ブラッサイやドアノー、桑原甲子雄、木村伊兵衛などの写真家が好みだ。ニュートン、荒木経惟、ロイ・スチュワートなどのエロス路線もいいが、人間の匂いの立ち昇る写真が性にあっている。僕にはもう一人どうしても忘れ難い写真家がいる。乙雅一(おとめまさかず)。谷中に生まれ、佐野寛のモス・アドバタイジングで数々の広告写真を撮ると共に、独特の仕事を残してきた浪漫派の都会っ子だ。
本人喜ばねぇだろうけど、フォーカスの最終ページ、マッドアマノの狂告の時代の写真も長年彼がやった。石子順造の知遇を受け、キッチュと出会い、ガジェットブックなどではモノを集合的に積み重ねて行くことでもう一つの価値を提示した。バブル経済の頃、景気に乗じて数々の面白い仕事を残している。
ボクとは結構年が離れてはいるが、武蔵野の酒場で知り合い、なんでも物知りで、世話焼きで、伝法な物言いの下町的ダンディズムを体現していた男は、口うるさい爺ィになれただろうにその前夜、忽然と野垂れ死にしてしまった。彼が亡くなって4年。世の中ちっともよくなりゃしねぇ。オレも鯨飲馬食鶏唱ぐらしの合間に、彼の残した仕事を少しずつ紹介していこうかな。
まずは「ザ・パチンコ~パチンコ台図鑑」(1985.リブロポート刊)。パチンコ台を大衆芸術としてとらえ、撮影した労作。パチンコ台をこんな捉え方した本は、後にも先にもこれしか知らぬ。今、ボクがちょこっとパチンコ業界紙の仕事をしているのも何かの縁かも知れぬ。大兄、あの世で美味い酒、飲んでますか・・・