生き甲斐の心理学

信頼と希望と愛に満ちた暖かい光に向かって一度しかない人生を悔いなく生き抜く為の方法を考える

自分の本音を知るのは案外難しい!

2012年02月23日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
利害得失、例えばaにするかbにするか、その利害得失はどうなるのだろう?この選択に迫られた場合でも親友や親戚が注目する場面ではあまり阿漕な選択も出来ません。この心理は誰にでもあります。道端に大金が落ちていたのを拾い警察に届けるかどうか、という場合の本音と建前も難しいものです。本音と建前を人生のそれぞれの場面で明確に意識化するのは案外難しいですが、どちらを選択する場合でも本音と建前を意識化して生きていかないと理想と現実の混濁、私とあなたの混濁、という現象から人の精神衛生がどんどん悪くなると言われています。辛い場面もありますが自分の本音は何かを意識することが悔いのない人生をおくる秘訣のようです。:<自己開示訓練:447−2>:

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自己開示訓練

2012年02月22日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
毎日が矢のようにどんどん飛んでいきます。理想や夢をもっていると中々実現しないので、焦りのようなものも感じる事もありますし、昨日はもう過去のことで取り返しがつきません。今日一日をどう過ごすかで人生が決まったようなものです。同じ過ちや悔いを残さない為にも自分と相手を混乱させない程度の自己反省が必要となり、この修行を自己分析とか自己開示という言葉を使いながら生き甲斐の心理学を学んでいきます。暫くこの自己開示訓練について思索し悔いのない人生を歩みましょう。:<自己開示訓練:447−1>:

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無防備にさせるには?

2012年02月21日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
相手が私に対して無防備になるには余程の信用がないと無理ですが、この信頼を勝ち取る方法は修行しかないようです。修行というと殆どの人が嫌になり逃げ出しますが何といいましても私から見て変な相手でも思い切り信用していかないとラポールはつかないようです。こちらの誠意と努力を無視するような相手であることが判明すれば即、付き合いを再考すれば良いだけの話なので心理療法の仕事としては清水の舞台から舞い降りるような事も時々しています。世の中には善意の人々が沢山いて、私の努力する姿を見て、裏切る人は今まであまり居ませんでした。案外人間は美しいものです。その点、私の知る某女子学院の校長先生は本当に生徒を信用して全身で事に当たる姿を垣間見て感動する事が多いのですが教育者が生徒を信用する姿は実に美しいものです。:<最初の一言:446−5>:

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微笑みと直視

2012年02月20日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
相手の心と何となく暖かい繋がりをしておきたい場合に、こちらから話しかける言葉が下手な為に、希望する暖かい心の繋がりが上手くいかず間が悪くなる、と言うか居心地が互いにまずくなる場合があります。その原因は、こちらからの言葉かけの中に相手を信頼していないかのような心が潜在していたようです。例えば心からの微笑みと直視する視線が無い場合は相手は多分心を開かないでしょう。微笑みと直視、この有り様は人間嫌いなタイプの人には不可能のようです。:<最初の一言:446−4>:

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取り乱し気味の友人をどう扱うか?

2012年02月19日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
自分の複雑な心境の中でも一番取り扱いの難しいのが「理由の分からない気分の悪さ」かもしれません。胸のつかえともいいますか理由が分かれば対処の仕方が分かるのですが、もやもや感は感じても、その内容が本人も掴めないのです。こんな時が一番嫌なものです。この精神状態が人を疲労困憊させ自信喪失させ生きる意欲を減退させていきます。こんな時に役立つのが「フォーカシング」の応用ですが、その具体的な展開として先ず最初に幾つくらい気がかりなことがあるかを数える事が出来ればあとは意外と簡単です。幾つくらい嫌な、かつ、気掛かりな事があるかが判明すると大脳は動き出す性質があります。何といいましても自分が何を気にしているかが分からない場合、ストレスが極限に倍加しつつ増殖する傾向を人間はもっています。この性質をしらないと人は過度に駄目になっていきます。:<最初の一言:446−3>:

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ドストエフスキーの「罪と罰」から読み解く魂の言葉

2012年02月18日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
直ぐ頭に血が登るタイプの人は人生で沢山の友人を喪失していきます。怒りやすいタイプを周囲は嫌いますが本人も不幸せな人生を歩むかもしれません。豊かな友情や愛情に囲まれて生きていくほど幸せな人生はありません。どんな一言を周囲の人は喜ぶのでしょう? 一度、自分は、どんなタイプの人々に囲まれて育ってきたかを思索するのは価値があります。不幸にして怒りっぽい家族の中で幼少時代を送らざるを得ない人は多分、同じような性格が形成されていますので、余程反面教師の悟りでも得ていないかぎり、この悪循環から離脱するのは難しいと思います。どんな言葉が好きかはその人の生育史を見ると分かります。安心出来る言葉は何といいましても愛の原型に触れる言葉でしょう。自分が大事にされているなあ、と感じる言葉の中でも魂に触れるような言葉がラポールを付ける際の名言となるでしょう。魂に触れる言葉とはどんな言葉でしょうか?やはり平素、美しい永遠の文学、例えばドストエフスキーの「罪と罰」を愛読しているとこの魂に触れるという意味がすぐ理解出来ます。:<最初の一言:446−2>:

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最初の一言

2012年02月17日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
人が誰かと最初に出会う、その時の最初の一言で全てが決まる時がありますので、この言葉は恐ろしいような気がします。親友の紹介で初めて会った人が何か刺のあるような言葉をつぶやき、それが挨拶の最初の一言であれば、多分その新しい関係は上手く行きません。最初の一言はその人の日々の想い、特に人間に対する優しさ、愛情、自分や他者を粗末にして生きているかどうか、を的確に表現しているものです。このような人の言葉は自虐的、皮肉風、希望の無いような、つまり他者否定のような言葉が出てきます。大脳は相性を数秒で判断すると言われていますのでインスピレーションを私は尊重しています。暫くこの最初の一言が歴史を変えたり人間関係を支配したりするので色々と思索してみようと思います。:<最初の一言:446−1>:

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大半のストレスは半減する!

2012年02月16日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
或人に向かい「自分は何の為に生きているのか?」と質問すると怒り出す人がいます。余計なお世話だ、こんな状況の時にはそれどころではない、と怒りまくります。質問のタイミングに失敗した事例かもしれませんが、そのあとの反応が非常に重要なので経過観察に入ります。本人は当面の問題を解決した後、考えようとしますが、私の経験によれば、この質問をする前に十分洞察しているので、その混乱は予測していますから、怒りを抑えながら丸くその場を納めます。数週間するとほぼ全員が、この厳しい質問の御陰で、自分の抱えていた問題は、どうでもいい、と気づきましたと連絡が入ります。この厳しい問いかけは危険そのものなので、問いかけの前の状況は十分研究しておく必要があります。ストレスの大半は生きる目的が明確になればなるほど、半減するものです。
:<自己実現の道を歩む人は何故元気か:445−5>:

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希望に向かって歩く人

2012年02月15日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
どんな人にも日々のストレスはありますが自分が生きていく目的を明確に意識している人には、このストレスは試練として解釈されているので辛いけれども、それ以上の意味を感じているので傍らに置いて生きていけるようです。何かを信じ、そこに希望を置いている人間の強みでしょう。太極拳を楽しく演武している時と同じです。演武していても自分が抱えている諸問題は依然として存在しているわけで、逃避しているわけでもなく、見て見ぬふりをしているわけでもありません。どうしても解決しなければならない問題は、その時がくるまで平然として放置しておきます。どこを目指して生きているのかを楽しみながら意識化するとそれ以外の問題は小さく見えてくるようです。:<自己実現の道を歩む人は何故元気か:445−4>:

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乱闘する二つの自分の心

2012年02月14日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
自分の心には時々、相反する二つの声が乱闘します。これは何でしょう?長い人生の中で、この乱闘する二つの声は、時に憂っとおしいし、嫌なものですが、この乱闘がどうも私を成長させたような所もあり、今にして思えば随分と頑張ったなあ、と思います。倫理面の乱闘、職業選択での乱闘、人間関係、経済問題、人生の方向を決める時、要するに選択に迫られた時が一番深刻かもしれません。上手な選択をするときは案外温泉でのんびりしている時のヒラメキ、感情が開放されていて理詰めでない時のインスピレーション、あるがままの自分を受け入れている時、間をおいてせっかちでない時、ちょっと理性が働いている時、自分を粗末にせず大事にしている時、こんな環境での選択が自分の人生を良い方向に向けていて、焦ったり、やけっぱちの時は本当にろくな思い出がないようです。:<自己実現の道を歩む人は何故元気か:445−3>:

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倫理道徳を越えた人

2012年02月13日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
厳しい日々を送っていても案外のんびりとリラックスしているし暖かい雰囲気もあり淡々と自分を主張し人への配慮も人の話を傾聴する態度も誠実です。この人は多分、自分を信じていて今の生き方に悔いがないようです。このような人を自己実現への道を歩んでいるタイプだと私は判断しています。悩みは当然ありますが、それは人生の完成の為の試練だと解釈しています。生身の人間ですから失敗したなと感じても関係者に素直に謝っていますし、からりとしているので周囲も何となく暖かい雰囲気につつまれています。倫理道徳も大事にしていますが、固執せず、環境に合わせて自由な解釈をして生きているようです。倫理道徳の前に関連者の感情をとても大事にしていて不快な印象を与えないように最大の努力をしているようです。つまり愛があるようです。:<自己実現の道を歩む人は何故元気か:445−2>:

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「自己実現の道を歩む人」は何故元気か?

2012年02月12日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
自己実現への道を歩いている人は何故、元気なのでしょう?持病もあり経済的にも豊かでないのに、何故、あのように明るく爽やかに生きているのか、不思議に思う人がいます。自己実現への道を意識した人は幸福です。迷うことなくこの道を歩いていると、どんな人生問題を遭遇しても生き甲斐を感じ、自分をきちんと大事にして生きています。この「何故」について思索していきます。この道を歩きだすと良く眠れますし心もおおらか、適当に遊び、歌を歌い、幸せな気分も味わえます。:<自己実現の道を歩む人は何故元気か:445−1>:

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答えは自分の中にある、とは言うものの!

2012年02月11日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
生き甲斐の心理学ではしばしば、答えは自分の中にある、と主張していますが、具体的にどういう意味なのでしょうか?確かに「知は力なり」という言葉があるように、その辺りの知識や情報がないと答えは得られませんが、ここで言う答えとは他人にこれがあなたの答えです、と言われて本当になるほど、と納得出来れば問題は無いのですが、本来人はこれが答えだ、と本人が納得しないと役にたちません。他者の心もわからないし、自分の本音も分からないのが人間の常なので、案外、答えは自分の中にあると言われても ? と思うでしょう。答えを見えなくしている障害物が心に住んでいる不信感、疑惑心、罪悪感、劣等感、自己混乱感、孤独感と絶望感と言われていますが、この障害を取り除く必要が人により相当あるようです。疑い深い人には何を言っても無駄なので基本的に自分を信頼するようにしておかないと無理なようです。このように自分を信じる事、身体の健康がある程度良いこと、感情に異常がないこと、湧き出す考え方を素直に受け入れる力が無いと、その答えは見えてきません。ですから答えを自分に中に見つける方法は簡単ではありません。:<心理療法の世界での愛:444−5>:

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愛の孤独感を、どう解消するか?

2012年02月10日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
人は意識、無意識で自分が正しいと信じて生きています。ですから時々感じる寂しさとか愛の孤独感についても、その原因は自分には無い、社会のせい、人のせいにして生きています。また、そうしないと益々変になつていきますので、ある意味、今の解釈をよしとしないと生きていけません。しかし、どうしても切なくて哀しい時、心から自分を大事にしてくれる相談者がいればいいのですが、そんな人はあまり居ません。相談に行けばいくほど、益々、嫌な事態になるようです。癒してくれる人を持つ人は本当に幸せな人と言えるでしょう。そういう相手が居ない場合の解決方法はセルフカウンセリングの手法を覚える事しかありません。寂しさ、愛の孤独感はその人の生育史から捻出されてくる理想(こうありたい、こうあらねばならなし、というイメージ)と現実の解釈から生まれますので、先ずその理想のイメージの内容を現実吟味力で再点検します。次に現実の解釈が正しいかどうか、それも現実吟味力で再点検しますと、その二つの内容が少々、現実離れしていた、ど気づく場合もあります。理想を捨てるか、現実を100パーセント受け入れるか、その中間で納めていくか、この作業を月に一度の割合で行う事しか方法はありません。厳しい現実は変わりませんが、このセルフカウンセリングの手法に慣れ成功していくと、自分の力を信じ逞しく生き抜く勇気が出てきます。:<心理療法の世界での愛:444−4>:

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親子の愛のストレス

2012年02月09日 | 第11章:これからの勉強の方向は?
親も子供も、それぞれ良かれと思って言葉のやりとりをしている内に甘えの構造から、ついつい喧嘩に発展していきます。一過性のものであれば根は浅いのですが大人の相談をしていて感じる事は案外、生涯にわたり子供時代の心の傷は深いようです。血の繋がる親子ならば、その場では生涯を支配するようなトラウマを自分達が与えているとは思わないようです。特に弱い立場にある子供は心の奥底で、全て自分が悪いと思うようです。とても哀れな立場の弱い子供ですが、案外、親は自分が与えれいる傷に気づいているような、気づいていないような話が沢山あります。親子の愛とは何でしょう。こうして大人になり生き甲斐の心理学を学んで、あ、あれが親のエゴなんだ、これが子供の甘えの構造なんだと気づきながら人間は成長していく。人類の繰り返し現象のようです。:<心理療法の世界での愛:444−3>:

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