五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

上村松園のポスター

2010年08月31日 | 第2章 五感と体感
暦は秋ですが、暑さはまだまだ続くという天気予報です。

「夜風に秋を感じます」という台詞をブログに書きたいのですが、昨晩も熱帯夜でした。

人の体内時計は朝昼晩だけでなく、季節感も含まれているようです。
居直って、この暑さに身を委ねようと思っても、意識のどこかでは秋の風情を探しているのです。

そんな中、先週あたりから最寄り駅の改札口に大きな展覧会のポスターが貼られました。
上野国立博物館で開催される上村松園の展覧会のポスターです。

「扇を持ち、凛と構える芸子の立ち姿」

確かタイトルは「凛と舞う」だったような・・・

一日の疲れが溜まり、ホッと駅に着いた瞬間、澱みのない静寂な色彩で描かれた日本画に目を奪われると清涼感がどこからともなくやってきます。

待ちに待った上村松園の展覧会。秋の愉しみがまた一つ。。。

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身の程を知る

2010年08月30日 | 第2章 五感と体感
日曜日は横浜金剛流の会でした。

稽古を始めて丸2年。観るだけの世界から演じる世界に足を踏み入れて、だんだんと様子が見えてきました。

日本人の原型をしみじみと感じつつも、生まれてから今日までの音階教育はしっかりと自分のアイデンティティに根付いており、ひたすら修練しているうちに、また何かに気付いていくやり方しか練習方法は無いようです。

「続けているうちに、何かがわかってくる」のは、どの世界でも同じことが言えます。

習得することに生き甲斐を感じるのは、死ぬまで学習し解釈または体得していく人の習性がある故だと思います。

学習する内容は、人によって違います。
でも、学習によって得る感情に違いはありません。

学ぶ喜びとか、学びの苦しさとか、努力や修練とか、イメージに近づいた時の達成感とか、なかなか出来ないジレンマとか。。。

人との関係も同じことが言えるようです。

理想と現実のギャップから表出する自分の感情は、理想を優先しようとすればするほど苦しみが増し、現実を放置することで益々抑圧が深くなっていきます。

自分が理想と現実のギャップをどう処理していくには、一つの方向性からだけでは無理がありそうです。

多様性を知ると、人は自分の身の程を知ります。

身の程を知ると、自ずから、自分の心身を律する気持が湧いてきます。
心身を律する気持は、謙遜な気持ちにも似ているように思います。

いよいよ二学期の仕事や勉強会が始まります。
卵の殻を剥いたような「つるり」とした気分で新しい学期を過ごしていきたいものです。

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秋刀魚

2010年08月29日 | 第2章 五感と体感
今年は秋刀魚が不漁なため高い値が付けられているようです。

昨日、スーパーの魚売り場で、北海道で獲れた秋刀魚が一尾98円で特別大奉仕!で売られていました。

他のメニューを考えていたのですが、毎年八月末に秋刀魚をお初に頂く我が家の風習をはたと思い出し、秋刀魚のお刺身を購入。

お初の秋刀魚は、いつもより少々油分が少ないような気もしましたが、しっかりと秋の味覚を堪能しました。

スーパーの企業努力に感謝

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身体を整える

2010年08月28日 | 第2章 五感と体感
真上にあった太陽が段々と傾いてきたので、日中の影が長くなってきました。

例年なら影が長くなると同時に秋風がさやさやと吹いてくるのですが、今年はそうはいきません。

夜もお湯を含んだような風が入り、身体は秋の到来を待ち望んでいるのに、そうではない日々が続くと一層夏の疲れが増すように思います。

クーラーの中に居る身体と暑さの中に居る身体は、それぞれのギャップでストレスがかかっているはずです。

かといって暑いまま、クーラーの生活のままでも体調を崩してしまいます。

適度なバランスで生活し、秋に向けて身体を整えたいものです。

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子育ての答え

2010年08月27日 | 第2章 五感と体感
一体いつまでが子育てなんだろう?

地域によってはもう二学期が始まっているところもあるようです。

二学期が始まると、ようやくお母さんの本当の休暇がやってきます。「夏休み疲れ」を癒やすというのはヘンな話ですが、実際気楽に1人の時間を楽しめるのは9月以降でしょうか?

自由に電車に乗り友達とカラオケに行ったり、コンサートに行ったり、渋谷や原宿で買い物をしたり、と思いのままに行動している子供を案じながら、母親はご飯の支度をしながらやきもきします。

倫理的、道徳的なルールを生活の中で教えていくことは親の義務です。
一体子供が何歳になるまで義務を遂行する必要があるのでしょうか?

答えがあるようで無い問いかけだとは思います。

他人のことはわかりません。

自分がどこまで何を関わっていけば、気が済むのか?

どこから何を切り替えて見守っていくのか?

人それぞれの「思考」「感情」「行動」は、他人には解るものではありません。
自分で決めていくしかないようです。

子育ての答えは、自分の内にあるはずです。

でも、その前に、自分の子供も「答えを内に秘めた一人の人間であること」を忘れてはならないと思います。

今年二十歳の子供を持つ母親である私も、その自問自答を未だ繰り返しています。
年齢はきっと関係ないのでしょうね。母親であることは、ずっと変わらないのですから。

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あなたの生き甲斐って何?

2010年08月26日 | 第2章 五感と体感
昨日友人に「あなたの生き甲斐ってなに?」と唐突に質問されました。

「表装もそうだけど、今の仕事と勉強が生き甲斐よ」と、表面的な答え方をしました。
でも、内面的なことを言うとそれにまつわる人との関わりが、私の生き甲斐なのです。

自分の行動だけを指して、それを生き甲斐とは言い切れません。それでは必ず虚しさがやってきます。むしろ行動する背景のほうが重要かもしれません。

「人を愛すること。人から愛されること。」
この「する」と「される」のバランスが良いことが私の「生き甲斐バロメーター」となっているようです。

「愛されること」ばかりに気を取られていると、自己否定、他者否定になりやすくなるようです。
「愛する」ことに意識をシフトすると、自己肯定、他者肯定の自分が見えてくるのです。

「自分を愛する」
「他者を愛する」
「自分をとりまく環境を愛する」

生き甲斐を意識することは、自立の一歩かもしれません。

生き甲斐を意識することが、私の生き甲斐だったりして

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エリザベート観てきた

2010年08月25日 | 第2章 五感と体感
贅沢の極みの歴史の厚いハプスブルク家。どこの国の王宮も及ばない洗練された美の追求。
ウィーンを訪れるとまざまざと見せつけられます。

昨晩帝劇でエリザベートを楽しんできました。

エリザベートの自由奔放さとナルシスティックな美の追求を中心に暗殺されるまでの人生を史実に忠実に描かれていました。

代々継がれる王室。親と子の確執。

限られた条件の中で生き抜こうとする時、何を選択し、どちらに進んでいくか。

理想と現実のギャップを自己の心のままに成そうとすると、どんなことが起こり得るか。

人の生き様は、すべての人々に平等に与えられているのだと今更ながら再確認。

闇の帝王役の城田優さんが、見た目の美しさだけでなく、しっかり歌える俳優であることを嬉しく思い、気分良く観劇を楽しませていただきました。

エリザベートの衣装は、絵画から飛び出した来たように再現されていて、見所です。

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生きているということ

2010年08月24日 | 第2章 五感と体感
自分が生きていることの証を知ろうとすると、生き抜く決意から見えてくるように思います。
「個性の美」とは「生き抜く人の姿」そのものです。

すべての人の個性の美が織り成す世界は、賑やかしく刺激的です。

どんな状態であろうと「生きている」と意識しているということは、この賑やかしく刺激的な人の活動に参加しているということです。

生き抜こうではありませんか。
自分の決意を口に出す必要なんでありません。心の中で、そっと思えばいいのです。
「生き抜こう」と。

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夏休みの焦り

2010年08月23日 | 第2章 五感と体感
夏休みの焦りがあるとしたら、ひょっとしたら子供より親でしょうか?

あと十日たらずで夏休みは終わります。

自分で問題解決していくことができていれば、多分宿題はすでに片付いているはずです。

子供が小学低学年の頃の夏休みの自由研究は、かなりの割合で私が主導権を握っていたなぁ~ということを思い出し、あまり人のことは言えない、と反省しつつも、やはり親の焦る気持は痛いほど理解できます。

何をどうしていいのか解らないからお手上げ状態なのかもしれません。
そんな時に、ガミガミ言っては、子供は耳をふさぎたくなるばかりです。

「何か手伝ってほしいことがあるのか?」「私は何を手伝えば良いのかしら?」と問いかけてみるのも一つの方法かもしれません。

「何をしてほしいのか」「何を望んでいるのか」
このことを明確に意識化できていないと、雲を掴むようなイライラは不満感を増大させます。
その不満感を撒き散らしたところで、たぶん、何も解決はしません。

具体的な問いかけは、互いの心の整理を促進するようです。

子供は自分がすべきことをちゃんと解っています。解っているはずです…
「子供はちっとも解っていない」と、もしお母さんが思うのでしたら、なぜ子供を信頼してないのか、自分自身に問いかけてみると、何らかの自分の傾向が見えてくるかもしれません。

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アニオタ文化

2010年08月22日 | 第2章 五感と体感
アニオタはアニメオタクの略称です。

最近、街中(まちなか)で欧米系の女の子が何気なく「なぁんちゃって制服」(制服風の服)を着ている姿を見かけたりします。

最初は、高校留学生かな~?、と思っていたのですが違うようです。

でも、日本のアニメに憧れてやってきた留学生も何人か知っています。

休日には、アニフェスに出かけ(アニメフェスティバル)、日本のヴィジュアル系のバンドを追いかけ、アニメやミュージシャンのコスプレを楽しみカラオケに…。

日本人の同級生達との交流もそんな共通の趣味から育まれていくようです。

最近、フランス人の歌手クレモンティーヌが日本のアニソン(アニメソングの略・主題歌)をまとめたアルバムを出しました。

天才バカボンとか崖の上のポニョとか、もちろんドラえもんもあります。確か、キューティーハニーもあったはずです。

私自身、漫画は随分読んできました。漫画文化は、日本の生み出した素晴らしい技巧的個性
だと思います。
あれだけの緻密な絵にコマ取り、ストーリー展開は、美術センスだけでなく国語的が長けていなくては書くことはできません。

何十年も読み継がれている漫画には、国境を超えた普遍的アイデンティティが潜み含まれ、表現されています。

アニオタ文化は、明らかに日本の財産です。日本経済を担う大切なジャンルであることを
そろそろ国も認めたほうがよいのでは?

事業仕分けでつぶされちゃいましたが、アニメや漫画は学問として充分成り立つものです。
ぼちぼち、漫画やアニメ文化を取り入れた大学の学部も増えてきています。今の学生達が、この文化を学問として体系化していくことに期待しています。

アニオタ文化は、日本の資源です。

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奈良遷都1300年

2010年08月20日 | 第2章 五感と体感
昨え晩、能の稽古の帰りに通った横浜駅の一角に貼られたポスターに目が止まりました。

奈良観光のポスターです。

コピーは「奈良 日本人のDNA」と画面真ん中、縦書きに書かれてありました。

ここ10年、奈良に惹かれ続けている発端は、このコピーそのものを私自身が感じたからです。

東大寺の裏手にある二月堂へ抜ける小路を歩いた時に、体中の細胞が歓んでいる体感を得ました。急に懐かしい思いに駆られ、1千年前に自分がここを歩いていた記憶が蘇ったかのような細胞の歓びようです。

きっと、そうなのだと思います。

祖先から継がれた遺伝子は、当然私の身体に充分宿っているわけで、その遺伝子が懐かしさのあまり歓ぶのは当然だと解釈したのです。

私が学んでいる能は金剛流です。金剛流は龍田神社が発祥地と伝えられています。

この夏の発表会は、龍田(演目)を先輩方が披露します。能舞台にどんな形で神様が降りてくるか、今から楽しみです。

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山と森

2010年08月19日 | 第2章 五感と体感
去年スロベニアを旅した際、手入れされた森が目につきました。
アルプスを背になだらかな丘陵と平地が広がります。
森は敵に悟られず移動する裏の道でもありました。
私の推測ですが、戦争を繰り返した歴史が森を手入れする風習を消していないのかもしれません。下草を刈り、枝を伐採し、見通しが良いのです。つい最近まで、地雷が埋められ多くの人が森で犠牲になったことも聞きました。

一方、日本は山の国です。深い山と森は貴重な財産です。
山岳信仰が生まれ修験道を多く持っています。
山を知るということは、自己の精神と肉体が神と向き合うことと同じだと解釈しています。
修験者は山賊も出ない人気のない山と森を駆け廻ります。

山に入る。
森に入る。

自分が自然の中でどう生き延びていくか。
何が一番大切なのか。

これらを考える時間を大切にしたいものです。

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笑いには知恵が必要

2010年08月18日 | 第2章 五感と体感
人は何に対して笑うのでしょう

笑いは健康の秘訣だと言われています。
でも、人を中傷する笑いは健康的とは言えません。

互いの信頼において笑うことに意味がありそうです。

そのためには、日頃の気遣いも必要でしょうし、笑いのネタ探しにも努力が要ります。

異文化交流は、笑いの種の宝庫です。

長年育った地域や国の風習を引っ提げて異文化に身を置いた時の自分の驚きは、心の奥底から笑うことのできるネタが多いかもしれません。

心の奥底から笑うには、知恵と朗らかな解釈が必要です。

笑いの話題を提供する努力は、明るい未来に繋がるようです。

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母と子の確認事項

2010年08月17日 | 第2章 五感と体感
子供たちの夏休みも終わりが見えてきました。

子供や夫が休みになると主婦は、どこかに出かけない限り家事に追われます。
ママ達の疲れもピークに達していることと思います。

夏休みは、普段向き合うことのできない心と心の接触の大きなチャンスでもあります。

お疲れ気味でしょうが、子供と「確認し合う大事なこと」を夏休み中にしておくと、親の気持のムラムラ感が軽減するはずです。子供にとっても二学期を迎えるにあたりモヤモヤしていることを意識化し言語化しておくと、モヤモヤ感も少なくなるかもしれません。

互いに確認し言語化しておくことは、学校が始まってからだと機会を逃しがちになります。

夏休みの間に親子間で「心と体と魂の整理」をしておくことは二学期への大切な準備だと思います。

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優柔不断

2010年08月16日 | 第2章 五感と体感
自分は優柔不断である、

というセルフイメージを持っている人は、素直だな~と思うことがあります。

物事を決断することは、実は大変な勇気が必要なのです。

一つのことを決めるのに、長い自問自答をするものもありますが、即決できる時は、経験を積んでいるものか、経験がなくても確信が持てる時くらいだと思います。

経験は決断力を鍛えていくはずです。

あれやこれやと悩むことを頭で巡らせ、行きつ戻りつしながら決断する瞬間は、ほんとうに気持のよいものです。

優柔不断の経験が生きる力を育んでいくのだと思います。

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