特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

あったかぞく

2017-12-19 08:50:54 | ゴミ屋敷 ゴミ部屋 片づけ
夏の暑さが夢のよう・・・
師走に入り、冬らしい寒さが続いている。
「例年の比べて寒さは厳しい」とのことだけど、“冬ってこんなもの”だと思う。
異常気象に苛まれすぎて、気候に関して世の中が少々過敏になっているような気がしないでもない。

とにかく、冬は空気が澄んで景色もきれい。
上がりきらない陽に景色は眩しく輝き、夕焼けも一段と映え、星も夜空を満たす。
とりわけ、アクアラインから眺めは私のお気に入り。
頻繁に走るルートなのに、透明な日は360度の全景をいつもマジマジと見回してしまう。
千葉県・東京都・神奈川県の街々に幕張・都心・横浜のビル群、羽田空港を離着陸する飛行機に東京湾に浮かぶ船、街の向こうに見える山々、富士山はもちろん、またそのうち登りたいと思っている筑波山まで見える。

そんな日の夜は、あったかい風呂にゆっくり浸かって身体をほぐしたいところだけど、ケチな私は、水道光熱費を抑えるため、短いシャワーだけで済ませることが多い。
もちろん、湯を出しっぱなしになんかしない。
だから、頭や身体を洗っている間は、寒くて寒くて仕方がない!
鳥肌を立て、ガタガタと震えながら風呂に入っている。

ただ、侘びしいことばかりではない。
その分、就寝時の布団がありがたく思える。
昨年は掛布団をグレードアップして そのあたたかさに感激したのだが、今年は敷布団もグレードアップして その寝心地のよさは更に向上。
ツラい労働からも解放され、あとはゆっくり眠るだけ。
まるで、あたたかい風呂に浸かっているかのようにリラックスできるのである。


冬の足音が聞こえる晩秋の午後、私の携帯が知らない番号で鳴った。
知らない番号で携帯が鳴るのは日常茶飯事なので、私はいつも通りよそ行きの作り声で電話をとった。

「お久しぶりです!」
「仕事、まだやってます?」
相手は中年の男性。
どうも、私のことを知った上でかけてきたよう。
男性は自分の名を名乗ったが、名前だけでは相手のことを何も思い出せない。
なにせ、私は、現場+その他で、一年に150人~200人くらい(多分)の人と初対面&別離を繰り返すわけで・・・また、延数となると千単位になるわけで、一人一人を記憶しておくなんてできるはずはない。
ただ、男性は、内装工事会社に勤めており、“何年か前、何度か私に仕事を頼んだことがある”という。
私は、すぐに思い出せないことを詫びながら、男性の口からでる情報を頼りに、昔の記憶をたどった。

「あぁ~・・・思い出しました!思い出しました!」
「残念ながら、相変わらずやってます・・・」
一度きりの関わりだったら思い出せなかったと思うけど、男性とは三~四度仕事をした経緯があり、少しのヒントで記憶は回復。
業種は違えど お互い肉体労働者であり、更に、男性は私と年が同じ。
仲間意識みたいなものを持って気持ちよく仕事をさせてもらったことが思い出され、懐かしくてテンションを上げた。

男性の要件は、現地調査の依頼。
現場は、賃貸マンション一室で元ゴミ部屋。
“リフォームしたのにゴミ臭が残留している”とのこと。
本来ならリフォーム前にキチンと消臭消毒するべきところ、リフォーム業者は“床材や壁紙を貼りかえればニオイは消える”と、甘く考えたよう。
軽症ならそれで片付くこともあるけど、重症の場合、そんなに簡単に事は運ばない。
にも関わらず、通常のリフォーム工事を行ってしまったようだった。


調査の日。
空気は冷たがったが空は広く晴れ渡り、日向にいると暖かく感じられた。
現場のマンションは閑静な住宅地に建つ小規模マンション。
私は約束の時間より前に現場に行き、男性も約束に時間より前に現れた。

男性と顔を合わせるのは約五年半ぶり。
「歳を喰いましたね・・・お互いに・・・」
と、ニコニコと 互いの顔を眺めながら挨拶。
そして、とにかく、お互い 達者でやってることを喜び合った。

目的の部屋は、過述のとおりリフォーム済みで、見た目はきれいになっていた。
しかし、きれいになったのは見た目のみ。
レベルは低かったものの、悪臭はしっかり残留。
大家はリフォーム業者にクレームをつけたが、
「契約通りの仕事はした」
「あとの責任はない」
と、何の手も打たず引き揚げてしまった。
困った大家は、男性に
「このままだと賃貸にだせない」
「何とかしてほしい」
と相談を持ちかけた。
リフォームした業者は男性の元勤務先。
大家とは前職時代からの顔見知りで、大家はその縁で、男性に連絡を入れてきたのだった。

男性は、三年ほど前にその会社を退職。
理由は、社長に対する不満。
最後は“ケンカ別れ”みたいな辞め方に。
ただ、退職を決める前、男性は“勤続or退職”を真剣に悩んだ。
転職って、誰にとっても大きな問題。
とりわけ、養わなければならない家族がいる男性にとっては深刻な問題だった。

自分の年齢やその後の生活を考えると、転職はリスクが高い。
自分一人ならいざ知らず、男性には妻子もあれば住宅ローンもある。
更に、子供は、教育費が上がっていく年頃。
転職後は、収入が下がる恐れが極めて高かった。
しかし、それはあくまで金だけの話。
勤続年数が長くなり、ポジションが上がるにつれ、社長と関わることが増え、併せて、社長の欠点や短所がよく見えるようになってきた。
自分や他の従業員に対するパワハラや暴言も少なくなかった。
そんな中で、男性が抱えるストレスは、抱えきれないくらいに膨れ上がってきた。

何事のおいても忍耐すること・辛抱することは大切。
しかし、 “時は金なり”だけでなく、“時間=人生”でもある。
悶々としたまま 時間をつまらなく浪費することに疑問が湧いてきた。
結局、男性は誰に相談することもせず退職を決意。
妻に報告したのは、退職を決めた後。
妻が、怒り嘆くことを覚悟した上でのことだった。

しかし、妻の応対は予想外のものだった。
「あ、そう・・・よく考えて決めたんでしょ?」
「貴方の人生、貴方が思うように進めばいいんじゃない?」
「大丈夫!二人で力を合わせれば、子供のことも家のことも何とかなるよ!」
と、悲嘆するどころか、男性の考えに賛同し 励ましてくれた。

常日頃から、男性の女房殿は、男性が社長に大きなストレスを抱えていることを察していた。
そして、そんな苦境にあっても家族のために辛抱していたことも。
だから、男性の決意を快く受け入れたようだった。

退職後は同業他社に移ることも考えたが、その門は狭く条件も悪かった。
結局、男性は、前職と同じ業種で独立開業。
しかし、男性の動きを警戒した社長は、取引先や職人仲間にまで男性の悪評を触れ回り、男性の営業活動を妨害。
更に、大した準備もしていなかったため、仕事はなかなか入らず。
とりあえず、仲間の職人の手伝いをしながら何とか食いつないでいった。

当然のように、収入はガタ落ち。
家計は節約生活を余儀なくされた。
専業主婦だった妻も外に働きにでるように。
子供達にも転職の事情と家計の状況を説明し、学業に悪影響がでない範囲で協力を求めた。

節約生活にかけては、結構な自信がある私。
仮に“節約検定”とかあったら、上級者になれるだろう。
私は、まるで自慢話、または上の立場で講義でもするかのように、普段の節約ぶりを力説。
男性の節約工夫に負けじと、ちょっと恥ずかしいケチぶりも披露。
すると、男性は、呆れたように苦笑いしながら、私の話に頷いてくれた。

世の中には、“金の切れ目が縁の切れ目”になってしまう寂しい家族もいると思うけど、男性の家族は違った。
不満らしい不満も言わず、皆が助け合い、協力し合った。
それによって、経済力は下がったものの家族の団結力は増し、それまではハッキリ見えていなかった家族愛が具現化。
そして、更に、それによって多くの幸福感がもたらされた

そうして、男性は、一件一件の仕事と一人一人の人脈を大切にしながら、一年目を何とか乗り切った。
努力の甲斐あって、二年目になると、微増ながら売上は上昇。
更に、三年目に入ると、仲間に仕事を手伝ってもらわないと現場が回らないことも増えてきた。
ただ、それでも、収入は、前職のレベルにまでは達しなかった。

「“不満”というストレスが“不安”というストレスに変わっただけかもしれません・・・」
「収入が下がった分だけ損してますよね・・・」
男性は、笑いながらそう言った。
しかし、そこに後悔の暗さはなかった。
それどころか、
「でも、辞めるとき“二人で力を合わせれば何とかなるよ!”って言ってくれた女房には、今だに恩義を感じてますよ!」
と照れくさそうに言う男性の顔は、その時の空のように晴れ晴れとあたたかなものだった。

家族って、嬉しい ありがたい・・・
家族を大切にすることは自分を大切にすること・・・
家族がいるから頑張れる・・・
私には、男性のそれは、“金に代えることができない いいこと”に気づき、また、“金で買うことができない いいもの”を手に入れたからではないかと思えたのだった。




特殊清掃についてのお問い合わせは

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 人生上々 | トップ | 負けるな »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ゴミ屋敷 ゴミ部屋 片づけ」カテゴリの最新記事