日本裁判官ネットワークブログ
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7 子猫を引き取りに行ってくれた4歳の女の子は,その日家に帰って,やはり「私も猫を飼いたい。」と言ったそうである。両親が共働きであることから猫の世話ができないこと,鉄筋の建物に住んでおり,建物の構造から飼うことができないことを説明して,一応納得してはいるそうである。「いつか飼おうね。」ということらしい。少し離れてはいるが,事務員の実家では猫を何匹も飼っているそうで,時々猫に会えるのだそうであるし,「会いたくなったら,ミケちゃんに会いに来てね。」ということになっている。私は「ごめんね。」と心の中で女の子に詫びた。
8 子猫の名前をどうするか。孫達から募集しようかとも考えたが,長女と次女の孫達のそれぞれひとりずつ(各4歳)が案を出すと思われる。そうすると,名前を採用される孫と落選する孫がでることになり,可愛想ではないかということになって,結局夫婦で決めることになった。妻は私と顔を合わせるたびに,あれはどう,これはどうとうるさい。私が黙って聞いていると,「あなたには案はないの?」と怒る。私は「ミケがいい。」と言ったが,「ミケ猫にミケという名はどうかなあ」と直ちに却下されてしまった。結局妻が提案した正式名称は「クリ」,通称「クーちゃん」で決着した。その名を選んだ格別の意味はない。因みに以前に飼っていた猫の名は「ウリ」といった。
9 ウリが使っていた猫の用具類は全て捨ててしまっていた。そこで緊急に猫のトイレを買ってきた。そして心配していた最初の夜,トイレは無事成功した。爪研ぎがまだないので,座布団や畳の縁の布で爪を研いでいる。私が着替えをしていると,パジャマに飛びつくので着替えるのに難渋してしまうし,爪が痛い。メス猫であるせいなのか,着替え中の私の汚れた下着の上でころげまわっている。足元にまつわりつくので,うっかり歩くと踏みそうになってしまう。
10 家での仕事はかなり困難になっている。私が仕事をしている部屋に入りたがって,ドアやふすまをガリガリする。部屋に入れるとパソコンのキーの上を歩く。仕方がないので家ではできるだけ仕事をしないようにし,かといって全く家で仕事をしないわけにもいかないので,仕事中は心を鬼にして,絶対部屋には入れないことにした。
11 猫は15年は生きるだろう。20年生きるという説もある。私は猫より先には死なない決心をした。そうすると90歳が目標となる。そのためには安穏としてはいられないことになった。まず早急に肥満を解消しなければなるまい。飲酒量は名実ともに「酒を百薬の長」としなければならない。認知症などはとんでもない。脳の活性化,若返り策について本当の本気にならねばなるまい。
12 猫を飼う話は偶然起きたものではあるが,私の胸の中で以前から密かにその思いがあった。一時期犬を飼おうかと秘策を練ったこともあったが,踏み切れないでいた。妻は犬も好きだが,猫の方がもっと好きのようである。そして偶然の機会に私が瞬時に決断したことについては,私の深い深い願いが込められている。実はかねてから私が考えていたことが偶然実現したという話に過ぎないのである。
13 「妻よ。君は猫より先に死んでは困りますよ。もう15年か20年生きなくてはならないことになったのだから,そのつもりでいて貰いたい」。これが私が猫を飼おうと即断した真の理由である。(ムサシ)



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1 再びわが家で猫を飼うことになり,数日前からわが家に住んでいる。野良猫を貰ったのである。夏目漱石を真似て,「名前はまだない。」と言いたいところであるが,名前は決まった。前に飼っていた猫が死んでから2年半,犬が死んでから1年半になる。2人の子供はどちらも結婚して関東地方に住んでおり,夫婦2人で忙しく,少し寂しく暮らしてきた。
2 甚だ急な話であった。女性事務員が野良猫の子猫を飼ってくれる人を探している人がいるという話をして,彼女のケイタイに送られてきた写真を見せてくれた。4匹いたが,そのうちの1匹がとても可愛いいミケ猫であった。その写真を見た瞬間,私が「この猫を飼います。」と即断したのである。その事務員はもとより,そばにいた妻もビックリ仰天し,「あなたどうしたの?」と聞いた。私はもう一度,「この猫を飼いたい。」と言った。猫好きの妻に異存はなく,話は即座に決まった。私がそのように瞬時に決断したことについては深い訳があるが,今は書かない。
3 事務員のご主人の友人の家の裏庭に,野良猫が4匹の子猫を生み,生後3か月である。その母猫が突然いなくなり,その友人の家で餌をやるなどの世話をしてきたというのである。事務員はすぐにご主人にメールを送り,子猫を貰う話は間もなく纏まった。片道1時間の所までわが家が貰いに行くと言ったのであるが,ある日曜日に臨時の仕事が入り,わが夫婦とその事務員が拘束されることになったため,事務員のご主人と4歳の女の子が2人で貰いに行ってくれることになった。ただ心配は,女の子が「私の家で飼いたい。」というのではないかということであった。
4 その日曜日に,丁度3人の仕事が終わったばかりの所に,事務員のご主人と女の子が,子猫をタオルケットを敷いた大き目のダンボールに入れて,事務所に持ってきてくれた。とても可愛いい猫で,ニャーニャーと元気な声で鳴いた。人によく慣れており,喉をゴロゴロと鳴らしている。
5 餌も持ってきてくれていたので,箱から出す前に,餌をやることになった。女の子は軽く箱を手で掴んでいたが,ふとみると泣き出しそうな表情で体をこわばらせている。猫はとても人慣つこくて,女の子が猫を恐れているとは思えない。私と妻は顔を見合わせた。もしかすると,「猫は私が飼いたい。」と言い出すのではないかと思ったのである。その女の子には,両親から「猫は自分の家で飼うのではなく,先生が飼うために連れてきてあげるんだよ。」と言い聞かせてあり,女の子も十分納得している筈であった。暫く女の子の沈黙が続いたあとで,猫を箱から出してやり,女の子の手のひらにのせた固形餌を猫に食べさせることに成功した。女の子は「食べた,食べた!」と大きな声で嬉しそうに言ってニコニコとした。猫は事務所の中を走り回ったり,応接机の椅子の下に潜り込んだりして,女の子が追いかけていた。私は何枚もデジカメで写真を写した。
6 おそらく女の子は子猫が可愛くて,家に連れて帰りたいという思いと格闘していたのではないかと思った。事務所の1階の駐車場で,私が子猫を車に乗せて帰ろうとしたとき,女の子は大きな声で,何度も何度も「さようなら,さようなら」と叫んで見送ってくれた。以前このブログの「デブの効用」という一文の中で書いた,私とお相撲を取ってくれた女の子である。かくして子猫はわが家の住人となった。(ムサシ)



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1 先頃古希近き夫婦の深刻な離婚事件を妻の側から依頼され,協議離婚して無事解決し,和解契約も成立したが,一時はどうなるか見当もつかないような難件であり,解決してホっとした。どのような事件であるかは書かない。ただ私が事件を通じて感じたり,考えたことだけを書いておきたいと強く思ったのである。
2 本当は離婚してほしくない事件であった。高学歴の夫婦であり,離婚の形で解決するのは余りにも惜しいと思えた。何とか元に戻ることはできないものか。妻にどうしても離婚しかないのかと何度も聞いたが,妻の答は微動だにしなかった。なぜか。それは妻が夫の仕打ちに長年耐えてきて,もうこれ以上耐えられない限界に達していたからである。夫の仕打ちは一体どのようなことであったのか。それも具体的には書かない。ただ夫は暴力を振るった訳でも,不貞をした訳でもないが,家庭内で余りにも偉すぎて,しばしば妻子をクドクドと説教したということにしておきたい。
3 「亭主元気で留守がいい」とよく言われる。このケースはこの極端な場面であろうか。家庭内で夫が余りにも偉すぎるのはよくない。一体理想の亭主・父親像とはどのようなものなのであろうか。私はこの件で真剣に考えさせられたということになる。
4 いろいろと考えた結論は,「亭主元気でアホがいい」ということであった。もとより人生を真面目に,勉強も頑張って生きてきて,本も沢山読み,考えも深い人間であることが望ましいことは当然のことである。しかし家庭の中では,それは奧深くしまっておくのがよいのではないか。「能ある鷹は爪を隠す」のであり,妻子はそれを知っており,夫であり父を心の中で尊敬している。しかし家庭内は全て妻が,幸せそうに自信をもって取り仕切っており,夫はいつもニコニコして妻の尻に敷かれている(振りをする)のである。物知りで気さくで話は面白く,しばしばアホくさい冗談もいう。「ひょっとするとこの人は本当にアホではないか」と,時に妻からも子供たちからも思われる。そして好かれている。しかし時にチラリと見識の深さを見せて,何か困ったことが起きればとても頼りになる。余り怒らないし,よほどのことがなければ本気では怒らない。クドクもない。小さなことではしばしば妻に叱られて,すぐに謝ってしまう。まるでオイタを叱られて「キャインキャイン」と尻尾を巻いて鳴く子犬のように。
5 これが理想の亭主・父親像ではあるまいか。名付けて「キャインキャイン亭主」であり,「キャインキャイン亭主論」である。最近の私が目指す亭主像でもある。
6 その事件の夫は,私の友人という訳でも,個人的に親しい訳でも,話をしたことがある訳でもない。しかし訳があって全く知らない仲でもない。私はいつか二人で飲酒しご馳走してあげたいと思っている。それが実現できる日が来るかどうかは分からない。偉そうに彼に説教をするつもりは全くない。しかしとても素敵な奥さんで,離婚の原因は全て彼にあったと私には思えるし,それを彼に分からせてやりたいとしきりに思う。事件が解決する前にも,直接会って話してみようかという衝動もあったが,諦めた。今もなお時期尚早のように思える。しかし諦めてしまった訳でもない。そのようなことは私の得意とするところである。いつか彼に「キャインキャイン亭主論」をぶつけてみたいとしきりに思うのである。それが分かるような男であれば,このたびのような離婚事件は生じなかっただろう。そして時を経てその機会ができて,彼がその議論を納得する時が来るとしても,時既に遅しということになるような気がする。(ムサシ)



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17⑥ 土,日の活用について
   ア 仕事を退くまでは週日の長時間のトレーニングは到底不可能であるから,土,日の活用が不可欠となる。そこで可能な工夫について検討してみたい。
   イ 土,日も案外用事が入ることが多いが,柔軟にしぶとく対応することが望まれる。私の現状では,土,日に1回,散歩とサイクリングで1時間,プールとテニスの練習を各1回,土日にはこの3種目を仕事と上手く調整して頑張りたいと思っている。
   ウ まず散歩とサイクリングであるが,目標としては土曜日の朝9時に自転車で家を出る。5分後には岡山後楽園の正門の所にある自転車置場に自転車を止める。それから約20分,速足散歩をする。岡山後楽園の外周を1周すると丁度20分で2500歩である。入場は有料であるが,シニア用年間パスポートを800円で購入してあるので,入園して20分歩くことが多い。茶店の「しょうが入り甘酒」がとても美味しいので,楽しみに飲んでいる。「ぜんざい」や「抹茶」もある。毎週1回足繁く入園して,この庭園を名実ともにわが家の庭にしてしまおうと思っている。それからまた自転車に乗り,岡山後楽園の外側を再び4分の1周した所にある月見橋を渡ると岡山城に出る。石垣と旭川の間の細道を500メートルほど下流に進むと県庁があり,更に500メートル進むと夏目漱石の石碑がある。石碑には,漱石が胃潰瘍の手術を受けて生還した喜びを伊豆の修善寺での静養中に詠んだと言われている「生きて仰ぐ 空の高さよ 赤蜻蛉」という,私の好きな俳句が刻まれており,石碑の上に「我が輩は猫である」の小さな猫の銅像が固定されている。そこから少し引き返し細い橋を対岸に渡り,桜並木の下の土手の中段にある舗装された散歩用細道を,競輪の選手のごとく全力疾走する。2キロ足らず,ペダルを300回踏むと細道は終わり,車道に登ると約5分で家に着く。全行程で丁度1時間であり,快い疲労感もある。大変お気に入りのコースであり,これを継続していると脳が若返るような気がする。とても気に入った運動であり,頑張る気分になっている。実は数年前にも同じことを実行していたことがあるが,その意義を十分認識できておらず,継続することを無理と感じて短期間で中止してしまった。やはり継続できるためには,楽しいとか,意義が実感できるなどの強い動機が必要なのであろう。今度こそ楽しみながら本気で頑張るぞと思っている。場合によっては週2日に増やして,脳の活性化策の決め手にできないものかとさえ思っている。
   エ 私はもう10年来のプールの会員である。5年くらい前までは週1回1時間熱心に泳いでいたが,この5年間くらいは気持に余裕がないままに,ごく時たまにしか行かないでいた。そこでこのたび頑張って「週1水泳」を復活させることにした。プールのすぐ近くのお気に入りの日本ソバ屋でおいしいザルソバを食べることができる。週末の金曜日の夜は,軽い夕食を済ませて少し仕事をし,夜8時ころからリュックを背にプールに出かける。自転車で片道15分,泳いで日本ソバを食べてルティンを摂取する。ついでに軽く一杯となると,脳の活性化策を一挙に4項目こなすことになり,しかもいずれも楽しい内容なので笑いが止まらない。脳を含めた若返り策としては完璧だというほかはあるまい。なぜこの間漫然とプールを中断していたかと悔やまれる。土日の「甘酒付き散歩」と「ザルソバ熱燗付き水泳」を頑張ることは,健康法としても人生の楽しみないし生き甲斐としても,甚だ名案だと思うのである。(以下続く。ムサシ)



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17 運動について(その1)・・散歩,ジョギング,サイクリングなど
  ① まず運動の減量効果について検討しておきたい。体重1Kgをカロリーに換算すると7000Kca lだそうである。1か月に1Kg痩せるためには,摂取カロリーよりも消費カロリーの方が1日約230Kca l多いことが必要になる。
  ② 運動1時間当たりの消費カロリーは,男女の別や体重によっても異なるが,体重70Kgの男性の場合では,概ね次のようになる(単位はKca l)。
    ゆっくり散歩190 急ぎ足散歩345 ジョギング530 自転車280
    そうすると,毎日1時間やや速めの散歩をするか,自転車に乗っていると,1か月で体重が1Kg減るという計算になる。
  ③ 自分の基礎代謝量や毎日の摂取カロリーは正確に計算できないから,食事は少な目に腹7分か6分に押さえ,しかし栄養失調にならないよう注意し,そしてとにかく平均して毎日230キロカロリー分の運動をすることが目標となる。しかし週日のこの運動量の確保は事実上不可能と思われるので,土,日はきつい運動も含めて頑張り,1週間単位で調整するのがよいと思う。それでも必要な運動量の確保は困難である。仕方がないので,食事は控え目に,運動はできるだけ工夫して頑張るしかないことになる。
  ④ 時間に余裕のある人は毎日1時間を目標に散歩などをするのがよいと思う。しかし散歩などは決して楽しい運動だとは言えないので,案外継続することは容易ではない。散歩を頑張るには,犬と散歩するなど散歩が楽しくなる工夫が必要かも知れない。
  ⑤ 毎日1時間の散歩なんてとんでもないという人の方が圧倒的に多いと思われる。ではどうするのか。
   ア まず万歩計を購入し常時携帯する。毎日1万歩を目標にすべきとされているが,私の場合には事務所終了時間である午後6時の時点で,大体毎日6000歩であることが多い。1万歩はかなり困難である。「もう2000歩歩こう」という本がある。そこで事務員が帰宅した後で原則として20分歩く実験を開始した。20分間速足で歩くと約2500歩である。どうしても無理な日のために,どんなことがあっても1000歩は歩くことにし,1000歩コースと2000歩コースを併用して成功している。ただ万歩計による意識的努力以外の運動は,記録には残すが,計算からは除外している。
   イ 某裁判所長は「私は歩くのが好きなんです。」とのことであったが,私は余り好きではないようである。そこで「認知症防止のための決め手のトレーニングなんだぞ」とか「自分は本当は散歩が大好きなんだ」と言い聞かせ,脳をその気にさせるのがよい。その他に,歩きながら何か楽しい作業はできないかを工夫するのはどうか。
   ウ 後述するが,私はカラオケを病気のリハビリに活用しているという某先輩弁護士の話を参考にして,脳トレのため月1回を目標にカラオケに行くことにした。20局くらいは持ち歌はあるが,何とまあカビの生えたような古い歌ばかりなのだろう。そこでこの際古い歌も含めて20曲ばかり選定し直す作業中であるが,夕方の散歩中に歌詞を全部暗記することになった。英語のヒアリングの訓練なども楽しくできそうである。そのような「ながら族」になることは案外長時間散歩の名案となるかも知れない。
   エ とにかく散歩を最重点の認知症防止策と位置づけて,十分時間は取れないが,本気で工夫して頑張ってみることにしたのである。(以下続く。ムサシ)。



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12 「絶対に認知症にならないぞ」と決意して,可能な限りの努力をしても,認知症になるのかならないのかは,その年齢になってみないと分からないというのであるから,甚だ努力のし甲斐がない話ではある。しかし脳のみならず,体全体の健康法として本気になるということになるので,人生を充実させるための努力をすることになり,結果はどうであれ,試みる価値はあると思う。そのためには既に述べたような脳の栄養補給の他に,次の3点を指摘しておきたい。
 その1は,肥満は健康の最大の敵であり,認知症の原因ともなることを認識して,早急な解消策を実行すべきである(アハハハハ・・!)。
 その2は,たばこも直ちに止めることが望ましい。
 その3は,飲酒についてであるが,「酒は百薬の長」といわれているのに,「百害の長」となっている人が圧倒的に多いようである。認知症防止の努力としては,酒を百薬の長とすることが不可欠である。酒を百薬の長とするためには諸説があるが,1日のアルコール摂取量を30CCの限度に留めるのがよいようである。日本酒(アルコール約15パーセント)なら1合(ワンカップ1本),ビール(アルコール約5パーセント)ならロング(500CC)1本である。本気でこの限度を死守できるなら,認知症防止のためには有効な手段となり,飲酒すべきであるという結論になる(アハハハハ・・!)。
13 結局認知症防止の決め手となる方法はないので,きめ細かな粘り強い努力と工夫の日常的な積み重ねしかないという,甚だ地味な作業の結果ということになり,それゆえに本気度が試されることにもなる。
14 無理をして頑張ると,一時的には成果を上げることができるが,結局続かない。5年後にも10年後にも継続できる方法を考えなければならない。「無理なく続けよう」ということでは,ただ「続けているよ」という程度のチンタラ継続になり,自己満足で終わってしまう。「無理はしないが,しかし粘って頑張るぞ」という決意が必要ではないかと思っている。
15 睡眠時間を確保し,栄養分の補給にも細心の注意を払い,脳に優しい状況になっておれば,脳は使えば使うほどよく機能するのだそうである。したがって上手に脳を使う方法こそがポイントとなる。ここからが本論である。
16 運動について
    ① 認知症防止法として,まず第1に挙げるべきはやはり運動だということになるらしい。何だそんなことかということではあるが,まあ仕方があるまい。。結局いかに適切な運動を工夫し継続できるかということになる。定年後「毎日が日曜日」の人は,意欲さえあれば時間を自由にタップリ使うことができる理屈であるが,なかなかそうも行かないようである。認知症防止のためには運動が大切であることの認識がどの程度強くできているかということなのであろう。運動をすると,脳が全身をコントロールするので,脳全体が働くのだそうである。
  ② もっとも手軽にできる運動としては,散歩,ジョギング,サイクリングということになる。そう面白いというものではないので,これらをどのように継続し,活用できるかがとても重要になる。次回に検討する。(ムサシ)



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7 いろいろと本を読んでみたが,どうやら脳の老化ないし認知症防止の特別効果的な対策はないらしい。ただ一般的に脳の健康に役立つ健康法はあるので,それをしっかりした目的意識をもって実践すれば,ひょっとすると認知症にならないかも知れないということのようである。余りそんなことは気にしないで生活する方がよいという意見もあるが,私としては,性根を据えて「絶対にボケないぞ」と決心し,意識的な努力をしてみたいということである。そのための自分で考えられる最善のトレーニング法と健康法を工夫し,トレーニング一覧表を改訂し,本気で実験してみることにした。それで失敗するのであれば,まあ仕方があるまい。所詮健康遊びに過ぎない話ではある。
8 私がそんなことを思うのは,それなりの理由がある。それほど深刻な体験というわけではないが,仕事上の依頼を受けた人の近親者や私生活周辺でも,ボケるといろいろと周囲が困ることになると痛切に思う出来事があり,せめて自分は家族や周囲の人に迷惑をかけたくないと強く思ったのである。では一体どうすればよいのか。以下に述べることは,脳の健康に関する数冊の本を購入し,またこれまで買い集めてきた数十冊の健康に関する書物を参考にして,私が工夫を加えて実践的計画としたものである。
9 まず睡眠時間であるが,統計的には1日7時間睡眠の人が最も長寿であり,推奨されている。そうすると私は少し睡眠不足であったので,脳に優しく睡眠時間の確保を優先課題とすることにした。午前零時半に寝て午前7時半起床という実験を開始したが,案外難題である。それができるためには昼間テキパキと無駄なく過ごす必要がある。
10 次に脳に対する栄養補給について検討しておきたい。
 ① 何よりも重要であるのは脳の血管の強化である。そのためにはビタミンBが有効だとされている。それと日本ソバに多く含まれているルティンも血管を強化するというのである。野菜やその他の食品でビタミンBの摂取を心掛けるのは当然のこととして,それだけでは必要なだけのビタミンBを摂取できているか不安が残るので,錠剤を活用することも検討してよいだろうし,大好きな日本ソバもセッセと食べることにしたい。
 ② 次に蛋白質であるが,大豆蛋白に多く含まれる「コリン」という栄養素が脳にとって大切な働きをするというのであるが,かなり専門的になるので省略する。豆腐や納豆など,大豆食品をセッセと食べることが望ましいようである。
 ③ 青魚のDHAなどの油成分が脳にとってとても重要であるとのことである。テレビのコマーシャルでは厚労省が1日1グラムの摂取を推奨しているそうであるが,そのためには驚く程大量の青魚を食べることが必要となり,事実上困難である。サプリメントを検討する必要がありそうであり,安価に入手できるものもある。
 ④ 肉類については,少し前まではまるで有害食品であるかの如く言われていた印象であるが,最近は魚類と肉類をほぼ半々の割合で食べるように推奨されている。肉好きの老人には案外健康で長寿の人が多いそうであり,私も最近は魚も肉も食べている。豚肉を始めとする肉類には,前記のコリンやビタミンBを多く含んでいるそうである。
 ⑤ その他,野菜や果物,蛋白質やカルシウム他のミネラルなど,脳のためにということではなく,偏食なく幅広く栄養補給を怠らず,かつ小食が肝要とのことである。
11 食事にについては,この程度にしておきたい。ここまでは序論である。次回は本論として「脳のトレーニング法」について私見を述べることにしたい。(ムサシ)



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  従来より時期を短く区切り、個別に寸評を入れることにした。上記期間の観劇記録をまとめると、以下の通り。

   ◎は大満足、○満足、△まあ満足

  <>内の出演者はあえて一般的な知名度のある方に絞っています。あしからず

  11月

   ○ぴあ「秋のソナタ」(東京芸術劇場シアターイースト)<佐藤オリエ、満島ひかり>

    母子関係の愛憎物は、どうも私にはピンとこないテーマだが、テレビ・映画の仕事に恵まれた満島ひかりが、こういう舞台で佐藤オリエというベテラン女優の胸を借りようとする姿勢を高く評価したい。シンプルな舞台装置が、色んな物に置き換えられて展開していく舞台の魅力を味わえた。

   ◎愚安亭遊佐ひとり芝居「こころに海をもつ男」(旭川市まちなかぶんか小屋)

    この人の舞台「人生一発勝負」を旭川で初めて見たのは、もう20年前。もう一度見てみたいと思っていた願いがついにかなえられた。故郷下北半島の開発にまつわる歴史を描くシリーズのひとつで、むつ小川原開発の裏側で何があったのかを、その渦中に巻き込まれた男の半生記の形で印象的に語る舞台。2時間ひとり芝居を決して退屈させることなく演じきる熱量に敬服。1月18日放送予定の「日本人は何を目指してきたのか 第7回下北半島」にも注目されたい。

   ○青年団「もう風も吹かない」(吉祥寺シアター)<志賀廣太郎>

    平田オリザ作品の鑑賞は初めて。平田作品の特徴を想田和弘監督の著書「演劇VS映画」で予習してから鑑賞したが、特別な違和感はなかった(開演前から舞台で俳優が演技に入っているのは驚いたが)。平田氏が青年海外協力隊の制度改革についての諮問委員を務めた経験から生まれた作品で、2025年に貧しくなった日本からの最後の派遣となる青年海外協力隊候補生の群像劇。10年前の作品が今日ますますリアリティを増している。沖縄出身という設定の志賀廣太郎さんの台詞が胸に迫る。制度の谷間で翻弄され、存在意義に悩む青年たちの姿に、わが業界の様相がかぶり、芝居に入り込めない自分が居た。

   △テアトル・エコー「ハレクイネイド」(恵比寿エコー劇場)

    「ロミオとジュリエット」を演じる劇団の中で起こるドタバタ劇。少し前に「上岡龍太郎 話芸一代」の付録CDで「ロミオとジュリエット」のあらすじをおさらいしておいたのが、役に立った。笑。裁判離婚しかなく(協議離婚は許されない)重婚罪があるという制度を前提に成り立つイギリス喜劇。「演劇の社会的意義」と言いながら、実際は世間知らずの役者バカ、という自嘲的な毒を含んだ笑い。我が業界にも当てはまったりして。

   △「シダの群れ3 みなとの女歌手編」(シアターコクーン)<小泉今日子、小林薫、阿部サダヲ、吹越満、市川実和子>

    ドンパチのある任侠物は、ちょっと苦手だが、生バンドで小泉今日子が歌い、市川実和子が踊るだけで満足。テレビを見ない生活をしているヤクザもの(阿部サダヲ)に対して、別のヤクザが「テレビ見ないってとこは、何か考えているんだろう。俺なんか、40年間、考えないためにずっとテレビを見てきた」という台詞に「今」を感じて、笑ってしまった(本当は笑えないのだが)

12月

   △「マクベス」(シアターコクーン)<堤真一、常盤貴子、風間杜夫、白井晃>

    少し前に録画した野村萬斎版「マクベス」(随分と登場人物をカットしている)を見ておいたことが鑑賞の助けになった。登場人物の一部は現代のサラリーマン風の衣装で、ビニール傘の剣で闘うという斬新な「マクベス」。お客の2人に1人は舞台に参加できるという「趣向」だが、残念なのは「マクベス」を知っている人にはその「緑色のビニール傘」の意味がすぐに分かり、またそれほどの効果を上げているとも思えないことだ(むしろ、視界を遮ってその時のマクベスの表情が見にくい)。パンフレットは、翻訳者松岡和子さんの舞台裏話や岩波明さんのマクベス夫妻の精神分析、中野京子さんの「魔女話」など充実していた。

   ◎文学座「大空に虹がかかると私のこころは躍る」(紀伊國屋サザンシアター)

    2013年に入って、なかなかこれという舞台が無かったなあというフラストレーションを一気に晴らしてくれた。2013年の私のベストワン。大津市中学生いじめ事件に材を取った鄭義信作・松本祐子演出の渾身の作品。雑誌「悲劇喜劇」2014年1月号に脚本が掲載されているので、興味のある方は是非読んでいただきたい。近日廃業の地方都市の映画館が舞台。素晴らしい芝居は、無駄な登場人物がいないことが必須条件であるが、まさに7人の登場人物が活きている。うち2人は、道化的役割かと思わせて現れながら、徐々にその背景が物語の本質に絡んでくるので、感情が大きく揺さぶられるのだ。

    劇団銅鑼「はい、奥田製作所」(旭川市公会堂)<鈴木瑞穂>

    東京大田区の町工場を舞台にした群像劇だが、登場人物が多すぎる上に、その関係性の把握に苦労して、なかなか芝居に入り込めない。脚本に難があるのか。昨年鑑賞した同じ劇団の「からまる法則」が良かっただけに(同様に登場人物は多いが、松本祐子演出の良さもあってそうした苦労がない)、少し残念な感がある。大田の工場主たちが、この芝居を上演するときに、結末がご都合主義的なので変えて演じたというエピソードも宜なるかなと思う。弁護士としては、どうしても「倒産寸前の状態になるまでに相談に来て欲しいなあ」と思ってしまう。

   △シス・カンパニー「グッドバイ」(シアタートラム)<段田安則、蒼井優、高橋克実、山崎ハコ>

   北村想が、太宰の未完の遺作「グッドバイ」を下敷きに、太宰テイストで作劇した作品と言うことだが、これって果たして太宰風だろうかという違和感がまずある。蒼井優の河内弁は、健闘してはいるものの、やはり関西ネイティブの耳には違和感が否めず、どうしても劇に入り込みにくい(蒼井優が河内出身になりすましているという設定ではあるのだが)。流しの歌手役の山崎ハコの歌声を生で聞けたのは収穫。

   △直人と倉持の会「夜更かしの女たち」(下北沢本多劇場)<竹中直人、風吹ジュン、中越典子、マイコ、篠原ともえ、安藤玉恵>

    竹中直人が、多彩な女優とからむというだけでワクワク感はあるのだが、期待が大きすぎたか。同じ時間を第1幕と第2幕で背中合わせの別の場所から描くという設定は大変面白いのだが。美しい女優さんが目白押しだが、やはり下北沢で舞台経験を重ねた安藤玉恵が、役柄設定のはまりもあり、生の舞台では光る。

 このほか、劇団民藝「八月の鯨」(三越劇場)を観劇予定だったが、飛行機の欠航で見逃したのが残念。6月に旭川市民劇場で鑑賞できるのを楽しみにしている。

2014年も、多くの舞台と感動に出会えることを心の糧に、仕事に励みたい。

                                                                                    (くまちん)



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1 脳の老化ないし認知症防止は意図的な努力で可能であるかどうかというのが現在の私の問題意識である。今はまだ自分では正常だと思っているが,このままではいつかひどくボケるのではないかという不安がある。死を迎えるまで,できれば脳はかくしゃくとしていてほしい。脳の老化防止に関する本は何冊も買って読んだが,顕著に効果的な脳の老化防止策はないようである。だが努力すればある程度可能であるとも書いてある。
2 現在わが国の認知症患者は約460万人(65歳以上の15パーセント),その予備軍である軽度認知障害患者(MCI,Mild Cognitive Impairment)は約400万人だということである。認知証になると自分がボケているとか,物忘れがひどいという自覚がなくなるが,MCIの人はその自覚があるというのである。認知症の主要な原因はアミロイドβ(ベータ)蛋白質が脳に溜まる結果,脳神経細胞が破壊されることにより発症する(アルツハイマー)というのであるが,認知症は突然発症するものではないらしい。例えば80歳で認知証を発症した人であれば,40歳から50歳ころにアミロイドβが脳に蓄積し始め,認知症がじわじわと忍び寄り,75歳くらいのときに「物忘れ」として症状が出始め,約5年後に生活に支障を生ずる状態になるというのである。
3 物忘れがひどくなり,おかしいと思う期間は誰でも5年くらいはあるそうであるが,それは加齢によるものとは異なり,周囲も気付くようになるというのである。ただ加齢とは異なるという説明では甚だ分かりにくい。またアミロイドβは全ての人に蓄積するのか,遺伝的に蓄積しない人がいるのかについても,私はまだ解答を見つけていない。人はみんな年を取ると認知症になるのであろうか。百歳を超えてもかくしゃくとしている人は決して少なくないような気がする。とにかく5年くらいの間にあれよあれよという間に認知症へと進行するというのであるから,怖い話である。人の名前がすぐ出て来ないことは日常的によく経験することであり,これも記憶力の低下が原因であるが,どの程度になるとMCIということになるのであろうか。
4 脳ドックで検査を受けると,MCIの診断方法として次のようにするらしい。まず25のキーワードが含まれた物語を読み聞かせ,直後にその内容を話させるのである。その後別の話をして30分後にまた同じ物語を話させるというのである。どちらもキーワード10個以上出てくることが合格ラインだそうである。
5 基本的には脳が萎縮するのだそうであるが,脳の萎縮や血流障害はMRIなどの機械で検査できる。また別の方法でアミロイドβの蓄積について検査できるが,健康保険の適用はなく,40万円程度を要するうえ,検査できても根治できる治療法はないということなので,高額の検査料を支払って検査する意味がどの程度あるかは疑問であろう。
6 厚労省が出している認知症予防・支援マニュアルでは,認知症の主要原因として脳血管障害を挙げ,それを防止すべきであるとしており,その危険要因として,運動不足,肥満,食塩の摂取過多,飲酒,喫煙,高血圧症,高脂血症,糖尿病,心疾患などを挙げている。そうすると結局脳の老化防止の特別効果的な対策はなく,一般的な健康法の強化こそが最も効果的な対策だということになる。しかしそんなことで本当にボケない老後を過ごせるものだろうか。それでもなおボケない脳トレーニングの秘策はないものか。その秘策を考えてみようというのであるから,いささか難題のような気もする。(ムサシ)



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明けましておめでとうございます。久しぶりの「花」改め「子鉄」です。
先代の「花」が老衰のため彼岸に逝ってしまったため,跡目に就任した柴犬の名前が「子鉄」となりました。名前の由来は知る人ぞ知る漫画「じゃりン子チエ」の日本語をしゃべりめっぽうけんかに強い猫の名前です。
しかし,実際の「子鉄」は飼い主に似て,至って臆病,無口な性格です。どうぞよろしくお願い致します。

さて,皆さんは,黒木亮という小説家の書いた「法服の王国」(産経新聞出版)という本をすでに読まれたでしょうか。

裁判所や裁判官の実態に関心がある方にはお勧めしたい本です。

この本は,原発訴訟に関与した人々,特に弁護士,裁判官を軸に話しを進めながら,昭和43年以降現在までに,裁判所に起こった実に様々な出来事,事件,たとえば長沼ナイキ事件,平賀書簡問題,青法協問題,宮本判事補再任拒否問題,全国裁判官懇話会の活動,行政事件をめぐる担当裁判官中央協議会問題,最高裁人事局の実態,原発運転停止判決に至る過程,司法改革をめぐる最高裁内部の暗闘等を,虚実織り交ぜながら,最後まで飽きさせずに描ききっています。

私が感心するのは,法律専門家ではない作者が,いくら多量の資料(巻末の参考資料には日本裁判官ネットワークの2冊の本も含まれています。)を読み込み,多数の人から取材したとしても,よくここまで裁判所と裁判官の雰囲気を正確に書けたものだ,という点です。

部外者が内部の実態を小説にする場合には,面白くなる反面,的外れがよくあるものですが,この本にはそのような部類の記述は見当たりませんでした。

私が裁判官になったのが昭和43年で,この本の描いている時代とほとんど重なることの思い入れを差し引いても,いろいろな出来事にまつわるその当時の裁判所の雰囲気,裁判官の思いや動きなどは,私の体験に照らしてほぼ正確といえます。

これまで司法の危機や司法改革にはあまり関心を寄せなかった人からも,この本は面白かったと感想を聞くと,改めて事実の持つ重みと迫力を知らされます。

まだ読まれていない方には是非是非お勧めしたい一冊です。

付録
事実の持つ重みと迫力では,木谷明著「無罪を見抜く」(岩波書店)もなかなかのものがありますよ。



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