機械探偵クリク・ロボット

「機械探偵クリク・ロボット」(カミ 早川書房 2010)
訳は高野優。

カミは「エッフェル塔の潜水夫」(ピエール・カミ 筑摩書房 1990)を読んで、ひいきになった。
エッフェル塔と潜水夫の組み合わせがなにより卓抜だし、語り口はユーモラス、どことなく子どもっぽい、童話的なところがあるのもよかった。
加えて、これは訳者である吉村正一郎さんの手柄だろうけれど、なぜか大阪弁でしゃべる登場人物がいるのもおかしかった。
フランス語が大阪弁に訳されたというのは、ほかに例があるのだろうか。

カミにはほかに「名探偵ルーフォック・オルメス」という、じつにバカバカしいユーモア探偵小説がある。
でも、アンソロジーに収録されたもの以外、読んだことがない。
いずれ、どこかの古本屋でみつけたら読んでみたい。
そう思いつつ、ずいぶん日が経ってしまった。

そこで。
「機械探偵クリク・ロボット」だ。
書店の新刊コーナーでこの本をみつけたときは、目を疑った。
まさか、カミの新刊がでるとは思ってもみなかった。
さっそく買って帰って読んでみた。

内容は、タイトルどおり、機械探偵クリク・ロボットが活躍するミステリ。
本書には2編、「5つの館の謎」と「パンテオンの誘拐事件」が収録されている(このシリーズは、この2編以外ないそう)。

クリク・ロボットは、古代アルキメデスの直系の子孫、ジュール・アルキメデス博士によってつくられたロボット。
ロボットといっても、自分で考え、自分で行動する鉄腕アトムタイプではなく、正太郎くんに操られる鉄人28号タイプ。
〈手ががりキャプチャー〉、〈推理バルブ〉、〈仮説コック〉、〈短絡推理発見センサー〉、〈思考推進プロペラ〉、〈論理タンク〉、〈誤解ストッパー〉、〈事実コンデンサー〉、〈情報混乱防止コイル〉、〈真相濾過フィルター〉、〈自動式指紋レコーダー〉、〈解読ピストン〉などの機能を備えており、博士がそれを操ることによって、たちどころに真相を解明する。

この本には、カミの手によるイラストがたくさん載せられているのだけれど、クリクの容姿はいかにもロボットというもの。
四角い頭に、なぜかチロリアンハットを粋にかぶり、パイプをくわえて、チェックのスーツを着ている。
もちろん、しゃべるときは金属的なカタカナしゃべりだ。

クリクは真相を解くと、それを口からピーッと紙を吐いて知らせる。
その真相は、なぜか暗号になっている(なぜた!)。
しかし、博士はその暗号をたちどころに解いて、事件を解決にみちびく。

「5つの館の謎」は、5つの館のある庭で起こった事件をあつかったもの。
1発の銃声とともに、額にナイフの突き刺さった男が地面に倒れるという事件が発生。
被害者は、小説にでてくる女性に恋をした、少々頭のおかしな男。
男は、登場人物の女性を殺させないために、5つの館のひとつに住む小説家のところにしばしばあらわれていた。
そして、男を殺したナイフは小説家のものだった。
はたして、犯人は小説家なのか――?。

冒頭、「私を解剖してくれ」と、被害者が、調査にきた刑事に懇願する場面がある。
「誰にやられたんだ?」と刑事が訊くと、「わからない……。私はもう死んでるんだ}と、被害者。
「そんなこと言わずに何か思い出してくれ」と、刑事がさらに食い下がると、被害者はいう。

「だから、私は死んでるって言ったろう」

なんともシュールな場面で、これが作品全体のトーンを決定している。

事件の真相は、じつに他愛ないもの。
でも、そう目くじらを立ててはいけない。
だいたい、推理小説というジャンル自体が他愛ものじゃないだろうか。

第2話、「パンテオンの誘拐事件」は、庭園だけが舞台だった前作にくらべ、スケールが大幅にアップ。
偉人たちを祀る霊廟として知られる、パリ5区のパンテオンから、ヴォルテール、ルソー、ゾラ、ユゴーらの遺骸が盗まれた。
現場には、犯行告知が。
犯人は、犯罪総合商事ボブ・メーカーンチ株式会社と名乗り、遺骸それぞれに身代金を要求する。

身代金の金額はこう。
ヴォルテール、1500万フラン。
ルソー、1500万フラン。
ユゴー、1200万フラン。
ゾラ、800万フラン。
少しずつ金額がちがうところが、なんとなく可笑しい。

首相からの依頼により、アルキメデス博士とクリクは調査を開始。
いったい、遺骸はどこから盗みだされたのか。
パンテオンにはどんな秘密があるのか。

調査中、さらにアカデミー・フランセーズの永久幹事が誘拐されるという事件が。
犯人は、身代金が支払われない場合、永久幹事を処刑すると告げる。
国会では、身代金を支払うべきかどうか論戦がくりひろげられる。

1話目とちがい、こちらは犯人との知恵くらべの要素が大きい。
推理小説というより、冒険小説的。
それから、犯人像が魅力的。
ラスト、博士と犯人との会話は名シーンだ。

訳者あとがきによれば、カミにはまだまだ翻訳されていない名作が多いのだそう。
機会があれば紹介していきたいと、訳者の高野優さんは書いている。
ぜひ、お願いしますといいたいけれど、それは本書の売れゆき次第だろう。
でも、近所の本屋を定点観測するかぎり、ろくにうごいていないようだ。
ユーモア小説が好きなひとが手にとってくれないものかと、ここのところ祈るような気持ちでいる。


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