blog 福祉農園通信・龍神伝心

アジアモンスーンに吹かれて
共生の農業
見沼田んぼ福祉農園 

5月31日 わらじの会手作り班

2016-05-31 | 農作業

今日も手作り班は農園にいきました。


今日の目的は……
『玉ねぎの収穫』と.『さつま芋の苗を植える』



まずは玉ねぎの様子を見ると…今がとり時;大きさも充分
全て収穫してしまいました


そして…先週、耕運機をかけたところにマルチを張りさつま芋の苗を植えました。
去年はさんざんだったさつま芋でしたが今年はどうなることでしょう?


私が依怙贔屓している『デストロイヤー』はとても元気
『とうや』『ベニアカリ』『キタアカリ』もわさわさと葉が繁っています。

来週か再来週には掘り起こせそうですかね?
人参は大きくなってきてキツキツだったので少しだけ間引き。

茄子やトマトも元気です。

赤紫蘇を集めて栽培したり…そして

なぜか畑に『さくらんぼの種』を埋め込み……いや、植えていました。
さくらんぼの種からさくらんぼを育てるって…出来るのかなぁ?
そもそもふかふかの土の畑でいいのだろうか?
芽が出てくるか怪しいものですが出てきたらビックリですよねぇ

作業を終えてみんなでコンビニに寄って
アイスを食べるというお楽しみもキチンとこなし(?)今日もよく働きました



次回は来週です。
午前中は定例会。
午後から農園にいきますよ



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5月29日 月末の作業に久々郡上から友が来た

2016-05-30 | 農作業



郡上踊りの踊り手で、農園の百姓先生である河合君がやって来てくれた。 

難病指定を受けた私の様子を見て率直に感想を言ってくれた。
言葉や情報などでなく、体の動きで異変を感じる事ができる、
体を使って生きる人達の率直な態度はありがたい限りだ。
こうした事は、宮城県から上京の折り、
私の様子を見て異変を察知した宮城の本百姓と共通する感受性だ。

岐阜の郡上まで、車で帰るため暫し木陰で休養を取る河合君。
そして、帰路についた。


【作業】
タマネギ収穫、ジャガイモ試し掘り、葉大根、サンチュ、パクチー、
桑の実収穫、水汲みなどなど。
今度の作業で吊るします。・タマネギ跡地のマルチも次回撤収予定です。
 固定のためのペグが刺さっているので撤収時には要注意です。
【雑感】タマネギがあると豊かな気持ちになりますね。
今年はしっかりと雨漏りの対策をして、今日早速どしゃぶりでしたが、
なるべく腐らせずにおいしくいただきたいと思います。
お疲れさまでした。by山口

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5月28日 週末作業

2016-05-28 | 農作業



作業内容 
芝刈り。向かい合う汎用機。今日もお疲れ様でした。

ジャガイモ脇除草、耕運機かけ、ほうれん草跡地耕運機かけ。

ニンニク跡地耕運機かけ。
ニラ移植、トマト芽かき、いちょう芋やまといも植付け。


バリアフリーマット除草

収穫
ニラ、ルッコラ、大根菜、サンチュ、パクチー、春菊、アマトウ、水菜、桑の実。

午後から6時くらいまで作業しました。涼しい日でした。
葉物持って帰って下さい。ルッコラは恐らく今週でおしまいです。

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5月28日 社長達の週末作業

2016-05-28 | 農作業


玉ねぎが収穫時期を迎え牛蒡は終了、

大豆は鳥避けで土をかけ過ぎた為3分の1の発芽、

ジャガイモも追肥土寄せが終わり順調な

育成6月18日(土曜日)10時より収穫祭やります、
この半年で知り合った方々も以前より来園されている方も
是非参加してくださいお待ちしています!
そして雑草抜くの手伝ってください

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5月24日 わらじの会 手作り班

2016-05-25 | 農作業


5月なのにこの暑さ
夏になったのかしら?と思うくらいだった今日、手作り班は農園で作業 
お久しぶりのIさんと手作り班には参加しているものの
農園には行かなかったHさんも参加✨ 賑やかな作業となりました。


2週間ぶりの農園は…
キャベツが虫食いだらけでレース状になっていたけれど
ちゃんと丸くなっていたので葉っぱを1枚ずつ剥がして虫を退治したら
食べられるよ』と全部収穫。大根も立派に育ったので全部収穫。
カリフラワーは初めて作ったのですが立派なカリフラワーになりました

人参を間引いたり、雑草を抜いたりと全員で汗をかきなが1ら頑張りました

ジャガイモは良い感じに大きくなり

えこひいきしている『デストロイヤー』はキレイな紫色の花を咲かせていました
玉ねぎは来週には収穫できそうです。

 日陰で育てるこごみは陽当たり良好の農園では
酷しかったので黒いネットで日陰を作りました。

さて、次回は来週。さつまいもを植えられたら良いなぁと思っています。
晴れるかな?1000

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5月22日昼頃までは農園で

2016-05-23 | 農作業

 
タマネギをヨイショヨイショと引っ張って抜く。
 汗かき、飯食い、収穫し、語り、呑み、また語り、いい日曜日だった。
 しかし、これがいい平日だったといえるような日常のある世界にしたい。






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5月22日 夜は野良人類学会イン北浦和いっかい

2016-05-23 | 農作業

野良人類学会猛虎篇イン北浦和いっかい

何故か餃子作りから始まった野良人類学会



野良人類学会猛虎篇「山武ボランティア協会と平成の大合併問題を語る」。
 講師は「不穏な隠居」小松光一老師。

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5月21日共同連マラソントーク「地域で働いて、地域を変える」IN埼玉

2016-05-22 | 共生社会のデザイン

5月21日(土)、共同連マラソントーク「地域で働いて、地域を変える」IN埼玉に参加。
 司会は大阪・箕面市の「ちまちま工房」代表・永田さん。
いただいたおしゃれな名刺には「カケラをあつめてカタチをつくる」とある。
DTP事業、企画事業、共働事業を行っているというから、この名刺も自社製のよう。
企画事業には会議ファシリテーター等とあるから、今日も業務の一環なんだろうか。
共働事業としては、「おとうふ工房ちまちま」。
昔からのお豆腐屋さんに修業に入り、事業の後を継いだと書かれている。
アンテナショップかっぽと関わりのある秩父の梅干し屋さん・山叶本舗のケースと似ている。

 開会挨拶は、埼玉障害者市民ネットワーク野島代表。
1987年に埼玉で共同連大会を開いたことに触れた。
あの時は、その大会のために仮設事務所を開き、共同連から専従職員のTさんが来て泊まり込み、
実行委員会を20回も開いて準備した。
会場の一角にお化け屋敷を作るなど、前代未聞の大会だったんだろうなあ。

 冒頭、熊本地震における仲間たちの状況と題して、共同連・斎藤事務局長より特別報告。
共同連の仲間であるく「まもと障害者労働センター」の理事長・花田さんの自宅も倒壊する中で、
花田さんの職場である熊本学園大学で多数の障害者を受け止めていることや、
被災地障害者支援センターくまもとが立ち上がり、
障害者労働センターの倉田代表と以前内閣府の障害者制度改革推進室長を務めた
東さんが共同代表になったことなどが報告された。
 直接現地に行ってきたわっぱの会・羽田さんから補足。
花田さんが熊本学園大学で「ここは福祉避難所ではなくインクルーシブの避難所」と言っていたことや、
全国的な障害者団体が自分のネットワークに所属する障害者にはしっかりと支援している半面で、
そのネットワークに所属しない障害者、
手帳もサービスも受けたことのない障害者等が切り捨てられてしまうことも踏まえ、
被災地障害者センターとして毎日10名ほどのボランティアが巡回訪問等を行っているという。

 各地からの報告トップは「新座市・キャベツの会の運動」:木村さん。同じ埼玉にいながら、久しぶりの再会。
「職場参加」の取り組みは、「共に学ぶ」の延長にあることを、キャベツの会や地域活動センターふらっと、
新座市障がい者就労支援センター、教育の欠格条項をなくす会などの経緯を報告しながら述べていた。
「共に働く」を、障害者とその周囲の関係にとどめることは、
「同等な権利」を追求しつつ結果として「分ける」ことを容認することにつながらないか
そこから地域の職場に入って行こうと「職場参加」に取り組んできた。
だが、その「地域」自体、さまざまな困難を抱えた人々の生活・労働から成っており、
若い頃から障害者と分け隔てられて生きてきた人々は高齢になり障害者になるとどう生きてよいかわからなくなっている。
「少子高齢化社会」が問題視されるのも分け隔てられてきた結果だと語る。

 続いて、「あしたや共働企画の取り組み」:長尾さん。昨年11月に職場参加をすすめる会のワンデイツアーで
あしたやを訪問した。あしたやとすぐ近くのあしたやみどりで買い物し、
その並びにある多摩ニュータウンまちづくり専門家会議のすくらんぶるルームにも立ち寄り、
すぐ近くに障害者が働くパン屋さんもある風景の中に立って思った。「ミネルバの梟は夕暮れに飛び立つ」と。
 長尾さんは、「多摩の地域性」と言う。それが「共に働く」のスタートの土壌だと。
発足は「たこの木クラブ」のだれもが地域の中で「共に遊び」「共に学び」「共に暮らす」活動から。
共同購入品の配達から公民館の売店、そして団地商店街へ。
地域が年輪を重ねる,その流れに沿って遷移してきた感じ。

 そして、わが職場参加をすすめる会から日吉さんが登壇。
彼女の話も、もう一つの「ミネルバの梟」。
職場参加をすすめる会は、
新座の木村さんが語った「職場参加」を、2004年以降、新座が一定の頓挫に見舞われた後も、
継承して取り組んできた。市就労支援センターという公的な窓を開くことにより、
「就労」のハードルをどこまで下げられるか、
それでもクリアーできない人の職場への参加をどのように進めるか試行錯誤してきた。
その受託が昨年5月末で終わり、
就労・職場参加していった人々の相互交流と地域の他の人々との出会いをベースに、
職場・地域を共に生きる場に変えてゆくための広場づくりに取り組んでゆこうとしている。

 続いて、地域活動支援センターパタパタ施設長・吉田さん。
そもそもは何も制度がない中、
家の奥から出てきた重度障害者達が地域の他の人々とかかわり合うために、
団地内に露店を出したことがはじまり。
そこから地域の中から介助を作るためのケアシステムわら細工やリサイクルショップぶあくを立ち上げたが、
初心に戻りそれらが合体してNPO法人共に生きる街づくりセンターかがし座を立ち上げた。
その日々は予定調和の世界ではなく、
この会場に来ているOくんが先日道端の自動販売機を壊して金を奪い、
警察に留置されるといった事態も生んだ。
吉田さん自身、電動車いす使用の障害者で他人の介助を受けて一人暮らししているが、
自立支援法で分断された日中活動、居宅介護、生活支援、
そして就労・雇用といった多次元にされた暮らしの営みが重なり合うことで、
不協和音の世界の中でごちゃごちゃと生きている報告。

 最後の報告は、ワーカーズコープ・埼玉西部地域福祉事業所の須賀さんと駒村さん
前に(一社)埼玉障害者自立生活協会で、所沢の森の102工房の報告を聞いたことがあるが、
二人はそこから新たに誕生した森のとうふ屋さんの手作り菓子工房という
就労B型施設の所長と利用者のペアらしい。
駒村さんは、道が覚えられない、計算ができないというハンディがあるが、
お客さんに計算してもらうなどして引き売りをしており、
その姿を地域の人が見て応援してくれている。
店の場所はシャッター商店街であり、開店してくれてよかったという声をもらっている。
とはいえ、採算の面からは引き売りをやめたほうがという意見も強い。
また、協同労働という皆が出資して労働者であるとともに経営者でもあるという関係の中で、
就労継続B型という職員と利用者がはっきり分かれた制度活用をどう考えたらよいか悩んでいると須賀さん。

 以上で報告を終わり、企業組合根っこの輪・代表理事の白杉さんがコーディネーターで討論。
白杉さんの切り口はシンプルで、なんだかんだいっても、
障害者は出来高払いの工賃で障害のない者は生活を前提とした給料という構造をどう考えるのかという一点。
 共同連の原点であり、埼玉の運動でも常にこの提起を念頭に考えてきた。
その上で、そこに徹しきれない要素が多く浮上する中、
職場参加として地域総体に問題提起してゆくことにシフトしてきた歴史がある。
あしたやでは、自立支援法の就労継続B型になった時、
それまでの同一賃金(時給)をひき継いだうえで、
制度に合わせて「職員」には手当を加算する形をとり、初心を刻みこんだ。
 日吉さんからバトンを受け、私も少し話す。

「財布を一つに」との合言葉で始まった共同連の運動は今も必要なインパクトである。
だが、共に働く場での問題だけでなく、障害者雇用、就労A型が拡大し、
「多様な就労」の名の下で地域・職場に参加することを通し、分断・孤立させられてゆく状況がある。
共同連の社会的事業所づくりは生活困窮者を含めた協同組合を認知させてゆく運動だが、
そのように組織化されていない人々が地域でつながってゆくことの重要性に触れる。

 静岡の薩川さんは、共同連の理念を掲げながらも、
現実には一般の就労継続B型と同様下請けの下請けの下請けといった作業を行い、
職員と利用者は明確な差があると述べつつ、
職員たちには通所の現状を固定化せず一般就労への支援を強めるよう指示していると語る。
視覚障害者の薩川さんは初対面だが、
どうやら97年の共同連埼玉大会の時のTさんや市議を務めた野崎さんとトリオで、
70年代にひまわり労働センターを立ち上げた人物らしい。

 最後に堀代表がまとめ。私の話にも少しふれ、
「多様な就労」という形で社会参加を通して分断・孤立させられてゆく状況に対して、
地域の側から困窮者等を含めた共に働く動きを作ってゆく、
社会的事業所法制化の必要などが述べられた。
 そんなごちゃごちゃした話ができたことが、
共同連のいまの懐の深さであり、そこが大事なんだと、
終了後の懇親会で長尾さんらと語り合う。この懇親会がなおさらに面白かった。by山下浩志

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共同連マラソントーク

2016-05-19 | 共生社会のデザイン

共同連マラソントーク

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アンテナショップかっぽ 19周年

2016-05-19 | 共生社会のデザイン


アンテナショップかっぽ 19周年!!

県庁に福祉の店ができたのは、福祉施設や在宅の障害者たちも、
地域の職場に出て行って、そこで働いている人たちと出会い、
お互いに共に生きる街を模索してゆこうという趣旨で、
私たち障害者団体と県の合意がなったからでした。
あれから19年。制度は拡充しましたが、
それだけ多様な世界に人々が分け隔られてきた状況の下、
かっぽの存在意義はますます重要になっています。

上田知事も来店。

アンテナショップ「かっぽ=(闊歩)」と名付けたのは初代店長だった。
障害があっても元気に街を闊歩してほしいとの願いを込められた名前だ。


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㋄㏭ 週末作業

2016-05-14 | 農作業




緑がのしかかるように覆うっていく、


この冬、
剪定や植え替えを行うことができなかった付けが回ってきた。
少しづつでも始めなければ。

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5月10日 わらじの会 手作り班

2016-05-10 | 農作業

午前中はオエヴィスで定例会。
午後からは「ちょっと様子を見に行こうか…」と
見沼福祉農園へ行ってきました
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まぁだいたいが行ってしまうと「ちょっと………」
では済まないんですけどね;晴れて、雨が降って
の作物たちには丁度良い天気だったせいか
どれもちゃんと成長していました

人参はワサワサになっていたので半分ほど間引き、
春菊は花が咲き始めてきたので全て収穫。

大根もちゃんと出来ていたので少しだけ収穫
キャベツはすこーしだけ丸くなっていたものの虫に食べられています。
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ジャガイモはキレイな花が咲いていました
種類が違うと花の色も違うんですねぇ。

玉ねぎも大きくなってきました。

茄子は少し元気がないような…トマトは小さい実が1つ出来ていましたよ

そして、初のカリフラワーは小さいけれど出来ていました((o(^∇^)o))

次に行けるのは…再来週かな?
さつまいもを植えられるように土作りをしないといけませんね。
…もっとも、どこに植えたら良いのか分からない状態ではありますが
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天気が良いといいなぁ。


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5月9日九石君逝く

2016-05-10 | 風の備忘録 

大宮で列車に乗り熊谷へ
九石君の葬儀へ


 小学校、中学校、高校と地域の普通学級に通い、
高校を出てからは県庁の「あんてなショップかっぽ」の店番をやりながら、
熊谷の町で生きていた九石さんが亡くなった、若い35歳だった。

街に生きる良太氏の戦友がこの世に別れを告げた、
3年前の西さんに次ぐ喪失を感じる。

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