その昔、の話になっちゃうな、ショーケンの。
というのか、テンプターズの「神様、お願い」だったか、そんな歌、あったな。
今朝の表題は、微妙に違い、ある黒人の告解だそうで。
アメリカが、まだ、奴隷解放からは遠い時代、アフリカから連れられてきた黒人たちは。
農場の納屋、というか、牛馬たちと一緒の藁の布団で寝ていた頃。
もちろん、街には、白人専用のバスやらレストランやらが、大手を振っていた時代。
ある晩、くだんの黒人が夢を見たそうだ。
ふかふかのベッドに寝ている夢、をね。
その後での告解が、表題だったらしく、私はベッドに寝ている夢を見てしまいました、と。
神様も、エグイっちゃエグイけどね、そんな話聞いたんなら、おいおい、青年、そりゃ。
あんたの勘違い、ベッドだろうとどこだろうと寝るのはあんたの自由だ、と返信してあげりゃいいのに。
なんて時代ね。
骨の髄までの、価値観の、集合無意識にまでの浸透、ってわけだ。
幾時代かがありまして、ゆやーんゆよんゆやゆよん、と中也をきどりたくもなる話なんだな。
で、今です。
そんなこともあったね、と歴史家が振り返るのかどうなのか、はともかく、たぶん。
牛と馬と一緒に寝ているのは、奇人変人の動物学者くらいなんだろうけど。
現代人の表層の意識には浮かんでいないから、見えないけど、それが、ひょっとしたら。
潜在意識というのか、深い深いところで未消化なままに残されているかも。
なので、そんなのが、あるときに意識の裂け目から顔を出す可能性もあるんだろうな、と思う。
これは、黒人と白人の間のテーマだけど、女性と男性の間にも横たわるテーマもあったり。
という感じですね。
目に見えることだけを追いかけていくと、そこらあたりは見落としがちだろうな。
って、言っても、見えないものは、各人が各人なりに推測するしかない、という欠陥もあり。
好き勝手な解釈に任されている、とも言えるから、厄介なんだな。
男女間の話になれば、政略結婚なんて言葉、あったしね。
女性が道具であった時代、ね。
それによって一族郎党が生をつなぎ、なんて時代もあったわけで。
もちろん、それに失敗して滅んだ一族もあっただろうし。
なんてこと、しこたまあったんだろうな、というのが、歴史、という一言で片付けられてもいて。
昔、マルクスだったか、エンゲルスだったか、共産党宣言で、共産主義という妖怪が徘徊している。
みたいな文章、あったけど、共産主義を、例えば、現代で言えば、新自由主義、とか、グローバリズム、とか。
とにかく、いろんな、架空の、砂上の楼閣的な、好き放題な言説が、妖怪のごとくに徘徊し。
ってわけだ。
そんな「メイド・イン・社会」の産物を、脳内に蔓延らせての暮らし、とね。
そう言えば、エキセントリックな思想家、副島さんが、本を出版したらしく、世界は中国の支配になる。
それはディストピアで、ユートピアではなく、ね。
なんて書いてる。
いわゆる嫌韓嫌中の本ではないけれど。
人口以上の監視カメラがある、なんてこと、まことしやかに語られているけど、その延長上の話ですね。
もちろん、中国に限らず、わが列島だって、すでに今、そうなりつつあるわけで。
スケルトン状態、だね。
スケルトンならまだしも、単なる透明、素通しだから、しかし、そこへなんらかの解釈を施されたら。
そりゃもう、大騒ぎ、って次第で。
さて、今朝も長くなってしまったので、ここらあたりで終いにします。