昨日、就職先の企業開拓のため福岡県の二日市と久留米に行ってきました。
久留米で久大線のホームを見ると、とても懐かしい感じのする電車が停まっていました。
側面の行先表示が電光掲示盤ではなくて、金属の板なんですね。
思わず携帯で写真を撮ってしまいました。
どうやって、行先を変えるのかなあ?と思っていたら、駅員さんが、板をサッと裏がえしたのですよ。
それで大分行きに変わるというわけです。
私は鉄道ファンではないですが、この懐かしさには癒される気がします。
電車なんて単なる機械と言えばそれまでですが、たとえ機械でも、人間の気持ちに触れる何かが宿ることもあるんだなあと思ったしだいです。
そういえば、今、久しぶりに西村京太郎さんの小説を読んでいるんです。
「由布院心中事件」です。
偶然なんですが、有名な「由布院の森号」は久大線を走っているんですね。
西村さんと言えば旅情ミステリーですが、西村さんの小説に鉄道は欠かせないですね。
やはり、鉄道には、旅情も含めて、私達の心に訴える何かがあるんだと思います。
そういえば、件の「由布院の森」号も、あのスマートな車体(?)にも関わらず、ディーゼルですね。
頭から煙はいていました。
行き先表示板があるだけましです。
僕の住んでる山陰地方はほとんどが電化されていなくてディーゼルカーが走っています。
電車は速くていいですがディーゼルカーのうなるようなエンジン音もいいものですよ。
シュッシュッポッポの汽車ですか?
上には上があるものですね。
恐れ入りました。
でも、それはそれで、古い電車以上に懐かしさがこみ上げて来そうです。
わがまちには、表示以前に「電車」がありません。
単線で汽車が走っているのみです。ぬおー。田舎だ・・・。