お前、なんで、知ってるの?」と尋ねました。確かに、私はその日、3件続いた弁論準備手続期日で、ホワイトボードを使って双方代理人に、裁判所が理解している物損交通事故の事故状況や、信号サイクルの関係、重要な間接事実なんかを説明していたのでした。しかし、それをどうして彼が知っているのか?
「実は今日、法廷警備があってちょっと時間があったから、ラウンドテーブル法廷の入り口の小窓からみてたよ」と言うのです。
「覗きとは悪趣味やな」(笑)「ちゃんと自分の仕事もしろよ」と混ぜ返したのですが、これも私は内心、小躍りするほど嬉しくて、照れ隠しで彼の空になったグラスにビールを継ぎ足したのでした。
続けて彼は「まあ、ちょっと早口やったけどなぁ」と言うので、私は「いや、さすが管理職員やな。持ち上げて少し落とす、偉くなると人扱いも違うねぇ。」と言ってやりました。
いろいろと難しいことやうまくいかないことがあっても、自分のことをわかってくれる友人がいて、時にはお互い、バカな話もするけど、さりげなく誉めたり励ましたり・・・。
 
俺、もうちょっと頑張るからな!


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 以前,日本裁判官ネットワークで司法のIT化のシンポジウムをした時にお話をしていただいた大窪弁護士が,IT化について発言されていま

すので紹介します。

https://note.mu/okuboka/n/n581f7c45d480?fbclid=IwAR3Zvm4ChdNE2tqe8NLTODHYJEfCJfOvRCVR8wpPeYBG1hUhtHhX68jmJwQ



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夏季休暇で単身赴任先から帰省しています。
昨日は、午前中に、話題になっている映画「カメラを止めるな!」を娘と見た後、腕時計やらカバンやらを修理に出し、財布を新調したりして、急いで家に帰って高校野球準々決勝「近江対金足農」の奇跡のサヨナラツーランスクイズをリアルタイムで観て、興奮冷めやらぬなか、テレビをそのままにしていると「ひとモノガタリ:それでも彼らが戦うワケ−京大・タテカン攻防の若者たち」(NHK)というドキュメンタリー番組が流れてきました。
私は、京大の出身ではなく、何十年か前の夏の暑いなか、冷房もない同大学の大講義室で、半ば気を失いそうになりながら、旧司法試験の論文試験を受けた思い出があるだけなのですが、京大のタテカン(立看板)はセンスの良いものが多く、印象に残っています。
高校生の頃、京大生の豊かな個性と自由な学風に憧れていました。しかし、残念ながら到底、学力及ばず、憧れのままでした。ただ、自分が通うことになった大学では、京大出身の若い先生のゼミに入れてもらうことができました。期待に違わぬ自由な雰囲気で、毎週のゼミは教授の研究室で行われ、誰もが自由に発言をすることができました。ゼミは本当に楽しくて、中学・高校の窮屈な授業とは雲泥の差で、私は苦労して大学に入った甲斐があったと喜びを噛み締めていました。
番組は京大周辺に学生が設置した立看板(タテカン)が京都市の景観条例に反しているということで、文書による指導を受けた大学当局が撤去に乗り出し、これに反発する学生たちの思いや声を取り上げたドキュメンタリーでしたが、学生にも相応の主張があり、興味深く観ました。
大学当局からの処分を恐れつつも、タテカンの規制に納得できない学生の抵抗やジレンマ、タテカンならぬ「Tシャツ」を洗濯物として吊るすことで規制をかい潜り、坂本龍馬風に「いま一度、京大を洗濯したく候」と主張する落研の学生に共感を覚えました。自分としては、間違ったことを言っているわけではないと思いながらも、大学当局からの処分を恐れ、夜中にこっそりとそうした掲示をする自分に矛盾を感じていると独白する彼は、まさに「表現の自由」の萎縮効果を体現しているように感じられました。また、番組で取り上げられていた、様々な学生の不器用だけども真摯な悩みに、若者らしさを感じました(大学当局と学生のいずれの肩を持つわけではありません。念のために申し添えておきます。)。
学生のクセに生意気だとか、明らかに違法なのに甘えているとかいう声もあるようですが、条例や法律に形式的に反することが直ちに「違法」であるという考え(形式的違法論)には多少の躊躇を感じます。
条例や法律がいくら多数決原理の民主主義に基づいて制定されたものであっても、憲法で保障された人権を無制限に制約することはできないからです。むしろ、憲法は、多数決によっても奪うことのできない人の権利を、あるいは多数決によって容易に奪われてしまうかもしれない人の権利を「人権」として列挙しているように思えます。
私のいたゼミでは、1年をかけて「表現の自由」を学んだのですが、その時、教授が問題にしていたのは「ある人にとって表現の自由を制約していると思われるような法規があり、その適用によって現に表現の自由が制約された場合、その人はどうやってその制約が憲法違反であることを主張し、制約を免れることができるのか」ということでした。私は、そうしたことがどうして問題になるのか、学生時代にはピンとこなかったのですが、いまは、様々な場面で、その時の教授の問いかけを思い出すことがあります。しかし、答えはやっぱりわかりません。番組の中で紹介された学生たちは、それぞれ、この問いかけに身をもって答えようとしていると感じました。
法律で決まったことが全て100パーセント正しいわけではないし、絶対というわけでもない。世の中の常識を疑い、人類や社会を発展させる真理を探求する。そういうことをする人が「大学生」や「研究者」であり、そのための場所が、高等教育機関としての「大学」であって、街の人たちもそのことに敬意を払い、応援してきて、それが伝統としてしっかりと根付いているのが京都という街の一つの魅力なのではないのかなぁと思った次第です。
私にとっては、あのタテカンの並ぶ百万遍の界隈は、京大の自由な学風を象徴する、京都の街の一つの風景のように感じられます。他方、条例によって保護される景観というのは、どんな景観なのでしょう。
「カメラを止めるな!」に始まって、「近江対金足農」、「京大のタテカン」と続き、感動と興奮、そして「表現の自由」に思いを馳せる、めまぐるしい1日でした。
(実は、その後、さらにEテレで「自由はこうして奪われたー10万人の記録でたどる治安維持法の軌跡」という番組も観て、さらに色々と考えさせられ、目が冴えてしまっているのでした。)


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言葉は武器だと思います。「ペンは剣より強し」という諺もありますが、言葉は時に鋭利な刃物と同じものになりえます。
ですから、私は毎朝、出勤前に通りかかる神社で心の中でこう言って、手を合わせます。
「どうか、私の言葉で当事者が争いを止め、お互いに譲り合って解決ができますように。どうか、私の言葉が当事者に届き、理解と納得が得られますように。どうか、私の不用意な言葉で、当事者が傷つきませんように。」
古来からわが国では、「言霊」といって「言葉」に格別の力を認めてきました。
私にとっての武器は「言葉」しかありません。「言葉」を使うしかありません。
言葉は人を傷つけることもありますが、多くは人を勇気づけ、励ますものです。人の心に寄り添う「言葉」は何にも増して尊いものだと思います。ある言葉に救われたという人は少なくないでしょう。言わなくてもわかるというのは、自分の勝手な理屈であって、多くの人は言わなければわからないし、言ってもわからない人も残念ながらおられます。夫婦でさえ、言わないとわからないことが多いのです(これは、母に何度も言われたことです!)。
無用な軋轢を避けるため、慎重に言葉を選び最小限のことしか話さないという処世の仕方もあるようです。当事者に言いたことは全部、書面で出してもらって、必要最小限度のことしか話さず、できるだけ無表情で、最後の判決も定型的な、使いこなれた表現を使い、そつなくまとめる。そういう人もいます。
しかし、私は、危険を覚悟して、幾千幾万の言葉の中から自分が選び取った「言葉」を使います。誤解されるかもしれないし、言い過ぎることもあるかもしれません。しかし、私は「言葉」の力を信じています(言霊だ!)。黙っていることは私にはできないのです。ただ、言葉を使う以上、また、言葉に力を持たせるためには、さまざまなことを学び続ける必要があります。言葉を使う以上、責任が伴うのです。
言葉は包丁と同じです。料理をするからには包丁を使わざるを得ません。時々、間違って指を切って血が出たとしても、金輪際、包丁を使わないということがないように、言葉を使うことによって、人が傷ついたとしても、言葉を使わないでおこうとは思いません。人は言葉で傷つきもしますが、同時に言葉によって救われることも多いのです。時に意図せずとも人を傷つけてしまい、そしてまた自分も傷つき、人は「言葉」の使い方を学んでいくのだと思います。
ネット上にはひどい言葉が溢れています。しかし、中には、ハッとする、宝石のような言葉がある。また、毎日のように、誰がなんと言った、それに対して誰がどう言った、言わなかった、傷ついた、傷つけられたという報道が溢れていいます。
力ではなく、言葉によって、紛争を解決する仕組みである裁判に携わることができるのは、私にとっては、何者にも代えがたい、やり甲斐であり、誇りでもあります。私は、自分の言葉を使うために、この職にある限り、ずっと学び続けるつもりです。
どうか、この社会で暮らす皆が「言葉」の効用を再確認し、「言葉」のより良い使い方を実際に学び続けることができますように。


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連日の猛暑で、昼間は外に出ること自体、相当な覚悟が必要になっています。
こういう時は、ネット配信の映画レンタルがとても便利で、休暇中の昼間はエアコンの効いたワンルームマンションの一室で、電気も消して、映画鑑賞をしています。
最近、「否定と肯定」(ミック・ジャクソン監督、2016年、米国・英国合作)という、ユダヤ人虐殺(ホロコースト)の歴史的事実をめぐるイギリスでの名誉毀損の裁判を題材にした映画を見たのですが、とても興味深く、色々と考えさせられるところがありました。
ホロコーストの事実を否定する論文を発表した原告が、ホロコースト研究を専門とする被告の大学教授の著書の中で名誉を傷つけられたとして、出版社と教授を相手に損害賠償請求の裁判を起こすことから物語が始まります。
イギリス特有の裁判制度や弁護団と被告とされた大学教授との間の弁護方針をめぐる葛藤、ホロコーストというセンシティブな歴史的事実に対する様々な人たちの微妙な空気、そうしたものが合間にうまく挟み込まれていて、とてもスリリングで引き込まれます。
ホロコーストを長年にわたって研究し業績を積み上げてきた大学教授の苛立ちは画面を通じて、見ているこちらが息苦しくなるほど切実に迫ってきますし、これを否定する自称歴史家の自家撞着の理論や差別意識にどうしようもない無力感を感じます。
しかし、優位に裁判を進めていたと思っていた被告である大学教授や代理人弁護士は、法廷での裁判官のある一言に凍りつきます。
ミステリーとは一味違う法廷ドラマです。
興味のある方は、是非、ご覧ください。お薦めです。
それにしても、こうした訴訟、被告が勝訴しても、なぜか徒労感が先立ち、純粋に喜べないのはどうしてなのでしょうか。
また、映画で観る原告のようなタイプの人物は確かにいて、時折、私も法廷でお会いすることがあります。
そのような場合、私が、特に心がけていることは次の2点です。
一つは、主張は、相手型への誹謗・中傷に渡らない限り、遮らずにすべて述べてもらう(それが裁判の本質的要請であるから)。
もう一つは、裁判が証拠に基づいて行われることをくどいぐらい説明し、そうした主張についての証拠の提出を求める(証拠に基づく裁判こそが近代裁判の原則だから)。
裁判で争われる事実は、過去に起こった歴史的事実であって、そうした事実の有無を確認する作業は、ある意味、歴史家のそれと同じようなところがありますが、異なるのは、歴史家のそれは参照資料や検討方法に制約がないのに対し、裁判官のそれは、あくまでも法廷で取り調べられた一定の証拠に基づき、合理的に見て一般通常人が確からしいと思えるほどのものかどうかという点から判断するということになるのでしょうか。
避暑地でバカンスを楽しむほどのゆとりのない私にとって、一番の熱中症対策は、日中、エアコンの効いた部屋で、レンタルビデオとか高校野球の実況に熱中することです。


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毎日、暑い日が続きますが、私は涼を求めて図書館によく行きます。
先日、面白い本を見つけましたので、ご紹介します。丁海玉(チョン・ヘイオク)著「法廷通訳人」(出版’;港の人)です。
最初、法廷通訳人というタイトルに惹かれたのですが、著者にもどこかで見た記憶があって、手に取りました。
著者の略歴を見て、あぁ、やっぱりと納得しました。
私が刑事部の書記官をしていた頃、よく通訳をお願いした方でした。とても優秀で、丁寧な思慮深い方でした。要通訳事件が部に配てんされると、担当の書記官が通訳人名簿の中から通訳をお願いする人を選んで、アポをとるのですが、どうしても丁さんのような方を選びがちで、私はよく彼女に電話をして、引き受けてもらえるとホッとしたものでした。
「法廷通訳人」には、そうした外国人事件の刑事法廷の様子が活き活きと描かれていて、私は書記官だった頃を思い出し、私の横で通訳人されていた丁さんがどのような思いで仕事をされていたのか、今になって詳しく知ることができました。
法廷では、裁判官や被告人、検察官、弁護人といった人たちが主役であり、書記官や速記官、通訳人はどちらかという黒子のような存在なのですが、そうした法廷では物言わぬ黒子たちにも様々な思いや感情があり、私は、丁さんの誠実な仕事ぶりをみて、どこかでシンパシーを感じていました。本書を読んで、ますますその思いを強くしました。通訳人である丁さんの言葉に対するこだわりや鋭敏な感覚が、本書の随所に現れていて、驚かされます。また、刑事裁判実務についても、おそらく監修の弁護士の助言によるものだと思われますが、わかりやすい注釈が加えられています。是非、多くの人に手にとって貰えればと思います。
そういえば、私が簡易裁判所判事になった後、勾留質問の際に丁さんを通訳人として選任したことがあります。勾留質問室に向かう廊下でお会いした姿は以前とお変わりなく、理知的な瞳がとても印象的で、私は思わず「書記官の頃、お世話になりました。お久しぶりです」と挨拶をしたのですが、丁さんも私のことを覚えておられたようで「はい。裁判官になられたのですね。また、よろしくお願いします」と言ってくださいました。
私は、書記官だった頃と同じように安心して、彼女の通訳で無事に勾留質問を終えることができたのでした。
 
ただ、国際化が進み、外国人犯罪が増えるに従って、さまざまな通訳人が裁判所に来るようになり、なかにはちょっとびっくりするような人もおられます。
中国人のオーバーステイ事件の勾留請求があったのですが、その勾留質問に立ち会う通訳人は長時間待たされたせいか、明らかに機嫌が悪く、書記官室になんどもきて、いつになったら勾留質問がはじまるのか、こんな事件はすぐに始められるはずなのに裁判官は何をぐずぐずしているのかと言ったことを窓口で盛んに言っていたようでした。
人定質問、権利告知、被疑事実の説明などの通訳もとても早口で、ぶっきらぼうでした。
「今、読み上げた事実のうち、どこか間違っているところや、言いたいことはありますか?」と通訳を介して尋ねると、被疑者はひと言「没有(メイヨー)」。
直後、通訳人は私に向かって、顎をしゃくって怒鳴るように「ないよー」と通訳したのです。
それを聞いた私と書記官はぎょっとしてお互いに顔を見合わせました。
勾留質問調書の被疑者の弁解としては「事実はそのとおり間違いありません。」と記載したものに署名・押印してもらい、通訳人が退席した後、私と書記官はため息をついて
「裁判官に向かって、『ないよー』はないよなぁ」「ふつうは、『ありません』って訳すでしょう」「長時間待たされて機嫌が悪いようだったけど、あの通訳では困りますね」「メイヨー、ないよーで韻は踏んでるけどね」
と苦笑いしながら、勾留質問室を後にしたのでした。


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7月31日は、15年ぶりに火星が地球に大接近し、夜空に赤い星が大きく見えました。
数日前にネットで知っていたのですが、すっかり忘れていたところ、LINEで妻が実家のベランダから見える火星の画像を送ってきました。
そこで、私もベランダに出て、南東の空に赤く輝く火星を眺めました。
単身赴任中の私と、遠く離れた大都市にいる妻と娘が、同じ星を見ながらLINEをしているなんて少しロマンチックな気持ちがしました。
といっても、ワンルームマンションのベランダは室外機の熱気で夜とはいえ、蒸し暑くて暫くすると部屋に入りましたけど。
以前に離島で家族で赴任したときも、よく星空観察に出かけました。
島での最初の夏休み、めったにない令状事務で夜遅くに庁舎に出かけた帰り、街灯もない夜道からは、満天の星空が見えました。それまで気がつかなかったので、私は興奮して家に戻って家族に、「星がすごいぞ、見に行こう!」と言って、妻と娘を車に乗せて、山道に登りました。中腹までいって、辺りに街灯のない、真っ暗な空き地に車を停めて外に出て、上を見上げると、妻も娘も「うわぁー!」「すげー」と歓声をあげました。私が、生乳を流したような天の川を指し示すと、娘は「初めて見た」と興奮していました。
「あれが、デネブ、アルタイル、ベガ。夏の大三角形って、アニメの歌にもあるやろ」と私。「北斗七星って、どれ?」と妻。「ほら、あの柄杓の形の星座から探すとわかるよ」と私。
それから、我が家では星空観察がすっかり定着し、寝袋まで買い込んで、季節ごとの流星群を観察に行って、見えた流れ星の数を競い合ったりしていました。
猛暑で昼間はぐったりしていますが、夜は少し過ごしやすいので、皆さん、少し上を向いて星空を見てみませんか?自分の悩みがなんだか小さく思えてきますよ。


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赴任先で豪雨災害に遭って、2日間、避難所で過ごしたことがあります。
最初の豪雨被害の後、台風が接近して避難指示が出ました。官舎が対象区域に含まれていたので、早めに夕食を食べ、寝袋と着替えをもって妻と娘とともに、車で避難所に指定されている高校の体育館に行こうとすると突然、停電しました。すでに日も落ち、ちょうど雨が激しく降り出したところで、辺りは真っ暗です。流石に恐怖を感じ、動揺しました。暗闇の中、激しい雨音で、何が起こっても不思議ではないように感じられたのです。先に妻と娘を車に乗せ、雨合羽を着て懐中電灯の光を頼りに家の鍵を閉め、車を出しましたが、道路は街灯も消えており、ワイパーを最速にしても辺りの様子がはっきりと見えません。高校の体育館まで車で10分ほどで何度も通っている道なのに、真っ暗だと印象がまるで違います。私は、心臓をばくばくさせながら、心の中で「落ち着け!落ち着け!大丈夫、大丈夫」と唱えながらハンドルを握り、慎重に車を走らせました。後部座席の妻と娘も無言で不安そうに外を見ていました。
高校の入り口に停車している警察車両の赤い回転灯が見えた時はホッとしました。
雨でぬかるんだ校庭に車を止め、体育館に行くと、報道関係の人がたくさんいて、避難してくる住民の姿をカメラに収めようとしていました。体育館に入ると、娘の学校の先生が受付をしていたり、調停委員の先生がいたり、隣の検察庁の職員がいたりして、やっと少し安心しました。
結局、台風通過まで、体育館のマットの上で過ごすことになったのですが、ほんとうに疲れました。
床は硬いし、他人の目があるのでよく寝れないし、配布される非常食はお世辞にも美味しいとは言えないし、時間が経つにつれてイライラが募りました。自分たちはカップラーメンやスープなどをもってきていたのですが、自分たちだけそうしたものを食べるのも気が引けました。また、携帯の充電にも苦労しました。
しかし、家族と一緒に赴任していたので、多少は地域との繋がりもあり、その点は良かったと思います。これが単身赴任だと、周りにあまり知っている人もいなくて、一人ぼっち体育館の片隅で、心細くケイタイをいじったり、イヤホンで音楽でも聞いているのだろうなと思いました。
ようやく避難指示が解除になり、官舎に戻りシャワーを浴び、家族が川の字になって布団に入るとあっという間に眠りに落ちてしまいました。
我が国は地震や台風などの自然災害が多いにもかかわらず、避難所は国際的な基準を満たしておらず、被災した人たちの健康が損なわれているとの指摘がありますが、まったくその通りであると思います。
毎年のように繰り返される災害と避難ですが、改善すべき点が多々あるように思われます。


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