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佐藤進一と東大紛争

2017-07-31 | 渡辺浩『東アジアの王権と思想』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2017年 7月31日(月)11時46分51秒

先日、ツイッターで佐藤進一について熱く語っている人がいて、

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佐藤進一の『南北朝の内乱』が1970年代の著作であることを考えれば、この2017年の『観応の擾乱』における亀田先生の佐藤説への批判も、いかに佐藤進一の戦後歴史学に果たした役割が大きかったかを逆説的に物語るものかと思われます。
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と書いていたのですが、『南北朝の動乱』の初版は1965年、中公バックスが71年、中公文庫が74年ですね。


ま、これ自体はつまらないことなのですが、佐藤進一は東大紛争をめぐる軋轢から1970年に東大教授を辞していて、1970年前後はあまり落ち着いて研究できる環境にはなかったようですね。
私は東大紛争における佐藤進一の立場を知りたくて、少し調べたことがあるのですが、結局よく理解できませんでした。

尾藤正英氏「戦争体験と思想史研究」
「かの学園紛争」
林健太郎氏「国史学界傍観」

ところで、山崎正和の近著『舞台をまわす、舞台がまわる - 山崎正和オーラルヒストリー』のおかげで大学紛争終息の舞台裏が分かるようになり、鹿島茂氏の書評を借用すると、

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ある日、首相秘書官の楠田實から連絡が入って総理官邸に呼び出され、佐藤栄作のブレーンに加えられる。京極純一、衛藤瀋吉らと話しあううち、ショック療法として東大入試中止のアイディアが出る。「それでは演出も必要だろうと、安田講堂攻防戦の終了後(一九六九年一月二十日)、佐藤さんに作業服を着せて、長靴を履かせて、安田講堂の前を歩いてもらいました。(中略)その上で『東大入試をやめる』と出したら、一発で山が動きました」


といった経緯だったそうですが、このあたりは山崎正和の知識人としての明晰さと政治的判断の鋭さが光りますね。
山崎正和は1934年生まれで大学紛争時は若干三十代半ばですが、1916年生まれの佐藤進一は五十代半ばを過ぎていながら暴力学生の支援という「不可解な行動」を続けており、その頑固さ・依怙地さ・執念深さは、佐藤の足利尊氏評を借りるならば、まるで「精神疾患を患っていた」のではないかと思われるほどです。
佐藤は古文書職人としては立派な人だったのでしょうが、知識人と呼べるようなレベルの存在ではなかったな、というのが私の最終的な評価です。

>筆綾丸さん
京大の事情は全然知りませんが、歴史研究者の就職難はどこも厳しいようですね。
私も十年くらい前までは一応事情を把握していたものの、最近の厳しさは別の段階に入っているようで、当然のことながら大学院に残って研究を続けようと思う人も減少しているそうですね。
今年2月の『史学雑誌』に「敗戦直後における大串兎代夫の憲法改正論」という論文が出ていたので、石川健治氏の「7月クーデター」説を検討する過程で大串兎代夫に少し興味を持った私はパラパラ眺めてみたのですが、その内容から著者の大谷伸治氏は大学の准教授クラスだろうなと思ったら肩書が札幌市の小学校教諭となっていて、驚愕しました。
大谷氏個人の事情は知りませんが、本来なら大学に残るべき研究者が生活のために小学校教諭を選択しているのだとしたら、社会的には大変な損失ですね。


※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。

共産党>国家 2017/07/30(日) 14:07:03
小太郎さん
「現在、京都大学文学部非常勤講師」(2017年7月現在)ですが、四十代半ばまで非常勤講師に据え置かれているのは、つまるところ人間関係がこじれたのでしょうが、なんとも残酷な大学ではありますね。こんな冷遇をしていると、優秀な学生はますます歴史学から離れてゆくでしょうね。一生を棒に振るほどの価値が歴史学なんかにあるわけないですから、おそらく。

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 直義は尊氏に毒殺されたとする説が、古くから有力である。しかし、筆者はこの見解には懐疑的である。
(中略)
 管見の限りでは、筆者以外に毒殺説を否定する論者に峰岸純夫氏がいる。峰岸氏は、黄疸が出たとする『太平記』の記述に基づいて、直義の死因を急性の肝臓ガンであったと推定する(『足利尊氏と直義』)。(『観応の擾乱』174頁~)
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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%82%9D%E7%99%8C
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%A1%80%E7%97%85
直義の死因に関して、亀田氏は「・・・幽閉先で失意を紛らわせるために酒を飲みすぎるなどして黄疸が出たことは十分にあり得ると思う」(175頁)として、黄疸以上のことに言及していないのは賢明ですね。
峰岸説の「急性の肝臓ガン」というのは、素人ながら、妙な病名だと思います。肝臓癌は進行性のもので、進行に早い遅いはあっても急性などありえず、「急性」と言い得る癌は白血病くらいではないか、たぶん。峰岸氏も、意識的にあるいは無意識的に、佐藤説に影響されたのか、つまらぬことを言ったものですね。

キラーカーンさん
https://en.wikipedia.org/wiki/Taiwan
西欧流の国家とは相違して、中国では「国家主席」より「党主席」のほうが格上で、つまり(?)、党は国家の上位概念だから(国家は党の機関)、台湾が「中華民國(Zhōnghuá Mínguó)」などと一人前に国家風の名を称しても、さほど頓着しないのかもしれませんね。
重要なのは、台湾を国家と承認する諸外国をひとつひとつ潰してゆくことで、最終的にはゼロにすることですね。台湾を国家と認める国がすべてなくなれば、台湾を省として統合しても、国際法上、何の問題もあるめえ、という理屈になるんでしょうね(中国が国際法を持ち出すのは、党の矜持に係わる問題なので、case by case になりますが)。
航空識別圏とか排他的経済水域とかの線引きが若干変わるかもしれないけれど、我が国としては、文字通り、対岸の火事として眺めておればいいのだろうな。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E7%AB%B9%E6%95%AC%E4%B9%85
傍流とは言え、殿様の末裔が旧領地の知事を務めるのは、この人くらいですかね。県の職員は、知事などという平凡な名称は使わずに殿と呼んでいるかもしれないですね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E4%BA%95%E5%86%85%E8%B2%9E%E8%A1%8C
曾祖父の和井内貞行は惚れ惚れするような美男子ですね。

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