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歩くことが唯一の趣味ですから。

きんじろうカフェ

2021-06-19 | Weblog
箱根のポーラ美術館にレオナール・フジタ(藤田嗣治)の企画展を鑑賞しに出かけたら、そこの
学芸員さんが一昨年ぐらいに何かのタイミングで「きんじろうカフェにぜひ行ってください」と
話してくれたことを思い出し、帰りに小田原の報徳二宮神社に寄ってみた。



小田原城に隣接する、二宮尊徳(金次郎)を祀る神社の一角にあるカフェが「きんじろうカフェ」
で、せっかくだからカフェオレを頼んだらラテアートが二宮金次郎だった。「経済なき道徳は戯言
であり、道徳なき経済は犯罪である」でおなじみ金次郎に、経済を騙る犯罪者よ謝れ。



そんなことを念じながら、カフェラテをひとくち飲んだら金次郎の背が少し伸びた。いいことした
と思ったので、カフェラテをもっと飲んだら背がもっと伸びた。ぐんぐん伸びて、金次郎が大人の
階段をそれはもう一歩一歩、着実にステップアップして行く。



嘉永5年(1852)二宮尊徳翁は湯舟のふちに腰かけて言われた。世の中では、そなたたちのような
お金持ちがみんな足ることを知らず、あくまで利益をむさぼり不足をうったえている。それは丁度
大人がこの湯舟のなかに突っ立って、かがみもせず湯を肩にかけながら、湯舟が浅すぎて膝までも
こないぞと怒鳴るようなものだ。



金次郎の精神が消えていく……自分が屈みさえすれば、湯はたちまち肩まできて自然と十分になる
だろう。ほかに求めることがどこにあろうか。世間の富裕層が経済に不足を唱えるのはこれと何ら
変わりはない。そんな教訓が、マスクケースの裏に印刷されていた。



あれよあれよという間に、金次郎がお骨になってしまった……百石の者は五十石に屈んで五十石の
余財を譲る。もし町村でひとりこの道をふむ者があれば、人々はみんな分を越えた過ちを悟ること
だろう。いまの世の中、政財界の者がやっていることは一から十までこれと正反対の犯罪である。




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