マーベラスS

King Of Western-Swing!!
歌と食と酒、それに声のページ。

That's 名古屋風味 ひつまぶし・モーニング

2012-07-07 12:59:15 | 





忘月忘日、 バンドマンたちと訪れたおひつまぶしの「しら河 栄ガスビル店」。


大勢なので、昼どきを少し外して、席を用意してもらっていた。







まずは肝焼きで一杯。

飲むために電車で来たのだから、シラフぢゃいられない。







酒の銘柄はキレイに忘れました。

升の中にこぼしてくれるのは有難いけど、升の掃除が行き届いているか

気になったりする方です。 もちろん問題ありませんでした。







ほどなくして、出てきました。  


しら河の看板商品、ひつまぶし 2380円







さっくり混ぜ合わせて、いうまでもなく3回楽しめる。 説明書きがついてくる。

一杯目はそのまま。  二回目はねぎ、海苔、山葵などで。







そして、三回目はあっさりとしただしをかけて、サラサラと出汁茶漬けで。

うむ、まぁありぢゃないですか、この味。 この無駄のない感じは名古屋らしいです。







やはり、ひつまぶしは名作名古屋めしの筆頭といえましょう。


その夜は演奏。 そして主催者たちと打ち上げて。


藤が丘の駅前ホテルで一泊。 翌朝はもちろん、名古屋のモーニングに行かねば!







フロントで教えてもらった、「おうちカフェ」。







まぁ安いといえば、安いが、 取り立ててさわぐことのものはない。

コーヒー1杯いくらか忘れたが、これだけのものが付く。







一人がたのんだ和モーニング、370円。

豚汁、生卵など。ものすご薄っぺらい冷や奴など。







名古屋名物、小倉トースト 飲み物付き600円


うまいけども、予想以上でも以下でもない、想像通りの味。







結論としては、名古屋モーニングはピンポイントで探してから臨めということ。

そこまで目を見張るモーニングが、街にゴロゴロしているわけではない。

それと観察していると、どうも名古屋人は朝から喫茶店を利用するケースが多い様子。

特に年配者など、家で朝食は食べず、なじみの喫茶店に赴く。

顔なじみと挨拶し、雑談交わしてお茶を啜る。そうする中で、モーニングも

サービス競争が激しくなり、日本茶を出したりするようになってきたのではなかろうか。

実際のところはどうなんだろうか。

格段、家が狭いということもなかろう、家でじっくり朝飯食ってからお茶を飲みに行ってもよかろうが。




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スペードクーリー知ってるか。

2012-07-07 01:26:57 | カントリー





キング・オブ・ウエスタンスイングと称された、スペード・クーリーが好き。

パイオニアの一人、ボブウイルスとキング争いをしてたというのだけど、

ボブ・ウイルスのウエスタンスイングよりも、ダンスミュージックとしては彼の方がスマートで、

メロディックかつ、華があった。

クラシックの勉強もしてきたからか、ボーイングがきれいで、3本のフィドルもよくハモり、

ポルカなど聴くと、ウキウキと踊り出したくなる。







ボブウイルスが、トミーダンカンをボーカルにすえて成功したように、


クーリーは、右端のテックス・ウイリアムスの渋い男性的なボーカルを迎えた。


最大のヒット曲は1940年、「Shame On you」。  映画は38本に出演、


50年代には、「The Spade Cooley Show」というTVショーがあった。




      



なんとなく、東洋人的な面差しである。 それもそのはず、アングロサクソンと先住民のハイブリッド。 


生まれ故郷のオクラホマでは珍しい話ではなく、歌うカウボーイ、ロイ・ロジャースもそう。


確証はないが、チェロキーならば白人との同化政策をとった。 エルビスもジョニーデップもその血を


受け継ぐというのだが、確証はない。



    



 女優でもあった妻、Ella Mae Evans を嫉妬から殴り殺してしまい、8年の収監。

 出所してすぐのイベントで聴衆の大拍手で迎えられるも、

 バックステージで心筋梗塞で倒れ、帰らぬ人となった。

 親しみのある笑顔と明るいダンスミュージックの裏に、なんとなくこの不運な最後が浮かんでしまう。




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肉屋のコロッケ

2012-07-03 00:50:50 | Weblog


誰しもが持っている、わが心のコロッケ。

カニクリームとかそんなんぢゃない。 肉屋の店頭、ラードの匂いがプンとするやつ。

布施のやまじんだったり、浜寺公園のプール帰りのコロッケだったり、芦屋は竹園だったり、

南森町なら中村屋だったり、京都東山だったら京屋、黒門なら関口、上六ならやまたけ、

大国町ならのんきや、あげ出すと切りがない。

ボクの生まれ故郷なら、今はもうない肉の阪本だった(阪本自体はたくさんある)。

満足に肉なんか入っていない。 ミンチのように見えたのはジャガイモの皮だったりする。







どんどん揚げて行くヤツを、舟の上に見事な手つきで乗せて行く。

緑のハトロン紙を上に、もう一重新聞紙にくるんで、輪ゴムをパチンととめてくれた。

あの手つきは見事だったなぁ。


ちなみに、こいつは今お気に入りの、高槻の「牛長」のコロッケ。1ケ60円。

いいオッサンが「コロッケ3つ」とかたのむのは恥ずかしいが、食い気の前には何の障害になろう。







小中学生の頃、津久野駅の横の阪本で揚げ立てのコロッケを買い、

でも帰り道、我慢できなくなって、団地の横あたりで新聞紙を広げた。

ザクッと一口・・・ハフハフ・・・旨いのなんの。

揚げ立てのコロッケには、ウスターもなんにもいらない。

これさえあれば、少々大池沿いの道が遠くても、かまやしない。

押さえがきかなくなるのだけが難だった。







美味であるコロッケも、1個の半分を過ぎるぐらいから

やがて来る別れが顕在化し、胸にせまる寂しさを禁じ得なくなる。

ああ、これくらいの量を地面に落してしまうのが一番イヤ。

地団太踏んで悔しがる。








死んだ祖母さんの用意してくれる、日曜の昼飯なんて、キャベツとこれが2個とかだった。

今思えば哀れ。 でもその当時はホイホイ喜んで、テレビで角座か寛美見ながら食ってた。







指先に余りに短い饗宴のなごりを残して、コロッケはきえてしまう。

慌てて食べたから、若干口の中にヒリヒリした感じを残すだけ。

指先に残る油、パン粉。

このままペロリとやったり、ズボンで拭いたり、かくして一巻の終わりを迎えるのである。

この小さな出会いと別れが忘れられないから、

今も肉屋のフライコーナーの前は素通りできないのである。



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おのちん

2012-07-01 11:01:44 | 芸能

 

            


 何処となく風貌がホリプロの堀威夫さんに似ていた、小野ヤスシ(敬称略)。



中央図書館の某氏が悔しがっていたが、地井さんの逝去によって見事に食われてしまった感のある小野ヤスシ。たしか結婚式のご祝儀をみんな持ち逃げされたんぢゃなかったか。何処までいっても運がない。

ドンキーカルテットは不思議なコミックバンドだった。ネタはもはやうろ覚えだが、マジメに歌を聞いて下さい…なんて調子で始まるが、脱線につぐ脱線でどこまで行っても前へ進まない。ドカンという笑いではなくてクスクスみてられる芸。そのとぼけた間合いが彼らならではだった。

小野さん自身でいうと、ハナ肇やいかりや長助のような直線的な突っ込みではなく、呆れて相手をじっと見つめ、ワンテンポ置いてから突っ込む感じ。歌手のジャイアント吉田がまたどこまで本気だか解らない。音楽的に一番しっかりしてて、ちっとも前へ進まずキィキィ腹を立てるのがキーボードの猪熊虎五郎。名前は勇ましいが大空テントみたいな風貌で、長らく熱海で観光ホテルにハコで入っていた。ドラムが鳴らないと思ってみると、弁当を広げている祝勝。この人は隙があれば弁当を食っている。あの弁当が焼きそば弁当だったなんて知らんがな。

私の強力プッシュでジャイアント吉田さんを一度番組にお招きした。コミックバンドではなく発明王としてのブッキングだった。胸に水枕みたいなのを装着して、パーティーで酒を飲むと見せかけて、そこへ流し込んで持ち帰るというバカセコ発明が好きだった。今は催眠術で食ってるそうだが、そのインチキくささがたまらない。

 

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