五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

ショコラとあんこ

2013年11月26日 | 第2章 五感と体感
ちょっとお休みするときのお茶受けに欲しい甘いもの。

そんな時、小さなチョコレートを一つ頂くと、疲労感が抜けて元気になります。

あんこものがあれば、これまた嬉しいものです。

あれやこれやと忙しく過ごす季節。

仕事の合間のお茶の時間に頂くショコラとあんこは、この季節欠かせません。

寒さで身体が冷える分、甘いものを身体が欲しているので、甘いものを頂くと五臓六腑に沁み渡り再生感を感じます。

ショコラとあんこで年末を乗り切っていきたいものです。

映画ショコラのごとく、幸せをもたらす甘いものは、元気の基ですね。

所用のため今週いっぱいブログはお休みさせて頂きます。12月に復帰いたします^^//
いつも読んでくださっている皆様に感謝申し上げます。

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12月6日から8日まで 神宮前の「渋谷のIMA」(神宮前6-17-14六英ビル4階)にて「ちいさく表装・作品展」を開催します。今回は各講座の指導員の表装を展示します。8日14時~15時まで表導会主宰者清水達也先生の掛け軸の取り扱い方を中心にギャラリートークを予定しています。いまようの住まいにも馴染む掛け軸をぜひご覧ください。

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こういう時こそ

2013年11月25日 | 第2章 五感と体感
11月の最後の週となりました。
街中はクリスマスデコレーションでキラキラしています。
キリスト教では今度の週末からが待降節となります。

待降節に入ると、世間も自分も気忙しくなってきます。出雲大社も神在祭が終わり、伊勢神宮と重なった遷宮の年がいよいよあと一カ月となりました。
今年は天候不順の影響を受け、11月がフル回転となってしまいましたが、体調を整えながら何とか乗り切れるよよう自分を気遣っています。

こういう時こそ、太極拳や気功で習っている呼吸の仕方が役に立ちます。
胸のあたりで息を吸っていると、気忙しさに飲み込まれそうな浅い呼吸になりますが、丹田(おへその下あたり)に気を据えて息を吐いて吸うと身体全体に空気が廻る様な体感となり、落ち着きが意識化されます。

そして、こういう時こそ、謡曲を謡うと腹が据わります。

気忙しい時こそ、自分の気の鎮め方を思い出し、茶室で一服の茶を喫する精神を忘れないで居たいものです。

師走に入ると、いよいよ奈良春日大社のおん祭りです。あちらこちらで活躍される神様をお迎えする行事に清々しさを頂き、日々を大切に暮らしたいと改めて思うのです。

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トンビとガチョウ

2013年11月24日 | 第2章 五感と体感
先日、私が表装し、作品展に出品した書のことです。

一昨日の生き甲斐の心理学講座に参加している講座生の方々から表装展を見てくださったとの報告がありました。ありがたいことです。

そこで、書の内容が話題となりました。

池養右軍鵞

私は鵞を鳶と読み間違えていたことが発覚。

鵞と鳶で大笑いとなりました。

とんびではなく、がちょうであったわけです。

右軍である書聖王義之はがちょうを好み,池に飼っていたそうです。

よくよく考えてみれば、とんびは池では無く、海岸の真上を飛んでいます。池で大人しく養われている鳥ではありません。

読み間違えに何ら疑問を感じないことに、いやはや、、、人生、こうやって思い違いをしながら自分の狭い解釈で生きてきたのかもしれないなぁ~~と、一昨日から思い出し笑いをしています。

そういえば、良寛さんの歌を一休さんの歌だと思い込み、書にしたためた方も身近にいらっしゃいます。

大真面目に漢詩の説明をし、それを大真面目に聴いてくださった方々に改めて訂正申し上げます(笑;)

ガチョーーーンな、お話でごさいました^^;


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自分の感情を取り扱う

2013年11月23日 | 第2章 五感と体感
自分の考えていることを伝えたい相手に伝え、自分の中にあるもやもやした感情を放出出来たら、きっととてもすっきりするはずです。

そうはいっても
伝えたい相手に伝えることが不可能である現実があればあるほど、もやもやが重なって憂鬱な気分になっていきます。

そんな時、
まず、自分が湧き出す感情をありのままに出してみて、それを自分で受容してみましょう、と、言われても、そんなに簡単にできるものではありません。受容できてないから悩みが深くなるわけです。

一体どういうものが自分の感情なのかをじっくりと巡らしてみる時間が必要なようです。

自分に不安をもたらすことがいくつあるか数えた上で、一つだけ選び、それを頭に巡らすことができるでしょうか?
不安をもたらす何かを数える事ができなければ、ちょっと休む必要がありそうです。
一つだけ選ぶことができたら、意識化出来ている証拠でもあり、次に進むことができそうです。

不安と云う感情を一つに括ることはできません。

自分が生まれてから今日までに育まれた「考え方(思考)」「湧き出してくる感情」「行動」には、その人なりの傾向があるはずです。

どんな時に、どんな不安感が自分に表出するのでしょう。。。

案外、当たり前のものだと思っていた自分の感情が、自分の個性そのものであることに気づいてくると、自分自身の傾向になんらかの気づきが得られるかもしれません。

自分がある現象に対して、ドキドキしたり、胃が痛くなったり、眠れなくなったり、ムカッとしたり、涙腺が緩んだり、自信喪失したり、その場から消えたくなったり、慌てたり、、、言葉にするとキリがありませんが、自分に湧き出す感情がもたらす諸々を「思い通りにならないときに湧き出す何らかの自分に起こる現象」を捉えてみることができたら、ずいぶん学びが進んできた証であるかもしれません。

自分に湧き出している怒りや嫉妬や不満や敵対心を自分自身で受容することは、なかなか難しいものでありましょうし、そういった感情が自分にでていることに気付くことのほうがまず最初の作業でありそうです。

各講座の参加者の皆様の個性の美が織り成す時間に、尊さを感ずる日々を過ごしつつ、皆様との出会いに深く感謝しております。今週も感情の曼荼羅に触れ、色彩豊かな出合いに充実感を頂きました。ありがとうございます。
自分の個性の美を大切にしていると、それは他者へも伝わっていきます。互いに育むことを大切にしていきたいものです。

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自分の身の丈と謙遜

2013年11月22日 | 第2章 五感と体感
自分の身の丈を知ることは大事なことです。

同時に自分の限界を知るということにも繋がります。

未知の世界に足を踏み入れることも
その世界で生き抜いていこうとするときも

自分の限界の枠が一気に広がるともいえませんが、徐々に身の丈を知りながら、自分の器が大きくなっていくことは確かなようです。

自分の身の丈を知ることは、知らないことに出合った時の自分の思考と感情と行動がどう働くかによって客観的に見えてくる場合もあります。

自分の身の丈に謙遜でありたいものです。

知識だけでは人は生きてはいけないのです。
自分のものとして身につける努力をし続ける事は、もし、その世界で生き抜こうとするなら最後まで学び続ける覚悟も必要なのだと思います。

謙遜は身を低くすることだけではないと思っています。自分の足りなさを求道し続ける事も謙遜という言葉に当てはまるのでないか、と尊敬する先輩方に触れれば触れるほどそう思います。

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心ゆるりと富士山

2013年11月21日 | 第2章 五感と体感
曜日によって仕事場が違う私の小さな楽しみは、それぞれの電車の中から富士山を確認することです。

昨日は朝から快晴。
多摩川を渡る辺りから望む丹沢の山々の奥に雪を被った富士山がプリンのように見えました。

この季節、冠雪した富士山を確認すると冬の始まりを感じます。

今日はもう少し富士山に近い場所が仕事場です。

仕事前に小さな愉しみを体感すると、瞬間でも心がゆるりとします。

心ゆるむと一日が上手く回るような気になります。

乾燥した季節となり、富士山がくっきり見えだすと、うがい手洗いも大事になってきます。

体調を崩さないよう、師走を過ごしたいものです。

気忙しくなると体調管理もおろそかになりがちですね。皆様お身体ご自愛ください^^//

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シャガールを使う意味

2013年11月20日 | 第2章 五感と体感
芸術に触れることで自分が感受するものを言語化する療法を絵画鑑賞療法と呼んでいます。

但し言語化するにあたり、感じた事をありのままに言語化するということは、余程言語表現に長けている人でないとできるものではありません。

カウンセリングの理論をまとめた「生き甲斐の心理学」を使用し、シャガールの絵画を鑑賞し、テーマに添いながらフォーカシングを学んでいこうとする講座が今日から始まります。

しかも、今回は新しい試みで雑誌を使います。芸術新潮7月号「シャガール特集」です。

今年9月から来年にかけて、全国でシャガール展が巡回中ということもあり、新しい視点でシャガールを特集した芸術新潮さんに深くお礼を申し上げます。
今年に入り、ずっと配布する資料をどうしようか考えていた矢先、シャガール展を開催することを知り、しかも理想的な形で雑誌が編集されたことは、御縁としか言いようがありません。

ユダヤ教の信徒として生まれ育ったシャガールが観るものを神秘主義と世間はは勝手に呼んでいますが、宗教がもたらす概念から見えてくるものは、決して神秘では無くシャガール自身にとってはリアリティ(真実)であるのです。
そのことを知らずしてシャガールを観てしまうと「色彩多様なメルヘンな絵」としか映りません。

以前から、絵画鑑賞療法に欧米の心理学者がシャガールを使用してきた意味を理解してもらうにはどうすればよいか、と思案していたのです。日本に住まう私達のアイデンティティで個人の感覚で絵画を眺めることも大事ですが、この場合どうしても違和感から脱却できずにワークショップでの水先案内人と講座を受ける方々との落差が上手く縮まる感覚が持てず、ジレンマを感じていました。

そんな時に出合った芸術新潮のシャガール特集は、まさに私の力では揃える事の出来ない資料が満載なのです。

「現場で撮ることで感じるスケール感」を感じていただきながら学びを深めあっていきたいと思います。

これから半年間、密な時間を共に過ごす皆様、宜しくお願い致します。

シャガール展は、東京近県では行いません。一番近くて3月に開催する静岡県立美術館のはずです。東京、神奈川で展覧会を行わないことは残念ですが、シャガールが「メルヘンぽい」と思っていた人の概念が覆される興味深い展覧会です。
キュレーターの方々の学問が広がりを感じる事に嬉しさも感じる良質な展覧会でもあります。


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旅に出てみん

2013年11月19日 | 第2章 五感と体感
「風呂敷の中に最小限の荷物を包み、それだけで生きられたら本当にラクチンであるなぁ~~」
何となく気忙しい季節に突入し出すと逃避とも云えるこんな思いが湧き出してきます。

生きていくために必要なものを抱えれば抱えるほど、やるべきことは多くなります。

家の中に物が増えれば、片付ける時間が必要になり、埃も溜まりやすくなります。

でも、
わかっちゃいるけれどモノは増えます。

活動すればするほど増えてくるものはモノだけではありません。

自分の頭が飽和状態になったとき、
やっぱり、旅は好いものです。

自分の持ちモノを最小限にして旅にでると身ぎれいになった気分になります。

日本人のアイデンティティには禊ぎという概念があります。
禊ぐと、新しい空気が体内に入ってきます。

どの国にも巡礼地があります。

多様な宗教の聖地には、たくさんの人が集まります。

水を求めたり、火を求めたりし、そこで心身を清め自らを新たにする考え方は、人の重荷は物理的な重さだけではないことを意味しているように思います。

萩原朔太郎の「新しき背広を着てきままなる旅に出てみん。。。」の詩が私の頭に浮かびだしたら、そろそろ旅の情動の印です。

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ありがとう

2013年11月18日 | 第2章 五感と体感
某会合に、久しぶりに出てみると何かがおかしい、と、感じた事がこの数日間にありました。

皆さん誠実だし、誰一人間違った事は言っていないし、一生懸命役割を担われています。

家に帰り、ふと思いついたことがひとつありました。

それは、働いている方々を見守るトップが慰労する言葉を掛けないことであることも行き違いの原因のひとつであるな、と。

皆さんが感謝されるために役割を担っているわけではないことも解っていますが、誰のせいでもなく、見守る人が直に感謝を述べれば、行き違いのベクトルが少しは重なるのではないのかしらん。。。と。

ありがとう

という言葉は、心からひとこと発すれば、魔法の言葉となります。

「ひとことでいいのよ、ありがとう、って言ってくれれば、、、」という、言葉は私自身も幾度か発してきました。

「ありがとう」が言えないトップと感情のどこかに寂しさがある働き手の人々。そうであれば、会合の内容をいくら議論しても融和していかないようにも思うのです。

「ありがとう」を感謝をこめて伝えるべく人に伝えていきたいものです。

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光悦展

2013年11月17日 | 第2章 五感と体感
昨日で表装展が終了しました。家から離して人前に出すと反省したり学んだりで、正麩糊を使う難しさを改めて痛感し、それでも将来のことを考えると科学糊を使うことよりもこの選択は正しいと信じ、日本の伝統を頑なに守っていこうと決意を新たに決意した次第です。御来場に感謝いたします。

さて、表装展の講評会までに時間がありましたので、世田谷上野毛の五島美術館で開催されている「光悦展」を観てきました。

いくら高貴な家柄であっても目利きの好みには敵いません。
その違いは何なのかと、いつも思うのです。

審美眼というのは、お金では買えないものです。とはいえ、お金がかかる修業でもあります。
茶の湯の流行は、目利きの競い合いの時代でもあったようです。
ただし、目利きから良いものと言われるとそれらしく見えてくるのも一つの技でもあるかもしれません。
目利きの人格そのものに魅力がなくては人は好意を持たないとも思いますし、選んだものに裏打ちされる説得性も必要ですが、選んだものをどのように設え使うかという想像力はそれにもまして必要なものなのかもしれません。
つまり、利休にしても、光悦にしても、その時代のクリエーターであり、時代の先端を歩んだアーティストであったわけです。

絵を描く様な想像力を実現する力を持っている人はそうそう居ないので、その力を持っている人を頼りに審美眼を学んでいくことは、茶の湯の世界の大きな目的でもあるかもしれないと私は思っています。

茶道具にしても床の軸や花器、香合にしても、問答の中に「〇〇好みであります」という答え方がありますが、まさにその答え方が、習い好きの和のアイデンティティが育まれていく瞬間でもあるように思います。

その問答を繰り返していくうちに、徐々に本物を見分ける力が付いていくのだと思います。

審美眼は、持って生まれたものだけでは育たないものなのです。

いにしえの人々が大切にしてきた茶碗を360度しげしげと眺め、茶碗に付けられた銘から、その様子を想像し、改めて茶碗に目を落とすと銘の所以と茶碗の風情そのものが、まさにそれに見えてくるのが不思議です。
でも、その見えてくる力が備わらずしては、目利きの修業を積むことはできないはずです。

想像する力を育むことは自分の感受を磨くことを繰り返すことの成果とも云えそうです。

名古屋からやってきた茶碗「時雨」を観、飲み口の面が平に鋭く削られている様は、晩秋から冬に向かう季節、パラパラと冷たく当たる雨粒を唇に感じさせるような演出は流石であるなと思い、個人的には「七里」の茶碗に魅せられ暫しうっとりと眺めました。

軸に関しては、光悦の手紙等も多く表装されており、私好みのものが多く普段はやらないことなのですが、本紙に着せる裂や揉紙の取り合わせや色をメモに取りました。大いに勉強になりました。

京都や奈良の街中では経験したことが無いのですが、関東ではお高い食事を出すお店でも掛け軸がボロボロである所が多いのです。侘び寂とボロボロは違います。そんな時、心底哀しい気分になりますが、そんな気分に浸るよりも行動はオコサナアカン、と、表装文化をもっと表に出していきたいものです。

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職業が性格をつくる

2013年11月16日 | 第2章 五感と体感
先日、私の師である心理学の植村先生と報告を兼ねあれこれと話をしている中で、「職業が性格をつくる」という言葉が出てきました。

確かに、職業が長年かけて分化し。自分の傾向を作っていることは解りますが、なるほど自分のものとして、固有のものとしての傾向が身についていったとしたら、それを性格と言っても良いのか。。。と、勉強させて頂きました。

私自身、勉強をする過程において、敢えて「傾向」という言葉を使い、「性格」という言葉を避けてきたように思います。

素直に「性格」という言葉を使ったほうが、すんなりと受け容れられるのかもしれませんが、確かにDNAに備わっているもともとのものに自分の生育歴が合わさり、自分の傾向を強化していくわけで、それを「傾向」と澄ますより、「性格」と云ったほうが素直な言い回しなのかもしれない、と、改めて自分の中で腑に落ちるものがありました。

私自身、表装作業で刃物を持ち、定規やのこぎりを持つ時の精神状態は、怒りや怖れや憂いの感情が渦巻いていると出来るものではありません。一旦、全てを鎮めて作業に取り組まないと、必ず失敗や怪我に繋がります。
人と向き合う仕事の場合も同じです。人と向き合うと時は必ず神様に手を合わせます。
能も太極拳も、荒れた波の心を徐々に鎮まっていくことを感じ、逆にこの鎮まりを意識しなくては何事も続かないとも思います。

つまり、私自身、そういった傾向の職業や趣味を選んできたわけで、それが自分の性格であり、さらに選択し、実行していくことで自分の望みの傾向を自分のものとして分化していくことに繋がっていくということなのかもしれません。

仕事上にしてもプライベートな会話にしても、「あなたは~~そういう性格なのですね。」と云うよりも「あなたは~~そういう傾向をお持ちなのですね。」と、言語伝達したほうが相手に対して失礼に当たらないとは思いますが、「性格」という生身の言葉を使う事を怖れ過ぎていたのは、私の職業によってつくられた性格と言ってもいいのかもしれません。

刃物を磨いで心鎮めて作業に入ることも、朝のスワイショウで一日を始める事も、白幡神社に頭を下げてから仕事場に入ることも、何か自分の気真面目な性格が露呈しているようで、傾向をさらに強化していく自分の求道はまさに自分の性格だ、と、苦笑いしております。

各所でお世話になっている師匠の皆様、かつて諸々を教えて頂いたご師匠様に改めて感謝の朝でございます。


表導会の展覧会は本日16時半までです。
お越しくださった皆様、ありがとうございます。12月には、表導会指導員の小作品展もあります。

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11月10日から16日まで有楽町交通会館ギャラリー1Fパールルームにて「表導会50展」を開催しております。銀座にお越しの際、お立ち寄りいただけると幸いです。日本の文化の象徴である掛け軸や屏風を身近に感じて頂きたいと願っております。
私は「池養右軍鳶」を表装しております。

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良さを見つける

2013年11月15日 | 第2章 五感と体感
否定の言葉から始まる会話よりも、全てを肯定的に捉えると云う事では無く、相手の人格そのものを肯定的に捉えるということが大事だなぁ~~、、、と、しみじみ思います。

否定的な言葉で迎えられるより、肯定的な言葉で迎えられた方が雰囲気が明るくなります。

褒め言葉が行き過ぎるのも無理がありますが、できることなら互いの良さを見つけ合うくらいの努力をすることは大人の嗜みであるように思います。

良さを見つけることは、互いの友好の扉が開くことと同じです。

人間関係は、できることなら楽しくありたいものですね。

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11月10日から16日まで有楽町交通会館ギャラリー1Fパールルームにて「表導会50展」を開催しております。銀座にお越しの際、お立ち寄りいただけると幸いです。日本の文化の象徴である掛け軸や屏風を身近に感じて頂きたいと願っております。
私は「池養右軍鳶」を表装しております。

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巡り合わせのお付き合い

2013年11月14日 | 第2章 五感と体感
今まで多くの人間関係を結びながら生きてきました。
これからも新たに出会う人々と関係性を築きあげながら自分自身も成長し続けていくのだと思います。

自分を知ってもらうにはどのような努力が必要なのか、未だに良くわかりませんが、最近よく思うのは、自分が過剰に気遣いしながら築き上げようとする人間関係は長続きしない、ということです。

天に居るどなたかが、長い棒を地上に向けて、人と人を結びつけているのではないか、と思うくらい不思議な巡り合わせを度々感じるからです。

自分が他者からどのように見られているかに気を遣うことよりも自分の自然体を見せていれば、自分と関係を結ぶ事を選択することは相手次第なのです。

仕事にしても同じことが言えるかもしれません。

自分を選んでくれた相手を信ずることができれば、それで好しだと思います。

自分を選んでくれた相手を信ずることができなければ、違和感を感ずる自分を再点検すれば良いのです。
違和感の中に怖さを感じるのであれば、あれこれ言わず静かに身を引けばよいだけの話です。
わかっちゃいるけど、そうはいかないことが多々あることも「人」でありましょう。

人との出会いは巡り合わせだと、歳を重ねれば重ねるほど思うようにもなりました。

巡り合わせのお付き合いを大切にしたいものです。


表導会の展覧会は土曜日までです。
私不在にも関わらず、立ち寄ってくださる皆様に感謝申し上げます。

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11月10日から16日まで有楽町交通会館ギャラリー1Fパールルームにて「表導会50展」を開催しております。銀座にお越しの際、お立ち寄りいただけると幸いです。日本の文化の象徴である掛け軸や屏風を身近に感じて頂きたいと願っております。
私は「池養右軍鳶」を表装しております。

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利休の習い

2013年11月13日 | 悔いのない人生とは?
遅ればせながら読んでいる「利休にたずねよ」は、実に勉強になっています。この一週間で単行本がボロボロになっています(笑;)何故ボロボロになるかは、小説を既に読んでいらっしゃる方には頷いていただけるはずです。

出版当初に読もうと思っていたのですが、平家物語の勉強をしていたため頭の中に時代を移行する余裕が無く、後回しにした本の中の一冊です。

利休と同じ時代に長谷川等伯、狩野永徳がおり、美術界の繁栄華やかな頃であったとも云えそうです。

信長から秀吉へ政権が代り、派手さ極まる一方、茶の湯の表現が、それに対抗するように侘びと寂を求めて美の体系を創造していった時代であるとも云う事ができると思っています。

利休の最初の茶の湯の師匠は北向道陳(きたむきどうちん)。利休17歳の時。
その後、19歳から武野紹鴎に弟子入りします。

弟子入りと謂うからには、起きてから寝るまで、つまり一日中茶の湯の習いであったのでしょう。

道陳は足利義政の同朋衆であった能阿弥から茶を伝授されたそうです。その頃は唐物を中心とした晴れやかな茶の湯だったと「利休にたずねよ」には書かれてあります。

武野紹鴎は武具商人で侘び茶の名人。

伝統的手法と、いまようの侘びを習った利休が探究し続けた茶は、利休という一人の人間を通して独特な世界観をつくりあげていったわけです。

「形式」から一人の人間が解釈し成していくことは、形式があればこそあからさまに見えてくるものかもしれません。

習う師は、師であることには変わりありませんが、自分の中で習い解釈し、成していくということは、自分の身体と心と魂を通さなくては自分の身についていくことと同じことだと思うのです。

誰にも侵入できないのは、他者の心であり身体です。

利休のようになりたいと願っても、自分は自分です。

西行のようになりたいと願っても、同じく自分は自分であるのです。

修業を積むということは、自分に身につくものをひたすら求めることでもあるようにも思います。
それが出来る、出来ないかが、才能の分かれ道にもなっていくのかもしれません。
いくら持っている素地に光り輝くものがあっても、それを使いこなす自分自身が、自分の心と身体を大事にしない限り、持っているものを身につけることはできないはずです。

利休と関わる他者が語る利休を描いた「利休にたずねよ」は、面白い視点であり、言葉では語りきれない利休という人物を窺い知るには相応しい小説です。

歴史流るるなか、気鋭の人物が現在を生きる私達の指針にもなったりします。
であれば、歴史が重なれば重なるほど、自分が指針とした歴史的人物を学ぶ機会に恵まれやすいのですから悟りを得る人が多いのでは?と思ったりもしますが、赤ん坊から大人になるまでの成長期は、そんなに単純なものではないようです。

まずは自分の生育史から受け容れていかないかぎり、習うことは全て絵に描いた餅に過ぎなくなることを忘れてはならないな、とつらつら想うのです。人は裸で生まれ、裸で死んでいきます。しかも物理的には一人で生まれ一人で死んでいくのです。
「人は皆平等である」という言葉の所以がそこにあることに自らがはたと気付く日がくると、自分の役割に辿りつくかもしれませんし自分の本音の情動に気付くかもしれません。

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11月10日から16日まで有楽町交通会館ギャラリー1Fパールルームにて「表導会50展」を開催しております。銀座にお越しの際、お立ち寄りいただけると幸いです。日本の文化の象徴である掛け軸や屏風を身近に感じて頂きたいと願っております。
私は「池養右軍鳶」を表装しております。

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浄土の夜空

2013年11月12日 | 第2章 五感と体感
昨晩は半月の月の光が白く眩しく、画に描いたよう雲がその光に裏打ちされてくっきりと浮かぶ様は、まるで浄土の世界に迷い込んだかのような感覚を得ました。

月読みの光を待ちて帰りませ
山路は栗の毬の多きに

覚えが悪いので、勝手に創作しているかもしれませんが、良寛さんがこんな歌を読んでいます。

月の明かりがこんなに明るければ、確かに栗の毬を踏まずに山路でさえも歩けるかもしれない、と、思いながら家路に着きました。

あのような雲に乗って楽天の天女が楽を奏で、死に逝く自分を迎えてくれたらこんな幸せなことはありません。

あの世を想うのならば、あの世で観たいものを念ずればきっと叶うように思います。

浄土の夜空を見上げながら、メメントモリ(死を想う)する僅かな時間は、久しぶりに味わった統御感でした。

人生はたのもしや。

生きているうちに人生を閉じた先の世を思うべし。さすれば生きる我が身に悔いは無し。

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11月10日から16日まで有楽町交通会館ギャラリー1Fパールルームにて「表導会50展」を開催しております。銀座にお越しの際、お立ち寄りいただけると幸いです。日本の文化の象徴である掛け軸や屏風を身近に感じて頂きたいと願っております。
私は「池養右軍鳶」を表装しております。

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