或る「享楽的日記」伝

ごく普通の中年サラリーマンが、起業に向けた資格受験や、音楽、絵画などの趣味の日々を淡々と綴ります。

黒革ソファー

2008-01-30 06:17:47 | 500 ファッション
つい先日購入したのが新しいソファー。買い替えは久しぶり。自分もカミさんも前回がいつだったか思い出せないから。少なくとも10年は経っている。色は以前がベージュで今回が黒。ホント黒好きだなあ、もう何でもかんでも黒だから。きっかけは、たまたまバーゲンで買った黒いクッションカバー。デンマークのVilla Collectionというブランドで、なかなかシックでオシャレ。

でも買ったのはいいけど、色合いがソファーに全く馴染まない。すると面白いもので、ソファーの一部が壊れていることや、シートバックが深すぎて座り心地がイマイチなことなど、ずっと我慢していたことが気になってくる。このところ家具で贅沢をしていないし、そろそろ買い替え時かなとカミさんと近所のショップへ行ったらすっかりその気になってきて。よくあるパターン。

自分は基本的に衝動買いをしないタイプなので、知っているお店をひと通り全部見て相当数の商品をチェック。分かったことはソファーってピンキリだってこと。3Pだと高価なのが40~50万円、廉価なのは1~2万円。その意味では家を建てて最初に買ったYAMAHA製のソファーが一番高価だったかなあ。それからどうも段々とステップダウンをしているような気がする。

最終的に決めたのは名もない国産メーカーの中級品。3Pと2Pの2脚。地味でくすんだ本革の見栄えと触感も良かったけど、決め手は座り心地。他はどうもしっくりくるのがなかった。たいがいシートが深くて柔らかすぎるしバックは高すぎる。楽そうで実は疲れてしまう。購入したのは、そのヘンが絶妙。さして選択に悩むこともなく、カミさんと珍しく意見が合って即決したけど。

本当は歴史的に有名なデザイナー、ル・コルビジェのLC2グランコンフォートが欲しかったけど、やはり背の低い日本人の体型を考えるとシート位置が高すぎる。かかとが浮くってこと。レプリカの加工革なら10万から20万の間だから手は届くけど、結局のところ”名”より”実”を取った格好。その辺りは、歳を取ると良い意味の背伸びをしなくなったのかなあ、寂しいけど。

LC2 3P   LC2 2P

社労士勉強進捗[1月度]

2008-01-28 06:19:02 | 150 社会保険労務士
11月に勉強を再開して以来、参考書の購入やWEB講座の契約も済ませ戦闘体制はバッチリ。年が明けてしっかり軌道に乗っている。理解は年を追うごとに深まっていて、同じ過去問でも法改正の経緯等まで頭に入るようになってきたのが嬉しい。なんて優等生的コメントは置いといて、昨年から年金問題がやけに盛り上がっているなあ。試験科目のひとつだし、とても身近。

未払いや不払い、あげくの果てに使い込み問題と、ひょっとしてと思ってきたことがどんどんと明るみに。これについてはいろいろと考えさせることがある。結論としては、フツーの人間がフツーにやっていたらおそらくこうなるのだろうなと。当たり前の話だけど、国家レベルの話なのでとにかく扱うお金の大きさが半端じゃない。ちょっと専門的になるけど、国民年金勘定の積立金だけでも10兆円規模で、年間の収支をみると保険料収入や年金給付費等でざっと20兆円が出入りしている。

話を分かり易くするために個人レベルの例で説明すると、例えば、”A君から1万円お金を借りた。数ヶ月経ってお金を返す時に、たまたま1万円札がなくて、しかも財布の中味全てを足してようやく9千990円。やさしいA君は、「いいよ10円ぐらい。あるだけでいいから」と10円不足していたけど、たかがそのぐらいと大目に見た”。さすが友達同士、細かいことにとやかく言わない。

これを国民年金に当てはめると、”国民から20兆円お金を借りた。返す時に200億円不足していた”という話。社保庁や市町村の職員による着服は、全体でも数億から数十億。有名なグリーンピアの建設費でも1ヶ所200~300億レベル。つまり個人レベルでは、”いいよそのぐらい”というぐらいの意識。徹底的に厳密にやらないとダメということ。

思うに、そのためには役所の中だけじゃとうてい無理。民間の第三者機関の定期監査、しかもその機関も3年ぐらいで強制入替えとか、そんな癒着防止策を織り込まないと。もちろんそれにかかる費用と不正分のどっちが損かのシュミレーションも必要だし。

これってどうも少し前の記事で出てきた性善説、性悪説つながりかも。

安井曾太郎(1)

2008-01-25 06:24:50 | 300 絵画
佐伯祐三、小出楢重に続くお気に入りの画家紹介シリーズは安井曾太郎(やすい そうたろう)。小出より1年後輩で、1888(明治21)年生まれ。彼は梅原龍三郎と共に日本洋画壇の大御所として有名で、けっこういろんな美術館に作品が置いてある。

シリーズを始めるきっかになったのは、近所の美術ギャラリーで開催されていた“ウッドワン美術館収蔵作品展”。そこに上の写真の彼の初期の作品「農夫像」(1909年)が展示してあって。この広島の山奥にあるローカルな美術館は、知名度は低いけどマニア好みの渋い作品を多数保有している。実は小出の最終回で紹介した「枯れ木のある風景」があると知ってビックリ。

安井の話に戻ると、彼は1907(明治40年)から1914年(大正3年)まで絵画の勉強のために渡欧し、フランスのアカデミー・ジュリアンで修業していた。この絵はその頃のもので、被写体はおそらく現地の片田舎のお爺さんと孫。画像ではよく分からないけど、実物では柔らかな筆致の中にも、デッサンの上手さとバランスの取れた色彩感覚がしっかり伝わってきた。

これまで観た作品で特に印象に残っているものと言えば、東京のブリジストン美術館にある下の写真の「薔薇」(1932年)。目に入った瞬間から絵から漂う色気に圧倒されてしまって。例えが悪いけど、米倉涼子のヌードを目の前で見た、そんな感じかも。薔薇の花びらのひとつひとつが艶めかしくて、それでいて背景に黒が洗練されたシャープな印象を与えていた。薔薇が米倉本人なら、背景の黒は網タイツといったところ。違うか。うーん、オジさんの妄想がちょっと膨らみ過ぎたかな。

調べると、彼の作品は全国津々浦々に置いてあって、有名な作品が多いのが東京国立近代美術館と京都国立近代美術館。意外だったのはメナード美術館が大量に保有していること。これは立ち寄る良い口実ができた。ここも含めてまた1年がかりでいろいろ見て周らないと。彼にまつわる書籍や展覧会の図録も集め始めていて、今年もまた楽しみが出来たかな。


祝賀会

2008-01-23 06:26:06 | 000 起業
この前の日曜日は、とある知り合いの祝賀会。ご近所のよしみ。端的に言えばエライ人になられたということで、これまで全く縁のなかった地元のイベントに出席。目的は、もちろん日頃お世話になっているというのもあるけど、良い機会だから顔を売って経営コンサルタントの”営業”をしておこうと。追加の名刺をしこたまプリンターで印刷して、デジカメを持っていざ出陣。

配られたリストでは出席者は数十人だったけど、会場に行ってビックリ。100人はゆうに超えていた。加えて獅子舞や日本舞踊、さらにはフラダンス?と、派手な余興のオンパレード。場が盛り上がったところで主賓である知り合いが挨拶をしたのだけど、相変わらず腰が低い。偉くなってもぜんぜん変わらない。まあ支援者の前というのもあるけど素晴らしい。自分も見習わなきゃ。

肝心の“営業”だけど、思った以上にうまくいったような。着席した時は同じテーブルのメンバーを誰も知らなくてどうしようかと思ったけど、挨拶をしていると何処に住んでいるのかという話になって、主賓の数軒隣りですと話すと、それだけで場が和んだ。やはりローカルな会合では、そういうことって大事なんだなと。たまたま近くに住んでいるだけのことなんだけど。

さらに盛り上がったのは、自分の家の隣りの話。数ヶ月前に住人が別の場所に引っ越した後は空き家の状態が続いていて。2週間ぐらい前から家屋の取り壊しが始まり、数日前にはすっかりさら地になっていた。つい先日地鎮祭をやったそうで、隣人はどんな人なんだろうと家族全員が興味津々だったけど、ひょんな話からそれが誰かが判明して。なんとこれがエライ人つながり。

そんなこんなですっかり溶け込んでいると、高校で同期だった友人が自分のテーブルへ。彼も地元では有名。ずっとPTA会長とかいろんな役をやっている。会場にいる有力者を次々に紹介してくれて。一応は開会前に頼んでいたけど。お陰でいろいろと名刺交換ができた。持つべきものは友人だなあと。これが直接仕事に結びつくとは思わないけど、それなりに充実したかも。

街場のアメリカ論

2008-01-21 06:16:27 | 010 書籍
年が新しくなってもまだまだ続く内田樹のエッセイ紹介第4弾。街場シリーズ初めての海外もの「街場のアメリカ論」(2005年)。仏文学者の彼の目線による米国と、それと比較する形での日本の歴史・文化論。今回は国そのものがテーマのためでもないだろうけど、だいぶ総花的な中味になっており断片的な論理展開になっているのが否めない。まあいいか、“街場”だから。

まずはよくある日米関係論。“米国が日本に期待しているのは他の東アジアの国々と信頼関係が築けず、外交的・軍事的につねに不安を抱えているせいで、米国にすがりつくしかない国であり続けることである”とのこと。これはごくフツーの見方。

面白かったのが第4章の“上が変でも大丈夫-アメリカの統治システム”の話。彼が影響を受けているのが政治思想家であるアレクシス・トクヴィルの「アメリカにおけるデモクラシー」。これによれば、「国家の統治において、建国された当時から “どうこれ以上悪くならないようにするか”が重要であり、その前提になるのは”人間はしばしば選択を誤る“という人間観であり、その上に築かれたのが”誤った選択がもたらす災禍を最小化する政治システム“である」、というのが論点の要約。

つまり米国は建国当初から性悪説を念頭においた統治システムを導入していたということ。内田はこれをクレバーだと評価しているけど、まあそうだろうなあ。米国に比べれば日本の統治システムは性善説を念頭においているだろうから。ただし性悪説、性善説というと誤解を招きやすいけど、どちらか一方だけという訳ではなく、どこまで目配りをしているかという話。

それとシステムの話との関連でリスクヘッジの話が出てくるけど、根っこは同じ。最近流行りのコーポレートガバナンスや内部統制とかもそう。米国が世界のリーダーに君臨しているのは、こういった文化によるところも多いのかなあとは思った。

おっと、今日は珍しく真面目な話に終始したかな。

街場のアメリカ論街場のアメリカ論

CANADAKAN

2008-01-18 06:40:34 | 600 グルメ
かなりの頻度で通っているのが近所のピッツェリア「カナダカン(CANADAKAN)」。よくあるイタリア料理店でピザとパスタがメニューの中心。おそらくイタリアンで統計をとると、ここに来ている回数が一番多いはず。店の外観は、田舎のだいぶくたびれた喫茶店風。店内は気取らないアットホームな雰囲気。ディスプレイやメニューにしても、とりわけ目立たずごくフツー。

実はこの店をひいきにしているのは自分。パスタの味が絶妙だから。自分の中では広島でNO.1。東京でこれと同じものを食べるには数ランク上の格式の店と数倍の値段が必要だろうなあ。特に気に入っているのが茹で加減。いわゆる”アルデンテ”かどうか。これって店によって千差万別。自分の好みはパスタを口に入れた後に外側とから内側への微妙な固さの変化がしっかり識別できるもの。簡単なようで、いつも同じ加減で出てくる店は意外に少ない。その点このお店はよく管理されている。

なんて記事を書きながらふと疑問に思ったのがパスタとスパゲティの違い。こんなことを知らなくてよく分かったようなことを言っているなと。調べるとパスタというのは、リングイネやマカロニやラザニアまで含めた麺の総称とか。確かにこの店でも注文を取る時にスパゲティ、フェットチーネ、タリオリーニのどれにするかいつも聞いてくる。時代は確かに贅沢になっている。

ふと思い出したのが学生時代の懐かしい味。記憶に鮮明にあるのがスパゲティハウス「そーれ」。この店のウリが名古屋ローカル洋風あんかけスパゲティ。ピリ辛でドロっとしたソースが特長。ある時期けっこう病みつきになっていてバイトの前によく立ち寄っていた。先日カミさんが帰省した時によく似たインスタントものを買ってきたけど、イメージを壊しかねないぐらいマズかった。今度はちゃんと本家で食べよう。まだちゃんとあるみたいだから。

話がだいぶ逸れたけど、近所にこんな素晴らしいお店があるというのは幸せかも。いつも注文するのが”ピリ辛ソーセージのアラビアータ”。トマトソースベースで、やや強めの唐辛子の利き具合が絶妙。おっとソーレと”ピリ辛”つながりだったのか。

おみくじ

2008-01-16 06:32:09 | 900 その他
帰省していた息子が東京に戻ってだいぶ経つけど、どうも就職することに決めたらしい。ミュージシャンになりたいなんて発言を昨年聞いた時にはビックリしたけど、きつい説教が効いたのか、いろいろ調べたり人から話を聞いたりして現実的な選択をしたらしい。ついでに広島にUターンしたらと思ったけど、その気は全くないと娘から聞いていたのでその話はせずじまい。

その息子を含めて家族4人が揃った時にどうしてもと思うのが初詣。以前は大晦日の夜に暗くて寒い中家を出て、神社の参道で凍えながら年明けを待ったけど、最近は年明けでしかも昼間。道路は空いているし寒くないしで自分的には有難いけど。

お参り先も最近はもっぱら地元の神社。車で5分ぐらいだからお手軽。お参りをして、それが終わると新しい破魔矢を買っておみくじを引くというお決まりのパターン。面白かったのがその中身。息子が大吉、カミさんが中吉、娘が吉、そして自分が末吉。「中吉と吉って、どっちが良かった?」、なんて質問をしてヒンシュクを買ったけど、調べるとこの順番というのがビミョウだった。

<大吉、吉、中吉、小吉、末吉> <大吉、中吉、吉、末吉> <大吉、中吉、小吉、吉、末吉>

つまり吉の位置が神社によって違っている。見たことないけど半吉や末小吉というのもあるらしいし。いろいろあるもんだ。プチ雑学にはなったかも。雑学と言えばたまたま見た正月番組が面白かった。伊勢神宮というのは内宮と外宮の2つと思っていたら大間違い。この近郊に点在する数百の神社の総称なんだとか。それとお祭りも年間に千以上もあるそうで。知らなかった。

それで正月の行事が終了とホッとしたのもつかの間。息子が車のバンパーをコンクリートブロックにぶつけてしまって。見るとキズがひどくバンパーが変形している。昨年娘がドアをガードレールにぶつけて修理をしたばかり。おいおい、またかよと。実はお参りをした神社は交通安全の守り神として有名。しかも初詣の数日後に、おみくじが大吉だったのにこの有り様。

数日前にようやく修理を完了。帰省する度にやられそうで怖いです、マジで。


追悼 Oscar Peterson

2008-01-14 06:59:49 | 200 ジャズ
またまた昨年の話だけど、12月23日にジャズピアノの巨匠オスカー・ピーターソンが他界している。享年82歳。そんな年だよなと改めて時の流れを感じて。このところ全くと言って良いほど聴いていなかった。1993年に脳卒中で左手が動かなくなり、片手で演奏を続けながらリハビリを受けていたとか。これも知らなかった。自分の中で彼の思い出は1970年代でストップしている。

少なくともCDは持っていないはずとチェックしてみると、予想通りLPだけ4枚発見。聴いた覚えが明確にあるのは、名盤中の名盤である「We Get Requests」(1964年)と「Walking the Line」(1970年)の2枚。後者はベースがお気に入りのジョージ・ムラーツだったのでよく憶えている。意外だったのが残りの2枚。アルトのソニー・スティットとの競演盤「Sits in with the Oscar Peterson Trio」(1959年)と、クラウス・オーガーマン指揮・編曲のオーケストラとの競演盤「Motions & Emotions」(1969年)。

後者はCTI時代のウェス・モンゴメリーのピーターソン版と言えるイージーリスニング路線。ビートルズ、ジョビン、ルグラン、バカラックと当時のヒット曲特集。”Sunny”、”This guy's in love with you”、”By the time I get to Phoenix”とかホント懐かしい。

振り返ると馴染めなかったですね、彼の音楽には。どうもバイショウの匂いがきつくて。全面に出てくる超絶技巧テクニックと、いやおうなしの強烈なスウィング感が相まって、どうも芸術性や叙情性が感じられない。生涯にグラミー賞を7回も受け、ジャズミュージシャンの中では突出してメジャーだったけど、それがマイナー志向の自分の鼻についたのも確か。

おまけで紹介するのが、そんなピーターソンのLPを聴いたのがきっかけでピアノを始めたという小曽根真の彼へのトリビュートアルバム。タイトルも「Dear Oscar」(1998年)。器用な彼がピーターソンライクなプレイに終始しているのだけど、実に心地よい。聴いていると気づくのが二人の節回しが似ていること。オーソドックス物では彼のベストプレイのひとつだろうなあ。

いろいろ言ったけど、年をとった今の方が肩の力を抜いて自然に楽しめる雰囲気かな。

We Get RequestsWe Get Requests Walking the LineWalking the Line

Sits in with the Oscar Peterson TrioSits in with the Oscar Peterson Trio Motions & EmotionsMotions & Emotions

Dear Oscar (オスカー・ピーターソンに捧ぐ)Dear Oscar (オスカー・ピーターソンに捧ぐ)

あしたの、喜多善男

2008-01-11 06:28:39 | 370 テレビ
この1月から始まったTVドラマで興味があったのが、毎週火曜日の夜10時から放映される「あしたの、喜多善男」。主演が元来地味な脇役の小日向文世なので、何もなければまず観なかった。きっかけはシンプル。音楽の担当がジャズピアニストの小曽根真だったから。実は広島でのソロコンサートを聴きに行った時、フジTVの「笑っていいとも」に明日出演すると聞いて、録画したビデオを見たら、このドラマの音楽を担当しますと”番宣”していた。それから始まるのを楽しみにしていて。

キャッチコピーは、”世界一不運な男の、奇跡の11日間”、”死を決意した男が、大事件に巻き込まれながらも再生していくまでのヒューマンサスペンス”。初回だけではよく分からないけど、キャバクラのスカウトマン役の松田龍平との出会いやその後の展開が唐突で、何やら異次元系コメディの様相あり。正直なところ視聴率は取れないと思うけど。マニアックすぎるから。

肝心の?音楽だけど、初回は最初から最後まで小曽根のピアノのてんこ盛り。しかもなんと丸の内に新しくできたライブハウス「COTTON CLUB」でのライブ演奏が劇中で使われていたりして。彼のピアノトリオをバックに女性ジャズヴォーカリストのティファニーが唄っている。そこで主人公とアイドル役の吉高由里子が会うという設定。こんなシーンはジャズファンにはたまらない。

ただし”劇伴”としてはイマイチかなあ。ピアノの録音がフツーのCDっぽすぎて、おそらくマイク位置が遠いしボリュームレベルも低い。それと音数が多すぎるし、各シーンでの音楽の表情にメリハリが少ない。ピアノだけじゃなくシンセやストリングスとの使い分けが必要かな。なんてディレクターっぽい発言を勝手にしているけど。小曽根としては初めての”劇判”ということで、その辺の組み立てに慣れていない感じ。カミさんや娘までけっこうダメ出しをしていたからなあ。まあ長い目でみてあげましょうね。

このドラマは島田雅彦の小説「自由死刑」が原作。いつか読んでみようと思っています。

自由死刑 (集英社文庫)自由死刑 (集英社文庫)

オメガトライブ

2008-01-09 06:36:19 | 220 POPS
久しぶりにカラオケで唄いました。最近とんと縁がなかった。子供が大きくなってカラオケボックスとは無縁だし、飲み屋へはタバコの臭いが嫌で極力行かないようにしているし。でも忘年会とか、流れ的にどうしてもという時はしようがない。昨年末は釣り仲間と2次会で仲間が知っているスナックへ。他のメンバーがカラオケ好きだから、どうしても自分の番が周ってくる。

最初に唄ったのがカルロス・トシキとオメガトライブの“Stay girl Stay pure”。曲がかかるとママからきついツッコミが。「すごく久しぶり、この曲をを聴いたのは」、ついでに「若い人はまず知らないわよ」と。そんなに昔の曲だったっ?とガクっときて。

翌日ネットで調べるとありました、CARLOS TOSHIKI UNOFFICIAL WEBSITEというコアのファンのサイトが。親切にもディスコグラフィがシングルとアルバムの両方を載せてあって。それによるとこの曲は”1986オメガトライブ”の名前で1987年にリリースされた最後のシングル。この直後に”カルロス・トシキとオメガトライブ”にグループ名を改変。なるほどね、こりゃ古いわ。

さっそくヤフオクでこの曲が入ったアルバム「DOWN TOWN MYSTERY」(1988年)を購入。 届いたのを聴いてみると、下手なヴォーカルは置いといてなかなかの佳曲揃い。ジャケもバブル期を彷彿とさせるアーバンな雰囲気。古いか、この表現は。

印象としては、杉山清貴よりカルロスの時代の方が音楽的には自分の好みに合っていた。当時出回り始めたデジタルシンセやファンクベースが決まっているし、凝ったチェンジを駆使した新川博のアレンジがイカしている。当時この系統のAORサウンドと言えば、後は角松ぐらいじゃないかな。さらに調べると、この曲がフジTV系の青春ドラマ「恋はハイホー」の主題歌だったことを発見。主演は菊地桃子。本人も”ガラスの草原”という挿入歌を歌っていたらしい。まるで記憶にないけど。

気を良くしたので、次はこのアルバムの前で“君は1000%”等の1986オメガトライブ時代のヒット曲が入った「DJ Special」(1987年)と、後でヒット曲“アクアマリンのままでいて”が入った「Be Yourself」(1989年)を買うつもり。なんだかとても楽しみです。

Down Town MysteryDown Town Mystery 菊池桃子Selection I菊池桃子Selection I