ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

和歌山岡公園周辺2

2020年03月13日 21時08分48秒 | ウォーキング

岡公園に置かれているSLは
C57という蒸気機関車です。



東京、鹿児島、宇治山田などの
機関区を経て最後は和歌山機関区で
走り続けたそうです。
昭和47年の3月14日という
doironの15歳の誕生日に、
その役割を終えたそうです。

生涯の運転距離は256万キロ以上と
地球を60回以上まわる活躍を
したんだそうです。

ああ~doironも地球2周くらいは
走っていますけどねえ。

このSLにはくまの号という
名前が付けられているそうです。

まあ和歌山にとっては
クマノは重要な土地ですねえ。
そんな相性が付けられているのは
みんなに親しまれていたんでしょうねえ。

そしてこれらの電車の横に
あったのがこの記念碑です。



この形はもうこれまで何本見たでしょうか。
和歌山県の朝日夕陽百選ですね。

ここの対象は和歌山城です。
確かにこの城の天守閣から
見た朝日夕陽はきれいでしょうねえ。
結構な高台になりますからね。

あの和歌浦の先端の山からも
天守閣が見えてましたからねえ。

そうそうあの有吉佐和子の小説、
紀ノ川の中に出てくる
ここからの眺めはとても印象的でした。

ああ歩き始めからなかなか
テンションの上がる展示が続きました。
ここへきて正解だったなあ
とうれしくなりましたね。

そしたら岡公園の中に入ってゆきましょう。

駐車場から続く細い山道を
上がってゆきますと、
そこに「農学博士 高橋克己氏」の
碑がありました。



この人の名は同姓同名で
有名人がいますね。

髪の毛の少ないマルチタレント、
おっとそれは克美でした。

タイガースのギタリスト
加藤かつみの本名だったり、
経済学者にも同姓同名の人がいます。

でもこの農学博士の高橋氏は
和歌山の生まれで、
ビタミンAの抽出なんかにも
活躍した人で、別名は
ビタミン博士と呼ばれていたそうです。
なくなってもまだ人々に
こうして元気を注いではるんですなあ。

そんなのを見ながら
道を登っていきますと
眺めのいい所に出てきます。

ここから見る和歌山城はきれいなんだと、
帰ってから見たネットに
出ていました。

残念‼映しそこねてしまいました。
こんな感じかな。



そんな山を下ると、
大きな石の横に出てきます。



ごつごつした大きな石です。
この岩には子どもたちも
乗ったりするようです。

小山があったり、大岩があったりで
自然豊かな公園と評判なんだそうです。
ただ単に遊具を置いたりするだけの
公園とはちょっと雰囲気が違いますね。





あそこにある滑り台は傾斜が急です。
そのためにここの滑り台は、
結構人気なんだそうですよ。

そして山からこんなトレイル風の
道を降りてゆくと、下の広場に出ます。



今上っていた山の方を振り返って見ると、
岩が入り組んだりしていましたねえ。



そしてここには「御作事所跡」の案内が
立っています。



和歌山城などの建築修繕に
かかわる現場事務所。

まあ今でいう都道府県の
土木建築事務所みたいなものかなあ。
そんな跡地がありました。

そしてそんな山の横には
大きな池がありますよ。



公園そのものはかなり古いのですが、
それなりに整備の進んでいる公園です。

ではこの公園から出て、
南側の住宅地の方に入っていきましょう。
まず最初に出会うのが
「刺田比古神社」です。



この神社の名前も特徴的ですねえ。
この神社は数々の兵乱により、
古文書や文書を失っているので
古来の祭神は明らかになっていない。

それにしてもこういう祭神の名前なんかは
ややこしいですねえ。
神様の名前なので間違って
表記しないように
気を付けていますが、
なかなかむつかしい。

今のこの神社の祭神は
「道臣命(みちおみのみこと)」

「大伴佐氐比古命
(おおとものさでひこのみこと)」

前者は刺田比古の子で
大伴氏の祖にあたる人。
神武天皇の東征の先鋒を務め、
神武天皇即位の際には
宮門の警衛を務めた
といわれています。

そして後者はその道臣命の
十代孫といわれています。

ふむふむ。

続く