私ガリバーが今までに会った何千、何万の人たちの中で、今でも年賀状を含め時折いろんなお知らせや便りが舞い込む人が何百人もいて、その中でも飛び切り元気と言うか、いつも新たな挑戦をしている人が何十人もいる。
今年も全国各地からいろんな年賀状が届いたが、ここでは二人の男性の活動というか呼びかけ、イベント、仕事を紹介したいと思います。
まずタイトルにした「抱きしめて笑湖」とは、何十年も前に出会った元気なユニークな親父の和田さんが当時提唱していた「過疎を逆手に考える会」が発展的に大きくなって、今や過疎の町であった広島県総領町も、平成の大合併で市になってしまったが、相変わらずの過疎には変わりがないはずであった。
しかし、この地で多種多様な元気の出るイベントを中心に仕掛けるグループが、今年五月四日の休日「緑の日」に、中国山地の中で限界集落が目立つ地域にある「灰塚ダム」建設で作られた「ハイヅカ湖」を人と自然が元気な湖域とするために「笑顔」が必要と、「笑湖ハイヅカ」と名づけて、笑顔とエコも内包した一大イベントを企画しているのです。
その名が「抱きしめて笑湖ハイヅカ」で、元気のない日本、元気のない地方を何とか勇気付けるために、ハイヅカ湖を笑顔あふれる三万人の人たちで取り囲もうという企画なのです。
周囲30キロを3万人の人の手と笑顔で繋いで抱きしめる計画で、「お金が一番」のものさしでは馬鹿げた営みですが、こんなことを面白がる人間が集まれば、人も自然も元気を取り戻せるかもしれません。
参加費は1人1000円で、2010年5月4日正午に、庄原市総領町、三次市三良坂町、吉舎町にまたがる周囲15箇所に2000人規模の拠点「夢舞台」が設置され、フリーマーケットや出店、パフォーマンスが展開されます。
3万人が正午より三分間手を繋ぐ感動の共有、五分以上続けば最高だと主催者は計画、準備されています。
お問い合わせ、連絡先は、実行委員会0824-44-4109、事務局長が私の友人、和田芳治氏 0924-88-2618です。
もう1人は、78歳の新人社員として、生涯現役をモットーに、「安心いきいきセミナー」などの主催、講師、司会などで活躍するコピーライター、エッセイストの岡田厚美氏で、彼の積極的好奇心は、いまだ衰えを知らず、演劇、物書き、パフォーマンス、何でもこなす高齢元気人なのです。
彼は挑戦し続ける夢を追い続けており、自分史を語りながら、東京、仙台、京都、そして現在大東京の空の下で、活躍されていますが、昭和20年3月10日の東京大空襲が人生を大きく変え、宮城県石巻市に疎開され25年、郵便局に就職後、広告代理店を中心にコピーライターになられ、小説を書いたり、遠藤周作氏の主宰された素人劇団の樹座に入団されたり、38年ふりに帰った東京で78歳の今日も意欲的に活動されている方です。
おふたりの元気と勇気にエールを送り、見習いたいと思っています。
今年も全国各地からいろんな年賀状が届いたが、ここでは二人の男性の活動というか呼びかけ、イベント、仕事を紹介したいと思います。
まずタイトルにした「抱きしめて笑湖」とは、何十年も前に出会った元気なユニークな親父の和田さんが当時提唱していた「過疎を逆手に考える会」が発展的に大きくなって、今や過疎の町であった広島県総領町も、平成の大合併で市になってしまったが、相変わらずの過疎には変わりがないはずであった。
しかし、この地で多種多様な元気の出るイベントを中心に仕掛けるグループが、今年五月四日の休日「緑の日」に、中国山地の中で限界集落が目立つ地域にある「灰塚ダム」建設で作られた「ハイヅカ湖」を人と自然が元気な湖域とするために「笑顔」が必要と、「笑湖ハイヅカ」と名づけて、笑顔とエコも内包した一大イベントを企画しているのです。
その名が「抱きしめて笑湖ハイヅカ」で、元気のない日本、元気のない地方を何とか勇気付けるために、ハイヅカ湖を笑顔あふれる三万人の人たちで取り囲もうという企画なのです。
周囲30キロを3万人の人の手と笑顔で繋いで抱きしめる計画で、「お金が一番」のものさしでは馬鹿げた営みですが、こんなことを面白がる人間が集まれば、人も自然も元気を取り戻せるかもしれません。
参加費は1人1000円で、2010年5月4日正午に、庄原市総領町、三次市三良坂町、吉舎町にまたがる周囲15箇所に2000人規模の拠点「夢舞台」が設置され、フリーマーケットや出店、パフォーマンスが展開されます。
3万人が正午より三分間手を繋ぐ感動の共有、五分以上続けば最高だと主催者は計画、準備されています。
お問い合わせ、連絡先は、実行委員会0824-44-4109、事務局長が私の友人、和田芳治氏 0924-88-2618です。
もう1人は、78歳の新人社員として、生涯現役をモットーに、「安心いきいきセミナー」などの主催、講師、司会などで活躍するコピーライター、エッセイストの岡田厚美氏で、彼の積極的好奇心は、いまだ衰えを知らず、演劇、物書き、パフォーマンス、何でもこなす高齢元気人なのです。
彼は挑戦し続ける夢を追い続けており、自分史を語りながら、東京、仙台、京都、そして現在大東京の空の下で、活躍されていますが、昭和20年3月10日の東京大空襲が人生を大きく変え、宮城県石巻市に疎開され25年、郵便局に就職後、広告代理店を中心にコピーライターになられ、小説を書いたり、遠藤周作氏の主宰された素人劇団の樹座に入団されたり、38年ふりに帰った東京で78歳の今日も意欲的に活動されている方です。
おふたりの元気と勇気にエールを送り、見習いたいと思っています。