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愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える

「愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える」(マンシェット 光文社 2009)

訳は、中条省平。
編集者、堀内健史。
装丁、木佐塔一郎。
装画、望月通陽。
光文社古典新訳文庫の一冊。

エシュノーズを読んでから、なぜかいま手元にあるフランスの小説を立て続けに読んでいる。
で、今回はマンシェット。
エシュノーズはマンシェットを敬愛していたと、たしか解説にあって、そういえばうちにもあったなと思い、書棚をさがしたらこの本がでてきた。

カバー袖の作者略歴によれば、1972年に出版された本書は、翌年の「フランス小説推理大賞」を受賞。
マンシェットは一躍、フランス暗黒小説のリーダー的存在となったそう。

それにしても、「暗黒小説」とはものものしい。
ひらたくいうと、「殺伐とした犯罪小説」くらいの意味だろう。
思うのだけれど、フランスの小説はなんでも暗黒化しやすいのではないだろうか。

本書は、「狼が来た、城へ逃げろ」(岡村孝一/訳 早川書房 1974)のタイトルで、1974年にも出版されているとのこと。
さらに、解説によれば、このタイトルはランボーの詩をもじったものだとのこと。

さて、ストーリー。
3人称多視点。
精神病院に入院していたジュリー・バランジェは、ある財団のトップ、ミシェル・アルトグに、甥のペテールの世話係として雇われる。
なぜ、ジュリーを雇ったかといえば、アルトグは慈善家でもあったから。

もともと財団はペテールの両親のものだったが、両親が事故死。
ペテールが財団を相続し、現在アルトグが後見人としておさまっている。
そして、ペテールの世話係になったジュリーは、2日もしないうちにペテールともどもギャングによって誘拐されてしまう。

山小屋に連れていかれたジュリーとペテールは、そこからからくも脱出。
後半は、2人と、2人を誘拐した殺し屋トンプソンとの逃亡および追跡劇が続く――。

…正直にいって、ストーリーはありきたりだ。
でも、作品自体はそうなってはいない。

まず、登場人物がみんなエキセントリック。
精神病院からでてきたばかりのジュリー、失敗した建築家のアルトグ、たいそう可愛くないペテール。
それに、胃弱の殺し屋トンプソンも忘れがたい。

登場人物がエキセントリックだと、その面ばかりが強調されやすい。
演技過剰になりやすいと思われるけれど、この作品では、登場人物と、その演技のつりあいが、ぴったりととれている。
それに、グロテスクな描写は必要以上にみせない。
エキセントリックにもかかわらず、全体に節度があり、品がいい。

文章の表現は、ひとことでいえばハードボイルド。
地の文では描写に徹し、説明は会話と描出話法でおこなう。
話のテンポは素晴らしい。
でも、なにより素晴らしいのは、なにか大惨事がおこるのではないかという不穏さが、冒頭から終結までみなぎっているところだ。
この不穏な雰囲気の形成には、エキセントリックな登場人物だけでなく、会話からシチュエーションにいたるまで、ありとあらゆるものが動員されている。
この緊張感を最後まで維持したことには驚嘆。

訳者の中条省平さんは、ハードボイルドといっても、ハメットの作風とはちがうと指摘している。
ハメットの登場人物は、おもに金銭欲にしたがって行動し、心理と行動が不可分に結びついていた。
けれど、マンシェットの場合、心理と行動が乖離している。
そこにマンシェットの人間哲学がみられるのだそう。
ひとことでいえば、「暗黒化」が進んだということだろう。

なにを考えているかわからない人間をあつめて物語をつくることは不可能だ。
だから、ありきたりなストーリーでなかったら、この作品は成立不可能だったろうと思う。
加えて、非常な構成力と洗練された文体が必要とされる。
書くのに4年かかったそうだろうけれど、さもありなんという感じ。

読み終わってから、この本のことを思い出そうとすると、哀切さがまず浮かぶ。
これも、「暗黒化」の副産物かもしれない。

巻末の年譜をみていたら、マンシェットはアラン・ムーア原作のアメリカン・コミックス「ウォッチメン」をフランス語に訳していた。
なるほど、こういう小説を書くひとが「ウォッチメン」を訳すのは適役かもしれない。
「ウォッチメン」のファンとして喜ばしい。
それにしても、自分の好きな本を訳しているというだけで、いきなり親近感がわくのだから妙なものだ。


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