ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

淀川完歩44 福町から

2017年07月10日 21時09分41秒 | ウォーキング

え~っと、5月の行事で
もう一つ残っていました。

淀川右岸を歩いたウォーキングです。

まずこれを報告しておきましょう。
これが、今年の五月の
最後のウォーキングです。
あ、朝の散歩とかはカウントしていませんよ。

さて、ではちょっと期間のあいている、
前回の淀川歩きを思い出してみましょう。

て、いうか自分でブログを確認してみます。

前回は淀川完歩43で、
昨年の10月に淀川右端の
最先端を訪ねる旅をしましたね。
あ~もうあれから9か月かあ。
熊野古道や
四国も結願したし
やりたかったことは
どんどん実現していきますねえ。
あとは身体やなあ。

前回はコース添いにキノコがいっぱい
はえていたのを思い出します。

で、最後は阪神電車なんば線の
「福」駅でしたねえ。

ここって町会名は「福町会」
なんでしょうねえ。
龍野には「福の神町会」てのはありましたねえ。
この福町でこそ、宝くじを売ったり、
「福神社」や「福寺」とか
あったらいいのにねえ。
あるのかな?

その福駅を目指して
電車で出かけていきます。

JRで阪和線から環状線、
西九条で降りて阪神電車なんば線で
進んでいき、淀川を越えた
最初の駅が「福」です。



ではここでナビを入れ、
ウォーキングの「福」を目指して
歩き始めましょう。

先ずは電車を戻るように
淀川に向かって歩いていきます。



おお~50円の自販機です。



「福」地域ですねえ。
そしてこの当たりの地下道には
「阪神タイガース」のシールが
貼られていますねえ。



いやあ、今年はまあまあ
「福」がついたように
勝ち気味ですねえ。

で、淀川へ出たときには
ちょっと上に上がって
川沿いの道に行きましょう。

阪神電車の踏切を超えると、



伝法大橋があります。



ああ、ここの洪水用の石碑は
重要な役割を果たすんですね。

先ほどの道の横には、
海抜0mの碑がありましたし、



たしか前回歩いた時も
伝法駅周辺の海抜は、
マイナス1.9m。
そういう地域なんですね



なので橋のこのピンクのケースの中に
洪水碑が入っています。

よく道を通行止めにして
動きの検査をするそうで、
そんなお知らせがdoiron家の
近くの国道なんかにも
よくはられてありましたね。
念入りなお知らせです。

で、その先に石碑が建っています



「大塚切れ洪水碑」

と刻まれた石です。
ああ、この辺が切れたのかあ
と思っていたら、
この大塚という地名が
高槻市あたりの地名であることが
後でわかりました。
だったら、なぜここに石碑が
と思うでしょ。

その理由の一つが
先ほどまで歩いていた
「福」町と関連があるのです。

その洪水は大正6年に起こりました。
台風による大雨で
淀川の堤防が切れたところに持ってきて、
芥川の堤防切れも相まって
大災害を起こしたのです。

まあ、今の天気予報なら
「大雨特別警報」が
出てたのかもしれませんね。

この堤防きれで高槻から
淀川末端までひどい被害を
受けたようです。

なかでも被害の長引いたところが、
実は「福」町あたりだったそうです。

決壊時に流れ込んできた水が
ひと月余りも抜けなかったそうです。
そのため、この辺りでは、
淀川の堤防をわざと切り
たまった水を淀川へ戻す
という作業をしたそうです。

で、この戻すための碑は
「わざと切れ碑」といわれていますが
そんな碑がこの辺りに
あったため、大塚から
ずいぶん離れたこの辺りに、
一見場違いな碑が立っていると、
こういうわけなのだそうです。

「福」町もこの時はさすがに
「不幸」町だったわけですねえ。

さて、この辺で淀川河川敷を
堤防のブロック越しに眺めると、
河川敷にちゃんと道があり
自転車なんかも
走っているではないですか。

ではdoironも降りてみましょう。
といっても不安定な梯子が
壁についているだけなので、
ここはちょっと
フリークライミング気分を
持ち上げつつ、ふんふんと
鼻歌歌いながら超えるようにします。



そういう精神的な高揚で
乗り越えちゃったりするんですな。

ふふふ


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