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調書ゼロ裁判は可能か

2007年12月18日 | 
先日東京地裁で,模擬裁判員裁判が行われたと報じられていました。その特色は殺人未遂,銃刀法違反被告事件について,殺意が争われた事例で,3日間の間に判決書作成まで行うというものです。模擬裁判員はいるという想定で実際には裁判官だけで進められたようですが,裁判員に分かりやすく迅速に,という目標にむけ,検察官と弁護人が協力し,写真,実況見分調書,医師と知人の証言,被告人質問で終了し,捜査段階の供述調書はすべて撤回され,証拠とはならず,3日目の午後4時30分には判決言い渡しとなった,とのことです。
 担当した検察官は,「捜査段階の供述調書を一切使わずに,こちらの主張が認められ,大変自信になった」と,弁護人も「弁護人も研鑽を積ん対応していくしかない。」とそれぞれコメントしていました。
この記事に私はかなり感動を覚えました。それというのも,裁判員裁判には,現時点でもまだ解決していない重大な論点が残されており,そのおもな点は証拠開示の問題,人質司法の問題と今回の調書裁判の問題です。裁判員裁判に疑問を呈する方は,これらの問題を放置したまま裁判員裁判を実施することの危険性を指摘しますし,私のような推進派は,裁判員が多数を占める裁判体が裁くことにより,地殻変動があり得ると指摘してきました。
 それだけに,裁判員裁判の開始が迫ったこの時期の変化に注目していました。
 実際,証拠開示に関しては,取り調べ状況報告書の一部を検察官が非開示としたのに対し,裁判所が開示を命令し,これに対する検察官の特別抗告を,最近最高裁が棄却した事例にみられるように,開示の実際の運用が拡大方向に転じていますし,東京地裁,大阪地裁を中心に保釈率の大幅な向上が指摘されています。最後に一番困難が予想されたのが,供述調書を使わない審理が本当にできるかという点でした。これについては,これまで警察,検察の強い抵抗がありましたし,これまでの刑事裁判において,供述調書の精密な分析で効果をあげてきた弁護人からも消極的な意見が出されていました。また,われわれ裁判官の中にも供述調書零の審理は到底無理ではないかとの意見が根強くあります。
 それだけに,今回の東京地裁の試みは,実験的なものにすぎないかもしれませんが,検察官がよく協力したものだと思いましたし,われわれ裁判官の意識改革を迫る重要な第1歩だと感銘を受けた次第です。(花)