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或る「享楽的日記」伝

ごく普通の中年サラリーマンが、起業に向けた資格受験や、音楽、絵画などの趣味の日々を淡々と綴ります。

西脇順三郎

2015-08-15 07:01:37 | 010 書籍
南魚沼に向かう途中で立ち寄ったのが小千谷。5年前に仕事で一度訪れたことがあり、その際は時間がなくて何もできなかったけど、いつか機会があればと思っていた。理由は、ここが有名な”へぎそば”発祥の地であり、人気店である「須坂屋」へ行ってみたかったから。なんて言いながら、実は詩人である西脇順三郎の生家があるから。

正直な話が、昔から詩は苦手。日本語を喋ることや書くことについては、仕事で常に向かい合っているし、大事だと考えているけど、それを離れて自分の思いを表現する手段としての日本語は、なんというか、恥ずかしさが先に立つって感じ。音楽や絵画の方が、より直接的に感情を表現できるし、相手にも伝わりやすいような気がして。その意味ではシャイなんでしょうね。

西脇に興味を持ったのは、彼が1894年生まれで、詩の世界において、当時の前衛芸術であるシュルレアリスムの日本における先駆者だったから。彼は欧米の語学に精通し、詩人だけではなく文学者としても名を成し、慶応大学文学部の教授として世の中の表舞台を歩き続けた。1964年には小千谷市の名誉市民に。ノーベル文学賞の候補にも数回ノミネートされたらしい。

まず訪れたのが市内のど真ん中にある西脇家の母屋。父が小千谷銀行の頭主だったらしく、いわゆる金持ちのお坊ちゃま。お城かと思うぐらい広大な敷地に歴史を感じさせる建物が今も残っていた。その次に、彼の詩碑が立っている山本山の山頂へ。眼下に市街を見下ろせる場所で、緑に囲まれ、なんとものどかな雰囲気が漂っていて、とても清々しい気持ちになった。

最後は市内に戻り、「西脇順三郎記念館」へ。市立図書館の中に設置されていて、入ると案内があったので、それを見て3Fへ。するとフロアは真っ暗。しばらくすると2Fから係りの女性が来てくれて照明とエアコンを入れてくれた。記帳する時に分かったけど、およそ月に1組程度だったかな、来訪者の数が。だからなんだ。サプライズは最も広い部屋に展示されていた絵画。彼と元妻であった英国人マージョリ・ビドルの作品がずらりと。マティスの影響を受けた彼女の絵が自分にとってはサプライズ。実に素晴らしかった。彼女とは8年で別れたらしいけど。帰り道で、詩碑の裏面に書かれていた彼の代表作である「旅人かへらず」の最終章を思い出した。「永劫の根に触れ 心の鶉の鳴く ......... 幻影の人は去る 永劫の旅人は帰らず」。



Ambarvalia/旅人かへらずAmbarvalia/旅人かへらず

バイバイ、ブラックバード

2015-02-21 09:07:03 | 010 書籍
およそ1年半振りの読書ネタ。これはいけませんね、本を読まないというのは。なんだか最近自分が完全にネット人間になっているような気がして。というか完全になっているけど。どうも日常生活に忙殺されて、読書する雰囲気に自分を持っていくことができないでいる。たまたま今回は、ゴルフのせいか風邪ぎみになり、家で夜の早い時間から横になり、暇ができたから。

実は上の文章は、2013年6月の自分のブログの記事の出だしの部分。それからおよそ1年半振り。ということは3年間でたった2冊しか小説を読んでいないということ。なんか情けない。今回のたまたまは、市役所に戸籍抄本を取りに行ったついでに、建物の中にある図書館に立ち寄った時、書棚で見つけて借りたもの。旅の途中に読めるかなと思って。

読みは当たっていて、JRのローカル線を使った尾道への往復3時間でなんとか読みきったのが、伊坂幸太郎の「バイバイ・ブラックバード」(2010年)。双葉社の企画として書いたもので、最終章だけが書き下ろしになっている。30歳過ぎの男が、5人の女に別れを告げ、<あのバス>へ乗るというストーリー。<あのバス>が何なのかは最後まで分からないのだけど。

感想としては、伊坂節が満載でまずまず楽しめた。だけど構成が単調過ぎてだれたかな。自分のツボにハマった箇所がいくつかあって。主人公の結婚相手である繭美が、別れを告げる相手に、「まあ、この男が、女の前で喋っていることの九割は嘘だからな。」と語る部分。それと彼女が主人公に向かって、「おまえは自分には大した価値はないと感じている。だからな、たぶん、二股かけたところで、女はそれほどショックは受けない、と心のどこかで思っているいるんじゃねえか?相手にとって、自分は重要な人間じゃねえと思ってるからだ」。なんかシチュエーションが似ているからか、自分のことのような気がして。

本を借りるきっかけは題名がジャズのスタンダード曲のタイトルと同じだったから。定番中の定番であるマイルス・デイビスの「Round About Midnight」(1955年)を聴いてみた。これも相当久しぶり。いや、懐かしい。だけどバンドをやっていた頃にはコード進行にひねりがない分、あまり好んで演奏しなかったような。そうそう、久しぶりと言えば、今週の水曜日は大学で同期だった悪友達と名古屋で飲んだ。3軒目で「jazz inn LOVELY」へ行ったらライブがもう終わっていて、ちょっと残念だったなあ。

バイバイ、ブラックバードバイバイ、ブラックバード Round About MidnightRound About Midnight

国境の南、太陽の西

2013-11-06 05:28:13 | 010 書籍
およそ1年半振りの読書ネタ。これはいけませんね、本を読まないというのは。なんだか最近自分が完全にネット人間になっているような気がして。というか完全になっているけど。どうも日常生活に忙殺されて、読書する雰囲気に自分を持っていくことができないでいる。たまたま今回は、ゴルフのせいか風邪ぎみになり、家で夜の早い時間から横になり、暇ができたから。

書斎に入り、積んである書籍を隅から隅まで眺めていて目に止まったのが、村上春樹の「国境の南、太陽の西」(1992年)。なんだかとても懐かしくて。かつて彼の小説をむさぼり読んだなと。この小説は、なんかタイトルが冒険小説っぽくて、長編で読むのに時間がかかりそうということで避けていたような。だけど、あまり期待しないで読んだ割には、なかなか面白かった。

物語は現実的でもあり、非現実的でもある、まさに村上のいつもの世界。主人公が、うだつのあがらないサラリーマンを8年やり、30歳でジャズバーの経営者に転身して成功するという辺りからぐっと気持ちが引き寄せられて。BMWに乗り、青山のマンションに住み、妻と二人の娘と幸せに過ごしていながら、どこかその幸せに浸りきれないでいる。同じ世代の匂いを強く感じて。

絡んでくる2人の女。イズミと島本さん。彼女達のプロフィールを全て明かさないところが、物語全体を霧に包まれたようなミステリアスな世界に導いてくれている。ラスト近くでは、少し哲学的な世界に変化していく。そして最後に出てくる主人公の言葉。いや、素晴らしい。久しぶりに自分自身を振り返る、そしてこれからの人生を改めてみつめ直すトリガーを与えてもらったなと。

「僕はこれまでの人生で、いつもなんとか別な人間になろうとしていたような気がする。僕はいつもどこか新しい場所に行って、新しい生活を手に入れて、そこで新しい人格を身に付けようとしていたように思う。...僕は違う自分になることによって、それまでの自分が抱えていた何かから解放されたいと思っていたんだ。...でも結局のところ、僕はどこにもたどり着けなかったんだと思う。僕はどこまでいっても僕でしかなかった。僕が抱えていた欠落は、どこまでいってもあいかわらず同じ欠落でしかなかった。...その欠落そのものが僕自身だからだよ。」

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)国境の南、太陽の西 (講談社文庫)

雪国

2012-03-05 05:44:25 | 010 書籍
とんと本を読まない毎日が続いていて、転職して余裕がない自分が少々情けない。図書館へもめっきり足が遠のいていて、久しぶりに借りたのが今日紹介する川端康成の名作「雪国」(1935年)。日本でノーベル文学賞を初めて受賞した作家ということで超有名なのだけど、自分の中では山口百恵が出演した映画「伊豆の踊り子」(1974年)の原作者ぐらいの認識。

きっかけは新潟への出張。そのために、この冬は何度か上越新幹線を利用したのだけど、東京から高崎あたりまでが快晴であっても、三国山脈を抜けると周囲が雪景色に豹変するというシーンに出くわして。その時に脳裏をかすめたのが、”国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。”という小説の冒頭部分。

「おそらくこういうシチュエーションを描いたのだろうな」と想像したのだけど、まさか同じ場所とは。小説の舞台はJR上越線の清水トンネル。ちょうど谷川岳あたり。新幹線はその3kmぐらい西にある別のトンネルを通っている。写真はトンネルを抜けた越後湯沢辺りの景色。同じ場所と判った時は、なんかとても不思議な気持ちになったなあ。観光地巡りの時のような。

そんなこんなで、大いに期待して小説を読んだのだけど、印象的にはガックリ。よくある湯治客と温泉芸者のぐだぐだ話。興味を引く展開もなければ、ラストの意味もよく分からなかった。ストーリー的には面白みが全くなし。皆はどう感じているのだろうかとネットでチェックしてみると、自分と五十歩百歩。どうも、散りばめられた川端の文章表現を楽しむべき小説らしい。

そう言われて読み直してみると、確かにいくつかはそういう箇所があった。心にゆとりのない自分には向かなかったということか。話は逸れるけど、川端がこの小説を執筆した時に滞在した部屋が今も残っていることを知って興味を持って。越後湯沢市にある。「高半」旅館。いつか冬に訪れてみたい。そうそう、その時までには岸恵子が主演した映画を見ておきたいなと。

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シューマンの指

2010-12-20 05:52:31 | 010 書籍
小説はホント久しぶり。調べると書籍関連の記事は昨年の10月以来で約1年ぶり。振り返れば、職場を変わり、さらには転職をして、環境が大きく変わる中で気持ちに余裕がなくなっていたんだなと。気を引くような小説に出会わなかったというものあるけど。前置きはいいとして、読んだのは奥泉光が書いた「シューマンの指」(2010年)。図書館で4ヶ月も待った人気作品。

音楽ネタで、しかもシューマンがらみだったので食指が動いたのは確か。読み始めて驚いたのが、小説というよりシューマンの音楽論とピアニストの音楽評論がほとんどだったこと。まあこういうのは嫌いじゃないので「ふむふむ、そういう好みなのね、あなたは」、なんて感じで読み進んでいったのだけど、クラシック音楽の素養がない人にはチンプンカンプンだったはず。

それにしても少々度が過ぎた感があったかな。とにかく前半はミステリー小説としての進展はほとんどなかったから。後半に入りようやく事件の全貌が明らかになってからは、逆に話が早く進み過ぎて味わう暇がなく、気がつけばラストに突入していたって感じ。まあシューマンが題材なので、構築性に欠ける彼の音楽の特徴を自分の小説に投影したのなら天晴れだけど。

なかなか気が利いていると思わせたのが「ダヴィット同盟」を引用していたところ。シューマンが自分の意見を述べるために設定した架空の団体を小説のネタとして持ち込んだあたりは手がこんでいる。だけどそれ以上だったのは、やはり題名にもなっている”指”の話かな。冒頭からラストまで、いろいろな場面にうまくちりばめられていて面白かった。

読み終えて脳裏をかすめたのがデュッセルドルフ。シューマンの終焉の地。梅毒に起因するとされる精神障害が悪化して、最後はこの街を流れるライン川で投身自殺を図った。それが1854年2月。何度か出張で行ったけど、ライン河畔に位置する旧市内の繁華街であるアルトシュタットの石畳の通りが懐かしい。そういえば、クリスマス前のちょうどこの季節にも河畔を歩いたっけ。

シューマンの指シューマンの指 シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集、幻想曲シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集、幻想曲

きのうの神さま

2009-10-30 06:23:31 | 010 書籍
久しぶりに読んだ小説、それが映画監督として有名な西川美和の「きのうの神さま」(2009年)。実は最近まで彼女のことを全く知らなくて。カミさんが少し前に彼女の映画を観たいと言い始めて。自分としては広島出身と聞いて興味を持ったのだけど。調べると確かに広島市の出身で、成績が優秀な子が集まる有名なミッション系の私学を経て早稲田の一文を卒業していた。

本題の小説だけど、読んでビックリ。作家の才能をこれほどまでに身近に感じたことがなかったから。とにかくその知的で洗練された文章を自在に使った表現力には、ある種の品格さえ感じる。本職が映画監督だから、どうせ片手間に書いたのだろうと軽くみていたけど、とんでもない間違いだった。そう思っていると今年の直木賞の候補だったし、落選したけど。なるほどね。

中味は5つの短編から構成されていて、最初の”1983年のほたる”を除いて残りの4編は全てへ僻地医療のお話。後書きを読むと、寒村の医療現場をいろいろ取材して、それを基に映画は完成したのだけど、使わなかったネタがたくさんあって、なんとか別の形で表現したいという気持ちが強かったとか。ちなみに”ディア・ドクター”は映画化されたのとは全く別のお話とか。

彼女の小説の特徴としては、人間の心の底にズバリ切り込んでいること。特にまとわりついて逃れられない宿命的な部分。ルックス的に明るい童顔の外見とは裏腹に、その観察は実にクールで感覚はナイフのように鋭い。この小説では今が旬の老人介護も主要なテーマとなっている。そんな、ともすれば暗くなりがちなテーマをさらりと仕上げているところが憎い。

自分的に最も気に入ったのが4つめの"ディア・ドクター”。外科医の父に強い憧れを抱いていた不器用な兄と、反対に要領が良く世渡り上手な弟の物語。その二人が久しぶりに出会う。医者にはならず職を転々とし今は田舎の医院で事務をして働いている兄。しかし弟は、強く生きている兄に感動する。「ぼくは理解した。兄は、とっくに父を卒業していたのだ。・・・」

この小説の中では唯一とも言えるハッピーな瞬間。兄についてのネガティブな心配が交錯していた弟への素敵なサプライズ。いや素晴らしい。読み終えてすっかり彼女のファンになってしまった。そうなると、今度は映画を早く観なくちゃね。

きのうの神さまきのうの神さま

森有正先生のこと

2009-08-28 06:20:48 | 010 書籍
少し前に記事にしたのがNHK広島制作のTVドラマ「火の魚」。このドラマの原作は室生犀星で、調べているうちに、登場人物の老作家と若い女性編集者の折身とち子が、どうも室生本人と当時筑摩書房に勤めていた栃折久美子らしいことが分かって。おりみとちこ、折美栃子、栃折久美子、うーん、なるほどね。やけにベタな仕掛けで、モデルが誰だかもろ分かりじゃん。

さらに調べると、栃折久美子は有名な装丁家で、彼女が製作した金魚の魚拓が実際に存在し、しかもそれが室生の晩年の作品「蜜のあはれ」(1959年)の初版の表紙に使われていた。なにやらこの辺りのつながりからムズムズと好奇心が湧いてきたのは確か。ドラマで折身とち子役を演じた尾野真千子のイメージが脳裏に焼きついていて、そのせいもかなりあるけど。

その栃折久美子が書いたエッセイのひとつが「森有正先生のこと」(2003年)。コピーは”ひとつの季節、ひとつの恋。装幀家として出会ってから、森有正の死にいたるまでの十年間。謎に満ちた「森有正という人」の虜になった日々を甦らせる、著者ならではのレクイエム”。なんかねえ、どうも男と女の妖しい関係の匂いが感じられたので、図書館で借りてすぐに読んでみた。

1967年当時に39歳だった彼女が著名な哲学者であった56歳の森に出会ってからの約10年間が綴られているのだけど、書いたのは彼の死後で74歳になってから。彼女はパリに住む森に憧れ、森も彼女に思いを寄せたけど、彼女は装丁という自己の道を進むために、あえて距離を置き始めた。このカミングアウト的エッセイは、かなり意味深。当時のスケジュール帳等をベースにしているのだろうけど、時刻や会話の内容が妙にリアル。逆に描写はプラトニックに終始している。

印象的だったのが彼女の名前つながり?の栃の木の話。「ああ、この木、これはマロニエです」「いいえ先生、これがいつだったかお話しした、東京ではめずらしいトチの木の並木なんです」。つやつやした葉がたくさんついていた。同じトチノキ科だから葉だけ見ていると見分けがつかないくらい似ているが、秋に実を見ればすぐ分かる。「植物の名をまちがえるということは、本当にショックですね。そういうことの上に立っていろいろあるわけですからガタガタになります」。なかなか面白い関係。

そういえば5月のパリはマロニエが咲いていたなあ。確かめたくなったのが彼女達のルックス。でもね、後悔した、調べなきゃ良かった。なんか夢から醒めたような。ドラマのイメージをそのまま抱いていた自分に誤りが。勝手な思い込みはいけませんね。

       蜜のあわれ蜜のあわれ     森有正先生のこと森有正先生のこと

モダンタイムス

2009-07-08 06:20:14 | 010 書籍
久しぶりに読んだ小説は、伊坂幸太郎の最新作「モダンタイムス」(2008年)。いや待った、今回も。半年前に図書館で予約した時に確か15番目ぐらいだった気がする。このところ活字と言えば著名人がらみの伝記とか、あるいは哲学モノばかり。その意味では良い気分転換になったような。だけどけっこうボリュームがあって読了までに通勤を使って1週間はかかったかな。

いきなりのっけから「実家に忘れてきました。何を?勇気を」、なんて感じで伊坂らしい小ネタから始まりツカミはOK。高飛車で恐いと同時に頭が良くクールなカミさんが雇った暴力団まがいの浮気調査員にさんざん脅かされるといった主人公のキャラも申し分なし。その後もこの手の小ネタが続き、そろそろ本筋に入っていくかなと思わせた頃に、なんと退屈してしまった。

小説の舞台はネット社会で、キーワード検索や圧縮ファイル等、自分にとっては身近な話も多かったのだけど、いかんせん構成の基本となる起承転結が単純過ぎ。中盤に差し掛かる頃には後の展開がほぼ見えたから。まあ、お笑い芸人が出演しているTVのバラエティ番組をビールでも飲みながら気軽に楽しむというスタンスで読めばそれなりだと思うけど、彼の傑作によくある子気味良い場面展開をを期待するとウラにハマるだろうな、まず間違いなく。その意味では出来が悪い、かなり。

それと情報化時代では世の中が巨大なシステムとして動いているというテーゼがこの小説の底辺に流れていて、これって1960年代に流行した”構造主義”の思想そのもの。考え方としては既に古典。小説の題名もチャップリンの「モダン・タイムス」(1936年)のテーマである機械化社会に重ねたのだろうけど、なんかね、この辺りも魅力を感じられなかった理由だったような。

ということで、久しぶりの割に、期待した割りに、読むのに時間がかかった割りに、イマイチ受益が少なかったような気がするけど。次回を期待したい。自分的には伊坂作品によくあるバイオレンス系じゃなくて、隠れた得意分野としてラブストーリー系を希望。

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ヨーロッパ退屈日記

2009-04-18 07:02:35 | 010 書籍
ひょんなきっかけで読んだのが、故伊丹十三監督が若かりし頃に書いたエッセイ集「ヨーロッパ退屈日記」(1965年)。読んでいるうちに、この語り口は何処かで出くわしたようなと思い出すと、ジャズ評論家の故久保田二郎だった。内容はフランス、スペイン、英国等の欧州滞在時の出来事をまとめたもの。実はこの本は歴史的に意味深いもので、当時文学のジャンルに背広を着た”随筆”はあったものの普段着の”エッセイ”はなくて、彼にとっても当時の日本にとっても初めての試みだったとか。

読みながら、当時30歳ちょっとの彼がどうして欧州に?と不思議に思ったけど、大映で俳優をやっていてフリーになった時にたまたま声がかかって外国映画に出演。そのロケで欧州をかなり周ったらしい。その後はTVのドキュメンタリー番組の制作やレポーター等まで幅広く経験し、1984年に映画監督として「お葬式」で監督デビュー。自分が知っているのはこの辺りから。

内容的には、衣食住を中心に映画や音楽と様々。海外経験が深いとも思えないのに、彼なりのキザでスノッブな性格が見え隠れして面白い。反骨精神というか、そんな雰囲気が晩年の「マルサの女」や「ミンボーの女」とか、そういう社会派的なモノの考え方へとつながっていったような気がする。

ウケたのが三船敏郎とホテルで一緒になった時の話。三船は持ってきた”たたみいわし”を酒の肴にして飲もうと誘ったものの、網とかそんなものはなく結局ティッシュを焼いてあぶったとか。日本人って何処へ行っても日本人。自分の場合は”柿の種”なので、そのまま食べれて楽だけど。

そうそう、伊丹についてだけど不思議に思っているのが彼の死の理由。遺書があったそうで、それによると若い女との不倫が週刊誌ネタにされそうになり事実無根であることを証明するために自殺したのだとか。若い頃からプレイボーイで慣らした彼が、品行方正を売りにしている代議士じゃあるまいし、たかが不倫で自殺するとはアンビリーバブル。いろんな憶測が飛んだみたいだけど、もう10年以上も前の話か。愛媛県松山市に彼の記念館ができたらしく、いつか行いきたいと思っています。

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滅びのモノクローム

2009-03-23 06:13:57 | 010 書籍
江戸川乱歩賞の受賞作品シリーズの続きだけど、2002年に第48回を受賞した三浦明博の「滅びのモノクローム」(2002年)を読了。広告代理店に勤める主人公の日下が、骨董市で古びたフライフィッシング用のリールを手に入れたことから物語りは始まる。売り主である女性からついでに貰ったのが、リールと一緒に保管してあった古い16ミリフィルム。その映像をCMに使おうとして、戦時中に封印されたやましい過去を暴くことにつながるというストーリー。最初が釣りの道具ということで掴みはOK。

読みやすかったけど無理な展開も多々あって推理小説としての出来はイマイチかも。でも自分的には満足だった。というのも昨年旅行に行った長崎が出てくるし、それに絡んだ歴史ネタをいろいろと勉強できたから。ハイライトは直接には関係がないグラバー。そう、あのグラバー邸のオーナーであるスコットランド出身のトーマス・ブレーク・グラバー(Thomas Blake Glover)。

彼については長崎の貿易商という知識しか持っていなかったけど、二つの大きな功績があることが分かって。ひとつは明治維新に関わっていたこと。長州や薩摩の藩士の英国留学を援助したり、坂本龍馬が仲介役をした薩長同盟の成立に尽力したり。これはかなりの立ち回り。両方の藩に物資の提供をすることで同盟成立の一因になったとか。まさに裏舞台の立役者。

もうひとつは日本のビール産業を発展させたこと。日本の財界人等、ビール会社の設立に賛同する資本家たちを集め、その跡地や建物の購入を勧めて、1885(明治18)年に「ジャパン・ブルワリー」を設立。本場ドイツの味にこだわったことで日本にビール文化が根付くきっかけになった。そして1888年に発売されたのが「キリンラガービール」。今復刻版が出回っているけど。

受けたのがこのビールのラベル。デザインの原型となっている麒麟の採用もグラバーの提案なんだとか。なんかねえ、倒幕とビール。このギャップが素晴らしい。でも結局のところ、この小説はグラバーのお勉強の掴みに終始した感が否めないけど。

滅びのモノクローム滅びのモノクローム