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経済学のすすめ12

2011年07月10日 | Weblog
囚人のジレンマ

 経済本には、「ゲームの理論」として独立に章立てして、「囚人のジレンマ」を取り上げているものや、不完全市場の1種である寡占市場における企業戦略の一端を説明するためにこれを紹介しているものもある。

 二人の共謀犯が逮捕され、別々に取り調べを受ける中で、証拠が確定しない部分において自供を求められる。自供の条件として、相棒が黙秘を続けている中自供した者は放免、黙秘して相棒が自供した場合は懲役3年。共に自供した場合は証拠が揃って懲役2年、お互いに黙秘を続け、証拠不十分が残れば双方懲役1年ということになる。すなわち、放免(懲役0年)、懲役1年、懲役2年あるいは懲役3年のいずれかの選択を双方が独自に求められることになる(非協力ゲーム)。

 二人にとって一番いい(先の余剰分析を借りれば、最も合計の余剰が多い*41))のは[黙秘-黙秘]であり、最悪は[自供-自供]であるが、相棒が自供した場合のリスクを恐れて*42)、双方自供するというのがこの「囚人のジレンマ」の結論である。

 この理論を実際の企業活動のケースに当てはめてみる。独占企業や完全競争市場では、ライバル企業が無いかまたは無数であるため、他社の戦略に直接的に影響を受ける「価格戦略」はない。しかし、少数の有力企業が市場を独占している寡占市場においては、同じ製品においてライバル企業がどのよう価格を設定するかが自社の価格設定に重大な影響を与える。

 高速道路に沿った2社(A社とB社)のガソリンスタンドの場合で、ゲーム理論を考察する。この高速道路を通る車は、A社かB社のガソリンスタンドを利用して、価格に関係なく月に12万リットルの需要がある。2社はガソリン価格を自由に決めることはできるが、相談して価格を決めるのは「価格カルテル」という独占禁止法に触れる恐れが強いため、自社の戦略のみによって価格を決めることになる(非協力ゲーム)。ここでは簡略的に考察するため1リットル120円(低価格政策:L)と150円(高価格政策:H)のいずれかの価格設定を考える。

 両社のガソリンの品質やサービスに差はないため、消費者であるドライバーは安い方から買うことになる。もし双方が同じ価格の場合は、消費者はそれぞれから6万リットルずつ買うことにする。A社とB社の価格の組合せは①(H-H)、②(H-L)、③(L-H)、④(L-L)の4通りになる。

 ①のケースでは、A社とB社合わせて1800万円の売上となり、折半して900万円ずつの収入となる。②ではA社の売上は0となり、B社が1440万円の売上を独占することとなる。③はその逆でA社のみ1440万円の売上。④は合わせて1440万円の売上でA社、B社共に720万円ずつの収入となる*43)。

 この結果はどうなるか。両社が協力できるなら、当然合計利得の一番大きい①を選択するであろうが、そこで仮にA社が、150円の価格を打ち出せば、B社は同じ150円で得られる収入の900万円よりも120円の価格で1440万円を独占することを選ぶであろう。そうなればすかさずA社も120円に値下げを行う。B社は、A社が追随してきても150円にすることは、売上を0にすることになるため動けない。双方ともこれ以上戦略を変えるインセンティブ(行動の動機となる報酬など)がないため、一種の安定状態となる。この状態を「クールノー・ナッシュ均衡」*44)*45)*46)というが、この状態は両社の合計利得は最大とは言えず、この現象も「囚人のジレンマ」である。

 独占禁止法によって禁じられている「価格カルテル」が後を絶たないけれど、競争するために敢えて低い価格でしか販売できない企業にとっては、その誘因がいかに強いか、この理論をもっても分かるのである。







*41)この場合「利得」という表現をする。片方の犯人の利得を計算すると、放免(相棒が黙秘を続け、自分だけ自供する)の場合で3、懲役1年(共に黙秘を続ける)なら2、懲役2年(二人とも自供してしまう)で1、懲役3年(自分は黙秘を続けたが相棒が自供してしまう)では0とする。従って二人合計の利得は順に(3+0)=3、(2+2)=4、(1+1)=2、(0+3)=3となり、利得の一番大きいのは(黙秘-黙秘)の場合の4で、利得の最小は(自供-自供)の2である。
*42)ここは感情論で、「黙秘したいけれど、相棒の自供を恐れて自分も自供する」ように書いたが、次のような論理的な考察による行動である。黙秘した場合の利得は良くて“2”、悪ければ“0”なのに対して、自供した場合は、良く出れば利得は“3”、悪い場合でも“1”と利得の可能性がいずれも黙秘の場合を上回るのである。
*43)話の便宜上ガソリンの仕入れ価格を考慮しない。
*44)クールノー(1801-1877)1838年に「富の理論の数学的原理に関する研究」において寡占企業がまったく同じ財を生産しているときに企業はどのような行動を取るか分析した。彼の分析はクールノー寡占モデルといわれ、その後に発展を遂げた不完全競争研究の基礎となった。
*45)ジョン・F・ナッシュ(1928- )アメリカの数学者。1950年代にフォン・ノイマン(1903-57)のゲーム理論を利用してこれらのモデルを極めて一般的なナッシュ非協力ゲームにまとめた。この貢献から1995年ノーベル経済学賞を授与される。ハリウッド映画「ビューティフル・マインド」2001年のモデルとしても有名。
*46) 「クールノー・ナッシュ均衡」は企業数が多いほど企業全体の生産量は多く、価格は低くなることが知られている。企業数を無限にすると完全競争均衡に一致する(クールノーの極限定理)。

本稿は、多和田眞編著「経済学講義」(株)中央経済社(1991年)刊、西村和雄編「早わかり経済学入門」東洋経済新報社1997年刊および吹春俊隆著「経済学入門」新世社2004年刊などを参考に編集しています。
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