広島三大祭は、「とうかさん」「すみよしさん」に「えべっさん」。
(「すみよしさん」でなく「フラワーフェスティバル」かと思っとった!)
「すみよしさん」が「広島三大祭」のひとつだなんて、ちーっとも知らんかった。
(不勉強ですいません)
今回は、「すみよしさん」の話。
「すみよしさん」とは、旧暦6月14日・15日に行われる
住吉神社の夏祭。
直径3mの巨大な茅の輪をくぐる「茅の輪くぐり」や、日常おかしてしまった罪穢(つみけが)れを祓(はら)い、無病息災を願う「人形流し」が行われる。
また、打ち上げ花火、神楽、その他イベントが催され、露店も多数並ぶ。
住吉神社
住吉神社で有名なのが、節分の「焼嗅がし(やいかがし)神事」。
毎年、テレビや新聞などで紹介されるけえ、知っとる人も多いと思うんじゃが。
1996年から行われている行事で、巫女さんが鰯(いわし)1,000匹の頭を焼いて、そのにおいを畳1畳分もある大うちわであおいで、厄払いをするんじゃそうな。
焼いた鰯の頭はヒイラギの枝に刺して、参拝者の人がお守りとして持ち帰る。
節分のお約束で赤鬼と青鬼が現れ、近所の幼稚園児たちに退治される。
境内には「被爆松」がある。
なぜ「広島三大祭」なのか、調べてみたがよくわからん。
わかったことといえば…、
○住吉神社のある住吉町の北側に加古町(かこまち)がある。
○加古町は戦前、「水主町」と書かれ、「水主衆(水夫のこと)が住む町」であった。
○江戸時代、水主町には藩の船屋敷・船作事所があった。
住吉神社は、広島藩の船の守護神として信仰された。
(住吉神社に祀られている住吉三神(すみよしさんじん)は、海の神とされる)
○与楽園(よらくえん)と呼ばれる、縮景園(しゅっけいえん)に劣らぬ規模の庭園が、水主町にあった。(どちらも藩主の別邸)
○明治時代初期、広島県庁舎(広島藩中屋敷跡地)や広島県会議事堂、広島市役所(広島藩米倉跡地)など主要な建物が、水主町にあった。
つまり、江戸時代から戦前まで、水主町(現加古町)あたりは重要な施設があって賑(にぎ)わっていた。
(加古町に、広島厚生年金会館やアステールプラザなどがあるのは、その名残りか)
そこで、住吉神社の夏祭は人出も多く、「広島三大祭」に選ばれた…と思われるんじゃ。
これは、あくまでわしの推測じゃけえ、信頼せんように。
ご存知の方、どうか教えてください。
今日は、すみよしさんについて勉強をさせてもらいました。
「広島三大祭」のひとつというのは、今回初めて知りました。
今日もひとつ勉強になったでがんす。
ほいじゃあ、またの。
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