ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

東海道、亀山宿から関宿へ7

2019年11月20日 21時04分28秒 | ウォーキング

そう、実はこの関宿には
かつて来たことがあるのです。
今のように歩くことを目的に
あちこちをウロウロと
していないころです。

仕事を早期退職した後、
しばらく介護施設で
働いていたのですが、
そこを退職する前に会社の娯楽で
連れてきてもらったことがあります。

松茸としゃぶしゃぶの
食べ放題旅行という
豪華なツアーでしたね。



その帰りに、ここに足湯がある
というので来たことがあります。
さほど歩きはしないツアーでしたが、
地図を見てると思い浮かんできます。

それに他の旅行社なんかも
ツアーを組んでいるようで、
観光客もどんどん増えてきて、
外国人の姿も見るようになってきました。

まあなにも知らずに
へこへこ歩いていた時代と違って
惑わされずに今回は
しっかり見学しつつ歩きましょう。

あ、ここに関町の道路元標がありますねえ。
doironが持つ14本目の元標です。
そしてそのすぐ横には郵便局もあり、



その前には日本最古の
ポストを模したものが置いてあります。



そしてこの郵便局の場所は、
関の高札場だったそうです。



宿のおきてとかをここに
掲示していたそうで、
市民の要望に基づいて
復元したんだそうです。

もうますます昔の雰囲気を
この辺りは濃く残しています。

そしてここにある福蔵寺には、
あの東の入り口で松にもたれて、
親の仇を果たした
「小萬」の墓もありましたね。



ここにあるのは百六里の庭
というところです。
江戸から106里の所という意味で
市民が付けたそうですが、
う~ん、そんな距離ですかねえ。



庭も復元されていますが、
ここの建物の上に上がると、
関宿の東海道を上から
見下ろすような感じになっています。



味のある景色です。



そしてこの先のバス停があるという
場所に行くと、ああかつて
入ったことのある足湯がありました。
写真撮影したかったのですが、
女の人がいっぱいで無理でした。
ちょっとごめんよとかいいながら
カメラ構えたら
手裏剣を投げられそうです。



写真を探したら7年前に
ここに入った時の写真が残っていました。
これです。



ああ~若いですねえ。
確かにここを間違いなく
ちょこっとだけ体験していたんですねえ。

さあもうすこし、
東海道に戻って西向いて
歩いていきましょう。

こんな猫ににらまれながら



進んでいきますと、
500mくらいで西の追分に出ます。



これで関宿をすべて
歩いたことになるのですね。
昔の旅人は、いよいよここから
「坂の下」を目指し、
鈴鹿峠を越えていくのですね。
江戸から京に至るまでの
最後の山場を迎えるわけです。

ゲリラ雨もあっただろうし、
冬場は深い雪に埋もれた道を
歩いたんでしょうねえ。
そうしてたどり着いた京の町は、
さぞかし立派に見えたんでしょうねえ。

さあこれで今回の歩きは終わりですが、
駅に向かってまた東海道を
1キロほど戻っていかなくてはなりません。

地図を見ながら東海道を
南に外れて歩いていくと、
関宿の道の駅に出ていきます。



まあせっかく来たんで
味噌煮込みうどんのほかにも
お土産を見ていきましょう。

名古屋湾の方が近いので、
貝の佃煮なんかも購入しましょうかね。
そして、やっぱり最後は
またまたビールです。
小さなおかきを買って
それをつまみにいただきました。

ああ、なんかほっとして
写真はすっかり忘れてしまいましたね。

その道の駅のすぐ横が関駅です。



そこから電車に揺られて
2時間以上かけて帰宅しました。



それにしてもここの街道歩きは
とても楽しかったです。
街道歩きそのものが
久しぶりということもありましたが、
それなりに昔の人の想いや
遺物に出会ったいい所でしたね。

また次の機会があれば、
亀山から今度は関と反対方向の
宿に向けて歩いてみたいなあ
などと考えながら、
電車の中でうつらうつらしながら
帰宅したdoironなのでした。
おしまい