五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

宇宙の神秘と目の前の不安感

2016年09月28日 | 第2章 五感と体感
宇宙の神秘と目の前の不安感2016年9月28日

理想と現実のギャップから生まれる不安感が人の本質であることを学んだ時に、肩から力が抜けるような感覚を覚えました。
そこからが私の学びの始まりだったように思います。

確かに何かを始めようとすれば、大なり小なり不安感は付き物です。
実行に移して、次々と表れてくる処理すべき問題を解決してゆく先には「完成」とか「達成」があるはずです。そのあるはずのものを求めて実行するのですが、人は達成や完成を得れば得るほど、次の希求が生まれてきます。
不思議やな。
人生においてそれを繰り返しながら生きていくのが人間のようです。

先日、木星に高さ200㎞の水柱を確認したというニュースが流れました。
200㎞の高さとは、地球では考えられない事です。
今後、宇宙の情報が流れてくる度毎に、思いもよらない現実を知ることになる事は間違いなさそうです。
地球に居、宇宙の現実を知る度に不安感がもたらされていたらきりがありませんので、解らない事は「宇宙の神秘」と云う言葉で括ってしまった方が不安感が増強しないようにも思います。

自分の夢がほんとうに実現したいしたものなのか、はたまた何かからの逃避なのかを判断するのは自分自身でやればいいことです。他者から指摘されて納得するものではありません。
ほんとうに達成に向かいたければ、人間は何らかの方法を編み出して、動くはずです。

そして、「宇宙の神秘を知りたい」という希求度の高さのある人々が次々と「宇宙の現実」を知らせてくれます。
理想と現実のギャップから生まれる不安感と希求する欲望が、今の自分にどれだけのバランスで内在しているかを思索するのも秋の夜長の愉しみの一つのようにも思いますが、それと同時に自分の目の前にある不安感を上手に取り扱いできるようになりたいものです。


勉強会予定:
ユースフルライフ研究所 公開講座
10月4日火曜日 腰越勉強会
10月14日~16日は町田ワークショップ
10月18日つつじヶ丘勉強会

NPOキュールの勉強会
9月30日金曜日 東急セミナーBEたまプラーザ校
10月21日金曜日 東急セミナーBE雪谷大塚校
10月28日金曜日 東急セミナーBEたまプラーザ校

チャリティーコンサートのお知らせ:
10月9日土曜日 横須賀 カトリック三笠教会 13時~
料金1,500円 
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環境を整える

2016年09月27日 | 第2章 五感と体感
環境を整える2016年9月27日

本来ならば、秋風が吹き、夜になると寒いくらいの季節なのですが、蒸し暑さに閉口しています。
関東南部よりよりも北の地方は、ここまでではないでしょう。
暑さによる夏の疲れを癒しながら、体調が整い出してはいますが、まだまだ油断できません。

10月半ばから12月まで、表装の展示が目白押しになるため、兎にも角にも作業を進めなくてはなりません。作業途中の掛け軸を眺めながら、少々焦り気味の9月下旬を過ごすことになりそうです。
体調管理も大事ですが、自分の行動の環境を整える事も大事な事でありましょう。
慌てずに仕事を完成させるためには、「○○をやるためには、何を整えておくと良いか?」をじっくり自問自答する時間を持つと良いかもしれません。
私の場合、やるべきことの優先順位を期日に合わせて決めてゆくしかなく、切り替えの時間にカフェに入り、一息つきながら手帳に行程を書き込むとかなりの割合で頭が整理されます。
「○○もやらねばならぬ、、、」と、頭で巡らしながら他の仕事をすることは、なるべく避けるようにしています。
複数の仕事をこなすには、頭の切り替えが必要ですが、その前に、頭の切り替えが出来るような環境の整備をしておくことがコツのようです。

あれもこれも、、、と、頭を抱えながら仕事や勉強をしていたらきっと頭の中がパンパンになってしまい、それだけで疲労が増してしまいます。
この時期、AO試験の課題の仕上げにかかる生徒さんもいらっしゃるようです。
慌てず、ひとつひとつに取り組んで、落ち着いてこの時期を乗り切ってほしいなぁ~と願っています。
緊張しているのは、当然です。
「自分は緊張しているんだ」と、自分自身に応えてあげる事も落ち着くためのおまじないかもしれません。
環境を整えながら、落ち着く環境を自分で工夫してゆきましょう。

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(東急セミナーBE講座10月期につきましては、いずれも定員満席となっております。新規入会御希望の方は来季一月期まで申し込みをお待ちください。)

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外と内を考える

2016年09月25日 | 第2章 五感と体感
外と内を考える2016年9月25日

2016年の前期は、作品展が重なり一気に駆け抜けた感がありますが、後期の始まりは、9月23日伊勢神宮内宮での奉納舞台に焦点付けされ、有り難い経験をさせていただきました。
達成感という爽やかであろう感覚には欠けますが、伊勢での経験は自己の精神性に結びつくものでありました。
日本文化や精神性の源の一つである伊勢神宮の能舞台を踏む事が出来た事に関しての喜びは身体の奥底で深く感じています。

ある程度の人生経験を積み、これから邁進するというよりも力加減を配慮しながら生きてゆく時期に差し掛かっている時に正式参拝と奉納のための舞台に立つことができた事は、自分の心身が糺され、神の御前に頭を垂れながらも凛と前を向くことに躊躇の無い背中を押されたような、そんな感覚を頂きながら帰路に着きました。

歩み続ける事の速度は、自己の外内の環境によりますが、その内外の与えられた環境を読み取る感覚を丁寧に育んでいきたいものです。
どちらにしてもメメントモリ(死を想う)を考える上で、外側の環境と己自身の環境の視点で考えると、外に含まれる内、つまり自然に含まれる自己という関係性が、自ずと神道へと導かれていることに気付かされます。

自分の身体には限界があります。
限界ある身体に見合う心の動きとの関係が、有限である人間の私の立場から体感させていただいたようなそんな感覚です。
もしかしたら、身の丈の内に外と繋がる通路があるのかもしれません。

「歳を重ねると、こんな体感も降りてくるものなんだ。。。」と、人間の面白さに改めて気付かさた三日間でもあったように思います。

お墓参りの花に我が家の萩を添え、あの世とこの世の通路をまた一つ感じながら久しぶりのお天道様を仰ぐ朝もまた嬉しや。

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こんな自分、あんな自分

2016年09月20日 | 第2章 五感と体感
こんな自分、あんな自分2016年9月20日

私は私である事をある程度受容できていれば、その場に応じての自分の出し方に一々反省したり、罪悪感を持ったりしないはずです。

他者の好みや嫌がる事を知っていれば、又は早めに察知できれば、その場に応じて出したり引っこめたりすることで、友好的な感情が互いに生まれてくるはずですし、相手の事を理解する時間が短縮できます。

その場に応じて、自分を変えるというのではなく、自分の個性を自在に応用することができるようになると、生きる事自体が随分楽しくなってくるようにも思います。

自分の良さも自分の反省すべき点も、そうそう変えられるものではありませんし、ましてや自分の個性は他者に支配されるものでもありません。

八方美人のお陰で後から疲れるのであれば、それは自分を上手に出し入れできていない証拠でもありましょう。
その場に応じての適度な八方美人は、「自分良し、相手良し、世間良しの三方良し」の近江商人の習わしのようなものかもしれません。

自分の内にある「損得のスケール」も人によって違う事も認知しておくのも自分の出し入れの按配に繋がるようにも思います。

ある程度吟味して、大丈夫だと思えば風呂敷を広げてから、取捨選択していくのが私の傾向ですが、風呂敷を広げる対象を間違える事も時々あります。
そんな時は直ぐに反省して風呂敷を畳みます。風呂敷を畳んだら次の時期まで様子見ですが、もともと人好きなこともあり、大抵様子見している事も忘れたりします(笑)。
その場に応じて、自分のどの部分を出していくかを測ることは、決して悪い事ではありません。どんな時でも自分の中の一つの部分しか出さない方が辛いかもしれません。
「こんな自分、あんな自分、こんなところもある自分」のそれぞれが花の花弁だと思って、大切にしたいものです。

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体調を整える

2016年09月19日 | 第2章 五感と体感
体調を整える2016年9月19日

横浜は10年ぐらい前でしたら、8月の終わりには夜になると涼風が冷たく感じ、窓を閉めていましたが、今年はようやくそのような気候になってきました。
それでも相次ぐ台風のお陰で、湿度は高めです。
すっきりとした秋の晴れ間が待ち遠しいです。

このような気候が続くと、体調管理な自己管理の一つでしょう。
夏の暑さの疲れから、身体も随分弱っているかもしれません。大抵、涼しくなると良く眠る事ができます。暑さで身体が頑張っていたようで、身体に優しい気候になると、頑張っていた身体が解れ、眠気が襲ってくるようです。
そんな時期は、身体の欲求を素直に受け容れて、良く寝る事が一番ですね。
頑張っていた身体を解して、寒くなる季節までに体調を整えたいものです。


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萩咲き出した 

2016年09月18日 | 第2章 五感と体感
萩咲き出した 2016年9月18日

我が家の名物萩の一部が開花して一週間ほど経ちます。
まだまだ咲きかけの状態ですが、日に日に花の色が目立ってきました。
目の前の事に急く生活が続き、気付くと中秋の名月も直に見る機会を持てず、一日遅れのうっすらと浮かぶ月を見て、ようやく節気が心に入ってきました。

今年の萩は、野分に遭わず、無事にのびのびと枝を伸ばしています。
庭をほぼ制覇する萩は、森のように鬱蒼と茂ります。
一年の内で一番緑に覆われた庭になるのです。
適度に野趣に富んだ庭が好きなので、和花も草やシダも自然に任せているのですが、いつしか夏から秋のための庭になり、百合が咲く頃から色気が入り込んできます。ここ数年の著しい気候変動で、花の咲き具合が粗雑になったように感じますが、庭の草花で季節の変化をきちんと感じる事は有り難い事です。

庭に出ると蚊に刺されるので、暫くは生えるに任せる庭になりそうですが、私好みの和花の秋を存分に愉しもうと思います。


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補償

2016年09月17日 | 第2章 五感と体感
補償 14の防衛機制14 2016年9月17日

「補償」 劣等感感情を克服する方法

例1 直接補償 結婚して未婚の劣等感を消す事。
例2 間接補償 専門職に就くことによって、人種的劣等感を乗り越える事。
例1、例2は、建設的防衛機制 生き甲斐の心理学テキストP99

自分は勉強すべき時に勉強して来なかったなぁ~~
勉強してきた美術の世界も中途半端だったなぁ~~
そんな思いは、私の中にいつもあります。
そのような劣等感が「生き甲斐の心理学」学びを続け、「表装」は止めてしまったら「0」になっちゃうから止めないでいよう、というような気持ちにさせてきたように思います。
補償を敢えて意識することで、続けられてきた事が多いかもしれません。
やりたい情動を素直に続けてきたということよりも、今まで避けてきた「補償」と立ち向かうことをしてきたように思います。
その気持ちがあったからこその今だと思うと、「今度こそ」というチャンスに多少は乗っかることができたのかもしれません。

劣等感の克服も然りでありましょうが、何かに関して腹を括った時の爽快感は、ある意味補償的な感覚にも繋がるようにも感じます。

自分が希求し続けている事が無理な事であるかそうで無いかを測り、自分の補償の傾向を意識してみると、何らかの傾向が見えてきそうです。
健全な補償は、自分の身を助けてゆく素敵な防衛機制でありましょう。

これにて2週間掲載し続けてきたフロイトの14の防衛機制はお終いです。

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反動形成

2016年09月16日 | 第2章 五感と体感
反動形成 14の防衛機制13 2016年9月16日

「反動形成」 自分の弱さを知られたくないし、自分も認めたくないので、それを克服すべく他に極端に走る事。

例1 弱い犬ほどよく吠える。
例2 劣等感のある人ほど威張る。 テキストP98

中学生ぐらいになると、何故か怒りの感情が湧いてきたり、自分自身をどうしていいのか分からない状態で訳が解らなくなる状態になる場合もあるようです。
そうなると、昨日は声優になると言っていたのに、今日は教師になる、、と云いだしたり、いやいや、やっぱり女優になりたい。。。と、思ったり。はたまた、自分がこうなのは、他者のせいだと言いだしたり・・・。
その状態の時に静かに「思い」を受容してくれる人がいれば、自分の中で統合していく力が育まれていくようですが、両親や身近な大人に徹底的に否定されたり、物解りが良すぎて子供の言いなりに叶えてもらったとしても、きっといらいらや虚しさからは解き放たれないでしょう。

それよりも、怒る自分、イライラする自分の感情を理解してくれる人がいれば、その理解された安心感からじわじわと何かから開放されていくようです。
周囲の冷静な対応と感情を理解することを何らかの形で実践して表わす事が、いつしか、吟味する機会をもたらすようにも思います。

自分の弱さの度合いがどの程度かを自分自身が受容できると身の丈の行動ができそうですが、最初からそこまで自分を測る事が上手な人はいないように思います。
然るべき時期に思いっきり、反動形成で暴れまわることも大人への一歩なのでしょう。両親とは別の大人が静かに見守ってくれるような環境の中で心おきなく反動形成できたら、きっと素敵な大人になるのでは?とも思います。
「あの時のことを思い出すと穴があったら入りたい心境」を大人になってから経験することも健全な人の営みのようにも私自身思えるようになりました。

成熟するべき時期に反動形成で苦しむよりも、早めに経験した方が得策では?と、心底思います。
自己における反動形成に気付かず相手を苦しめているかもしれないことをたまには胸に手を当ててみる事も大人な行為かもしれません。


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投影

2016年09月15日 | 第2章 五感と体感
投影 14の防衛機制 2016年9月15日 

「投影」自分の欠点を正視するのに耐えられないので、自分以外のものに責任転嫁する心理。

例 ボールを打ち損じた人がラケットをたたく心理。
ケチな自分を認めたくない人が他人を見て彼はケチだと非難する。

自分の不安感が耐えられず、家族に当り散らしたり、友達を無視したり、他者に暴言を吐いたり等、投影は14の防衛機制の中で最も自己受容しにくいものかもしれない、と、平素自分の事を含めてそう思います。

自分の責任なのに、妻や夫、父や母のせいにすることも投影でありましょう。

自分には、投影なんて関係ないと、強く思っている人ほど、誰かのせいにしている傾向が強いかもしれません。

でも、すべて自分の責任、自分が悪いから、、、と、思い込み、他者のせいにすることが思いつかない場合もあるのです。

人生思うようにはいきませんが、人は自分が思った通りの人になるようです。
「私」という個性を良くも悪くも受け容れる事ができていると、他者と自分の区別がつきます。我が子であっても、伴侶で会っても、両親であっても、物質的には融合できない個々です。
自分自身を中心に据え、自分に関係する人々の関係性と自分の役割を吟味していくと、自分自身の投影の傾向が見えてくるようです。

他者との距離を上手く測りながら、他者の投影による現象を回避することは、決して悪い事ではないことを自己受容することも、投影を考える上で大切なことかもしれません。

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逃避 14の防衛機制

2016年09月14日 | 第1章 意識と知覚
逃避 フロイトの14の防衛機制 2016年9月14日

「逃避」 現状が苦しいので、他のものにエネルギーを出して現状の苦しみを回避すること。

例:家庭が面白くないので、仕事に打ち込み憂さを忘れようとする。
テキスト95

逃避を悪いものだと思えば思うほど、深い逃避から抜けられなくなるようにも思ったりします。
自分の身体と心の風通しを良くするためには、逃避をほどほどにし続けていきたいものです。
逃避という言葉に罪悪感を持つならば、逃避を別の言葉に置き換えてみるのも良いかもしれませんが、その前に自分が持つ罪悪感という概念を少しばかり立ち止まって意識化してみると良いかもしれません。
ただ、もろもろの逃避をすることに対する罪悪感が「全く無い」とあれば、これもまた思索の余地があるようにも思いますが・・・。

上手な逃避は、人間関係や役割遂行の自分との距離感を改めて考えてみる事もコツかもしれませんし、自分がどうであれば健やかな状態であるかをイメージしつつ、逃避したい対象との関係性を改めて捉え直してみることも一つの方法であるかもしれません。

逃れる事の出来ない事に関しては、人それぞれ抱えているはずで、変えられない現実を変える事に望みを託す事よりも、全く違う環境に身を置くことでバランスを取ることも逃避の上手な使い方でありましょう。
自分が置かれている現実に囚われ過ぎていることで、軽やかな逃避を自分自身に許していないとしたら、ほんとうに勿体ない。。。と、思うのです。
自分の身体と心は、自分自身のものであることを改めて意識してみると、逃避の意味が見えてきそうです。

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摂取の安心感 フロイトの14の防衛機制⑫

2016年09月13日 | 第1章 意識と知覚
摂取の安心感 フロイトの14の防衛機制⑫2016年9月13日

「摂取」自分の中に自分以外のものを取り入れて安定を図る事。テキストP97

例 智恵子の好きだった彫刻を懐に入れていた高村光太郎。彼は亡くなった妻を心の中に取り入れて寂しさを克服する。

我が子を摂取し、自分から離さない親であるとか、妻や夫を摂取することで安定を図るとか、友達を摂取する等、「人」の摂取は、無意識のうちにやっていることのように思います。良くも悪くも自分の中に取り入れることは、誰しもやっていることでしょう。

高村光太郎のように「物」を摂取することを思い巡らしてみると、私は随分携えているように思います。
神仏習合キリスト教、ヒンドゥー教、に縄文の神等等。。。
我が家の祭壇と称する場所には、神々が賑やかにおられます。
お出かけ用の「お守り」も小さな袋に詰まっています。
自分が携えているだけでも安心しますが、無い事に気付くと、ちょっぴり心が揺らぎます。

今、誰しも否定できない「摂取」は、スマホでもあるかもしれません。
あれば、安心。
なけりゃ、不安。
SNSでのやりとりも然り。
常にやり取りしていないと不安になる。。。
自分が摂取という防衛機制の一つの理論に当てはまる事を受容しておかないと、ずるずる、だらだらと摂取に取り込まれていくかもしれません。
それから逃れられなくなる状態になると「依存」にも繋がるでしょう。

自分の摂取の傾向を早めに認めておくことも上手な防衛機制の使い方かもしれません。

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同一化を楽しむ 

2016年09月12日 | 第2章 五感と体感
同一化を楽しむ フロイトの14の防衛機制⑪ 2016年9月12日

同一化 自分一人では不安なので、自分以外のものと自分が融合したような一体感を持とうとする事。例 同類相憐れむ。テキストP96

同一化の理論を知ったことで、自分の傾向を気楽に達観的に捉える事が出来るようになったと思います。
朱に交われば、それなりに赤くなり、特に自分好みの人との付き合いや、好きな事柄に触れていると、自分が自分らしくあるように感じられ、自信にも繋がります。
逆に自分とは違う環境に身を置いたり、心地悪い人間関係の中で自分らしさを見出そうとしても、嫌な感情に阻まれ、自分らしさからどんどん遠のいてしまいます。
「同類相憐れむ」ことは、今の自分に大切な精神情動の表れ(現象)でもあるのです。
良い悪い関係なく、倫理道徳関係なく、今の自分の属している環境が心地よいか悪いかを測る時に、自分の同一化の傾向を再考してみるのもより良く生きるためを見出すきっかけになるかもしれません。

心地よさばかりを求めても、求めているものに辿り着くわけではありませんし、嫌な事を回避してばかりいても自分の役割が果たせるものではありません。
自分の生き方を意識する事は、かなりの経験を積んでいかなくては、見えてこないようにも感じますし、結果的に長年かけて自分が選択してきた同一化を意識化してこそ見えてくるもののようにも思います。

自分の内に在る頑なな思い込みの「同一化」に拘る事よりも、自分の内に自然と育まれた「同一化」が多ければ多いほど、多様性の受容に繋がりそうです。
人生を楽しむ事と同一化を楽しむことは同じことかもしれません。

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退行して振り出しに戻る

2016年09月10日 | 第1章 意識と知覚
退行して振り出しに戻る 2016年9月10日
フロイトの14の防衛機制10

退行 現状が苦しいので幼少期に戻って快楽原則にひたりたい心理。(テキストP94~)

小学生の3,4年生の頃までは、親の目の届く範囲で暮らしているようにも思いますが、段々と親の見えない子供の世界が確立していきます。
親の庇護の元で安穏に暮らしている場合もあるでしょうが、親に甘えたい気持ちがありながらも、それが中々叶わない状況の子供も存在しています。
どちらにしても、中学生ぐらいになると、退行という現象は、あまり珍しい現象ではないように捉えています。
子供と大人の狭間の時期に、一旦、退行という状態になることで、大人っぽい事を言ったかと思うと急に幼児の様になったりすることも、人の成長の上でとても大事な通過儀礼と云っても言い過ぎではないように私は思います。

中学生、高校生の大人子供の精神状態は、個性を確立してゆくための大事な経験でありましょう。

子供のように甘えていたい時期に、それを身近な人や両親に受け容れてもらえないと、いつまでたっても退行の処理に固執し、退行から解き放たれません。
それが、いつしか記憶の底に沈んで、大人になっていくと、諸々な依存現象が表出していくようです。

甘えたい時期に無防備に甘えられる子供は、とても幸せかもしれません。
自立する時期に上手に親が子の手を離すことができたら、きっと、その子は、社会の中で自分のバランスを取り、自分で自分の事が処理できるようになるでしょう。
なかなか、難しいことかもしれませんが、私自身もやり残した感のある幼少期を思い出すと退行から解き放たれていない一人かもしれません。
自分の退行の事例を意識化して受容できると、何かのきっかけになるようです。

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知性化して頭の整理

2016年09月09日 | 第2章 五感と体感
知性化して頭の整理 
フロイトの14の防衛機制9 2016年9月9日

知性化 感情を生のまま表出するのが怖いので、抽象化して表出する事。(テキストP94)

本音の感情をそのまま伝えられないので、抽象的な言葉で表すことは、かなり高度な言語力が無いと叶わないようにも思います。
難しい事ばかり云って、相手に理解されない事も知性化と云うようです。

言語で自分の気持ちを表す時、正直な感情を時と場所を読まずに出す事は、その人の現実吟味力の低さによることかもしれませんし、性格かもしれませんが、
正直な感情を所かまわず言う事が出来る人を羨ましいと思う事もあります。
自分の感情を上手く伝えられず、鬱積する人は、多いはずです。
自分の五臓六腑に沁み渡る的確な言葉で表す事ができると澄み渡る心持になります。そうなると頭の整理が整った体感を得るのです。

知性化しすぎて、人と上手に付き合えない人は、もう少し感情に添った言葉に近づけていく必要がありそうですが、知性化は、自分の感情を言葉に当てはめていくためのとても大事な防衛機制だと私は思っています。
「言葉」を操ること自体が「知性化」であると考えると、言葉を知る必要があります。自分の感情にぴたりと当てはまる言葉に出合うとすっきりすることは、きっと知性化の効用でありましょう。

言葉を知るためには、好きな音楽を聴いたり、各国や日本の歴史や文化を知ったり、小説を読んだりして、教養を増やしてゆくといつしか知性化されたボキャブラリーが増えてゆきます。
例えば、今私が書き続けている防衛機制についての用語を知るだけでも知性化を図る事ができるのです。

同じような知性化集団と交流する事も一つの手立てかもしれません。
数式だけで会話が出来る人々もいらっしゃるはずです。
源氏物語の登場人物をよく知る人同士との会話も知性化の喜びがあるでしょうし。適材適所で、場を見ながらも必要ですが、自分の欲求を叶える事の出来る場所に行って、そこで心おきなく知性化された会話を繰り広げることも大事な自己開放です。

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置き換えで得意になる 

2016年09月08日 | 第2章 五感と体感
置き換えで得意になる 
フロイトの14の防衛機制⑧ 置き換え 2016年9月8日

「置き換え」 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。あるいは、大好きな先生が苦手な数学の先生であったことで、数学も好きになる心理。テキストP93参照

上記の置き換えの例を読んで、先日観た能を思い出しました。
私がファンであるワキの能楽師とは、ちょっと出で立ちが違いとても大柄で太っていらっしゃるワキ方の能楽師の袈裟の衣装がとても良かったのです。お陰で、嫌な気持ちが入れ替わり、その方の声の良さが浮き上がって聴こえてきました。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの反対からの見掛けバージョンだ。。。私もかなりのミーハーだな(笑)」と、心の中でにやりとしながら楽しみました。まさに「置き換え」でありましょう。
袈裟の衣装が良かったお陰で、その人の良さを受け容れる事が出来たのです。
きっと、これからも、その方の声の美しさが際立って今までとは違う見方ができるはずです。

小学生の頃、好きな友達に会いたいから学校に通っていたようなものかもしれませんし、表装の学びや趣味の習い事も師匠が魅力的なので頑張る気持ちが湧いてくるようです。
もちろん、逆の事も沢山経験してきました。

置き換えて得意になったり、好きになった方が、人生楽しいはずです。
意識的に置き換えてみるには、その人の良いところを見出す意識を強めてみると意外なところで良い方向に向かうかもしれません。嫌なことを無理やり昇華するのは、あまりお勧めできませんが、置き換えで、自分を幸福にもっていけたら幸いでありましょう。

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