ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

熊野古道 結願の日3

2016年12月16日 21時55分53秒 | ウォーキング

この王子跡に咲くこの花のことは
結構話題になることが多いそうです。
今年も咲きました


ネットから

「キイジョウロウホトトギス」

みたいなニュースがよく流れるそうです。

残念、ちょっと季節が外れてましたね。
さあ、では次を目指してゆきましょう。
こういう茶畑なんかもありますねえ。



番号表はもう69番まで来ました。



たしか、滝尻から始まった
この道標は75番が最後でしたね。
頑張っていきましょう。

このあたりから道は山道へと入っていきます。



あのカエンタケの生えていた
水呑王子あたりの道と同じ
「蘇生の森」と名づけられています。



この道に咲いていたのが、
意外にもこんな花。



リンドウです。

林道にリンドウって、
意外じゃないですかねえ。

でも熊野街道、季節の違いは
あるけどここに来るまで
一回も見かけることのなかった花です。

この辺りには沢山咲いていましたねえ。

道はこの先もシダの咲く
静かな山道を進んでいきますねえ。

この辺の道は昔からの
道なんでしょうと思っていたら、
昔は伏拝から大社にかけては
両側松並木で広く
石畳の道だったそうです。







ところどころに残る石畳が
かろうじてその面影を
とどめて居るそうです。

道の先の方に橋が見えてきました。

写真を撮りましょう。



はあはあ。
タイマー設置後10秒以内に超高速移動です。

そしてここが三軒茶屋跡です。



跡です、といっても
ここで青空市場風に
商売をされている人もいましたねえ。



かつては茶屋が三軒あって
とてもにぎわっていたそうです。

ここの掲示板にはこの先は
大社までトイレがないと
書かれてあったので
慌てて用を済ませます。

そのトイレの方に向かう道が、
高野山に向かう

「小辺路(果無街道)」

の入り口ですね。
ここは昔の大きな交差点に
なっていたそうです。

この道標が昔からのもので、
熊野のほうからくると



「右 こうや十九里半 
左きみい寺三十一里半」

と刻まれています。

紀三井寺はそう、
先日訪ねた西国33所の一つですねえ。



距離を見ると、
そうかあ、ここからだと
紀三井寺より高野山のほうが
ずっと近いんですねえ。

熊野に参った帰りには、
ここから山を越えて
高野山に参る人も多かったそうです。

いやあ、昔の人は大変だったようですなあ。

さて、ここから道は広くなっています。

こういう石垣の道を
一人かみしめるように歩くdoiron。



こんな木の根道のような
ところもあります。



きっと昔の人はこの道を歩きながら、
さあいよいよ熊野詣だあ
と心がはずんだでしょうねえ。

72番、73番と





どんどん上っていきますと
そのあたりにこんな看板が立っていました。



「ちょっと寄り道」とかいた看板です。

そう、ここから左のほうに
上がっていきますと
見晴らし台があるそうです。

そこが、この道を歩き続けてきて、
初めて大社のある「大斎原」の
大鳥居が見える場所に
出ていくのです。

えっちらおっちら上がっていきますと、
こんな広場に出てきます。



左の林の向こうには



「熊野川」が流れ、こんな紅葉のある所から



前方に大きな鳥居が見えてきました。





おお~あれが熊野だ。

ここまで多くの山々を眺め、
熊野はまだか、熊野はまだか
といいつつ歩き続けた旅人が、
ここでようやく初めての
熊野の本殿を眺めることになるのです。

長かったなあ。

doironも4年近くかけて
よくここまで来たものです。

どの道も今振り返れば
思い出いっぱいで、
前に大社を見ながら
ここまで歩いてきた自分の姿を
いくつもいくつも振り返ってしまいます。

今からもう10年もすれば
年齢的にもこんなことはできないかもしれません。
よくあの時に頑張って歩いたなあと、
きっといい思い出になるでしょうね。

続く


最新の画像もっと見る

コメントを投稿