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歩くことが唯一の趣味ですから。

姨捨アゲイン

2018-03-16 | Weblog
いつか素通りした姨捨山のことを思いだし、自分もそろそろ姨捨てられる年齢に差しかかったことだから、
というか爺捨てられる頃なので長野から篠ノ井線で姥捨駅へ。見下ろす善光寺平は日本三大車窓らしく、
あの千曲川に向かって左では川中島の戦いが繰り広げられたという。(歩いたことある)


日没後こんなふうになるらしい

捨てられたら里の灯を見つめながら死が訪れるのを待つんだろうなあ……。景色を見るためにわざわざ
列車に乗ってくる人 (や、クルマに乗って訪れる人) がいるようで、駅の待合室に備え付けられたノートに
いろいろ書き込みがしてある。


たとえばこんな書き込み

棄老伝説といえば思い出すのは「楢山節考」で、作者の深沢七郎は山梨の人だから「楢山節考」も山梨か
と思ったら、信濃の話だった。ということは、ここでいいのか?


灰で縄をなえと難題をいってきた

昔、信濃の国に年寄りが嫌いな殿様がいた。還暦になった老人は山に捨てろと国中にお触れを出した。
ある夜、太郎はお触れを守り母親を背負って山に捨てに来た。しかし、どうしても捨てることができずに、
こっそり家に連れ帰って床下に穴を掘り、母親をかくまった。


駅に昔話の看板が立ててあった

そのころ、殿様のもとへ、隣国から使者がやってきて「灰で縄をなえ、九曲の珠に糸を通せ。さもないと
国を攻め滅ぼすぞ」と恫喝した。困った殿様は国中にお触れを出して知恵を募った。太郎が床下の母
に尋ねると、母は塩水にひたした藁でなった縄を焼けばよいこと、珠の一方に蜜を塗って、反対側から
糸をゆわえたアリを通せばよいと教えてくれた。


次の列車の時間まで歩き回る

太郎が殿様に伝えると、国の危機を救った褒美をもらえることになった。太郎は褒美はいりませんので
この知恵を授けてくれた母を助けてください。還暦を過ぎて床下にかくまっているのですと打ち明けた。
殿様は老人を大切にすべきことを悟り、姥捨てのお触れは廃止されたとか、されなかったとか。


本当はお触れじゃないと思うけど

山に老人を捨てるのは殿様のお触れじゃなくて、自主的にやってたことだろう。つらい現実を受け入れる
ことができず、いつのまにか殿様のせいにしてしまった。そういうことじゃないだろうか。駅で1時間以上、
列車を待たないといけないのだが、座って本を読むには寒いので日向の斜面を這いまわる。


あれはどうやら棚田らしいな…

千曲川の対岸に連なる山々のどこかに善光寺がある。下の写真でいうと左の方のようだ。お弁当を広げる
人が一組、写真を撮り歩いてる人が二人いた。下りて行ったらバスか何かあるかな? と思ったけれども、
なかったら嫌なので姨捨駅に戻った。



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