ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

弁当の話

2007年04月12日 00時41分47秒 | 生活

以前、
作ってくれた弁当を
うっかり忘れて食べずに帰った時、
かあちゃんの逆鱗に触れ
しばらく弁当を作ってもらえないという
憂き目を見たことがあるが、
最近は、気まぐれにではあるが
たまに弁当を作ってくれている。
すっかり怒りはとけたようだ。
最近もこんな弁当を
入れてくれた。



最近の体重増加や
飲み会の多さを気遣って
弁当は

極小サイズ

職場の誰よりも
大きな弁当を持って行ってる
というカイサンの弁当に比べたら
きっと10分の1くらいの大きさだろう。
職場で広げると
その小ささに
たいていの人が驚く。
「そんなんでもつの?」
大丈夫です。
大食漢の割りに
空腹には強いんです。

ワシがこれまで見た
驚きの弁当ベスト2を紹介しよう。
まず一つ目は
40代後半、独身の人が
持ってきた弁当。
大きな弁当箱に
ご飯が半分入っていて
残り半分に
梅シソにんにくが
ごろごろ詰められただけの弁当。
「これがうまいんやあ」と食べてた人は
残業の時、
近所の焼き肉屋で
4000円ほど
平らげてから仕事をする人で
今で言えば
ミスターメタボリックなおなかをしていた。
しばらくして
病気で入院。
悲しくも
ついに離職されました。

もうひとつは
中学校の時に
友達が持ってきていた弁当。
ずい分古い話なのだが、
その弁当を見たときの
衝撃は今も忘れられない。
その時の周りの風景や
その弁当の持ち主の表情までが
しっかり記憶に焼きついている。
どんな弁当かというと
これもご飯が半分入っていて
残りがすべて
粒あんという弁当だった。
甘いものに目がない私でも
さすがにこれは
無理がある。
まるでおはぎのような弁当だ。
あんこの好きなその友人の
念願の弁当だったんだろうな
記憶の中の友の顔は
まるで、宝の箱を
開けてみせてくれているように
満面の笑みをたたえている。

この二つが
これまで見た
驚きの弁当
ベスト2だ。
といっても
第3位はない。
この二つに尽きる。
50年以上生きて
たいていの驚きに出会ったが
これらの弁当を
見たときの驚きは
忘れようとしても
忘れられないものがある。
残りの人生、
この先、どんな
驚きの弁当にあたるか
ひそかに楽しみにしている。

それにしても
なぜ、弁当は

「弁当」

なんだろうか。
語源を調べてみたら
どうやら
「便利な物に該当する」

「便利当」

「便当」

「弁当」
とこう呼ばれるようになったらしい。
何か当たり前の結果で
面白くありませんね。
結果を知るまでは
1.映画の弁士がその役目に当たると
席を離れられなくて、
その場で食事が取れるようになったことが
始まりなのではないか。
2.炭鉱で地中深く
もぐっている人の中で
空気弁の担当の人が
いちいち地上に出なくても
食事が出来るように持ち込んだのがはじまり。
みたいな
歴史と背景のある言葉かと
想像をたくましくしていたのに
いささか拍子抜けでしたな。

昼休みに、弁当をいただきながら
そんなことや先の
驚きの弁当のことを
思い出しながら
ニヤニヤしてたら、
「そんなに弁当作ってもらったんが
うれしいの?」
と聞かれてしまいましたわい。
もちろん

「うん」o(^-^)o

と元気よく
答えておきました。