わが社の正月休みは
少しへそ曲がりで
年末は一日長く仕事をし
年始は一日遅く、つまり今日まで休みでした。
来年からは元に戻るそうですが・・・
それにしても
正月休みはのんびりしました。
のんびりしすぎて
脳細胞が5つくらい死滅したかもしれません。
そんな正月休みの最終日に
夕方からジムに行き、汗がシャツから
滴るほど運動をしました。
軽い運動でも、長く続けると
汗っていっぱい出るもんですねえ。
でも汗と一緒に
休みの間にため込んだ
よくないものが全部流れ出たような
そんな気がするからやっぱり
運動っていいもんですねえ。
一冊の文庫本より
一滴の汗かもしれないなあ。
走るのって、頭で作る感動じゃなくて
身体が作る感動なんやね。
たった一日で体中の水分が
全部入れ替わるような
真夏のトライアスロン。
喜びや怒りや悲しみまでも
力に変えて限界まで走りきる
ウルトラマラソン。
あんなすばらしい時間を味わうことは
もうないかもしれないけど
走ることで
どんな大河小説を読むより
どんな名作映画を見るよりも
大きな感動を味わえるということを
皮肉にもそれができなくなって
はじめてわかったような気がする
今日この頃だ。
だから、ささやかではありますが
今でも汗をかいて
こうして心地よく感じることが
出来ることを
i今は心から喜ばねばなあと
自分に言い聞かせた
今年の正月休み最後の出来事でした。
おばあさんは川へ洗濯に
おじいさんは山へ走りに
ということで
昨日の言葉通り、
今日は山へ走りに行きました。
山、というよりは
山すそですがね。
場所は、永楽ダム。
花見もしたし
山を歩いたこともあるし
ダムの周りを散策したことも
ま、少しdoironのテリトリーからは
外れていますが
季節季節には出かける思いで深い場所です。
今は紅葉の頃、と踏んで出かけたのですが
桜の黄葉はすでに落葉と化しておりました。
ここはカエデの類はあまりないんだよな。
あれば、春の桜のシーズンに並ぶ
ちょっとした行楽地やでな。
繰り出してきている人の
半分は山歩き、そして半分は
ランニング、散歩などでした。
そうそう、NAMISHOの
高校駅伝グループが
追い抜いていきました。
後ろから、人の気配がしたかと思うと
イキのいい高校生たちが
風のように追い抜いていきましたわ。
あんなに軽く走れたら
さぞかし気持ちいいだろうなあ。
気候も非常に穏やかでした。
心地よい日差し
ダムと緑に清められた空気が
身体中を包んでくれます。
立ち止まってダムを眺めると
風もなく穏やかな湖面に
周りの景色が写っていました。
しかし、このあたりは
聞くところによると(誰にやねん)
パワースポットであると同時に
心霊スポットであるとも言われているとか。
ダムのところから
そーっと湖面を覗き込むと
ダム湖にくっきりと人の顔が・・・
きゃ~
と思ったら自分の顔がうつってました
吹き出しこそすれ、そんな驚く顔じゃないだろうって?
ほっといてんか
で、どんな練習をしたかというと
適度なアップダウンのダム周りと
アップアップ、ダウンダウンの
焼却場坂を行ったりきたりで
トータル12キロくらいを
結構心拍数を上げて走りました。
キロ2分半くらいかな?
キロ5~6分です。
身体としっかり対話しながら
でも景色も楽しみながら
走りましたぜ。
ネタはないか~ってね。
以前このダムの周りの稜線を
歩いたときに
山中で「駐車禁止」の表示を
見かけたことがある。
これ
これには笑っちゃいました。
今回見つけたのはこんなのである。
ひとつは
狂い咲き
この歳になって走り回ること?
ちゃうちゃう
これ
植物が季節を迷うほど
暖かくなったり、寒くなったり
自然の歯車の軋みが聞こえてきそうじゃな。
そんなことを見たり撮影したり
しながら、のんびりラン。
そしてダムの片隅には
こんないたずらシールも張られていました。
まったく同感やね。
このブログには日々、140~150名
の方が閲覧に訪れてくれている。
そして一人が3~4回訪れてくれているらしく
閲覧数は500くらいで推移している状況です。
今日も訪れていただき
ありがとうございます。
doironを取り巻く人間関係を
つらつら眺めると
やはり一番多いのは
マラソン、トライアスロン仲間だろう。
そういう皆さんにとって
近頃のブログは運動臭がなく
きっと退屈をさせていることと思います。
そう、当の本人も
運動の中に身をおく機会が
仕事や家のことで
非常に少なくなっていて、
体がムズムズしている状況だ。
ん?運動といっても
選挙運動や署名運動では
決してありません。
純粋に、sportsの運動です。
そんなだから
今日も残業三昧後に少々遅くなったが
辛抱しきれず
近所の公園に走りにいきました。
そうそう、そうこなくっちゃ
という読者の皆さんの声が
聞こえてきそうですなあ。
今年多分初めてのロングタイツと
長袖Tシャツで走りに出た。
見上げると月の周りには
大きな傘がかかっている。
明日は雨なんだろうな、と思いながら歩いて
公園に到着。
この公園は大回りすると
1周約500m。
ゆっくりと3分ほどかけて周回する。
ここは、昼は犬の散歩や
高齢者の散歩なんかで
結構にぎわうのだが
夜は、明かりがないので
女性や高齢者にはちと不向きということで、
いつもひっそりとしている。
今日も公園で見たのは0人。
見事に無人で
doironの独り占めでした。
屋外を走る時
一人ならば、極力
無理を避け、心の臓の
気配をうかがいながらランをする。
最初は寒いくらいだったのですが
2周も走ると、体が
ポカポカと温まってきます。
自分の体の細部で
いろんな目覚めがあるような
気持ちがろ過されていくような
心地よい感覚がまず訪れます。
そして5周目くらいからは
走っている自分とそれを見ている自分の
二人いるような感覚になってきます。
結局1時間あまり
20周を走りました。
そんな自分の状態を見ていると
ぼちぼちこれまで出たことのないような
景色もよいローカルな大会を選んで
10キロレースくらいから
ぼちぼち復活していくのもいいのでは
と思ってしまいます。
一方で、そんな体の声に対しても
やはり、一年間はおとなしくしていないと
と自分に言い聞かす、もうひとりの
自分がいるのもたしかです。
気持ちのいい汗をかいて
誰もいない公園の
丸太で出来たベンチでストレッチ。
寒くなかったら
そのまま寝っころがって
傘のかかった月を眺めていたかったけど
今、風邪を引くわけには
いかないので
急いで帰って
風呂に直行したのは
いうまでもありません。
頑張っているランニング読者の皆さんには
全然物足りない内容だったでしょうが、
今のdoironには、まあ
これくらいが適量ですねんねん
昨日は大阪マラソンの
応援に行ってきた。
昨日も書いたが
最終的に15名(うち子ども2名)を
引き連れての
大応援ツアーであった。
それにしても
3万人はすごい。
次々やってくる選手、選手、選手。
そんな中から
皆さんそれぞれの
お目当て選手を
見つけるのは至難の業だ。
高速で混ざり合ってる
マージャンパイを
すばやく積み込みするほうが
たやすいかもしれない。
最近は目が回るほど
仕事も忙しいが、
せっかくの休みでも
沿道からの選手探しでここでも
目が回りましたぜい。
まず最初はスタート後300m地点。
それから10キロ地点に
移動しました。
あらかじめ調べておいた
地下鉄の出口番号の
情報がこのときとても
役に立ちました。
おかげで、こんな選手や
こんな選手も見つけましたが
(さてどれでしょう)
その時点での皆さんが応援の目当にしている
選手の通過には気づきませんでした。
後でわかったのですが、
あらかじめ予想していた
通過タイムより
ずいぶん早く通り抜けたようです。
最初2回はそんな風に
お目当て選手を見つけられなかったので
応援監督兼応援ツアー添乗員のdoironは
次第に焦り始めました。
このまま選手を見つけられなかったら・・・
「金返せ~」といわれるかも
(びた一文もらっとらんけど・・・)
かくなるうえは
23キロ地点の大国町では
必ず見つけなくてはと
ちょっと移動距離が長くなるので
気持ち急ぎながら
駅に向かいました。
天満から大国町へ
地下鉄で移動です。
しかし、こちらも15人をひき連れています。
これだけいるとなかなか一筋縄ではいきません。
あらかじめ地下鉄の時刻表を調べてあるので
少々余裕もあることはわかってるから
とたかをくくっていたら、
駅に着くたびに
「ちょっとトイレに行くわあ」と数人が離脱。
ぎょえ~、
あと一分で電車が来るのにぃ~
と、緻密な計算で動いている
doironの完璧計画が
ベルリンの壁のようにガラガラと
音を立てて崩れていくようだ。
さすがにチャック開けたままで
引きずり出してくるわけにもいかないので
仕方なく予定していた1台をスルー。
何とか次の電車で乗換駅へ。
するとそこでも
別の人が
「トイレ行くわあ」
え?さっき行かなかったの?
「行っとけよ~」と叫びたくなる
気持ちを抑えて
ここでも大人の対応だ。
「はいはい」と観念しました。
で、ここで添乗員の心得その1
トイレのご利用は計画的に!
です。行きたくなくても
いけるときには無理やり
済まさせておきましょう。
そうして何とか
通過予想タイム内に大国町に到着。
あらかじめ設定していた
応援ポイントに
歩いて100mほど移動しました。
まだ通過していませんように
と祈るような思いで
回る目を制御しつつ
必死で探していたら
予想タイムの1分35秒前でした。
「発見!」の声が・・・。
わあい
ようやく撮影も出来ました。
しかし「白線から出ないでください」と
注意されても、言うことを聞くのは
そのときだけで、
もう暴徒化しつつあるツアーの連中。
マラソンのため休業している
お店のショーウインドが
叩き割られるのも時間の問題です。
って、そんなことはないない
冷や汗をかきながら、その地点で
選手数人の応援を何とか無事に済ませて
次への移動のため
再びツアーを召集したdoironであった。
次は8キロ先の玉出に移動です。
「はーい皆さん、次は玉出に行きます~」
と説明をしたら
ツアーの中の一人が
「あら~、スーパーに行くの?」だと。
お願いだから~と言いつつ
ひざから崩れそうになりました。
そこで添乗員の心得その2
「ツアーは事前にしっかり確認させて起きましょう!」
です。
あらかじめ応援計画を冊子にして
配ってあったにもかかわらず
諦めにも似た、無力感を感じました。
とはいいつつも、再び気を取り直して
時刻表をチェック。
「次の電車まであと5分あるから
トイレにどうぞ~」と
親切に呼びかけたものの
そこでは一人も動きませんでした。
ぐすん
添乗員としてまたまたここでも
無力感を感じましたわ。
しかしマラソン、トライアスロン、
ウルトラマラソンで鍛えた精神力は
これくらいでは折れない。
再々度気を取り直して
「ではホームに向かいます~」と
呼びかけるdoironの頭には
ハロウィンのカチューシャが乗っていました。
最初の応援時につけてたこれね。
実は地下鉄では、さすがに恥ずかしいので
最初は車内ではそれをはずしていたのですが
みんなからブーイングが出て
ハロウィン目当てに必死について行ってるのだからと
再び無理やりつけさせられました。
そこで、添乗員の心得その3
添乗員の服装、装備品は派手に!
出来ればやはり旗を持ちましょう。
です。
もうこの時点で気疲れして
フラフラのdoiron。
何とか30数キロの地点である玉出で
いずれも予想タイムを少しオーバーして
通過していく選手のひとりを無事撮影しました。
(さてどれでしょう)
ここでも選手数人を見送って
ようやくこれで添乗員の
役割も終わりです。
あとはゴールに向かうだけですからね。
しかしなんとゴールに向かう
ニュートラムは超満員。
ホームに入場制限までされていました。
「はいはい2列に並んでください」
と呼びかけたりして
添乗員癖がすっかり染み付いてしまった
doironなのでした。
ゴールに着くと
そこには恐ろしい人数の
人がいました。
正月の住吉大社か
このゴール会場かってくらいです。
南港が人の重みで
沈むんじゃないかと心配したほどです。
疲れました。
走るより大変だったかも。
なあんていったら
走った皆さんに失礼ですね。
お疲れさんでした。
doironも燃え尽きましたわ。
朝、四時半に起きて電車に乗り
応援に行ってきました。
ご近所のランナー
ルネのランナー
昔からの知り合いランナー
職場のランナー
総勢で30名ほどが
参加しました。
3万人が走ったわけですから
まあ、0.1%ほどの人が
doironの応援対象だったわけです。
スタート前の大阪城公園。
スタート後300m地点くらいです。
doironが応援に回っていることを知り
引き連れる応援団が
徐々に膨れ上がり
最後には総勢15名くらいの
応援団を引き連れての
応援ツアーとなりました。
レース後打ち上げに
ご招待いただいたので
これから参加してきます。
詳細は後日紹介いたします~
走り始めて23年。
マラソンがこんなに市民権を得て
大阪市内を数万人のランナーが
駆け回る日が来るとは
予想もしていなかった。
学生の頃は山登りのために
下宿周辺でジョグしたり
社会人になってからも
職場の仲間とサッカーを楽しんだり
していたから、
5キロくらいなら何とか完走できるかな
と思って、職場の仲間と
大会に出たのが最初だった。
当時、5キロレースでさえ
カーボローディングしなきゃ
なあんて思っていたほどだ。
初めて10キロを走って
そのあと車で10キロ走ったときには
人間てなんて長い距離を走れるんだと
感心したりもしていた。
その頃は
フルマラソンを完走したことのある先輩達が
まるで神様のように見えていた。
初めてのフルマラソンを走る前に
経験者の話を聞いたら
それはそれは過酷で
全身筋肉痙攣をおこずぞと
脅かされていた。
そのため半年かけて
距離を踏む練習をし
初めて走ったフルマラソンは
出だし余裕、中盤余裕、
後半アップアップ
でも3時間19分でゴールでき
一箇所の筋肉痛もなく
その半年後にイケイケどんどんで走り
後半の地獄を味わったものの
3時間9分をたたき出した。
これはもう少しでサブスリーだと
思ってから15年間40レース以上は
3時間一ケタの結果ばかりであった。
その間にトライアスロンに出会った。
出場選手はみんな陽気で楽しく
ウェアも異常に派手で
そんな世界の居心地がとても心地よかった。
その頃は超長距離のレースも
何の苦もなくこなすようになっていた。
元気な頃は
スイム2キロ、バイク200キロ、ラン43キロの
トライアスロンを完走直後でも
もう一度スタートしても
完走できるぜ!くらいの余裕があったもんだ。
トライアスロンで鍛えた
持久力を武器に
100キロマラソンで
念願のサブ10を達成し
250キロマラソンも完走できるようになった。
気がつけば、走り始めた頃に比べて
そういう意味でまったくの別人状態に
なっていたわけである。
そしてそんな競技にのめりながらも
トラオフの冬には
マラソンを走り続けていたのだが
トライアスロンに比べて
スタートラインに並ぶ選手は
ストイックで地味で
何か思いつめたような選手が多かったもんだ。
そうこうしているうちに
腰だの貧血だのと故障を重ね
心臓まで悪くして
挙句に死んでしまったdoironなのだが
今ここに、さまざまな抱腹絶倒、紆余曲折
波乱万丈を経て
メジャーでおしゃれな
大阪マラソンなる大会の
開催を見届けるにいたっている。
本来なら、doironも絶対走ってる大会だ。
抽選にもれても
人脈とコネとズルとあらゆる手段を
駆使してでも走っていただろう。
本当に残念である。
昨年だったら絶対走っていただろうな。
走りながら、以前に比べて
明るく楽しく派手になってきたマラソンという
競技を感慨深く眺めることが
出来ただろうにな。
今は叶わぬ夢ではありますが
参加される皆さんは
結果も楽しみでしょうが
長い歴史の果てに生まれたこの大会を
しっかりじっくり楽しんで走り
走れる喜びを心から感じて
自分を愛してあげてくださいね。
沿道に応援で出没しますからね~
スポーツの秋。
まずその皮切りに
来週日曜日に大阪マラソンがある。
昔からのランニング友だちに加えて
ジムの友人、職場の後輩
それに村のだんじり友達も走る。
今日はそんなラン友達と
マラソンの応援の計画を
酒を飲みながらうだうだと練った。
結局は、doironまかせになるんだよね~
計画では、まず地下鉄の
ワンデイパスを買う。
移動は地下鉄だ。
でも、ニュートラムは
パスの守備範囲なのか
その辺はよくわからないので
ぶっつけ本番となる。
スタートを見送った後は
大阪城から北に向かい
片町周辺で応援する。
そこから京橋に出て
地下鉄で大国町に向かう。
そこは20数キロ地点だ。
今日は酒を飲みながらなので
緻密な計画は立てられなかったが
応援の基本線はそういうところだ。
帰りのニュートラムは混むかなあと
思ったが、ネットで見ると
大増発するらしいので大丈夫かな。
元気に走る仲間たちを
うらやましく応援しながら
長い一日になりそうだ。
好天を期待していますよ。
応援
地産地消、というのは
最近よく効きますよねえ。
地域で産出されたものは
地域で消費するということですね。
わが社で提供している
食事も、この地産地消を
できるだけ心がけている。
その地域でその季節に
収穫されるものを食べるというのは
非常に理にかなっている。
昔から人々はそうして暮らしてきたんやもんね。
そう、自然は昔からそうだ。
ある時期には大量の蚊などの虫が発生するから
その地域のその時期には
ツバメもそれらの虫を目当てに
雛をそだてるように
地域、季節にあったものは
自然に溶け込んでいくわけだ。
最近は少なくなったけど
材木をふんだんに
使う家を建てるときは
その地域の木を
ふんだんに使えばいいというもんね。
走るのもそうだろう。
地域の街の中を
その季節を肌に感じて走ることが
自然でいいんやろな。
て、ことで
今日は家の周りを
地散地走した。
散歩をしている思わぬ友達と
出会ったり
地域のコンビニで
走後のビールを買ったりしてね。
それにしても
外を走るのも
気持ちいい季節になったな。
もうすぐ大阪マラソン。
参加される方は
地参地走で頑張ってください。
及ばずながら応援に駆けつけますからね~
こんな身体でも
これまでの履歴から
各地のマラソン大会の
案内が続々と届く。
中で一番驚いたのは、今年から
吉野川ハーフマラソンがなくなったことだ。
代わりに師走マラソンというのを開催するらしいが、
あの、女性陣が
国際マラソンの出場権をかけて走る
緊張感がとってもいい大会やったんやけどなあ。
大会運営も、地元同意や交通事情
それに肝心のスポンサー事情など
いろいろあって大変なんやろな。
それにしても、なじみのある大会が
消えるというのは寂しいものだ。
とりわけ吉野ハーフは、doironのベスト2の記録
1時間23分50秒で走った大会だ。
大会がなくなると
そんな記録までなくなってしまうような
気持ちになってしまうよなあ。
そういえば、doironのベスト記録を
刻んだ大会は
10キロは貝塚のコスモスマラソン
フルは泉州マラソンの前身である千亀利マラソン
とこれらの大会は今はもうないもんなあ。
時代は変わっていくのじゃな。
これからは、こうして
消えていく大会も
多いかもしれないな。
そんな風に各地の大会が
今、大きくあり方を問われている中、
「竜神マラソン」の案内が
届いたのには驚いた。
台風12号の水害で
道路はあちこちで寸断されているだろうから
今年はさすがに中止だろうと
思っていたから、開催されると
聞いたときの驚きも
ひとしおやったね。
「竜神、やるじゃあん~」
みたいなね。
これからまだまだいろいろな
大会案内が届くだろう。
どれかがとりあえず
doironの復帰ランの
大会になるのかなあ。
今のところ、まったく白紙です。
いよいよ、今年のマラソンシーズンが始まる。
泉州マラソンも申し込みが始まり、
たぶんもう定員に達したことだろう。
10月末には、鳴り物入りで
第1回大阪マラソンも開催される。
doironはまだまだ、参戦できる身分ではないので、
今は「さて今年はどの大会の応援に駆け付けようか」
といろいろと画策しているところである。
そんなさ中、各地から
申込用紙の入った大会案内がいくつも届きはじめた。
そのうちの一つ、
昨年大事件の起こった宝塚からも先日、
封書が届いた。
もしかしたら、
「もう、くれぐれもうちの大会には出ないでくださいね」
といった手紙が添えられているのではと、
ドキドキしながら開封してみた。
入っていたのは案内文書と申込用紙で、
案内文には
「昨年に引き続き、ご参加いただきますよう・・」
という言葉が添えられていた。
本当にいいの?
と聞いてみたいところである。
そして、申込用紙をつらつら眺めてみると
片隅にこんな記載があった。
「当大会は安全なマラソン大会を目指しています」
として、下記の質問に一つでも該当すれば、
必ず事前に医師に相談してくださいとしている。
質問を要約すると、
心臓に問題があり、
医師に許可された運動以外に
してはいけないと言われたことがある。
とか、
今も心臓の薬を飲んでいる。
とかだ。
昨年のdoironなら答えはすべてNOであったのだが、
あんなことになった。
そう考えれば、ああいうことは予期せず
突然起こることが多いんだろうな。
わかってて、まさか背中にAEDを背負いながら
走る人なんかいないもんね。
ま、注意喚起等できることは
やっておかねばならないという
大会側の事情もわからないではない。
でもでも、やはり自己責任ですよね~。
先の日曜日、
佐渡島で開催された大会でも
一人の選手が亡くなった。
この大会は、日本でも数少ない、
ロングトライアスロンが開催される大会であるとともに、
芸能人が多数エントリーしていることもあって、
非常に注目度の高い大会になっている。
そんな大会での事故である。
ネットでもこのニュースは数多く報じられた。
ニュースによると、亡くなった人(51)は
この大会に15回も出場経験のある、
ベテランだそうだ。
競技にいそしんでいた頃のdoironと
かぶる部分も多い。
彼は2キロスイムのゴール手前
330mのところに浮かんでおられたそうだ。
約300mでいいのに、
330mと具体的に書かれてあるのは、
コースロープに取り付けられたブイから
容易に計測できるからだろう。
しかし、大量に水を飲んでおられた
というのがよくわからない。
心肺停止が原因なら、
水を飲むこともないだろう。
では、波にのまれた?
それも当時は台風の影響もなく、
海は荒れていなかったらしい。
第一、15回も出場している選手が
波にのまれるなど考えにくい。
パニクったというのも、
こんな終盤では解せん。
なら、脚などの筋肉のけいれん?
でもねえベテランならそれくらいの
対処の仕方はわかるでしょ。
としたらやはり、心疾患なのかなあ。
いずれにしても、
そんなベテランが
こんな目にあうなんて、
予測できなかったでしょうね。
スポーツに事故はつきものとはいえ、
仲間がこういう形で亡くなるのはつらい。
ご冥福をお祈りするばかりである。
宝塚の大会にはもちろんエントリーはしないが、
ボランティアもしくは応援で参加できたらと思っている。
同じ趣味を持つ読者のみなさん。
特に、中高年域に足を踏み入れている方、
くれぐれも無理せず、
事故のないようにスポーツライフを
長く楽しんでくださいね~。