blog 福祉農園通信・龍神伝心

アジアモンスーンに吹かれて
共生の農業
見沼田んぼ福祉農園 

9月30日颱風17号接近

2012-09-30 | 農作業

颱風が近づいている、農園へのことが心配で見沼へ向かう。






気になる台風17号
台風17号が まともにやって来るようだ。
稲刈りも7ヘクタール残すだけだが、
台風直撃となればその後の稲刈に支障をきたす。
 台風が来るまで少しでも収穫作業を急ぎたいが朝のうちは曇り。
風もなく今日は稲刈が出来ないのでは、と気がもめる。
昼になり多少は稲が濡れていたが稲刈りをはじめる。
なんとも 気になる台風17号。
台風ひとつで一年の努力が無駄になることもある。作業を急ぎたい。
宮城角田の田に生きる友よりのたより。

1988年から続く見沼代用水東縁原型保存地区周辺の清掃活動。
今日、その清掃活動が行われるので農園に集めたゴミを持て総持院へ向かう。


1988年から続く見沼代用水東縁周辺の清掃活動する友人達。




2012-09-30 | 風の備忘録 

「国破れて山河あり。
戦争に負けても国土は残った。
だから復興できた。
でも放射能で汚染された土地はもう誰も使えなくなる。」

尖閣だ竹島だと煽るマスコミは
福島県民が被曝し続けていることには触れないのか。
復興予算が福島県民の避難に使えわれないこと。
福島県民の医療費免除が停止になったことも報道しないのか。
取り残された被災者の気持ちすらわからないのか

東京電力福島第一原発からは現在も
毎時1,000万ベクレルの放射性セシウムが
放出されていると東電が報告。
毎日、2億4,000万ベクレルと言う計算
:朝日は7月に英語版で発信していた。
http://ajw.asahi.com/article/0311disaster/fukushima/AJ201207240087


9月29日 被ばくの現実を知る勉強会

2012-09-30 | 共生社会のデザイン

ぺんぎん村が開催した被曝の現実を知る勉強会に参加
肥田舜太郎さん、鎌田實さん、児玉龍彦さん、
スワルニコワ・バレンチナさんの年齢も経歴も違う
内部被ばくに関する医療活動を続けてきた
4人の医師の内部被ばくについて積み重ねてきた体験や研究から、
これからどう対処していけばいいか、それぞれ語っている

鎌仲ひとみ監督作品「内部被ばくを生き抜く」を見た後

3.11以降、福島県伊達市の仮設住宅で暮らしつつ、
愛する飯舘村を戻せプロジェクト負けねど飯舘!!に参加している
安齋さんの話を聞く。
安齋さんは月に一回、
見沼田んぼ福祉農園を訪れ一緒に農作業をしてくれている。

勉強会の後、北浦和へ

安齋さんと一緒に夕飯

「たくさんで食べるご飯はおいしいな」と安齋さん。


風の予感

2012-09-28 | 風の備忘録 


9月29日(土曜日)1時より
誰もが共に生きる地域をまざすぺんぎん村主催

鎌仲ひとみ監督作品
「内部被ばくを生きる抜く」の上映
負けねど飯舘の安齋徹さんのお話

岸町公民館で開催。 
9月29日(土曜日)1時開場

参加費1000円

「内部被ばくを生き抜く」
肥田舜太郎さん、鎌田實さん、児玉龍彦さん、
スワルニコワ・バレンチナさんの年齢も経歴も違う
内部被ばくに関する医療活動を続けてきた
4人の医師の内部被ばくについて積み重ねてきた体験や研究から、
これからどう対処していけばいいか、それぞれ語っています。

負けねど飯舘の安齋さんは
3.11以降、福島県伊達市の仮設住宅で暮らしつつ、
愛する飯舘村を戻せプロジェクト負けねど飯舘!!に参加しています。
28日には「飯舘村の1年半のできごと」と題して話をして頂きます。
安齋さんは月に一回、
見沼田んぼ福祉農園を訪れ一緒に農作業をしてくれています。

 3.11以降
未来がこれまでと同じ世界であると信じることが出来なくなった。
未来を生きる子とも達に私たちは何を残せるのか、
何を残してはいけないのか、映画を見て、
安齋さんの話を聞いて、私たちは、なにができるか、
何をしていくのがいいのか、改めて考えたい。
皆さんのおいでをお待ちしています。

誰もが共に生きる地域をまざす 
ぺんぎん村 連絡先zwr02003@nifty.ne.jp



忌野清志郎さんが12年前
「地震の後には戦争がやってくる。
軍隊を持ちたい政治家がTVででかい事を言い始めてる。
国民をバカにして戦争にかり立てる。」と言っていた。

おかしい
従軍慰安婦について語っているブログに
面白いのマークがいっぱいついてた・・・・おかしい!絶対
戦中 騙されて日本軍に慰安婦として 
徴用された朝鮮の女性たちのことを語っているのに対して 
ブログ玉 おもしろい は ないでしょ!

尖閣列島のことに関しても 
なんか あいまいにして、
総裁選・代表戦にうつつをぬかしてるような政治家たちも
なんかおかしい!
領土「問題」って戦争が起きかねないことでしょ?
なんかおかしい 絶対!
もっとやらなければなんないことがあるんじゃないかっておもうさ。


だからデイケア残せ いいのさ

2012-09-27 | 共生社会のデザイン

だから  デイケア残せば いいのさ

  市内の養護学校からた~くさん卒業してくるので、
卒業後の行先がなくなるのだそうな。
来年はなんとかなっても 
その次の年は どこの施設も満杯になるのだそうな。
 で、市内8特別支援学校の保護者連絡会が市に陳情をしたそうな。
 内容は 
1、通所施設(生活介護、就労移行、就労継続支援B型等)の拡充
2、通所施設(生活介護)の送迎の充実

  市内の作業所では 
生活介護に行きたい人が多く、不足しているのだが、
市は就労関係の事業所を作りたがっている。
新しく今年3つの就労系の事業所ができたが、
そのうち二つは企業がつくった、ということだ。
そういう話を学校と施設の受け入れについての情報交換会で聞いてきた。
・生活介護が不足している⇒重度のひとの行くところがない
・日割り計算になったから定員の125%を受け入れないと
経営が成り立たない⇒ 空きがなくなる

 だから~デイケアを残しておけばいいんじゃん。
 さっさと 移行しなきゃいいじゃん。てことですよ。
 デイケアにはだれもが通えた。
程度区分なんて関係なかったし、
自分たちで必要から作ったんだから、
内容についても自分たちで納得するものにできた。
 支援法になって、個別給付に通うには、
程度区分が必要となり、区分によっては通えない場所もできた。
 デイケアはひと月払いだったけど、
個別給付になったら、日払いになった。
だから、定員以上の人数を担保として登録しておかないと
安定した経営ができなくなった。

 かつての県のデイケア要綱を引っ張り出してみたら、
デイケアをとっても賛美している。
これからの福祉の目玉だと言わんばかり。
その総括をしたうえで、県はデイケアをなくすとしたのだろうか。
8月の県との総合県交渉の中でも、
そのことについては、答えてくれなかった。

 全国統一の施策は必要だけど、
各県独自の施策もあっていいのに。
 かつてデイケアを作った県内の某団体が
どんどん移行にとびついていったなんてほんとに ヘン!
まあ 余談だけど

写真は埼玉障害者市民ネット総合県交渉総括会議


「農」と里山のシステムを未来に三富シンポジウム

2012-09-25 | 共生社会のデザイン

三富シンポジウム
「農」と里山のシステムを未来に

江戸時代に開拓され、屋敷地と畑と平地林(ヤマ、里山)からなる
短冊状の地割りが現在も多く残されています。

ヤマの樹木は燃料となり、落ち葉はたい肥として畑を肥やし、
持続可能な農業が今日まで営まれてきています。

農家によって適切に管理されてきたこれら食住の生活環境では、
生物多様性が高い自然と独特の美しい景観が形成されてきました。
このかけがえのない「農」と里山のシステムを未来に向けて
発展させるためのシンポジウムが開催された。

「三富江戸農法の会」


鬼頭先生の本当によくわかる環境倫理学 右下は進士五十八東農大前学長


見沼にこうした知的環境がないことを残念の思う。
「環境資産」だの「生態系形成」だの「未来遺産」だのプロパガンダばかり、
農も里山もない、その種の見沼の保全なるものに未来はない。
秋の訪れた見沼


9月22日 収穫の秋への備え

2012-09-24 | 季節の便り

 


農園で10月28日
見沼土地改良区主催「駅からハイキンググ」出店
農的若衆宿2012秋+日本サムスン農園ボランティア活動
11月4日 浦和北ロータリークラブ主催 若者交流イベント
11月21・22日さいたま市農業祭出店 
11月24・25日 さいたま市
「第1回さいたマーチ~見沼ツーデーウオーク」
出店など今年の秋に行われる催しの打ち合わせを行う。

11日23月には見沼田んぼ福祉農園の
第27回見沼の新米を食べる会 
第14回見沼田んぼ福祉農園収穫が行われる


9月21日 大宮ろう学校へ そして

2012-09-22 | 共生社会のデザイン



スタッフと3人で大宮ろう学校へ

9人の学生さんからインタビューを受ける。

10月27日28日大宮ろう学校の文化祭が行われれます。
インタビューの報告が発表されます。


彼らが福祉農園の活動に、
どんな感想を思ったのか楽しみです。


ろう学校のインタビュー授業の後、列車とバスを乗り継いで農園へ


農園で沖縄糸満で福祉農園の実現を模索している
風水舎代表の崎山さんのインタビューを受ける。


9月19日は農園会議

2012-09-20 | 共生社会のデザイン

報告事項
87日~13
見沼・サバイバルキャンプ2012『住処』開催

農工大農耕グループ八十八、
安齋さん「まけねど飯舘」参加、農具メンテナンス講習、
埼玉県立高校新任研修3名受入。
藍染め開催、馬糞堆肥の搬入、水の回廊整備


22わらじの会、ぺんぎん村、
埼玉障害者市民ネット チンドンパレード参加

○28日30日 埼玉障害者市民ネット 総合県交渉

○29日さいたま市見沼市民ネット運営会議 
第4回 見沼クリーン大作戦
2013年3月9日土曜日開催決まる

討議事項
「人のためになる事業」
「社会の手本になるようしかりサポート」するようにと、
前知事の肝いりでスタートした見沼田んぼ福祉農園。
知事の福祉農園設置の意志は
行政側の不作為により条例など
的位置づけがなされない「社会実験」のまま14年目になる。
法的の位置づけのない状態では、
農園の持続性も事業の拡大深化も図れない。
このことをしっかり見つめ直す時期に来ていると思います。

ぺんぎん村から、地域生活支援事業への移行の報告があた。

ロータリークラブの古澤さんが独自に行っている
畑・農産物流通システムの計画が語られる。
農園で働く障害者スタッフのアルバイトなど、
障害者雇用などを含めて、
可能な形を探りつつ連携していくことを確認。

トイレ改修の件。
8月7日 県の車椅子トイレ戸改修を行う。
見沼田んぼ福祉農園は全国に先駆けて
埼玉県が設置した障害者を主人公にした農園ですが、
県が推進する福祉の街作り条例に基づく
ユニバーサルデザインによる施設ではない。
ユニバーサルデザインの考えに基づく
誰もが安心して使えるトイレの設置は県の義務でもある。

今後の予定
10月28日見沼土地改良区主催「駅からハイキンググ」出店
10月中、もしくは11月上旬。農的若衆宿
+日本サムスン農園ボランティア活動
11月3日 浦和北ロータリークラブ主催 若者交流イベント
11月21・22日さいたま市農業祭出店 
11日23月 第27回見沼の新米を食べる会 
       第14回見沼田んぼ福祉農園収穫

11月24・25日 さいたま市
「第1回さいたマーチ~見沼ツーデーウオーク」開催。
見沼たんぼ市民ネット用にブースを出せることに。


宮城角田発米通信 放射能検査結果出る

2012-09-19 | 季節の便り

稲刈作業すすむ

天候に恵まれ順調に稲刈作業が進む。
放射能の安全宣言が出され、稲刈作業も一段と気合が入る。

 相変らず暑い暑い稲刈作業が続いているが、
天気が続く事は収穫作業にはいいことだ。
贅沢は、言ってられない。 
ひとめぼれの刈りとpり作業も もう少しだ。
全体の半分の稲刈りが終わる。
コンバインも新しくなり、作業能率は格段に良くなった。
コンバインは、息子が担当。 全体の作業効率もよくなった。
圃場条件もよく、今までになく 稲刈作業がすすんでいる。

17日夕方、宮城県大河原普及センターおよび
角田市農政課より放射性物質測定結果の連絡が入る。
平成24年産米の放射性物質測定結果が送られてきた。
結果は、角田市内の(測定地点222ヵ所の全てにおいて不検出。
食品衛生法に基づく
放射性物質の基準値(100ベクレル・kg)以下であり、
安全性に問題がないことが確認さた。
この結果により、平成24年産米は通常通り出荷、
販売等が可能になりました。という報告だ。

 国によれば50ベクレル以下を不検出としている。
不検出とは、検出下限値未満であることを示すというが、
今回 宮城県はその検出下限値の数値を公表している。
その結果は、私の住んでいる旧北郷村の測定地点(51ヵ所)で 
セシウム134とセシウム137のセシウム合計の値が
最高地点で検出限界 7.8最低が4.5だ。
 測定機関は、株式会社理研分析センター。
分析機器ゲルマニウム半導体検出器


今年の稲刈作業は、猛暑の中での収穫作業が続いている。
今日も32度の中の稲刈だ。
しかも、放射能の検査結果が出るまでは出荷自粛。 
これまでは、出来るだけ早く稲刈りをして消費者の皆様に 
新米の報告をすることを目標に稲刈をしてきた。
 今年は、地域内の検査地点が昨年の25倍に拡大。
その結果が出ないうちは出荷が出来ないという事で 
なんとも気合の入らない稲刈だった。 

それでも、この猛者と地域の生産者の皆さん、
及び県庁はじめ関係機関の努力と協力で
予定よりも4日も早い出荷が可能になった。
 これで、自信を持って今年のお米を食べていただける。
国で定める、放射性物質100ベクレルを大きく下回る、
十分の一以下の放射性物質の値の結果を心から素直に喜びたい。 
関係機関の皆さんに 心から感謝したい。
あとは、消費者の皆さまの判断だ。
ゼオライトの施用・塩化カリの散布など 
生産者とし考えられる放射能対策をしてきた。 
 あとは、消費者の皆様の 冷静な判断を望むだけだ。


見沼サバイバルキャンプ2012の記憶 

2012-09-18 | 農園作り
ちょっと離れてしまったが、
8月12日に日帰りで参加したサバイバルキャンプ,
通称サバキャンのことを書き終えておきたい。

前回ご覧になっていない方は、こちらからどうぞ
http://ameblo.jp/toriichi5013/entry-11327485215.html
大好評の昼食を終え、
午後からは小川の護岸工事に配属が決まる。

本作業は2時からだというのに、
気合の入った男たちは1時近くには移動を始める。
ぼくも、当然行動を共にする。
 工事の全体像とぼくが請け負う仕事の説明を受け、
今回のキャンプの実行委員長のリョウさんと持ち場に向かう。
午前中の作業の後、泥まみれで帰ってきた彼からは、
キャンプを成功させたいという気迫が満ち溢れている。


素顔はいたって好青年に見える彼を
ここまで熱くさせる何かがここにはあるのだろうと思い、
彼の気迫に応えるためにも無心に泥をすくい、全力で杭を打つ。


このキャンプのあちこちで見られる”計画し、実行し、
達成する”という一見シンプルなサイクルは、
現実世界には早々たやすくあるものではない。

だからコンピューターゲームがはびこり、
擬似的な達成感を感じさせてくれるのだろう。
しかし、このキャンプにおける現実的で
手ごたえのある達成感とは比べ物にならないはず。
食う、働く(遊ぶ)、排泄する、寝る。

その働く(遊ぶ)とは、仲間のために飯を作り、小川を流し、
橋をかけ、杭を打ち、堆肥を混ぜ、畑を作り、小屋を掃除し。

「”生きている”という現実感」が
若者を惹きつけてはなさないのだろう。

偉そうなことをいうものの、
ぼくにもその後キツイ現実が待っていた。

熱中症になりかけたのである。
体の異変に気づき、すぐに作業をやめ、
氷嚢で首筋を冷やしたので事なきを得たが、
「年寄りの冷や水」というべきか、
40歳の肉体は護岸工事で悲鳴をあげていたのである。
幸いにして、その日の作業の山は越えており、
ぼく一人ゆっくりしていても支障はなかった。
大樹の陰に身を寄せながら思ったのは自分の体について。
どれだけ水分を取ってもおしっこはほとんど出ず、
出たとしてもやたらと濃くて、あげくに熱中症になってしまった。
体の使い方は練れてきたが、長続きしない。
大げさに言えば、”老い”という変化をしっかり見つめていないと危険だ。
だからといって、抗うのではなく、
好奇心を持って楽しく体の変化と付き合いたい。
下手に今の風潮に乗ってしまうと”お化け”にさせられかねない。
”アンチエイジング”などという言葉があるが、
ぼくは”アンチ・アンチエンジング”でありたい。

そんなことを考えているうちに、皆さんの作業が終わっている。

その後は、
食事兼総括までの時間をそれぞれ思い思いにすごすことになる。
といっても、遊んでいるわけではない。
交代で入浴をするし、食事班は仕上げにかかっている。
何か出し物をするのだろうか、ギターを弾いている。

9月15日 手で話す

2012-09-15 | 共生社会のデザイン

本日の見沼田んぼ福祉農園

大宮ろう学校でインタビューの授業を行うことになり、
今日ろう学校の先生が打ち合わせに来てくれた。

色々な障害者が活動する福祉農園なのに
私は手話が出来ない。代表として恥ずかしい。
ろう学校の先生の来訪に、率直言ってびびっていた。
スタッフが手話で自己紹介して場を和ませてくれた。



第3農園 カブの種を播くボランティア。

桑の木の剪定をするロータリアン。

[第1農園 作業内容]
●加田屋川沿いの藪枯らしの除去、木剪定・芝刈り


タマネギ畝除草・収穫:シシトウ、ゴーヤー・ナス  ●ハーブ園・除草



・収穫:オクラ、サツマイモ、モロヘイヤ


・先日の地震のせいか、
プレハブの中の瓶がいくつか倒れて転がっていました。 
・まだ昼間は暑いですが、
夕方くらいになるとすっかり涼しくなってきました。
次の季節が来ているんだなあと実感しています。by諒


岩井俊二さんのつぶやき

2012-09-14 | 共生社会のデザイン

福島県の子供達の甲状腺嚢胞について書かれた医師の論文です。
 【拡散】この医師が潰されないために!
 http://1am.sakura.ne.jp/Nuclear/kou131Matsuzaki-opinion.pdf … …
消される前にダウンロードを
1. 内外の甲状腺超音波検査成績をまとめると、
10 才前後の小児に「のう胞」 が発見される割合は、0.5~1%前後である。
2. 福島県の小児(平均年齢 10 歳前後)の
35%にのう胞が発見されているこ とは、
これらの地域の小児の甲状腺が
望ましくない環境影響を受けている おそれを強く示す。
この部分、見過ごせない。by 岩井俊二@sindyeye
「消される前にダウンロードを」
岩井さんの「潰される前に」というつぶやきが気になる。

毎朝娘を車で駅まで送っていく。
その道の測定。今回2度目だけれど、
線量は入学当初の4月とほぼ変わらず。
除染してなければ、そう簡単に下がるはずないけど・・・。
う~ん、やっぱり自転車通学はまだまだ無理だなぁ。
by佐々木 るり

佐々木 るり

放射性ヨウ素が飛んできた3月15日以降、
県は各市町村にヨウ素剤を配りました。
主人は二本松市に問い合わせ「ヨウ素剤を配ってほしい」と頼みました。
市は「県から配れとの通達がないので配れない」と答えました。
主人はすぐ知り合いの県議に電話をし、
「市にヨウ素剤を配るように言ってくれ」と必死でお願いしましたが
「責任問題になるので自分の判断では出来かねる」との答え。
結局市民にヨウ素剤が配られることはありませんでした。
あのときヨウ素剤が配られていれば、
被ばくは最小限に抑えられていたかもしれないと思うと、
残念でなりません。配らなかった責任はだれがとるのか?
あのときの
県議はあの判断を悔やんでいるのでしょうか?
by佐々木 るり

こどもたちの甲状腺検査に来ています。
こんな検査を一生受け続けなければならなくなった子どもたち。
原発の事故なんか、
もう二度と繰り返しちゃいけないと強
く強く思う瞬間です。

沢山の方々のシェアに感謝いたします。
この投
稿について、賛否両論あるかと思います。
私自身、親として娘のこういう写真を
投稿することが嬉しいはずはありません。
お外で走り回っている写真とか、
お花を摘んでいる写真とか、
放射能さえなかったらそんな投稿を毎日しつこいくらいしていたことでしょう。
あえてこの写真を投稿したのは、
娘と同じ思いをしている子が福島には30万人以上いること、
そして、胸を締め付けられる思いで、
子どもを見守るしかない数十万人の親たちがいることを知ってほしかったのです。
by佐々木るり


自然保護からの脱原発宣言 01

2012-09-11 | 龍神伝心
自然保護からの脱原発宣言01
会報『自然保護』2012年9・10月号「この問題私はこう見る」より転載
著者:鬼頭秀一 東京大学大学院教授。環境倫理学。NACS-J参与。

3・11の東日本大震災とそれに伴う福島第一原発の事故は、
自然保護の視点からも原子力利用というものが、
自然保護が今まで目指してきたことと深く関係し、
かつ自然保護とは相いれないということが改めて明らかになったように思われる。
その原発の「被害」とは何か、
福島の現場を歩きながら明らかになったことを
ここで改めて整理して考え、書き記しておきたい。

「里やま」を根源から破壊してしまった原発事故
昨年の5月下旬、
原発事故のため計画的避難区域に指定された
福島県川俣町から浪江町、飯舘村を歩きながら、
典型的な日本の里やまの新緑の美しさの中、さまざまな野鳥がさえずりながらも、
人がまったく誰もいないという光景を目の当たりにした。
まさに、別の意味で「サイレント・スプリング」である。

写真:2011年7月末にも訪れた飯館村。
人の影はなく、田は草原と化していた。

この「里やま」は
人の営みがあってはじめて良好な生態系が維持できている。
川俣町で阿武隈山系に「生きる」方から、
「今年の山菜はうまぐねぇ」という言葉を聞いた。

山菜を採るという「営み」が単に食料資源のみならず、
近所の人や子どもや孫、そして、私たちのような外部者に対して、もてなすもの、
つまり非貨幣的な交換、相互扶助など、
さまざまな人と人とを結ぶ絆そのものとして機能し、
自然とかかわる重要な役割をしていたことに改めて気づかされた。

写真:川俣町や浪江町ではニホンミツバチの養蜂も盛んだった。

「里やま」を守るということは、
そこの自然環境を守るだけでなく、「里やま」にまつわる私たちの暮らし、
そして、そこにおける人と人との絆を守ることでもあった。
そして、原発事故に由来した放射性物質汚染は、目に見えない形で、
「里やま」における人と自然とのふれあい、人と人の絆を破壊してしまった。
放射線被曝は生態系のさまざまな生物にも確実に影響を与えることが予想されているが、
健康被害に至る以前に、
そこで暮らす人の暮らしのほとんどすべてを破壊してしまった。

里やまの「除染」など、気が遠くなる現実が横たわり、
数十年にわたって「里やま」を破壊し続ける
甚大な放射線被曝の問題を引き起こす原子力利用は、
自然保護の視点からしても根本から再考せねばならない。

自然の「不確実性」をしっかり見つめるところにこそ「自然保護」がある
しかし、今回のような事故は起きる確率が低く、
科学の進歩により安全な原発を生み出すことでこうしたリスクは解決可能だとして、
原子力利用をまだなお続け、
海外にも原発を輸出するという無謀なことを考えている人たちがいる。
しかし、20世紀に高度に進歩したといわれる科学技術を持ちながらも、
わたしたちを取り巻く自然環境には、
科学の進歩では解決しないような根源的な「不確実性」があるということを、
私たちは認識しはじめてきた。

今回の津波では、
科学技術の粋を集めてつくった盤石と思われた堤防も、
大波が軽く乗り越え破壊してしまった。
このような事態の中で、
科学技術の力で自然をねじ伏せ、思いのままにしようとする、
近代の人間の自然との関係性のあり方は根本的に再考せざるを得なくなった。

技術はそもそも、
限定された枠の中でしか不確実性を排除することができず、
100%完璧な技術は原理的には存在しない。
何らかの形で必ず「事故」というものと付き合う覚悟がなければ、
「技術」を使いこなすことはできない。
ところが原子力発電などの原子力利用の技術は、
いったん事故が起こると広範で時間的射程の長い「被害」を引き起こしてしまう。
存在し得ない「100%安全」を前提しないと存在してはいけない「技術」である。

人間が自然を思い通りにし、
一方的な形で経済的な便益だけをそこから得ようとすることに対して、
そもそも「自然保護」は、
わたしたちの知らない自然の不確実な部分も含めて
システムとして全体を大事にしていかないと
わたしたちの生活自体豊かなものにならない、
ということを認識することから、活動が始まってきたのではないだろうか。

自然の持つ不確実性と真摯に向き合い、
付き合うことの必要性が、「自然保護」の根幹にあったのではないか。
その意味では、自然の不確実性を甘く見て、
不確実性をなくさなければ成立しない原子力利用「技術」は、
わたしたちが求めてきた「自然保護」の世界と最も対極にあり、
あってはいけない「技術」なのである。