カイラワーンの最後の見学地として、旧市街地の北西の郊外にあるシディ・サハブ霊廟を訪れました。
途中で見かけたイスラム教関係と思われるモニュメント。
シディ・サハブ霊廟とは。「シディ」は「聖人」を、「サハブ」とは「友人」を意味しています。
預言者ムハンマドの同志であったアブ・ザマエル・ベラウィが眠る霊廟で、彼は常にムハンマドのあごひげを三本持ち歩いていたことから。「バルバリエ(床屋)のモスク」とも呼ばれています。ガイドブックなどでは、ムハンマド専用の床屋であったと書かれていますが、現地ガイドの説明では、持っていたひげが由来で、床屋というわけではなかったようです。
もともとは7世紀に建てられたもので、後のオスマントルコ時代、17世紀に巡礼者のための宿、モスクとミナレット、イスラム神学校などが付け加えられて現在の形になりました。
建物に入った所の小部屋。
この霊廟の見どころは、美しいタイル装飾や透かし彫り彫刻で、マグレブで最も美しい霊廟と言われています。
ここでのタイル装飾は、植物の模様になっています。
次の小部屋。
天井を覆うドームの彫刻も見事です。
中庭に出ました。
アーチを備えた柱やタイル装飾は、イスラム芸術の粋を現しています。
細かい模様が描かれています。
アブ・ザマエル・ベラウィの棺が置かれた小部屋の入口。内部にはイスラム教徒しか入れません。
入口からでも、内部の様子を見ることができました。
この霊廟には、各国から巡礼者が訪れているようです。
また、割礼儀式の場としても良く用いられており、この日も儀式を終えて泣いている子供を連れた家族がいました。割礼を行うのは、医者は料金が高くなるので、床屋が担当するということでした。割礼は、イスラム教の他にユダヤ教でも行われるようです。
この霊廟でもネコの家族がいました。チュニジアは、どの見学地でもネコに出会いました。ネコについては、改めてまとめペ-ジを作ります。
途中で見かけたイスラム教関係と思われるモニュメント。
シディ・サハブ霊廟とは。「シディ」は「聖人」を、「サハブ」とは「友人」を意味しています。
預言者ムハンマドの同志であったアブ・ザマエル・ベラウィが眠る霊廟で、彼は常にムハンマドのあごひげを三本持ち歩いていたことから。「バルバリエ(床屋)のモスク」とも呼ばれています。ガイドブックなどでは、ムハンマド専用の床屋であったと書かれていますが、現地ガイドの説明では、持っていたひげが由来で、床屋というわけではなかったようです。
もともとは7世紀に建てられたもので、後のオスマントルコ時代、17世紀に巡礼者のための宿、モスクとミナレット、イスラム神学校などが付け加えられて現在の形になりました。
建物に入った所の小部屋。
この霊廟の見どころは、美しいタイル装飾や透かし彫り彫刻で、マグレブで最も美しい霊廟と言われています。
ここでのタイル装飾は、植物の模様になっています。
次の小部屋。
天井を覆うドームの彫刻も見事です。
中庭に出ました。
アーチを備えた柱やタイル装飾は、イスラム芸術の粋を現しています。
細かい模様が描かれています。
アブ・ザマエル・ベラウィの棺が置かれた小部屋の入口。内部にはイスラム教徒しか入れません。
入口からでも、内部の様子を見ることができました。
この霊廟には、各国から巡礼者が訪れているようです。
また、割礼儀式の場としても良く用いられており、この日も儀式を終えて泣いている子供を連れた家族がいました。割礼を行うのは、医者は料金が高くなるので、床屋が担当するということでした。割礼は、イスラム教の他にユダヤ教でも行われるようです。
この霊廟でもネコの家族がいました。チュニジアは、どの見学地でもネコに出会いました。ネコについては、改めてまとめペ-ジを作ります。