特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

壁彩

2014-02-05 08:59:33 | ゴミ屋敷 ゴミ部屋 片づけ
「鍵は開けておくから、勝手に入って下さい」
依頼者の男性は、電話でそう言った。
依頼の内容はゴミの片付け。
男性は、ゴミ部屋の主だった。

百聞は一見にしかず。
原則として、作業には、事前の現地調査が必要。
口頭での説明や写真からは、十分な情報が得られないからだ。
私は、本件でも、現地調査の必要性を説明。
そして、他人の部屋に勝手に上がりこむことも躊躇われるので、男性にも、立ち会ってくれるよう依頼した。
しかし、男性は、仕事が忙しくてそれが無理の様子。
平日は帰宅が遅く、土日も予定が入っているとのこと。
私は、家財の毀損や貴重品の滅失等のクレームは受け付けないことを了承してもらい、単独で現地調査を行うことにした

訪れた現場は、古い小規模マンション。
男性の部屋は一階の一室。
私は、部屋番号に間違いがないかを慎重に確認し、ドアノブをゆっくり握った。
そして、ゆっくりドアを引き、片足を一歩前に出しかけた。

それまで、幾多のゴミ部屋を見てきた私。
少々のことでは驚かない。
しかし、ここは少し事情が違った。
玄関ドアを開けると、すぐに壁。
ゴミがきれいに積み上げられ、それが垂直の壁を形成。
それは、まるで、古来の地層のようにみえ、「美しい」といえば語弊があるけど、感心してしまうくらいの光景だった。

「感心してる場合じゃないか・・・」
見物することが仕事ではない。
部屋に入らなければならない私だったが、その行く手はゴミ壁が遮断。
私は、前に出しかけた片足を元の位置に戻し、新たな一歩をどこに出せばいいのかわからず途方に暮れた。

「他に出入口があるのか?」
そこに活路を見出すことを諦めた私は、玄関を閉め、ベランダ側に回った。
しかし、雨戸が閉められ、そこにも人が出入しているような形跡はなし。
それが解せず、私は、頭を傾げながら、しばらく建物(部屋)の回りをウロウロと歩き回った。

「やっぱ玄関か・・・」
考えられる出入口は、やはり玄関。
そこにしか答を見出せなかった私は、玄関に戻った。
そして、再び、ゴミ壁と対峙し、視線を上下左右にゆっくり動かした。

「ひょっとして、この穴?」
私は、壁の上部に半楕円形の隙間を発見。
それは、通ろうと思えば身体を通せるくらいの大きさの穴。
それが部屋へ通じる唯一の道であるものと思われた。

「どうやって入るんだろぉ・・・」
しかし、その穴は壁の上部に位置。
どうやったらそこに身体を突っ込めるのか、すぐには答が見つからず。
私は、穴の向こうに見える暗闇に不安を覚えながら思案した。

「入り方を教わっとくんだった・・・」
私は、愚痴りながら考えた。
結果、脚立を使うことに。
車から脚立を持ってきて壁の前に立て、それに登って、壁上部の隙間に上半身を潜り込ませた。

薄暗い室内には、インパクトのある光景が広がっていた。
もはや、家財の毀損や貴重品の滅失が気になるようなレベルではなく、まるで秘境の洞窟。
天井とゴミの間は1m程度。
場所によっては1.5mくらい空いているところもあれば、部屋の隅のほうは天井までゴミが到達。
立ち上がることは不可能。
もちろん、二足で歩くことも。
室内を移動するには四足で這うしかなく、私は、イグアナのような動きで部屋を見分した。

作業自体は単純作業。
ゴミを袋に詰め、部屋から出し、トラックに積む。
ひたすらこれの繰り返し。
頭脳を使うところはほとんどなく、必要なのは、体力と精神力のみ。
ゴミに埋もれ、ゴミにまみれながらの単調な作業。
人力でコツコツとやるしかない作業において、目に見えるようなスピードでゴミが減っていくわけではない。
しかも、天井との空間に限りがあるため、作業の序盤は無理な姿勢を強いられる。
早々に手や腰は痛くなり、気持ちも萎えてきた。
それが、気持ちの上で大きな壁となった。

だからと言って、請け負った仕事を、途中で放り投げることはできない。
イヤだろうが、辛かろうが、最後までやり遂げなければならない。
一箇所で黙々としていると、気持ちにすぐ壁ができてしまうので、私は、時折、場所をかえて気持ちの壁が高くなるのを避けた。
また、下のほうからでてくる古い雑誌を眺めては、昔を懐かしみ、時々は自分がゴミ部屋で労苦に服していることを忘れるよう努めて気持ちを紛らわしたのだった。

ゴミの撤去が終わって現れたのは、見るも無残な内装建材。
皮肉なことに、ゴミがなくなったせいで、部屋はもう寝泊りできない状態に。
重篤な汚損に重篤な悪臭が加わり、もはや住居としての面影はなくなっていた。
キチンシンクはゴミの重みで破壊され、床は腐り落ち、和室の畳も黒く変色し不自然な凹凸が発生。
壁の大半はカビに覆われ、所々には穴も開いていた。
風呂やトイレは全滅。
便器や浴槽、かたちだけは原形をとどめていたが、色は原色をとどめず。
掃除するだけ無駄で、取り壊して造り直す以外に手がないことは明白だった。

男性も、ある程度のことは覚悟していた。
しかし、現実は、その覚悟をはるかに超えていた。
部屋を原状回復させるには、内装・設備を解体して新しく造り直すしかない。
しかし、そこまでの大規模改修には相応の費用がかかると同時に、大家の了承を得なければならない。
つまり、それは、男性が矢面に立たなければならないということ。
ゴミ片付けという壁を乗り越えたものの、また、新たな壁に直面し、男性はうろたえたのだった。


人間、生きていれば色んな壁にブチ当る。
高い壁、低い壁、薄い壁、厚い壁・・・
乗り越えられる壁もあれば、乗り越えられない壁もある。
避けられる壁もあれば、避けられない壁もある。
一つ乗り越えれば、また次ぎの壁が現れる。
次から次へと、目の前に立ちはだかってくる。

今日は、これから便所掃除に行く。
まだ現場を見ていないけど、かなりヒドいみたい。
糞尿汚泥が便器から溢れだし、床一面を覆っているとのこと。
話を聞くと、作業の過酷さが容易に想像できる。
惨め感に襲われて消沈する自分の姿が容易に想像できる。
正直なところ、行きたくない。やりたくない。すごく気が重い。
そんな気持ちの壁が、私の前に立ちはだかっている。
どれでも、「自分のため、生活のため」と、自分を言いきかせ、必死に壁をよじ登る。

私は、壁のない人生を経験したことがない。
だから、どんなに楽なものか知らない。
どんなに退屈なものか知らない。
私は、壁のある人生を経験中である。
だから、どんなに大変なものか知っている。
どんなに人生に色彩を帯びさせるものか知っている。

どんな人にも、どんな日常にも、どんな人生にも壁はある。
そして、人は、それを越えるため、ときに汗を流し、ときに涙を流し、ときに心血を流す。
そして、それによって、今日という人生の一ページを鮮やかに彩るのである。



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