blog 福祉農園通信・龍神伝心

アジアモンスーンに吹かれて
共生の農業
見沼田んぼ福祉農園 

2011年4月1日で見沼田んぼ福祉農園13年目の春を迎える

2011-03-31 | 龍神伝心
2010年度の業務完了報告書と
2011年度の管理運営契約に関わる見積書等を持ち県庁へ
この作業も今年で13回目を迎える
道すがら春の気配

県庁に半旗が

県庁の駐輪場の中に堆肥置き場

開園以来、畑の雑草を原料にした自給堆肥、
見沼自然公園あるリサイクルプラントから提供される
さいたま市内の街路樹、公園の樹木の剪定材を使って作られる見沼堆肥。
そして、浦和競馬トレーニングセンターからは馬糞堆肥等
3種類の堆肥や草木灰を使い、
土作りを基本に露地栽培による野菜栽培を開園以来13年間実践していきました。
良好な土壌の回復こそ、
見沼の田園景観を生み出す基本と考え実践してきました。

見沼田圃公有地化推進事業推進団体の使命は、
土壌を守る活動を続けることです。
情緒的な景観形成論や、
客観的な根拠の無い生態系ネットワーク形成論に惑わされることなく、
見沼田んぼ福祉農園は見沼の土壌の健全化に向けた体制を強化すべきと
14年目を迎え新たな思いを深めています。

見沼田んぼ福祉農園通信

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宮城角田の風の学校スタッフ常からの便り

2011-03-31 | 農作業
風の学校の皆様へ
昨日お昼ごろ
災害ボランティアで宮城に来ていたたっちゃんが角田に来てくれて、
風の学校からの差し入れを頂きました。
ありがとうございます。
ガソリンは今でも丸1日並ぶ覚悟がないと買えないので非常に助かります。

これから苗床用の土合わせの時にフォークリフトを使うので、
その燃料に使わせていただきます。

田おこしがはじまりました。

そして、自分の相棒クボタトラクター(40馬力)
1日中田んぼにいると、
地震があったのかしらと思えるほどのどかなで変わらない風景があります。

田んぼの土。起こすとトロトロの粘土質の土壌があります

田おこしをしていると、
起こした土の中に虫がいるのかたくさんの鳥が集まってきます。
これはおそらくシロセキレイ

地震があったあといろんな人から連絡があったり心配していただいたり、
あらためて自分が農園とであってからの繋がりの深さを感じました。
そのつながりが支えになっています。あらためてありがとうございます。
またみなさんに会える日を楽しみにしています。by常

原発事故は、国家的人災だ! (だだわらす子のひとり言)
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昨日早朝に宮城から戻りました。

2011-03-31 | 風の備忘録 
昨日早朝に宮城から戻りました。
今回は滞在時間が短く、現地では大したことは出来ませんでしたが、
1週間前よりは確実に前に進み出している被災地、
被災者の方たちの姿がありました。
一方でまだまだ行方不明の方、
お互いに生きているがそれを確認出来てない方々
(実際に今回捜索し一家族引き合わすことが出来ました)、
食料が3食行き届いてない避難所、
水がまだ引いておらず捜索が進まない地域などあります。

帰りに、ガソリンなどを届けに角田を訪れました。
常や常の母ちゃん、じいさん、ばあさんたちから震災時の様子や、
数日間ライフラインがとまっていた時の様子などを聞きました。
角田にいる常を見るのははじめてでしたが、随分と逞しく感じました。
また会えなかった親父さんをはじめ、日々の農作業をしている姿に、
地に足がついている安心感を感じたとともに闘う姿勢を見た気がします。

最後に福島市で福祉作業所で働きつつ、
個人で花屋を生業にしようとしている友人を訪ねました。
震災後は親戚が寄り合って4家族くらいが一緒に住んでいるらしく、
やはり原発のことが重くのしかかっている現状を聞くことができました。
野菜農家だけでなく、
もちろん花農家も頭を抱えているという原発の問題は本当にやるせなく、
「こんなことで福島を世界に知ってほしくなかった」
という友人の言葉に深く共感しています。

被災地、原発、そして自分たちの生き方を含め、
風の学校にできることをみんなで考えて、
具体的な行動にしていかなければと考えています。
震災後問題は解決するどころか、
ますます増えていくばかりですが、
今できることをぶれずにやっていきましょう。
朝から長々失礼しました。
今日も1日頑張りましょう!では。
by竜也

原発事故は、国家的人災だ! (だだわらす子のひとり言)
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2011年03月29日 宮城角田発 命を繋ぐ

2011-03-30 | 農作業
2011年03月29日
命を繋ぐ
新聞に福島県の野菜農家が 
福島原発事故の放射能汚染による野菜出荷及び摂取規制
が決まった翌日自殺したという記事が載る。
 同じ百姓として、
なんとも痛ましいやるせない気持ちになる。
有機農業を志し30数年間畑と向き合ってきたという。
 たぶん人一倍命の大切さを日々感じて
有機農業に取り組んできたのだろう。 合掌

 農業という仕事は、
有機農業とか近代農業とかその区別を問わず命を育み
命を人々に繋ぎ
その命ある食べ物を人々はいただき人は未来に命を繋いでいく。

どのような農業であれ、
農業という仕事に携わった全ての人は命を感じ食べ物を作り続けきた。
 全ての百姓は日々命の大切さ生き続けることの大切さを感じて
田んぼや畑に 日々向かっている。
 人が生き続ける限り百姓の仕事は続くのだ。
やるべきことはたくさんある。
投稿者: 百姓 日時: 2011年03月29日 22:07

2011年03月28日
まだ続くガソリン不足
地震から17日が経つというのにガソリンスタントには
2キロから3キロに及ぶ車が並ぶ。
正しく異常事態だ。
水道と電気が復旧し地震の被害が比較的少ない角田市は
普段の生活にもどりつつあるがなんとなく落ち着かない毎日だ。
阿武隈山地の向こう側に位置する浜辺の惨状を思うにつけ気がめいる。
 
それにしても 、原発事故が収まらない。 
人間の英知を結集し作りあげた原発。
その原発をコントロールできずあえいでいる。
 人の英知等些細なものかもしれない。 
百姓仕事は、命と直結する仕事だ。
人が生きている限り食べ物を生み出さなければならない。
自然と向き合い、常に「想定外」を「想定」して稲を作り続けてきたといえる。
それだからこそ、幾多の大災害 に遭遇しても 
「百姓の来年」「いつまでたっても一年生」という言葉が示すように 
未来を信じ素直な思いで田んぼにむかってきた。

 春になり種を蒔けば新しい命が芽生える事を知っているし、
その命を育む事によって新しい未来が見えるからだ。
 しかし、今回の原発事故の関係者から出る言葉は、 
「想定外」という言葉しかない。 
後がないではないか。 
想定外の現実に直面し想定外を想定していなかったでは済まされない。
 なんとしても、いち早く原発事故を収めて欲しい。
そうでなければ、明日へ向かって生きる活力が生まれてこない。
 津波の被災地の復興にむけ国の全勢力をかたむけてほしい。
いま尚 何十万人という人が希望を見出さずに困難な日々をおくっている。
 政府は 何してるんだ!!!
いつまでも 東京中心の報道や考え方はやめろ!
 震災に遭遇した 多くの被災地も日本だ。 
そこには 多くの日本人が住んでいる。
 
津波という自然脅威には、ただただ茫然と素直にひれ伏すのみだ。 
しかし、人災ともいえる今回の原発事故は、怒りだけが込み上げてくる。  
なぜだろうか。
 
 今日も一日かけ、土地改良区のパイプラインの試験通水。
我が村の田んぼのライフラインともいえる用水パイプラインは復旧の見通しがついた。
 あとは田んぼ仕事を急ぐだけだ。 

投稿者: 百姓 日時: 2011年03月28日 22:26 |
だだわらす子のひとり言
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放射能とみそ汁

2011-03-28 | 風の備忘録 
2011年03月27日
放射能とみそ汁

午前中風のない穏やかな天気。
育苗ハウスのビニールかけをする。
子供たちの手伝いをもらう。
午後から作業場のかたずけを兼ね籾すり作業。

福島原発事故による放射能汚染が深刻化している。
体内からの放射能物質の除去には
赤味噌仙台味噌が有効だという。
これは科学的にも証明されている。
 チェルノブイリの事故の際
日本から大量の味噌が輸出されたという。
長崎に原爆が投下された際、
わかめの味噌汁を飲んでいた人が被害が少なかったという。 
放射線治療に携わっていた医師等の研究もある。
意外と日本の伝統食 
ご飯とみそ汁が日本を救うかも。
投稿者: 百姓 日時: 2011年03月27日 23:08


2011年03月26日
荒涼とした風景


知人の様子が気になり家から30分程の所にある海の町に行く。
幸い自宅は高台にあり 
津波の被害は少なく庭先まで津波が来たものの
自宅にはあがらなかったという。
途中 
海辺の街なみを見たが本当に壊滅的被害だ。
 道路は車が通れるようになったが、
両脇はがれきの山。
荒涼とした風景がつづく。
このような風景が
茨城県から青森県の太平洋沿岸に延々と続くと思うと背筋が凍る。
 なんとも言葉が出ない。 
投稿者: 百姓 日時: 2011年03月26日 23:41

だだわらす子のひとり言
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2011年03月25日宮城角田からの便り

2011-03-28 | 風の備忘録 
2011年03月25日
土地改良区で午前中 
今年度の維持管理工事完成検査で管内を見て歩く。
午後から本年度の用水実施計画会議。
完工検査の途中仙台平野に位置する
名取土地改良区の総代をしているという人が
現場で働いていた。
仙台平野のど真ん中に位置する名取。
今回の地震と大津波で海岸線は壊滅的な被害を受けたところだ。
話を聞いてびっくり。
あの広い名取耕土で今年 稲を作れるのは三分の一位だという。
津波で冠水したところは今年の作付は難しいだろうとは 
思っていたが事態は、それよりも深刻だというのだ。
津波で主要河川が下流で壊滅的被害を被り、
上流で稲を作付した場合 
その排水が出来なくなり災害復旧工事に支障が出るというのだ。
 上流の田んぼの作付も制限せざるをえないのだという。
予想もしない事態だ。
こんなことでは、今年の稲の作付は全国でどのようになるのだろうか。
生産調整なんて言っていられるのだろうか。
 満足にコメが作れるところに稲を作付しなければ来年
日本で食べるコメは 大丈夫なのだろうか。
その辺の話が 政府から全く伝わってこない。
ナニしてるんだ!!!

昨日の情報に 次のようなものだある。
農水省が23日、
東日本大震災による津波で浸水した田畑が岩手、宮城、福島の3県で
約2万ヘクタールに達するとの調査をまとめた。
阪神大震災での田畑の被害面積の100倍の規模だ。
農業を再開するには、
海水がもたらした塩分を田畑から取り除くなどの作業が必要で、
今後の作付けに甚大な影響が出そうだ。
国土地理院が撮影した衛星写真や現地調査に基づき、農水省が分析した。
内訳は岩手が1800ヘクタール、
宮城が1万3千ヘクタール、
福島が5400ヘクタール。
仙台平野や北上川河口付近が広範囲に浸水した宮城の被害面積が最も広く、
同県内の田畑の9.5%を占める。
青森や茨城などでも田畑の浸水は起きたが、今回の結果には含まれていない。
おそらく作付不可能な田んぼは、
津波の被害地で冠水した田んぼでなく農業施設の
損壊等で作付不可能な田んぼが相当出るだろう。
その数字は 政府はつかんでいるのだろうか。

本日の会議で、
角田土地改良区の用水開始は昨年同様にすることを機関決定する。
遅れていた農作業を 進めなければならない。
投稿者: 百姓 日時: 2011年03月25日

だだわらす子のひとり言

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2011年3月27日 見沼の大地への意志

2011-03-27 | 農作業

作業内容
:ミックスリーフ除草
:ブロッコリー、キャベツ、ソラマメ除草、ソラマメ追肥、ニラ種まき
:ルッコラ除草
福祉農園の目印になると
河津桜の苗を植えたいと言う人がきました。
苗だけ置いていき、
用事があるとのことですぐ帰って行きました。
 
今日は代表が来る前は女子だけで、
お昼も春キャベツとブロッコリーのパスタを食べました☆
おしゃれ!!
モクレンが咲いていて、一週間で野菜もぐんと成長していて、
これからどんどん(雑草含め)活発になってくるのだなあと感じました。
 
見た目は暖かそうなのに風が冷たくて寒い1日でした。
 by千晴




 
耕し続ける
種を播く 播き続ける  
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2011年3月26日春は来る

2011-03-27 | 農作業
春は来る。

突如現れたふみとも。来週から農作業をするそうだ。

大根を植える

晴耕雨読人類往来記: 現在と未来の会話
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ぺんぎん村 農園班自転車で農園へ

2011-03-25 | 様々な農
ぺんぎん村 農園班自転車で農園へ

ガソリンを使わないように自転車で農園に出発!


自転車で - 福祉農園 野菜の 日記 - Yahoo!ブログ

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日本の穀倉地帯・宮城の田んぼは今

2011-03-24 | 風の備忘録 
郵パックの配送が再開したので、午前中溜まっていた精米作業を行う。
午後から、母方の祖父の体調が思わしくないとのことで、
県内の大郷町まで車を走らせた。
途中津波の被害にあった海岸線の様子を見に、仙台空港の近くまで行く。

この写真は海岸から3~4Km 離れた地点で撮影したものだが、
道路を覆いかぶすように土砂がたまり、道を塞いでいた。

道路のここまで土砂の除去が終わっているが、その先はまだ手付かずである。

田んぼの中に残される車。
まだこのような状態の車があちこちで見ることができた。

まるで湖のような田んぼの姿。未だ水が引いていない。
ここ以外にも津波の被害があった海岸線にはたくさんの農地があったはずだ。
ここ岩沼から仙台までの海岸線は多くの田んぼが広がる穀倉地帯だった。
それが今回の津波で失われてしまった。
農水省によると今回の津波で宮城・岩手・福島、
3県で2万ヘクタールの農地が被害にあったという。
ただでさえ原発からの放射能の影響で出荷規制がかかているのに。
この先、日本人は何を食べていくのだろうと不安が募るばかりだ。

JA関連の施設にあった、TTP反対の旗。
このままではTTPどころの騒ぎではなくなるのではないだろうか。

by田植えの準備で宮城に帰省した福祉農園スタッフ面川常義君からの報告

これから農業 (だだわらす子のひとり言)
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宮城角田からの便り 3月23日パイプライン通水可能

2011-03-23 | 風の備忘録 
投稿者: 百姓 日時: 2011年03月23日 07:28
パイプライン通水可能
昨日一番心配していた田んぼの用水パイプラインの損傷。
関係機関の努力で試験通水をすることができた。
 結果は 三か所ほど破裂の個所があったが補修可能な範囲。
かたずをのんで、ポンプの電源をいれる。
 一番心配していた破損予想箇所は漏水がほとんどない。
おおいに安心。
これで、一気に農作業への力が入る。
 作付も 予定通りに進められるようだ

被害の少なかった角田の百姓の最大の使命は、
少しでも多くのお米を作ること。


また余震が続く宮城県角田の地震での被害。
少し補修しているが、陥没してしまった歩道。

この下に蔵王山麓の七ヶ宿から
伸びる農業用水のパイプラインがある。


2011年03月22日
電気が来たのですが水道はまだ。
水道工事は 
終わったようですが海岸にある下水処理場か壊れ 
汚水を流すことが出来なくなり
マンホールがあふれ出してきて水道が流せないという。

 人は食った分出す。
当たり前の事ですが便利な世の中 
いざというときほどほど困ったものだ。

 本当に人が便利という事はただ単に本人がやるべき事を
誰かに依存しているだけのことだとという事が実感する毎日。
自分でやるべき事は自分で処理する。

 この基本が簡単に出来ない世の中になってしまったようだ。
非常時は、常日ごろ便利な生活をしている人ほど
不自由な生活どころか命さえ維持できなくなる
時代に生きているという事も実感。
都市型社会は、非常にもろいものだということも実感。
そんな、毎日を過ごしている。
今日は、田んぼに水を引くための
パイプラインに通水して破損状況を確認する。
 大きく破損していない事を祈るだけだ。

 数年前にNHKのラジオ深夜便のレポーターをしていたことがある。
毎回放送直後に必ず電話をいただいた人がいる。
石巻に住んでいる片倉さんだ。年輩の方だ。
家にも数回来てくれた。
今回の地震と津波で大きな被害があったところだ。
気になっていたが連絡が取れず心配ししていたが
一昨日の夜、漸く携帯電話で連絡がついた。
 家は壊れたものの避難して無事だという。
いま、蛇田小学校に避難しているという。
角田から100キロぐらい離れているだろうか。
今すぐにも会いたいのだがガソリンがない。
 一人でいるという。高齢なので心配だ。残念。
燃料の手配がつけば 早くいきたのだが。
だだわらす子のひとり言
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2011年3月20日 1988年秋から毎月1回続くゴミ拾いのボランティア活動

2011-03-21 | 風の備忘録 

第3日曜日は、1988年秋から毎月1回続くゴミ拾いのボランティア活動、
 
 
   
 


晴耕雨読人類往来記: 卒業を祝う会

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2011年3月20日 耕し続ける人々

2011-03-21 | 農作業
「おはようございます」と清水さん



苗木の定植作業をする清美園・清水さん一家

井上さんも苗木の定植作業をしている


さいたま市の見沼基本計画素案の
この辺の方針は、
川や水路の間を動物が行き来できるよう、
合流点付近に樹林や草地を整備し、
可能な場所は畑地を水田に誘導する。


畑地を水田に誘導の起点なった圃場
畑地に田圃を作ったため、圃場の標高が高く
水を無理に入れるために無理矢理溝が掘られている。

地下水が上がったための対策

苗木の中に立つポールは今泉さんが自ら工事した暗渠チューブ
加田屋川に向かって間隔を開けて5本埋められている
暗渠チューブの末端

集められた暗渠チューブの排出口

暗渠チューブから出てきた水は加田屋川へ

独善に静に抵抗する人々
2010年11月5日 ジャブジャブ騒動 - blog 福祉農園通信・龍神伝心
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2011年3月20日 風の学校作業 化石燃料を使わずにやってみる 

2011-03-21 | 農作業

朝の畑

咲き始めた白木蓮

トラスト1碁打ちへ薪を取りに行く



薪の第1便

プレハブ内の整理整頓

耕す



除草作業

薪を運び終える


取り急ぎカレーで昼食をとり、集いの会場へ

晴耕雨読人類往来記
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2011年3月20日 ガソリンスタンドへの車列

2011-03-21 | 風の備忘録 
農園からぺんぎん広場へ移動途中

ガソリンスタンドへ並ぶ車列
この先で段ボールに「売れ切れ」の表示をした店員がたっていた
それでも車列は動かない

スーパーのレジに並んだとき、前後の客のカートは商品で満載。
何時だったか、
原子力政策円卓会議のメンバーで評論家の小沢遼子氏が
「原発が無かったら今の生活水準を守れなくなる、私はいやだね」
といっていたこと思い出す。
快適、利便性を限りなく追い求める、
メディアがさらにそれを加速する。
そうした、暮らしや経済を、
原発等のエネルギー産業が生み出した電気エネルギーが支えてきた。
晴耕雨読人類往来記
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