さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 銀川 その2

2019年09月11日 | 海外旅行
賀蘭山岩絵の見学を終えて銀川に戻ってきました。

郊外に立ち並ぶビル群の眺めに目が引き付けられました。



新興住宅地には、新しいモスクが建てられていました。



近未来的な橋。場所を無駄にとっている感じもしますが。



街中に入ると北塔清真大寺と書かれたモスクがありました。



ホテルに戻って近くのレストランでしゃぶしゃぶ(火鍋)の夕食をとり、その後は街の散策に出かけました。まずは南門へ向かいました。



南門の北側には、古い街並みを模した店が並んでいました。



南門の裏手。



南側に回り込むむと、小天安門と呼ばれる理由が判ります。中央には毛沢東の絵、左には「中国共産党万歳」、右には「中華人民共和国万歳」と書かれています。

ここで気になったのは北京の本家天安門では、左に「中華人民共和国万歳」、右に「世界人民大団結万歳」と書かれています。銀川の南門では、寧夏回族自治区の少数民族に対して、共産党が睨みを効かせているという印象を持ちました。漢族の街では街の中心地で毛沢東の絵や像が飾られているのは見かけませんが、新疆ウィグル自治区の西端のカシュガルでは、中央政府の権力を誇示するように公園に毛沢東像が飾られていました。





天安門と同じく国旗掲揚台も設けられていました。ただ、天安門と違って、兵士によって国旗を収容したり掲げるセレモニーは行われていませんでした。



北京の天安門広場とまではいきませんが、ここも広大な広場が設けられていました。

ここで夜景を見るのはまだ早かったので、近くにある銀川南関清真大寺にむかいました。



銀川南関清真大寺は、寧夏回族自治区で最大級のモスクで、回教徒の中心的活動拠点になっています。



創建は明代末で、1916年にこの位置に移転され、1981年の文化大革命の際には破壊されましたが、1981年に再建されました。



内部を見学できるようですが、時間がすでに遅く、入り口から中をのぞくだけになりました。



寺院の脇の通りには、回族のレストランが並んでいました。



また、イスラム教信者用の装身具の店もありました。



南門に戻ると、灯りがともり始めていました。



夕暮れになっても広場は大賑わいになっていました。パフォーマンスで人垣ができていました。



広場で少し時間をつぶしていると、ライトアップが輝いて見えるようになってきました。



南門のライトアップを楽しんだ後は、鼓楼に向かいました。



北に向かって歩いていく途中、清真寺(モスク)がありました。、



寧園に出ました。ここも美しくライトアップされていました。







鼓楼もライトアップされていました。



昼間とは違った雰囲気です。歴史建造物にライトを飾り付けるのはやり過ぎの感もありますが、美しいことは確かです。





鼓楼に突き当たる鼓楼南街は、歩行者専用道になって露店が出て大賑わいになっていました。ステージが設けられて歌手が歌っていたのですが、丁度終わるところでした。



露店は、衣類が主で、観光客用の商品はありませんでした。



ホテルに引き返す途中、最後に玉皇閣を見学しました。



ステージでの演技も終わっており、広場も静かになっていました。

中国の治安に問題はないので、ホテルの位置が許すのなら夜の街歩きをしたいものです。
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