blog 福祉農園通信・龍神伝心

アジアモンスーンに吹かれて
共生の農業
見沼田んぼ福祉農園 

4月28日 農的若衆宿2013春 2日目

2013-04-29 | 様々な農


農的若衆宿お疲れさまでした。作業報告を送ります。

【作業内容】
>>>
●ほうれん草収穫(残り1/4)、大根間引き
●サトイモ・やつがしら・たけのこ芋植付けしょうが、つるむらさき、つるなしインゲン、
 こかぶ、赤オクラ植付け、トマト、ナス、唐辛子、ししとう植付け
●ジャガイモ土寄せ&めかき。
●ハーブ園・除草 ●第2農園:たけのこ掘り
農園整備>>
●芝刈り ●薪置き場造成 ●乾燥小屋修繕
●移植作業→かまど横の青木を一輪車小屋前へ。by諒

風が吹き荒ぶ寒い夜を乗り越えて



二日間を振り返って作業取りまとめをして農的若衆宿2013春を終える。

3月までは高校生だった新人が多く参加してくれたが、集中力を切らすことなく
冷え込む強風の夜を風邪を引くことなく乗り越えてくれた事に手応えを感じた。


スープカレーを食べて散会する。



当たり前のようだが、
怪我無く、事故無く、
何時ものように
若衆宿を終えることが出来たことが
何よりの成果だ。

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4月27日 農的若衆宿2013春 

2013-04-29 | 様々な農


春の若衆宿らしくNewcomerの活躍があった。 

 ムロから里芋の種芋を掘り出す。             新人種を準備する。
ほとんど腐っていた近隣農家でも出してみたら腐ってたらしい。
また、地下水位が上がっているのだろう。
そういえば近いの田んぼで、U字溝に土嚢を積み水位を上げている連中がいる。

耕運機を初めて使う宮崎から来た新人。   堆肥を準備する

ひたすら耕耘機で耕起する鎌倉からからやって来た新人

堆肥を入れる現代フランス思想を学ぶ新人。




除草をする現代フランス思想を学ぶ新人。傍らでは今泉さんが苗木の植え付け。

薪置き場の改修工事。


これで薪が濡れずにすむ。
 

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4月27日 農的若衆宿2013春 昼の交流 夜の饗宴 

2013-04-29 | 様々な農


昼食は鶏や人参の炊き込みご飯、
ホウレンソウの炒め物に具だくさんの味噌汁、美味し。

食後は交流会。

堀米さんから贈られた仙台牛に感謝といただく命に祈る見沼・風の学校

今日は仙台牛2キロのすき焼き、一気に平らげる新人達。


食後は、風が強く吹く中、
焚き火を囲んで夏のサバイバルキャンプに向けたプレゼンテーション


2012年に続き2013年のサバイバルキャンプ実行委員長をつとめる諒君が
今年のサバイバルキャンプのコンセプトを提起してくれた。
 
真夜、気温は7℃まで下がる。寒い。この時期にしては寒暖の差が激しい。

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「見沼学研究会」を5月4日に開催します

2013-04-28 | 共生社会のデザイン
 5月4日18時より浦和のコミニティセンターの第10集会室にて、

八木信一先生を交えて、「見沼学研究会」を開催します。
http://www.shisetsu.city.saitama.jp/Public/PC/shisetsu2/319.html
 猪瀬代表が さいたま市の総合振興計画の審議会メンバーになり。
風の学校としても、市政と見沼田んぼをひきつけながら考えたいと思います。 

 5月4日は、代表から、総合振興計画にかかわる内容の提示
八木信一先生からは、総合振興計画の策定を視野に入れ、
  自治体の行政計画としての基本計画などについて、
  知見や課題の整理をしてもらいます。

http://www.city.saitama.jp/www/contents/1147329623184/
上記と連動する形で
八木信一九州大学大学院経済学研究院 准教授
「見沼田んぼをめぐる問題」
石井秀樹 福島大学うつくしまふくしま未来支援センター
産業復興支援部門 農業復興支援担当 特任准教授
原子力災害をめぐる問題
2点の問題にも立ち入ることで、
行政計画やガバナンスの問題を考察することになるかと思います。 

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見沼田んぼ福祉農園 15年目の春

2013-04-25 | 農作業
Honda F401とこまめ、とは15年の付き合いになる。

1988年4月1日、見沼田んぼ福祉農園が開園した。
農園に初めて行った時、県で渡された農機具小屋の鍵を開けると
Honda製の耕運機F401と「こまめ」の2台と芝刈り機と刈払機が置かれていた。
あれから15年、
HONDAの耕運機達は共に健在。彼らと第1農園、第2農園、第3農園を開墾してきた。
正に戦友である。

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4月27・28日 農的若衆宿開催

2013-04-25 | 様々な農


スケジュール
4月27日
     9:30 受付開始
    10:00 開会式・午前作業
    12:30 昼食
    13:30 農園巡り・午後作業
    17:00 作業終了・片付け
    18:00 夕食
    19:00 作業取りまとめ・夜の部
4月28日
     6:00 起床
     6:30 朝作業
     7:30 朝食
     8:30 午前作業開始
    11:30 作業取りまとめ・閉会

場所    :見沼田んぼ福祉農園
参加費   :2000円 
作業内容 :里芋の植え付け、
        薪小屋作り、ハーブ園整備

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4月25日 穀雨の頃の農作業

2013-04-25 | 農作業

穀雨の夜が開けて今日は農作業日和

農園の梅が色づき始める。


県単独事業だったデイケア事業が終了して、4月からは障害者自立支援法に基づく
地域活動支援センターに移行した、「ぺんぎん村」の農園事業。
地域活動支援センター「農=あぐり」と名前も変わったけれど、
農園での農作業は変わることなく行われている。






お昼



農業者トレーニングセッター近くに出来た地域活動支援センター「農=あぐり」

午後から、大崎の農業者トレーニングセッターの近くで
収穫した野菜を「農=あぐり」の仲間が販売をしている。


地域活動支援センター「農=あぐり」のお披露目会を5月6日13時より、あぐりで行います
場所は、大崎公園+さいたま市農業者トレーニング付近、
住所は:さいたま市緑区大崎3105-10
バスで来られる場合は、
東川口北口から国際工業バス浦和駅東口行き乗車し、「県立養護学校前」で下車。
http://kokusaikogyo.ekiworld.net/dia/timechart/jikoku126302.html
浦和駅東口から国際工業バス東川口行きに乗車し、「県立養護学校前」で下車。
http://kokusaikogyo.ekiworld.net/dia/timechart/jikoku153202.html

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4月24日 穀雨の頃

2013-04-25 | 季節の便り
降雨の夜は雨に濡れて

お告げを聴いているわけではなく……
わらじの会の月例行事のひとつである「プランづくり会」。
 
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河北新報 隠蔽、無責任生々しく/検証、東電テレビ会議

2013-04-25 | 風の備忘録 

2013年4月2日火曜日河北新報
隠蔽 無責任 生々しく/検証、東電テレビ会議
東京電力福島第1原発事故後、
社内テレビ会議で交わされたやりとりは
超一流企業とされてきた東電の真の姿を教えてくれる。
経営陣は事故の当事者とは思えない発言を繰り返し、
組織全体で悪い情報を表に出さないよう腐心していた。
2011年3月12日から同年4月11日までの録画映像のうち、
一般に公開されていない部分を中心に事故対応の様子を再現した。
(肩書は全て当時)=原子力問題取材班=

◎決死の放水の陰で/幹部ら的外れな雑談
 東京消防庁ハイパーレスキュー隊が中心となった
緊急消防援助隊による3号機使用済み燃料プールへの放水は、
放射線の恐怖と戦いながら任務に当たった隊員に称賛が集まった。
その裏で東電本店では、現場の決死の覚悟を踏みにじるようなやりとりがあった。
 3月19日午前0時半すぎ。吉田昌郎所長がやや高揚した口調で話した。
 「プール内のいいところに水が入っているとの報告です」
 本店の海江田万里経済産業相と勝俣恒久会長、
武黒一郎フェローらは手をたたいて喜んだ。
東電のホームページで公開されている映像はここで終わっているが、
その後、消防や警察、自衛隊の関係者が聞いたら怒り出しそうな会話をマイクが拾っている。
 武黒フェローと勝俣会長は放水している部隊を自衛隊と勘違いした上で、おしゃべりを始めた。
 武黒フェロー「オペレーションの精度が2けたくらい、警察や消防と違う。軍隊はすごい」
 勝俣会長「注文を具体的に出してくるよね」
 武黒フェロー「規律も厳しくやっているんですよね。
朝も早起きして。ものすごく地域に気を使っている」
 勝俣会長「北海道は雇用の問題があるでしょ。
(自衛隊には)購買力あるわけだ。
防衛懇談会の座長をしているときなんかさ、千歳市だなんだって、
市長や町長さんが陳情に来るんだよ。動かさないでくれって」
 武黒フェロー「むつなんかもそうです。
あそこは自衛隊で持っているようなものです」
 放水開始から15分後。今度は海江田経産相の指示に現場はあぜんとする。
 海江田経産相「(放水を)いったん止めて。
(うまく入るのが)分かったでしょ。きょうはそれが目的だった」
 武黒フェロー「これでできることが確認できたので、止めてほしいと考えています」
 吉田所長は「はあ?」と大きな声を上げ、抗議するかのように大きなため息をついた。
 武黒フェローは「分かるからさあ、
私どもから消防に伝えるから」ととりなしたが、後ろで海江田氏は言い放った。
「大至急やって。はい。そう。それでいいよ」
 隊員は暗闇の中、被ばくの恐怖と戦いながら放水した。
原発内の東電社員は消防隊との調整に朝から走り回った。
やっと成功した注水をすぐ打ち切ることに不満が出るのは当然だ。
福島県庁の現地対策本部にいた高津浩明常務も放水を止める理由が分からない、という表情を見せた。
 0時50分ごろ、吉田所長は伝達した。「いま停止命令を出しました。
消防の方も『止めていいのか?』という返答がありましたが、
海江田大臣から停止命令が出ていると申しまして、停止の操作に入りました」。
放水開始の報告の際とは対照的な、抑揚のない口調だった。

◎格納容器破損/現場、早くから悲観論

 1~3号機の原子炉の状態について、現場や技術者からは早い段階で悲観的な見方が出ていた。
 3月16日朝から蒸気が噴出した3号機。
第1原発の所員は蒸気が出る原因を「格納容器が破損しているからではないか」と分析した。
背後に「穴開いちゃっているんだよ」との声も入っている。
 本店は否定的だった。
圧力容器内の圧力が格納容器よりも高いことを理由に、
3号機の格納容器は無事だと主張。武藤栄副社長も同意した。
 3号機は17日早朝、圧力抑制室の圧力が急激に上昇。
現場は異常事態を疑うが、
本店は「炉心への注水量が多くて格納容器が水で満たされてきた」と判断。
1、2号機と併せて注水量を減らした。
 テレビ会議に参加していた柏崎刈羽原発(新潟県)の横村忠幸所長は、この対応に疑問を呈した。
 「水素が漏れたことを考えると、格納容器は既に気密性がない。
排気塔より格納容器周りから出ている蒸気が多いので、
海水はスプレー状態で蒸発し全て大気に放出されている。
ドライウェル(格納容器)が満水に近づいているなんて、夢のまた夢物語。
燃料は空だき状態。注水量を絞るのには反対だ」
 横村所長の指摘を証明するように、1号機と3号機の状態は悪化する。
 20日午前8時前、3号機の原子炉内が三百数十度になっていることが判明。
午後2時には1号機も圧力容器周りが400度近くに達していることが確認された。
 現場は慌てて注水量を増やした。
だが、空だきになって過熱した燃料に水が触れると、一瞬で蒸気となって圧力が上がる。
格納容器が壊れていれば放射性物質が放出される。
注水量を絞ったことが事態を悪化させた可能性がある。
 21日夜、武藤副社長は記者会見で格納容器が無事かどうかを尋ねられた。
正面から答えず「格納容器の圧力などに大きな変化がなかった」とはぐらかした。
 そのころ、第1原発では深刻なやりとりが交わされていた。
 「1号機は炉心に水が入りにくい状況になっているようだ」
 「1号機の炉心損傷割合がここ数日増えている。
(水が)チョロチョロ注入でカラカラの状態で運転されている可能性が高い」
 「炉心損傷の割合、いま8割ぐらい。ここ2、3日で上がり傾向だ。1号機に水を入れないと」
 東電が昨年6月に公表した社内事故調査委員会の最終報告書は
17日以降の原子炉がどんな状態だったかに、ほとんど触れていない。

◎後手の被ばく対策/作業員の安全二の次
 原子炉の損傷が進んで原発周辺の放射線量が上昇する中、被ばく対策は後手に回った。
 3号機原子炉建屋が爆発し、2号機の原子炉水位も低下していた3月14日午後1時すぎ。
本店の高橋明男フェローは2号機の注水作業を急ぐよう指示した。
 「官邸からとにかく急げと電話があった。
『線量のことも構わないで、500ミリまでいいんだからやれ』って」
 当時の現場の社員の被ばく上限は100ミリシーベルト。
間もなく250ミリシーベルトに引き上げられたが、
協力企業の社員に適用する場合は契約を結んで承諾を得る必要があった。
 2号機の状態が気掛かりな高橋フェロー。
思わず「契約なんて後で何とでもなるんじゃないの。こんなときに」と口走った後、
つぶやくように「本人が嫌だと思うなら仕方ないけど」と付け加えた。
 事故対策統合本部が設けられ、
多くの人が原発に派遣されるようになると、マスクや防護服が足りなくなった。
16日は全面マスクが不足し、福島県楢葉町のJヴィレッジで除染したものを再利用していた。
 17日朝、本店の担当者が音を上げた。
「マスクが129個しかない。いろいろかき集めているがどこにもない。万策尽きた」。
この日は400人以上の作業員が原発に入る計画だった。
相談された武黒一郎フェローも「現場の作業ができないってことだね。
うーん、うーん」とうなるしかなかった。
 原子炉が何とか冷却できるようになって復旧工事が本格化すると、
線量の高いエリアでの作業が増える。
 24日。3号機タービン建屋の地下で作業していた協力企業の3人が、
高い線量の汚染水に触れ、被ばくする事故が発生した。
 福島労働局は東電に作業員の安全を確保するよう求めた。
テレビ会議では労働局の要請が紹介された。
「われわれが現場に出向くことはできないので、東電が自主的に取り組んでほしい」。
監督官庁の及び腰の姿勢が見て取れる。
 厚生労働省が原発に立ち入ったのは5月になってから。
福島労働局は「事故の拡大を食い止める作業が混乱の中で実施されていた。
労働局が立ち入るよりも、
東電に適切な線量管理を行わせるよう指導することが効果的と判断した」と話す。
 だが、4月1日に本店担当者が全体会議で報告した内容は、
東電の管理がずさんだったことを証明している。
当時、警報付き線量計(APD)を代表者にしか携行させていないとの批判が出ていた。
 原発内のAPDは津波で水没するなどして320台しか使えなくなった。
ほかの電力会社から450台を借りたが、
警報値を設定する機器が手に入らなかったため放置されていたという。
 3号機での被ばく事故の直後に労働局が現場を確認していれば、
もっと早く全員の線量管理が徹底できたはずだった。
 福島労働局は「当時の判断は現在でも間違っていなかったと考えている」と話している。

◎担当者も危機感薄く/非常時の本店発言は他人事
 東電本店では、非常事態のさなかとは思えないような発言がしばしば飛び出した。
 警視庁機動隊による4号機使用済み燃料プールへの放水準備が進められていた3月16日午後1時半ごろ。
本店で指揮を執っていた武黒一郎フェローに社員が尋ねた。
 「念のための確認ですが、4号機(使用済み燃料プール)に海水が入ります。
将来(青森県の)六ケ所(村)に持っていく可能性がある燃料が入っています」
 この期に及んで核燃料サイクルへの影響を懸念する担当者。
武黒フェローは「いま死んじゃうか、後で死んじゃうかという問題は、
今死なないようにしましょう」と答えた。
 担当者は武黒フェローの言葉を「燃料を生かせ」と勘違い。
「では真水を注水するということになりますけど…」と続けると、
武黒フェローに「いやいや違う、違う。使える物は何でも使って、
今死なないようにしてから、後で死ぬかどうか考えましょう」とたしなめられた。
 政府の指示で原発に駆けつける外部の人が増えると、
被ばく量を少しでも下げるために原発構内の情報を求められた。
 18日昼すぎ、本店の担当者が吉田昌郎所長に伺いを立てる。
「いろんな活動をするのに一定の情報を開示する必要があります。
GA(機器配置図)を開示しようと思いますが、問題ありますか」
 吉田所長は「必要な情報はどんどん開示して持っていくのは当たり前でしょう。そんなもん」とあきれていた。

◎東電のテレビ会議映像
 東電のテレビ会議システムは本店と福島第1、第2、
柏崎刈羽の各原発やオフサイトセンターなどを結び、同時進行でやりとりができる。
 福島第1原発事故に関しては事故直後の2011年3月11日夕方からの録画があるが、
12日午後11時ごろまでと、15日午前0時6分~16日午前3時18分は音声が欠落している。
 東電は12年8月から3度にわけて、事故後1カ月間約800時間の録画を報道関係者に公開している。
ホームページでは27時間37分のダイジェスト版を公表している。
社員のプライバシー保護を理由に、
取締役や発電所長以外の個人名に「ピー」という音をかぶせるマスキング処理をした。
 東電は報道関係者に限定して公開する理由として、マスキング処理にかかる手間と費用を挙げる。
河北新報社は「さまざまな分野の人による検証が事故の全容解明につながる」と考え、全面公開を求めている。

 2013年04月02日火曜日河北新報

2013年4月25日 東京新聞
福島第一 汚染水 破綻明かさず
東京電力福島第一原発の汚染水量が1月にはすでに、
地上タンクの容量を超え、貯蔵計画が破綻していたことが分かった。
危機的状況にもかかわらず、東電はタンクには余裕があると発表。
その裏で、水漏れ事故が起きた地下貯水池に汚染水を投入していた。
この時点で危機を公表し、真剣にタンク増設に取り組んでいれば、
4月5日に発覚した汚染水漏れ事故は防げていた可能性が高い。

 東電の計画は、
セシウム以外の放射性物質も除去できる新たな除染装置が
昨年九月に稼働することを大前提とし、
新装置でさらに浄化された水を池に入れる予定だった。
しかし、新装置の安全面の問題により、昨年9九月と12月の2度にわたり稼働を延期した。

 計画は新装置が予定通り動かない場合の備えをせず、
汚染水量がタンク容量をぎりぎり超えない程度の甘い内容だった。
慌ててタンクを増設したが、年明けには水量がタンク容量を超えてしまうことが確実になった。

 このため東電は1月8日、3番池に1万1千トンの汚染水を入れ始めた。
続いて2月1日には、2番池にも1万3千トンを入れ始めた。

 だが東電はその事実を説明せず、毎週公表している汚染水処理状況の資料で、
厳しいながらもタンク容量は順調に増えていることを記載していた。

 1月9日の記者会見で、
本紙記者がタンクの残り容量が一週間分の処理量(約2800百トン)を下回った点をただすと、
尾野昌之原子力・立地本部長代理は「タンクは約3万トンの余裕があり、
足りなくなることはない」と強調し、池に汚染水を投入したことには触れなかった。

 1月15日付以降の処理状況を示す公表資料では、
実際にはタンク増設は全く進んでいないのに、
池に投入した汚染水の量をタンク容量が増えた形にして公表していた。
タンクが増設されたのは、2回の池への投入が終わった後の3月になってからだった。

 東電広報部は「タンクの増設はすべて計画通り進めており、問題はなかった。
地下貯水池に(新装置で浄化していない)汚染水を入れることも想定していた。
漏れたら別の池に移し替えるつもりだったが、
全ての池が使えなくなる状況は考えていなかった」とコメントした。
 

(2013年4月25日 東京新聞)

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4月23日 今日は農園会議の日

2013-04-23 | 農作業

農園会議の日の農園 「わらじの会」の農作業

除草作業を終わった「わらじの会」の畑。

夜は農園会議 午後7時 北浦和北ロータリークラブ会議室にて
報告事項
3月9日土曜日 第4回見沼たんぼクリーン大作戦 。
311日 北浦和西口商店街 3.11を忘れないプロジェクト
32223日 神戸大学生見学
323日馬糞堆肥搬入。卒業を祝う会
3から4月中旬にかけて、浦和岸町にあったデイケアわくわくが
地域活動支援事業アグリになって大崎へ移転。

4
9日百姓先生 人見さんによる芝刈り機などの点検
413日一輪車小屋改修
414日 わらじの会、かがし座イベント
「フクシマ サイタマ いろんな農の話し」 

417日 さいたま市総合振興計画審議会 吉田一也さん通夜  
やどかりの里発行
地域発見Magazine「大宮見沼 よみさんぽ」に見沼田んぼ福祉農園掲載


討議事項
農園作り  
県が井戸の土台をコンクリートで固める工事をする。
1農園 薪置き場、乾燥小屋の整備
(屋根の付け替え、耕耘機置き場の整備。棚などの整備)

2農園ハウス及び竹小屋の機能強化。
清水さんとの間の溝の強化と泥の竹小屋床。
ドアーの付け替えと室の設置。

2農園から第3農園への農道の護岸補強。
トラスト1号地からの孟宗だけの搬入作業。
42728日の春の農的若衆宿で出来る限り取り組む。
土作り
ネギ用の管理機購入。馬糞堆肥の搬入時期の検討

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やどかりの里発地域発見Magazine見沼大宮よみさんぽ」

2013-04-22 | 風の備忘録 
公益社団法人やどかりの里発
地域発見Magazine見沼大宮よみさんぽに

見沼田んぼ福祉農園の記事が


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東北は4月の雪

2013-04-22 | 季節の便り

宮城角田より4月の雪のたより 激しく降る雪 
田んぼは正に冬景色


朝から降り出した雪地面は暖かいのに積もってしまうくらいふっている。
車庫から出して15分でこのあり様


福島飯舘村はいま、春の雪が降り注いでいます。

雪が積もると放射線の遮蔽効果があるそうです。
感謝します。
でも、春の雪。放射能がなくなるわけではありません。

午後は春の日差しがさすそうで
また、強い放射線が飛び交うのでしょうか。by naomi toyoda

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4月20日週末作業 午後から春雨が静に降り出す

2013-04-21 | 農作業



午前中は諒一人で作業

お茶の新芽

虫に食われて裸になった梅の木にも新しい芽生え

第2農園竹小屋の工事をする諒君     大麦




午後から春雨が静に降り出す。夕方から寒い雨に変わった。

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宮城角田発 稲作経営者の道を歩む常義よりの便り

2013-04-19 | 様々な農

稲作経営者の道を歩み始めた常義からの便りが届く。
動力噴霧器と蔵王の雪。

苗作り。



4月19日朝。昨晩の雨で朝の空気が澄んでいる!

雲が綺麗だ!

これから肥料散布!複数の肥料をブレンドするブレンダー

今日は風が強くて、寒い一日でした。霜注意報がでている。
苗に影響がないといいんだけど・・・

プロの仕事の日々
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4月17日 市総合振興計画審議会へ、そして

2013-04-19 | 共生社会のデザイン

さいたま市総合振興計画審議会へ


審議会の後、駒場の斎場へ
浦和北ロータリークラブの吉田さんのお通夜へ農園スタッフと

哀惜、吉田一也さん。今は、共に歩んだ見沼の日々を思う。

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