さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ヨセミテ その5

2020年07月14日 | 海外旅行
 前回のヨセミテ訪問で、ハイキングを堪能したが、見残した所も多く、再び出かけることにした。今回は、様子が判っており、気分的には余裕があった。しかし、日本からは雪の便りが届いている初冬に、2000メートルのピークまで登れるのかという不安は残った。このような、慣れぬ海外の山における予期せぬ出来事に対する不安は、この一週間後に日本や米国以外の国のことではあるがヒマラヤトレッキングにおける大量遭難となって実現してしまったのだが。

 カリフォルニアパーラーカーツァーで再びヨセミテへ。驚いたことに客は、3組5名のみであった。商売になるのか、心配になる。サンフランシスコは霧で覆われ、オークディールの手前で、ようやく太陽が顔を覗かせた。ドライバーは、個人的な質問にも答えながら、解説を続けたが、前回のドライバーの方が、歴史的事項に詳しかったようである。道路が空いていたため、順調にヨセミテ国立公園まで辿り着くことができた。ゲートの掲示を見ると、相変わらず、キャンプ場は満員のようであった。



ヨセミテの谷への下り。



アーワニーホテル

 アーワニーホテルの昼食は、やはり味が無い。自分で調味料を入れろということか。ヨセミテロッジの食事は、味が結構濃いのに、不思議である。このホテルは、食事自体よりも、雰囲気を楽しむのに価値があると考えるべきである。



ホテル脇の岩壁



上の写真の一部拡大。中央部の青い染みとその上がクライマー。

 ドライバーには、食事後、歩いてヨセミテロッジに行くと話をつけてあったので、周辺のハイキングを開始した。ホテル内のウィンタールームには、ハイカー必見の山の古い道具や資料が展示してあった。庭に出ると、木の葉は黄色に色づき、紅葉の盛りであった。玄関前で、何人もが岩壁を見上げており、双眼鏡を取り出して覗くと、4人のクライマーが登っているのが見えた。クライミングコースは、白い筋が線となっており、どうやらチョークの跡のようであった。





ハーフドームに再会。





 アーワニーホテル近くの草原に出てみると、ハーフドームに再会することができた。前回、充分に見たつもりでも、やはりみとれてしまう。草原の草紅葉も先回よりも色濃くなっていた。

 相変わらず青空が広がっていた。ハーフドームの写真撮影の定番スポットのセンティネルブリッジをまず目指した。ブリッジ手前の駐車場脇からは、ヨセミテポイントとヨセミテフォールの素晴らしい眺めが得られた。ヨセミテフォールの水は、殆ど枯れており、滝口から落ちた僅かな水は、途中で霧になって消えていた。橋の上からは、絵葉書でお馴染みの、マーセド川を全景にしたハーフドームの眺め。その先には、チャペルがあり、これも写真によく登場する風景である。もしも1時間しか自由時間が無いのなら、ヨセミテロッジからこのセンティネルブリッジの往復が推薦である。

 ヨセミテビレッジに戻って、インフォメーションセンター、ミュージアム(インディアンの資料展示)、アンセルアダムスギャラリーを見学した。センターの掲示でハイキングコースの状況を確認したが、ハーフドームの鎖は、10月11日に外し、5月中旬に取り付け予定とのことであった。前回ハーフドームに登ったのが最後の機会であったわけで、ラッキーであった。アンセルアダムスギャラリーには、絵葉書が豊富に揃えられ、オリジナルプリントも売られていた。



夕日に染まるハーフドーム



ハーフドームと月

 ヨセミテロッジへの途中、ハーフドームの上に月が登り、茜色にハーフドームが染った。アンセルアダムスの真似はできないが、条件を交えてシャッターを押してみた。

 ロッジのレセプションでキーを受け取って部屋に入ろうとすると、ドアが開かない。受け取った鍵が間違っており、正しい鍵を受け取りに戻らなければならなかった。夕食後、翌日の食料の買い出しと、お土産のTシャツを買った。
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