さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ドゥッガ遺跡 その2

2018年11月01日 | 海外旅行
劇場から出て中心地のキャピタルに向かいました。



遺跡の広がっている原は、野の花で飾られていました。









お花畑の見学だけでも訪れる価値がありました。



都市の中心地であるキャピタルが近づいてきました。



キャピタル手前には、風の広場があります。



この広場の名前は、西寄りの舗石に円陣に囲まれて12種類の風の名前が記されていることに由来します。



このような名前が記されています。



風の広場に隣接するメルクルス(マーキュリー)神殿



市場。



風の広場の東に隣接するアウグスタン・ピエティ神殿。



キャピタルの中心に建つユピテル神殿。ユピテル(ジュピター)、ユノー(ジュノー)、ミネルヴァの三神を祀るためのもので、マルクス・アウレリススとルキウス・ヴェルスの二人の皇帝のために捧げられました。



柱はコリント式です。



上部には、力の象徴、神格された皇帝の化身とも言われるワシの彫刻が飾られています。



神殿内には、当時6mも及ぶユピテル(ジュピター)像が置かれていたといいます。



キャピタルからは、奴隷市場を見下ろすことができました。



市民のオープンスペースのフォルム。



周囲には38本の円柱が並んでいました。540年にビザンチン帝国によって要塞化されました。



彫刻が残されていました。崩壊が進んで細部が判り難くなっていなすが、上部は「ペルセウスとメデゥーサ、下部にはビーナスが描かれているようです。



他の面にも、像が彫られていました。





奴隷市場に向かいました。



奴隷市場。



奴隷市場内部。



奴隷市場の門が額縁状になって、その中にユピテル(ジュピター)神殿を見ることができました。



丘の下に見える高さ21mの塔は、リビコ・プュニック廟。



この塔は、チュニジアにおけるローマ時代以前の建造物の中で、僅かに残ったものの一つです。紀元前3世紀のヌミディア指導者を記念したものです。1842年に英国領事によって碑文が大英博物館へ持ち出される際に崩壊してしまい、現在のものはフランス政府によって再建されたものです。
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