さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ウズベキスタンからの帰国 その2

2020年01月14日 | 海外旅行
サマルカンドに到着して、レギスタン広場で写真ストップしました。残念ながら、入場はせずに入り口からの見学のみでした。

レギスタンとは砂場という意味で、チンギス・ハーンの来襲以降サマルカンドの中心地になって市場やキャラバンサライが造られていましたが、現在では、広場を囲んで三つのメドレセが並んで巨大な空間を形作っています。サマルカンドのみならずウズベキスタンを代表する風景です。



左は、1420年に造られた広場では最も古い神学校のウルグベク・メドレセです。



ウズベキスタンの多くの建物の特徴でもありますが、ファサードは美しいタイル装飾が施されています。



正面はティラカリ・メドレセで、ティムール帝国の跡を継いだウズベク族のシャイバニ朝の時代の1660年に建てられました。



右は、ティラカリ・メドレセと同じ時代の1636年に建てられたシェルドル・メドレセ。



シェルドルの意味は、「ライオンが描かれた」という意味で、入り口のアーチの上にイスラームで禁じられている動物の絵が描かれています。



車窓から見えていたアミール・ティムール廟。ティムール一族が眠る廟です。



街中は、歩く地元の人で賑わっていました。



ハズラティ・ヒズル・モスク。



シャーヒズィング廟群。



ティムール縁りの人々の霊廟が、丘の上に向かって一直線に並んでいます。





アフラシャブの丘。かつては、この丘の上に町がありましたが、モンゴル軍によって徹底的に破壊されました。



街はずれのレストランで昼食。



レストランの脇に、ティムール朝の君主であり、天文学者でもあったウルグ・ベクにより1420年代に建設されたウルグベク天文台がありました。先回の訪問では見学していなかったので、食後に急いで入り口まで行ってみました。



六分儀の地下部分が残っているようです。ウルグベクは、1年の長さを、現在の精密測量の結果と比べて1分に満たない差で測定し、また1018の星の軌跡を記録しました。



サマルカンドを後にしてタシケントに向かいました。先回は鉄道の旅でしたが、今回はバス移動になりました。





途中で渓谷沿いの走りになりました。





ヒマワリ畑。



日も暮れていきました。



タシケント市内で夕食してからタシケント国際空港に向かいました。



狭い出発ロビーです。



免税店も小さなものでした。



タシケントから仁川への途中の機内食。



シルクロード沿いに飛行して仁川へ。



仁川空港に到着しましたが、乗り継ぎ時間が7時間近くもありました。



椅子に座って居眠りで時間を過ごし、腹をこわしているため昼食もパンのみで我慢。



夕方近くなってようやく出発。



最近の日韓関係の悪化にもかかわらず満席でした。仁川での乗り継ぎ時間を考えると、便を減らして搭乗率を上げているのかもしれません。



機内食。味見だけで終えました。



ようやく日本に戻ってきました。

トルクメニスタンは、予備知識の無かった国でしたが、見どころの多い国でした。
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