五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

クリスマス休暇

2010年12月23日 | 第2章 五感と体感
皆様、今年もブログを読んでくださり、ありがとうございます。

ブログランキングの応援も感謝いたします。

今日から暫くクリスマスの休暇を頂きます。

1月3日以降に新年のブログを開始致します。

では、兎年にお会いしましょう♡ 寅さん、ごきげんよう~♪

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知恵と自我統合性と絶望

2010年12月22日 | 第2章 五感と体感
エリクソンの8つの人格形成についての表について語ってきました。
今日は8日目最終回です。

エリクソンの8つの人格形成、最後は「61歳~死」と記されてあります。

知恵の形成時期であり、ポジティヴなものとしては「自我統合性」ネガティヴなものとしては「絶望」だそうです。

このことについては、ブログで一回きりの読み切りにするわけにはいきませんが・・・

生まれてから今日までの成育史の総集編ともいえる時期、持ち携えてきた自分の人生を解釈し、または解釈し直し、はたまた新しい気付きに出合いいながら、「死」をどのように迎えていくかを意識できれば、言うこと無しと言えるかもしれません。

「知恵」の時期に「絶望」を感じながら生きていく人生を過ごすか。「自我統合性」を体感しながら過ごすか?

知恵とは何なのか?

経験豊富な年上の友達や先輩、恩師の元気なお姿に触れると、「悔いの無い人生」そして「生き甲斐」を意識していらっしゃることがよく見えてきます。
心と体と魂を大切にしながら生きていると、いつしか統合された柱が太く大きく自己に備わってくるのだと思うのです。

今をどう生きるか・・・

そして、知恵の時期、どう生きるか・・・

だから、人は面白い・・・

8日間、お付き合いくださりありがとうございました。

「テキスト生き甲斐の心理学参照」

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世話の時期、どう生きる?

2010年12月21日 | 第2章 五感と体感
エリクソンの8つの人格形成の発達について

今日は7つ目「世話」
表を見ると、35歳から60歳までは「世話」の形成を育む時期だそうです。
ポジティブなものは「生殖性」
ネガティヴなものは「停滞感」と書かれてあります。

子供を産み育て、子育てが落ち着く頃に、今度は親の老いと向き合っていかなくてはなりません。
それと同時に、自分自身が年齢を重ねながら繰り返す日々をどう生きていくかを問う時期でもあるかもしれません。

「自己の成長」の意味をどう捉えるかによって「停滞」と「進行」の分かれ道となっていくようにも思います。

私の子育てを見ている母は、私が子供に甘いと不満げな言葉を掛けます。でも、闇雲な厳しさを親から与えられている自分は、その無意味さをよくよく学習しています。人間は死ぬまで成長していきます。

親が子供の何を育てていこうと心がけるか?それが「世話」であるこの時期に課せられた「課題と働き」のように思っています。
親の老いを感じた時も同じです。親との間に、互いに何を育んでいくか?という課題をどう解釈し行動していくか。これもまたこの時期に課せられた「課題であり働き」です。

自分の「思考と感情と行動」に裏打ちされている背景が、この時期に嫌というほど自己の現象として表れてくるようにも思います。

でも、良かろう、悪かろうことも含め、成育史は宝物なのです。

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愛は訓練

2010年12月20日 | 悔いのない人生とは?
エリクソンの8つの人格形成の表によると23歳から34歳までは「愛」が形成される時期だと記されてあります。
ポジティヴなものとして「親密性」
ネガティヴなものとして「孤立感」だそうです。

アイデンティティの統合が、振り子のようで、自己統合感の感触が持てないまま20代を過ごしていた私にとっても、確かにこの「愛」の問題は、大きなものでした。

人間関係において、親密性を育むと同時に大きな孤立感にも悩まされ、感情の起伏を制御しにくい時期でもあったようです。

そんな感情の起伏の中での決断力というものは、かなり怪しげなものも多く、結婚という決断も現実吟味力に欠けた中での遂行(笑)だったと、まじめに思います。
考えようによっては、感情の起伏の中での、統合力の無さが、自分の行動における決断をを後押ししていたかもしれません。

「えーい!これで行っちゃえ!」

この時期は、親との関係で育まれた「愛の原型」を良くも悪くも応用し適用していくような時期かもしれません。
でも、そこで軌道修正していくのも、この時期の特色でもあるように思います。

「愛は訓練」だと、ある本で読みました。愛を訓練することは、自己のアイデンティティを見つめることから始まるようにも思います。

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アイデンティティの統合

2010年12月18日 | 第2章 五感と体感
エリクソンの8つの人格形成の発達についての表を辿りながら、今日は5番目の「忠誠心」ポジティブなもの「アイデンティティ」、ネガティブなもの「自己混乱感」について書いてみます。

13歳から22歳までに形成されるアイデンティティとは一体何でしょう。

アイデンティティとは自己統合性のことです。

自分が統合していく、というのはどういうことでしょうか?

逆に自己混乱感からフォーカスしていくと、私の場合は、「なるほど、ほんとうにそうだったなぁ」と思うことができます。
22歳どころか、自己混乱感は、心理療法の勉強を始める30代後半まで続いていました。

太い柱の両脇を振り子のように行ったり来たりしながらも、その柱にピタッと止まることのできないもどかしさをいつも感じていました。それは、昨日書いた「勤勉性」を育む時期に形成された「劣等感」が大きく影響し、思春期の感受性がそれを増長させていったようにも思います。

とはいっても、その苦しい時期は、嫌いであるとは思っていません。むしろ今の自分を統合させているプロセスであったように解釈しています。「もう少し割り切って生きていれば、、、」と、「もったいなかったなぁ~」という気持は湧きますが、過ぎてしまったことを悔やんでいても何も生まれません。

「アイデンティティの統合とは、自分にとってどういうものなのか?」
とても大切な自問自答だと思います。

テキスト生き甲斐の心理学P139参照

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学ぶこと習得すること

2010年12月17日 | 第2章 五感と体感
エリクソンの8つの人格形成の表を見てみると「8歳から12歳は技能形成」と書かれてあります。
ポジティブなものは「勤勉性」
ネガティブなものは「劣等感」だそうです。

小学生の頃は、よく遊び、よく勉強しました。
雪深い福井から、太陽サンサンの神奈川県茅ケ崎市に住みかが変わり、思い込みの強い熱血先生に可愛がられ、良くも悪くも友達に恵まれました。

「良くも悪くも」というのは、からかわれたり、からかったり、無視されたり、無視したり、喧嘩になったり、ともかく喜怒哀楽の豊富な小学校生活を過ごすことができた、ということです。

自己表現というのも、ようやくここで意識できてきたように思います。

習い事にも精を出しました。
人からものを習う、という習慣性が未だ抜けないのは、このあたりの体得が影響しているのかもしれないし、習得する楽しさも同時に学んだのかもしれません。

小学生くらいまでに体得したことは、きっと一生抜けないのだと思います。

これが、中学、高校と続けば、秀才といわれていたかもしれませんが、そう上手くはいきません(笑)

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目的を持つことの意味

2010年12月16日 | 第2章 五感と体感
エリクソンの8つの人格形成の表を見てみると

5歳から7歳は目的志向性を形成する時期だと書かれてあります。
ポジティヴなものとしては「自発性」
ネガティブなものとしては「罪悪感」
、だそうです。

5歳から7歳まで、父の仕事の関係で福井の大野市に住んでいました。
太平洋が広がる高知から、今度は360度山に囲まれた盆地です。
城下町で、水の豊かなところです。

でも、そこで環境不適応を起こしたのは多分母です。

私は母と妹と三人でどこかに出かけた、という記憶がほとんどなく、一人で大きな家の中の押し入れでじっとしていたり、空想したり、フラッと風景を探し求めてお散歩したりしながら情景描写を楽しむ生活をしていました。

母親の環境不適応は、私自身の自発性を育むと同時に、母を悲しませたり怒らせたりしちゃいけない、という罪悪感めいたものも育まれたことは確かなようです。

その頃から「口を噤む」という傾向が深くなっていったように思います。

お風呂の板の端切れが爪に挟まり、それを母に伝えられずいたところ、とうとう幼稚園で痛みに耐えきれず泣きだし、先生に気付かれ、病院に担ぎ込まれたことがあります。
結局爪を剥がされ、一層痛い思いをしました。

母との関係は基本的に良いのですが、未だに、肝心なことを親に伝えない傾向は変わりません。

子供は母親の姿(状態)をじっと見つめています。キツイ言葉だとは思いますが…

「テキスト・生き甲斐の心理学」参照

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意思力

2010年12月15日 | 悔いのない人生とは?
エリクソンの人格形成の発達論を表にしたものを読む度毎に、「なるほど~」と思います。

0歳から2歳までは、「希望」(基本的信頼感⇔不信感)←このことは昨日のブログで書きました。

2歳から4歳までは「意思力」と書かれてあります。
自律性を育み、一方、「恥辱とか疑惑性」も育まれていくようです。

2歳から4歳までの成育史を考えると、ちょうど、おむつが取れ、自分の意思で歩くこともでき、言葉も覚え出し、自分の意思を言葉で伝えることができる時期でもあります。

そういえばこんなことを思い出します。
息子が2歳の誕生日の日に「親指を口でチュウチュウするのは、今日でやめる」と言って、その日から枕の下に腕を回し、一切指を吸わなくなりました。
それと、おむつが取れる頃、ウンチを教えるのが恥ずかしいらしく、ウンチが出ると必ずカーテンの中にクルクルと入り込み、黙って隠れていました。

確かに、これらは、「意思」の「力」です。

私も、初めてのおつかいや初めて自分で髪を洗ったことを覚えています。自分の意思で行動したことも覚えています。

自分の意思をいつも否定されていたら、どのような解釈の人に育っていくでしょうか?

自己の意思が思いのままにならず、しかも否定され続けていたらどうなるでしょうか?

子供は、「一人の人間」であり「個人」です。

思春期に起こるアイデンティティの混乱は、その時点でのアイデンティティのギャップだけから起こるわけではありません。

自分の意思力を今一度見直してみると、自己の傾向から解決の糸口が見えてくるかもしれません。

エリクソンの8つの人格形成について「テキスト生き甲斐の心理学P139参照」

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揺るがないものは?

2010年12月14日 | 第1章 意識と知覚
希望を持ちながら、自分の進む道を「あたりまえのように」進んでいくことが出来ている人は幸せです。

やるべきことを「当たり前のことよね!」と、言える日々を送ることが何故できないのでしょう?

「かったるいから…」「めんどくさい…」「だるぅ~~」
…それも解ります。いつも先延ばしにして、ギリギリになって「しまった!」と思うのは、私自身、日常茶飯事です。

でも、言いわけしながらも「希望」という矛先は自分の中にいつもあるようです。
よほどの出来事が無い限り、ブラックホールに落ちていくことは自分にはないと思っています。

なぜ、私はそのように言い切れるのでしょうか?

思春期における、家庭環境は確かに自分に不統合をもたらしましたが、振り子のように動く感情の中で、それなりに自分の嗜好を確立していったことは確かです。

エリクソンの発達心理学から自分を見てみると、0歳から2歳までに形成されていくという「希望」は、ちゃんと自分の体と心に体得されているようです。

0歳から2歳までに育まれる「希望」。
お母さんが、自分の子供に頬ずりをし、おむつを取り替え、「可愛い可愛い」と慈しみ愛しながら子育てすることが、「基本的信頼」を形成していくそうです。

「うるせーーー」と言いつつも、言われつつも、その母子関係をじっくり思い返してみると、「希望」「不信感」という「基本的な信頼感」が自分にはどうなのか見えてくるようです。

案外、大切なことは揺らいではいないかもしれません。

でも、それが形成されず、苦しんでいる人が存在していることは忘れてはいけません。

エリクソンの8つの人格形成について「テキスト生き甲斐の心理学P139参照」

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思春期の環境

2010年12月12日 | 第2章 五感と体感
エリクソンの人格形成の発達を読んでみると、自分の人格の発達形成で明らかに「ネガティブ」だと感じるところがあります。

それは小学校5,6年の頃から、20代まで続きます。自己の傾向もそこで育まれました。

自分が原因ではなく、親の事情でした。

父が赴任先のタイで自動車事故に遭った時に、会社の都合と家族の思いが上手く噛み合わず、その時に、会社と社会の仕組みを肌で感じました。
明らかにネガティブなものです。

任期を終え父が帰国し、通常の生活に戻るその間に、両親は転勤族から定住を考え家を買うこととなります。そこで一見落着と思いきや、今まで一緒に住まうことの無かった父と住むようになり、今までの習慣がガラッと変わっていきます。他人と住む以上に難しいことだったかもしれません。

自分を信じて、一所懸命何かに打ち込む時期に、他者を信頼するという感情が芽生えなくなりました。
思春期の環境が子供の心の成育に大きな影響を与えていくことを生身で経験したわけです。

思春期の頃の「思考・感情・行動」を自己分析してみると自分の傾向の理由に気付くかもしれません。

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答えは自分の内にある

2010年12月11日 | 第2章 五感と体感
今年もいろいろな出会いがありました。

じっくり時間をかけて、自分と向き合う時間を持つと必ず安堵感の中から答えが見出されていきます。

そのためには、「時間をかけてじっくりやっていこう。。。」という「時間と環境」(体制)が必要です。

「愛と受容」

ある人にとっては、こそばゆい言葉かもしれません。

でも、それが環境の素地になっていなくては、砂地に建物を建てるようなものです。

愛されて受容されている人間関係と時間と空間が、自分の内に宿る答えを引き出していくのですから。

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発病のメカニズム

2010年12月10日 | 第2章 五感と体感
発病のメカニズム

内部的要因「遺伝・環境・老化」

外部的要因「自律神経・分泌・免疫」

と、教えられました。

○さんはどうしてこうなんだろう。。。
△さんは、なんでいつもあんな風になっちゃうんだろう。。。
私はどうして、こんな病気になっちゃったの?私はなんでいつもこんな考え方しちゃうんだろう?

思いあぐねても、「どうして?」がグルグルと頭の中を廻るだけです。

上記の六つの要因を頭に入れておくと自己の心身が整理されると思います。

余計な想像をして胃を痛める前に、この六つの要因を思い巡らして頂けると幸いです。

六つの要因を意識しながら、自己と向き合い、他者と関係することは、自己統合に繋がるようにも思います。

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幸福感の自己実現

2010年12月09日 | 第2章 五感と体感
5年間続けてきた腰越勉強会が先日一年のスケジュールを無事終えることができました。

私たちの学びは、「~であるがゆえに、~であらねばならない」ということを学んではいません。
頑なにそのような気持をいつも持っている人は、居心地が悪いかもしれません。
その居心地の悪さが「自己」のどんな防衛機制から湧き出しているのかに気付いたら、この勉強会の意味が見えてくるように思います。

悔いなく生きようとした時、物質的、年齢的制約が自分の頭に浮かんできます。
でも、悔いなく生きることが「幸福の条件」よりも「幸福感」を優先した時、そのような制約が自分の脳裏から消えていくのがわかります。

幸福感のために悔いなく生きようという心がけを持っている人は美しいです。

「百歳になったら、三か月ほどスペインのどこかに滞在して、会話をマスターしよう」と本気で思っている敬愛する神父さんの言葉は、私の宝物です。たぶん、実現しちゃうと思います。

誰に何と言われようと、美しい女性に出会うとガゼン元気の出ちゃうSさんも私の元気の源です。

私は私

私にしか操れない私をどのように生かしていくかは、私次第です。

「私」の責任者は「私」

過去の反省も必要かもしれませんが、反省は一回すれば良いのです。
何度、過去を振り返っても、自分は時の流れに生きているのです。

師走で忙しいでしょうが、こんな時こそ自分の幸福感を見つめてみようではありませんか。

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自分の居場所を選択する

2010年12月08日 | 第2章 五感と体感
自分の心地よい居場所は、自分でないと選択できません。

居心地の悪い場所に長く居ると、貧相な気分になってきます。

自分の居場所の選択基準は、どうでしょうか?

第一印象は、大切ですが、様子を見ることも大切です。

直感を大事にしつつ、自分の居場所を吟味していきながら、本当に自分にとって相応しくない場所であれば、堂々と去りましょう。

黙って去ることも一つでしょうが、言いたい事を「言いやすい人」に一言申し上げるくらいしても良いのではないでしょうか?

自分の心地よい居場所は、必ず見つかるはずです。

希望をもって、次に進んでほしいな!と、思います。
ちょっと、個人的ですが、今、居心地の悪い場所から去るためにラストスパートを頑張っている
友人にエールを送ります。

これ以上、我慢強くならなくてもいいよ~~!!

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成長と好奇心

2010年12月06日 | 第2章 五感と体感
好奇心は、人を成長させていきます。

好奇心に垣根はありません。 

自分に芽生えた好奇心をどう扱うか。

扱い方によって、前に進んだり後退したりしていきます。

自分に芽生えた好奇心と波長の合う仲間に出会うと、そこに相乗効果が生まれます。

好奇心と成長を繰り返しながら、自分の個性を磨いていきたいものです。

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