今年も今日で最後。正月休みが29日からということで、あっという間に大晦日って感じ。というか、正月を迎えるという気持ちになっていない。年賀状は書いていないし、正月飾りも準備していないし。というのも5月に実母が他界したから。あれから半年強。忙しかったなあ。役所への届出や貯金の解約、四十九日の法要、墓の建立と3ヶ月ぐらいは土日のほとんどを費やした。
90歳を越えた大往生だったし、亡くなる前の半年ぐらいは足腰も立たず寝たきり生活をしていたので、どうして死んでしまったのかという悲壮感より、長生きできて良かったね、ようやく楽になれるねという安堵感の方が、正直なところ強かった。改めて振り返ってみてもその気持ちは変わらない。一昨日に墓の掃除のために家族で出かけたけど、皆もそんな風に見えた。
今年の出来事と言えば、印象的だったのが歌舞伎の中村勘三郎の死。老いを感じさせず、あんなに元気だったのに、あっという間に亡くなってしまって。たまたまTVで、癌が発覚した後に、その後の生活をドキュメントとして放映していたのを観て、よけいにショックを感じたのかもしれない。それからかなあ、20年後に自分もこの世にいないかもしれないと思い始めたのが。
思い出すのが5年前のこのブログの記事。村上春樹の短編小説集「神の子どもたちはみな踊る」(2000年)の中の”タイランド”。初老の女性医師がバケーションでタイのバンコクへ。現地の案内人が彼女へ贈った言葉。「これからあなたはゆるやかに死に向かう準備をなさらなくてはなりません。これから先、生きることだけに多くの力を割いてしまうと、うまく死ぬることができなくなります。少しずつシフトを変えていかなければなりません。生きることと死ぬることは、ある意味では等価なのです。」
写真は”タイランド”つながりで、今年の6月にタイへ出張した時にホテルで撮影したバンコク市内。自分の心の中に、”死ぬるための準備をしておかなくては”という気持ちが宿るようになったのが分かる。その端的な例がサンフレッチェ広島の優勝パレード。一生のうちに優勝パレードというものをもう見られないかもしれないと思うと、どうしても行きたくなってしまって。
ブログを初めて、今月でちょうど丸8年。これからもよろしく。皆様、よいお年を。
神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)![神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)](http://images-jp.amazon.com/images/P/4101001502.09.TZZZZZZZ.jpg)
90歳を越えた大往生だったし、亡くなる前の半年ぐらいは足腰も立たず寝たきり生活をしていたので、どうして死んでしまったのかという悲壮感より、長生きできて良かったね、ようやく楽になれるねという安堵感の方が、正直なところ強かった。改めて振り返ってみてもその気持ちは変わらない。一昨日に墓の掃除のために家族で出かけたけど、皆もそんな風に見えた。
今年の出来事と言えば、印象的だったのが歌舞伎の中村勘三郎の死。老いを感じさせず、あんなに元気だったのに、あっという間に亡くなってしまって。たまたまTVで、癌が発覚した後に、その後の生活をドキュメントとして放映していたのを観て、よけいにショックを感じたのかもしれない。それからかなあ、20年後に自分もこの世にいないかもしれないと思い始めたのが。
思い出すのが5年前のこのブログの記事。村上春樹の短編小説集「神の子どもたちはみな踊る」(2000年)の中の”タイランド”。初老の女性医師がバケーションでタイのバンコクへ。現地の案内人が彼女へ贈った言葉。「これからあなたはゆるやかに死に向かう準備をなさらなくてはなりません。これから先、生きることだけに多くの力を割いてしまうと、うまく死ぬることができなくなります。少しずつシフトを変えていかなければなりません。生きることと死ぬることは、ある意味では等価なのです。」
写真は”タイランド”つながりで、今年の6月にタイへ出張した時にホテルで撮影したバンコク市内。自分の心の中に、”死ぬるための準備をしておかなくては”という気持ちが宿るようになったのが分かる。その端的な例がサンフレッチェ広島の優勝パレード。一生のうちに優勝パレードというものをもう見られないかもしれないと思うと、どうしても行きたくなってしまって。
ブログを初めて、今月でちょうど丸8年。これからもよろしく。皆様、よいお年を。
神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)
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