生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。

「答え」が見えた。しかし、ヴィジョンが楽しめない人

2013年03月14日 | 第13章 比較宗教学の視点からの心の旅
私自身がそうでしたが、せっかっく手にしたヴィジョンを楽しめないのです。恩師は私に関係なく一般論として色々その原因を教えてくださいました。その一つに私は過去の或問題に固執していて、その固執障害をあぶり出すのに随分と時間がかかりました。それは劣等感です。劣等感が強いと自分の夢を楽しむどころか義務感としてギシギシしながら追求する求道者のような態度でした。顔をしかめ中々達成できない悔しさだけに意識がむかってしまいます。この劣等感があると、折角手にした夢が何か、間違いだったような気持ちになってきます。そして夢をあきらめたほうが賢明かのような気分になります。そうする内にまた別な答えを探そうとすると、あとはタコつぼのような循環に陥ります。ですから「命を楽しむ」「夢を楽しむ」思考を再教育してもらいました。「健全な楽しむ思想」の無い青年の悲劇でしたが、恩師のお陰で「考え方を変えると世界が変わる」世界観を再教育された結果、私は次第に自然体で、ビジョンをたのしめるような青年に変化していきました。病的な劣等感は人を駄目にしていきます。

:<比較宗教学の視点からの心の旅:69>

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