まわりで起こっていること

since2004.12「糠漬け初心者」

春ですね。

2020年03月04日 | Weblog

気温のわりには暖かい。

と書こうと思っていたんだけど、気温も高いね。

というのも、夕餉の時間、テレビから聞こえてきた、明日は冬のような日に。

なんて言葉に浸食されていた、わが脳内、ってことなんだな。

もっとも、おひさまが出ない昼間は寒い、ってことになるのかも、だけどね。

何れにしても、ことほどさように、実ならぬもの、に影響を受けつつの人生、とも言えるね。

このところの話題、コロナウイルスにしても、世界中で猖獗を極め、みたいな書き方されると。

すっかりその気になり、すわっ、パンデミックだ、経済が、生活が、物流が、未来が、子どもたちの。

なんて気分に浸食され、とね。

もっとも、その気分、というか、幻想、というか、物語、というか、それによって、わがホモ・サピエンス。

ここまで生き延びることができた、なんて、例の、ハラリ教授は書いてもいるわけで。

ところで、山形は月山の麓、黒川村で、黒川能、というものが連綿と続いていて。

なんて本を、船曳由美さんという方が書かれたようで。

彼女、谷川健一さんと一緒に仕事、されていた、と。

どこだったかに紹介されていたのを読んだわけだ。

人間と自然だけで生きるには、あまりにも過酷で、せめて、年に一度、2年に一度、人間を超えるもの。

人間よりずっと尊いもの、そうしたものがいる、ある、と思える瞬間を必要とするんじゃないか。

とね。

それがかの村での、黒川能、という言い方だった。

もともと、村々での祭りはそういうものだったんじゃないか、とも言っていたな。

なんて考えてくると、この時代、そこまで自然と向き合わずに済んでいる、この時代。

それを幸せというのか、過去へのノスタルジーから、いや、昔はもっと良かった、なんていうのか。

ってことだよね。

だいたい、無い物ねだりだし、ね、基本、人間ってのは。

それが途轍もない文明を生み出し、とも言えるし、コンビニエントな生活を手に入れることができた。

とも解釈、可能だよね。

そうだ、今朝の珈琲、グアテマラは、ラス・ロマス、という銘柄の。

いつもの店主さんによると、なかなか、手に入れるのが難しい銘柄だそうで。

って、ブログかfacebookか、に書いてあったんだけど。

それはともかく、ドリッパーも新調し、の珈琲だからね、気に入っている。

この、気に入る、とか、好きだ、とかの感覚、大事だよね、たぶん。

感覚だけになるといいんだけど、そこはそれ、長い学生時代を通り越すと。

だって、保育園から数えると何十年かね。

そうすると、教えられる、ってのが。

デフォになるでしょ、だから、誰かが言っていた、書かれていた、描かれていた。

なんてことに、耳ぴくぴく状態、ってわけだ。

トイレットペーパーがなくなっちゃったなんてのも、頭がいい人たちがしこたまいる証だね。

頭悪かったら、そんなこと、しないでしょ、自分の使う分だけでいいんだから、さ。

親鸞さんの悪人正機説にならっていうと、頭がいい人だって往生をとぐ、いわんや頭が悪い人においておや。

ってわけだ。

だから、頭悪い、ということが、いいことだ、って変な言い方になっちゃうけど。

そもそも、頭悪い、って言い方が、自然に反してもいて、単に、思考が過剰か、平常運転か。

くらいのはずなんだな。

悪い、というより、頭使ってない、五感使ってる、くらいの話で、なんだな、きっと。

わかったよ、こんなこと、書いてたら。

と腑に落ちたところで、つまり、一件落着、ってわけだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする