五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

大和三山「奈良旅3」

2013年06月11日 | 第2章 五感と体感
香久山は 畝火雄々しと 耳梨と

    相あらそひき 神代より 欺くにあるらし

古昔も 然にあれこそ 

    うつせみも 嬌を あらそふらしき

藤原京を囲む大和三山をいつか歩いてみたいと望み続け、畝傍山は時間の都合で果たせませんでしたが、香久山と耳成山の山頂に立つことが出来ました。

藤原京から見る畝傍山は西側にあります。袂には橿原神宮と神武天天皇御陵があり、いずれの場所からも見上げることのできる尊いお山です。標高は198.8m。

耳成山は藤原京の真北に位置しています。標高は139.6m。中腹には耳成山口神社があり、その奥の山道を2,3分登ると頂上に着きます。

香久山は藤原京の東側に位置し、標高152m。山頂には天香久山神社。山の麓に近いところにはイザナギノミコトとイザナミノミコトが、離れた場所に祀られており、山を降り切った場所に天岩戸神社があり、重なり合う三つの岩が祀られています。

緑の繁る季節には、地形を把握するには難しいのですが、香久山からは、葛城山、金剛山、二上山を望むことができます。

耳成山は、樹木の新陳代謝が早いようで、比較的木々が細いのが印象的でした。香久山は、東側に連なる山々「多武峰(とうのみね)」の森に似た草木が茂っており、大和三山の草木の違いに、太古の昔奈良盆地が巨大な湖であった名残を何となく感じとることができました。
なんといっても気の好い場所で太極拳をすることもできた今回の旅。香久山の山頂と畝傍山の麓での太極拳は、とても気持のよいものでした。

藤原京は、これらの三山は警護の山であったことは明らかで、南にある甘樫丘を含めて、厳重な警護がそこで成されていたことも現場に立って改めて実感できたことです。四方には、他種の部族が住み、渡来人が行き来し、修験者が山に住み、それらを纏める采配の知恵は現代よりも難しいものであったことでしょう。

能楽にも「三山」があります。
万葉集は、本日のブログ上記に記した中大兄皇子と大海人皇子と額田王の三角関係の歌がありますが、
謡曲三山は、ちょっと違う内容です。畝傍山の男が、桜子と称する香久山と桂子と称する耳成山を愛し、そのうち美しい桜子ばかりを寵愛するようになると、耳成山の桂子は、憂い哀しみ池に身を投げてしまいます。
それから年月が過ぎた或る時、大原に住まう僧都が由緒ある大和三山を眺めながら耳成山の池を通ると、一人の女がやってきます。女は耳成の桂子で、つらつらと僧都に西に見える畝傍の派手やかさを恨み事を述べるのです。
そのうち、畝傍の桜子まで現れ、結局、僧都の前で桂子は桜子に恨み辛みをぶつけ、桜子は言い返し、そのかけあいの中、僧都は二人を弔い続け、最後は御法を受けて二人の女は消えてゆく。。。というお話です。

夏の発表会で三山を謡うので、派手やかな畝傍に嫉妬する耳成の想いを心ゆくまで感じ取ることもできました。

美しい桜子が我が身の美しさゆえ当たり前のように全てが手に入る物云いに、「桂子がんばれ!」と思いながら、妬む気持に感情移入する私は、桂子の気持がよくよく理解できるのです。
いにしへから現代にかけての人々も、そんな桂子に哀れを思ったのでしょうか。。。
耳成山の麓には桜の公園があるようです。

ちょっと長くなりましたが、今日の奈良旅は、大和三山でした。

続きは明日。。。

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