今夜は農園協議会。石井君が、
農園において如何に放射能汚染を考えるか
レクチャーをしてくれた。そこに参加した人の感想。
*********************
今日の石井君の話は、詳しいことは、
わからないけれど。でも、おもしろかった。
なんでおもしろかったんだろうって、帰りの車の中で考えた。
たぶん、放射能が手に届いた気がしたんだ。
Tさんが、
騎西高校の避難所生活をしている人たちとたばこをすいながら立ち話をしたときに、
「放射能に色がついていたらよかったのにね」と言ったら
「いいこと言うね、ほんとうにそうなんだよ」って言われたんだって。
なんだか、そんな感じがしたんだよ。
今までは、目に見えない放射能の話が自分たちの生活の延長線上に、
しっかりと見えて気がした。
怖さとか、不安とか、そんなものがなくなるわけではないけれど、
でも、逃げるのでもなく、何もしないのでもなく、
放射能とともに生きていく一つの形が、あるって思わせてくれた気がした。
それは、まだ介助者なんていう言葉が当たり前ではないし、そんな職業もないし。
そんなときの、どうしていいかわからないけれど、
日々の小さな積み重ねをしていくしかない。
襲われそうな、
どうしていいかわからない感の中のときおりの楽しいことや笑いや暮らしがあって・・。
なんだか、それに似た感覚を、今日持てたような気がしたんだよね。
障害とともに生きる、差別とともにいる、障害を持つ人とともにいる。
それは、「同等である」とかではなく、違ったままに一緒にいて、
それぞれに感じあい、よくわからないまま、それでも一緒に向かっていく・・・。
そんな感覚かな。
放射能が、ちょっと私の生活の延長に見えて、
身近に感じたよ、今日の石井君の話は。
*********************
放射能に汚染されてしまった現在の状況において必要なのは、
放出された放射能をもはや否応なく
「僕らの日常世界」を構成するものの一部になってしまったことを認めたうえで、
それを如何に可視化し、向き合うことを可能にするのか、そのための知が求められている。
ガイガーカウンターで表示される数字としてだけではなく。byこっぺ
晴耕雨読人類往来記: ミツバチの羽音が、聴こえなくなった後で