少し前の土曜日、出張帰りに東京で美術館のハシゴを。まずは竹橋にある東京国立近代美術館。前回訪れたのが、6年前の“生誕120年 藤田嗣治展”。その時は地下鉄の駅を出た頃から相当な人混みだったし、館内でも、おしくら饅頭状態だったのをよく憶えている。それが今回は”所蔵作品展「近代日本の美術」”という地味な企画だったためか、恐ろしく人が少なかった。
話はそれるけど、東京におけるJRの乗車券の使い方が最近ようやく分かってきて。東京駅から一方通行で乗り継げば、山の手線や中央線の範囲であれば何度でも乗り換えができる。今回も東京駅から水道橋まで中央線で行って、そこで地下鉄に乗り換えて竹橋へ。竹橋から水道橋へ戻って新宿へと。さすがに有人駅で切符をチェックしてもらわなければならないけど。
話を美術館に戻すと、ほとんど貸切のような感じでゆっくり眺めて周ったのだけど、何点か琴線に触れる作品が。まずは佐伯祐三の「ガス灯と広告」(1927年)。彼の代表作なのは間違いないところ。他とは全く異なる次元の圧倒的な迫力でこちらに迫ってくる。自分が絵の前に行った時に、美大生と思わせる若い男の子が同じ目線で眺めていて。よほど気に入った感じだった。
だけど自分的に最も印象深かったのが安井曾太郎の「金蓉」(1934年)。その鮮やかなブルーのチャイナドレスが何ともいえない色気を醸し出している。モデルは小田切峰子という上海総領事の令嬢で、当時の政財界では有名人だったとか。彫が深い顔立ちに派手な化粧がよく似合っている。安井のパトロンだった熊本細川家の当主・細川護立に依頼されて描いたもの。
渡欧時代にセザンヌから影響を受けた彼が、帰国後は極度のスランプに陥って。佐伯同様に、欧州と全く違う日本の風景を前に思うような絵が描けない時期が長く続き、1930年頃になってようやくたどりついたのが「安井様式」と呼ばれることになる独自のリアリズムの世界。帰り道に、久留米の石橋美術館で観て感銘を受けた最晩年の作品群を思い出したっけ。
話はそれるけど、東京におけるJRの乗車券の使い方が最近ようやく分かってきて。東京駅から一方通行で乗り継げば、山の手線や中央線の範囲であれば何度でも乗り換えができる。今回も東京駅から水道橋まで中央線で行って、そこで地下鉄に乗り換えて竹橋へ。竹橋から水道橋へ戻って新宿へと。さすがに有人駅で切符をチェックしてもらわなければならないけど。
話を美術館に戻すと、ほとんど貸切のような感じでゆっくり眺めて周ったのだけど、何点か琴線に触れる作品が。まずは佐伯祐三の「ガス灯と広告」(1927年)。彼の代表作なのは間違いないところ。他とは全く異なる次元の圧倒的な迫力でこちらに迫ってくる。自分が絵の前に行った時に、美大生と思わせる若い男の子が同じ目線で眺めていて。よほど気に入った感じだった。
だけど自分的に最も印象深かったのが安井曾太郎の「金蓉」(1934年)。その鮮やかなブルーのチャイナドレスが何ともいえない色気を醸し出している。モデルは小田切峰子という上海総領事の令嬢で、当時の政財界では有名人だったとか。彫が深い顔立ちに派手な化粧がよく似合っている。安井のパトロンだった熊本細川家の当主・細川護立に依頼されて描いたもの。
渡欧時代にセザンヌから影響を受けた彼が、帰国後は極度のスランプに陥って。佐伯同様に、欧州と全く違う日本の風景を前に思うような絵が描けない時期が長く続き、1930年頃になってようやくたどりついたのが「安井様式」と呼ばれることになる独自のリアリズムの世界。帰り道に、久留米の石橋美術館で観て感銘を受けた最晩年の作品群を思い出したっけ。
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