「法科大学院制度による法曹人口の過剰増員と司法修習に対する給費制の廃止がもたらすもの」
1 12月21日に日弁連が主催した「周防監督が問う法律家の育て方~給費制復活を含む司法修習生への経済的支援を考える市民集会~」に出席してみた。そこでの議論を聞いて,い ろいろ考えさせられた。
2 65期で,弁護士登録をしたばかりの人が,切実な実情を紹介した。司法修習生の借金をさせられるだけの無権利の地位に唖然とした。無給の準公務員で,修習専念義務だけを負い,二回試験に合格しなければ,何者にもなれないという頼りない地位である。こんな制度を誰が考えたのだろうか。おそらく最高裁当局を含む官僚ではないかと思うが,人間の尊厳を無視した扱いである。
3 法曹の役割は大きい。国と社会の安定のためには不可欠な存在である。 しかし,国や自治体の官僚には,弁護士は文句ばかり言って邪魔な存在だと考えられているのではないだろうか。司法官僚,法務官僚も,「優秀」な裁判官と検察官さえいればよく,弁護士は要らない,いても邪魔にならない存在であってほしいと思っているのではないだろうか。
しかし,良く考えてみると,弁護士を含む法曹の質が低下すると,裁判官,検察官 の質も低下してしまう。結局のところ,法曹の自爆への道ではないだろうか。
4 法曹になるのは,投資ではない。これは教育全般に言えることで,そもそも教育を投資と考えるのは間違っている。 職業教育なら投資と考えやすいが,法曹教育は単なる職業教育ではない。周防監督は,「真のエリートは,自分のことを考えないで,人のために尽くせる人である」という考え方に賛成だと言われた。
日本の弁護士の中に,こういう真のエリートが存在したことは事実である。社会正義を実現するために己を捧げた弁護士が相当数存在し,現在も存在している。 こういう弁護士の存在が,ある層にとって邪魔だと感じられているのではないだろうか。ビジネスマンとしての弁護士が多く存在し,便利に使えれば良いと考えているのではないか。
5 法学部4年,法科大学院2年ないし3年,司法修習生1年,すべて自費で自分を養成しなければならないのである。こんな苦労を,「今時の若者」がする気になるだろうか。大人は,こんな苦労を若者にさせて良いのだろうか。
法曹になる勉学は,法学部4年で十分である。法律学は常識であり,決して難しい学問ではない。初心を忘れないで,研鑽に励み,人の役に立つ法曹になるという意欲を堅持することができれば,それで十分である。しかも,年齢を重ねてから,法曹としての「真のエリート」精神を養うことは難しいと思う。
6 それに,法曹を目指す若者の多くは,富裕層の出身ではないという現実である。私も兼業農家の生まれであり,農地解放がなければ,「水飲み百姓」であった。 裕福でない家庭の子どもが,25歳を過ぎても稼げない法曹の仕事を目指す気になるだろうか。親に苦労と心配をかけたくないと考えるのが普通の子どもである。
7 法曹人口の過剰増員と司法修習生に対する給費制の廃止は,弁護士の変質をめざしたものであるが,法曹そのものの自爆につながるものではないかと危惧している。
8 司法修習生に対する給費制の復活は一般国民の理解が必要であるとはいえ,大多数の国民が理解するには時間が必要である。
原子力発電などの問題と同じく,「真のエリート」を自負する層がまず決断することが必要ではないかと思う。作った制度を廃止する勇気も必要である。
(万太郎)