天来の美酒/消えちゃった

「天来の美酒/消えちゃった」(コッパード 光文社 2009)
訳は南條竹則。
装画、望月通陽。
装丁、木佐塔一郎。
望月さんの、ひと筆書きの絵は、真似してみるとめちゃくちゃむつかしい。

本書は短編集。
収録作は以下。

「消えちゃった」
「天来の美酒」
「ロッキーと差配人」
「マーティンじいさん」
「ダンキー・フィットロウ」
「暦博士」
「去りし王国の姫君」
「ソロモンの受難」
「レイヴン牧師」
「おそろしい料理人」
「天国の鐘を鳴らせ」

最初にぜんたいの印象を。
この作家の面白さは語り口にある。
ストーリーと直接関係がない、よけいなことが書いてあると感じられる語り口。
読んでいると、どうしてここをはしょって、ここをこんなに書くんだ、と思うような語り口だ。

だから、この作家の評価は、この語り口を受け入れるかどうかで決まると思う。
語り口が受け入れられれば、どの作品もみんな面白いし、受け入れられなければ、どの作品もみんなつまらないだろう。
個人的には、とても面白かった。
よけいなことが書いてあると感じる部分については、
「普通の小説より物語をはこぶ川幅が広いのだ」
と考えたい。
川幅が広いぶん、物語がどこにたどり着くのか不明瞭。
そこがとても面白いところだし、また戸惑うところだろうと思う。

さて、以下、特に面白かった作品を。

「消えちゃった」
自動車でフランスを旅していた、ジョン・ラヴェナムと妻のメアリー、それに友人のアンソンという3人。
なにかの爆発のような、地震のようなものを目撃して不安にかられる。
おまけに自動車の距離メーターはこわれ、時間もよくわからない。
大きな町へたどり着き、どうしても「タイムズ」が読みたいアンソンが、ひとり町なかに駆け出し、それっきりもどってこない。
アンソンをさがしにいったメアリーまでもどってこない。
ラヴェナムは警察にいくのだが――。

この作者の作品は、ストーリーを紹介しても面白さがつたわらないなあと、いま思った。
それに、紹介自体もむつかしい。
物語の川幅が広いため、複雑微妙さに富んでいて、こういう話だといいきれない。
この作品は、奇妙な味の怪談といったらいいだろうか。
怪談のくせに、ひとを怖がらせる気がまったくないようにみえるのが妙だ。

「天来の美酒」
南アフリカ海岸で鉱山の監督をしていたポール・ラッチワース。
40歳になる独り者。
ある日、ラッチワースは自分の名前がでている新聞広告をみつける。
広告は、父の弁護士がだしたもの。
イギリスにもどったラッチワースは、1年前に亡くなった父の遺産(古屋敷と邸園と農園。ただしベティおばさんに年金を払わなければいけないので財政的にはすこぶるきびしい)を相続することに。

屋敷の酒蔵には、「チブノール祝宴用麦酒(エール)」とラベルが貼ってある、ワインの壜のようにほこりのつもった9本のビールが。
あまりうまさにたちまち8本飲んでしまい、最後の1本はとっておくことに。
この1本は、ベティおばさんが亡くなったときに、冥福を祈るために(祝杯をあげるために)とっておこう。
すると、ある日、ラッチワースの屋敷を買いたいという美女があらわれて――。

ラッチワースがイギリスにもどってくるとき、船客の女性たちとのエピソードが少しあるのだけれど、これがストーリーになんらかかわりをもたない。
くわえて、最後に美女があらわれて話を盛り上げるのだけれど、強烈なツイストがかかってストーリーはあらぬほうへ。
この作者にしか書けないであろう、素晴らしい逸品だ。

「マーティンじいさん」
最後に死んだ人間が、それ以前に死んだ人間にたいして奉仕をする。
そんな信念を抱いているマーティンじいさん。
村で最後に死んだのは、ろくでなしのイフレイム・スティンチ。
ところが、その次に亡くなったのは、マーティンじいさんの愛する姪、モニカだった。
あの世で、モニカがスティンチに虐げられているのではないかと、マーティンじいさんは気が気ではない。
すると、村ではまた死人が。
マーティンじいさんが喜んだのもつかのま、教会墓地はいっぱいなので、その死人はべつの場所に埋葬されることになり――。

これは、怪談らしい怪談といえるかも(あくまで、マーティンじいさんからみた話だけれど)。
本書の収録作は、どれも皮肉な結末をむかえるものばかりだけれど、これはハッピーエンド。
その点、印象に残った。

「去りし王国の姫君」
ずっと昔、一人の姫君が小さな小さな王国を治めていた。
姫君はある臣民の若者に恋をするが、そのナーシッサスという若者は一介の詩人だったので、姫君との結婚など思いもよらない。
ナーシッサスはふいに死んでしまい、姫君は嘆き悲しんで、立派な葬儀をとりおこない、銀の廟と黄金の櫃をあつらえて――。

作者の文体は、いつも説話を物語るようなもの。
短篇が中心で、長篇は書かなかったというけれど、この文体で長篇を書くのはむつかしいだろう。
この作品は、その説話を物語るような文体に、叙情がないまぜになっていて、すこぶる興趣に富む。
ロマン派の作品のような、美しい佳品だ。

「おそろしい料理人」
地主のジョリー大旦那は、妻の指示にしたがい、料理人のアンジェラを首にすることに。
ところが、アンジェラは大旦那のいうことをまったく聞かない。
酔っ払い、立てこもり、開き直り、居直って、大旦那に抵抗する。

でていけといってもでていかない女料理人に閉口する、大旦那の話。
読んでいると、大旦那に同情してしまう。
それに、なにやら一抹の不気味さがある。
ちょっと、ウォルポールの「銀の仮面」を思い出した。

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