銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

三つ葉の摘み草から始まる・大・ミステリー、(政治もの)春なればこその、椿事でした。

2013-04-29 12:23:16 | 政治
副題1、『誰かが、朝、摘み草を、他人の土地で、やっているのを見た』
副題2、『積み草をしている女性が、変にこそこそしているので、そこから、例の壮大なミステリーを完成せるのに、役立つ大いなる情報を得た』
副題3、『道路にもいっぱいミツバが生えているが、そういえば、その隙間とは、藤本夫人が電動のこぎりで、切った後なのだった』
副題4、『藤本夫家は、気の毒にも、家庭崩壊状態だった』
副題5、『藤本夫人の、実家は通称、鳩ノ巣屋敷という、築100年は建っているだろう、木造の洋館だ』
副題6、『私の深い同情により、藤本夫人は一時期安定して、落ち着いていたのだが』
副題7、『積み草をした女性が、どこの誰であるかを、これから推理・同定して行く』
副題8、『私が今まで、書いて来た事が正しいという事が証明されたから、この摘み草場面の目撃が、重要であるのだ』
副題9、『今、図書館が大変に使いにくくなっているが、それこそ、伊藤玄二郎を救うための発想であろう。鎌倉エージェント発の諜略といっていいほどだ』
二万字を超えたと管理者が言うので、これ以降の副題、10~14をここには、コピペしておりません。が、それだけの副題が続きます。
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副題1、『誰かが、朝、摘み草を、他人の土地で、やっているのを見た』

 本日語るのは、続きものの、一貫に戻ります。久しぶりですね。

二宮の図書館でPCに伊藤玄二郎と入れると、警官が二宮駅に現れたが、彼は何様のつもりなのだ?△
2013-04-20 20:28:14 | 政治
  に続きます。最近管理者側が、私へのサービスを悪くしていて、リンクが効かない形になっていますが、このタイトル部分をコピペして、検索をしていただくか、左のカレンーダーの4月20日の部分をクリックしていただくと、今日の文章の、直前の部分が出てきます。
 ところで、珍しくも本日書きたいことの、テーマを最初の段階で、言ってしまうと、『また、また、神様が顕現なさった』という話なのです。そういうまとめの舞台として、政治が出てきます。

 で、その最初の段階は、摘み草から始まります。
 今朝私が自分の庭で、花の手入れをしていると、視野の左側から、見たこともない女性が、小走りで現れて、辺りを、気遣いながら、何かを摘み取って、立ち去りました。
 そこは、連続して、お読みいただいている方には、その名前が、既にお耳に入っているだろう、藤本邸の私道部分です。今藤本夫人は、山の下の低地、しかも駅そばの親の家を改築して引っ越してしまったので、すでに、更地にしてあります。売値は、非常に安かったとか聞いています。

 しかも、ここは、自宅の塀の外に各戸が私道を設定しています。その私道部分で、摘み草をしているわけですから、別に泥棒ではありません。
 だけど、普通ならあり得ないことなのです。

 で、私は、その現象を見た2時間後に、一体あの女性は、何を摘み取ったのだろうと、その場所に行ってみました。すると、雑草ばかりの中に、ミツバが、何株かあって、それを摘み取ったと、推察をされました。ミツバはサラダには向かないので、そのお宅では、朝食は和食であって、お味噌汁をつけるのでしょう。その中に、そっと散らしたいと、その女性が考えたことが判りました。

 ただ、この山ではすべての家の庭で、ミツバなど、30株以上は生えてくるところだから、どうして他人の私道まで出しゃばって来て、三つ葉を取るのだろうと強烈な違和感をいだきました。ミツバはとても強い植物で、摘み取っても摘み取っても出てきます。種が風で飛び散って増えるのです。

 それに、私道部分だから、塀の外だと言っても、他人の敷地で、泥棒みたいな気配で、おどおどしながらそれを、摘み取る必要もないほど、道路の真ん中にもで、出てきています。
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副題2、『積み草をしている女性が、変にこそこそしているので、そこから、例の壮大なミステリーを完成せるのに、役立つ大いなる情報を得た』

 この山は、小規模住宅地として開発をされています。総戸数20戸程度です。そしてすべての家が、35坪(=120平米)程度の、実質的敷地であって、それに、私道部分と崖を含んだ、かさで、売り出されています。ですから公簿上は我が家は88坪(=268平米)あります。一種、堂々たる住宅地です(笑)しかし、崖がたくさんあるので、庭として使える部分が、10坪もありません。特に勝手に崩されてしまった山さえ、含むのですから、たとえ、塀の外といっても、勝手なことを他人にされてしまえば、おお損ですから、怒りまくっているのです。
 しかも、そのうえ、貴重な私道部分を、コンクリート打ちにされて、使えないし、しかも、同じく、その泥棒の責任者の一人である安野家のベランダから、頭に水をぶっかけられるという事件まで起こされ、娘に偽造痴漢を、襲わせて、わざと安野夫妻が助けるなどというお芝居さえ、打たれては、絶対に戦うしかなくて、この件を文章で書くことで、戦うわけですが、それに、よって、その責任者の一人であった、石川和子さんの元愛人である、伊藤玄二郎が、人脈を駆使していじめてくるので、総額五億円を超える被害が、今なおあるのです。
 
 たとえば、アルジェリアの日揮襲撃事件もオスプレイ配備も、ボーイング787の電池が燃える事故もすべて、この件から発症しています。もっとも、醜くて長期間続いたのは、大相撲に対するいじめでしたが、禁煙運動の高まりなども、昨日も嫌な思いをさせられたことですから、延々と続いているというわけです。伊藤源次郎一派に利用された人間の数知れずといった体たらくで、私は、表面はにこにこしていますが、相当に怒っています。昨日もあったので、ここで、こういう文章を書くことの正当性を感じています。
 
 最後の禁煙運動(=受動喫煙)問題はこの章とは、別だてで、語りますが・・・・・ともかくのこととして、それほど、広い敷地を持っていて、どこかに、自然発生のミツバがあるはずのこの山で、こそこそと、道路っぱたといっても、他人の土地のミツバを摘む、女性の、そのこそこそぶりから、多種多様な文章が紡ぎだされるのでした。本日も多分、二万字を超え、完成は、夜、または、次の日になるでしょう。
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副題3、『道路にもいっぱいミツバが生えているが、そういえば、その隙間とは、藤本夫人が電動のこぎりで、切った後なのだった』

 ところで、その女性が、つつましくも、自宅(?・・・・ただし、住民としては、まだ、転居のあいさつにも来ていない女性だが?)の敷地内に生えているミツバを積み草したとか、道路の真ん中にも多量に生えている、ミツバを積み草した(・・・・・それは、道路の草取りをする時に、私自身もついでとして、常にやっていることなのですが、)のなら、こんな文章を書かないのですが、道路ではなくて、藤本夫人の私道で、摘み草をしていたために、大量の思い出がよみがえってきて、文章が書けるわけです。

 それが、天のご加護の一つというところなのです。小さいけれど、これから、この文章はどんどん膨らんでいきますので、最後まで、文章が書ければ、真実、天のご加護ということになるでしょう。
 でね、彼女がどうして、ミツバを自宅(?)からも、道路からも、抜き取らず、藤本夫人の私道で、抜き取ったかですが、道路のミツバは確かに抜き取りにくいのです。藤本夫人の私道からの方が、抜き取りやすいでしょう。
 だけど、道路からなら、泥棒と思われないで済むから、こそこそする必要もないわけで、この際は、後々のこと・・・・・特に私に、どんな武将を書かれてしまうかを予測すれば、絶対に道路のものを積み草すべきでした。

 そうすれば、自宅の目の前で、それが、できるから、私の視野に、入らず、私は、本日の、文章を書くこともなかったでしょう。
 その道路にたくさん生えているミツバですが、

 それこそ、例のアジサイ畑欺もう事件と、大いに関係のある話なのです。その隙間とは、藤本夫人が電動のこぎりで、切り取った後でした。29年前、彼女は、追い詰められ切った状態であって、道路に日本の切り取り線を入れていました。自分で、コンクリートを壊して、道路の真ん中に、塀を作るつもりだったのです。「藤本夫人は、きちがいだ。だから、説得できないから、川崎さん、協力してください」と言ってきたのもむべなるかなという行動の一つだったのです。

 中谷さんは、もうひとつ例をあげました。



 ちょうど電柱に隠れていて、角がはっきりとは見えませんが、鋭角、80度ぐらいで、敷地の角がとんがっています。ここは車が入ってこないので、敷地の角が壊されるはずもない場所です。だけど、藤本夫人はとんがらかせました。不必要なことをやったのです。

 それを中谷さんは、とがめだてして、「本当に気違いなんだから、川崎さん、協力してください」と何度も、それこそ、三拝九拝を地で行く形で、頼んできたのでした。
 
 私は、この山の役員というのを全く信用をしていません。すべて、とんでもない人材が、それを担っていると見ています。その中で、二代目会長の中谷さんほど、はげしいレベルで、こうもりであって、人を裏切った人間はいないと思っています。アジサイ畑欺もう事件で、裏切られる前から、彼が町内会長としては、無能な人間であるのは、この山で、次から次へとトラブルが起きることを見てもよくわかっていましたが、これほどの、裏切りを平気でやる人間だとは、夢にも思いませんでした。それを今から語りますが、・・・・・・

 ともかく、きちんとしていて、内面も、しっかりした人がリーダーシップをとっている場合、その組織には混乱が起きません。それは、学級管理のケースで、如実であり、立派な担任がいる場所では、いじめ問題が起きないのです。この山で、ノイローゼになる人が多発したり、いじめが、横行するのは、当時の会長だった中谷さんと、その前に、会長だったAさんに、人格的に、信用ができない部分があったからです。
 ただし、Aさん一家は、アジサイ畑欺もう事件が起きてから、謝罪の意図を明瞭にお示しになっているので、実名を書きませんが、それでも、となりの前田家の前の住民と、ご主人が不倫の関係に落ちていたそうで、(それは、大原氏の談話による)、それゆえに、前田家を過剰に甘やかす傾向もあったし、また、色気のある女性が好きで、安野夫人を副会長に任命したのも、Aさんですから、謝罪の意思が示されていなかったら、私の大いなる損失の原因がAさんには、あるので、・・・・・特にトラブルを、川崎さんの、アジサイ畑を提供してもらうことで、解決しようと際初期に提案したのは、Aさんだそうですから、ほとんど、実名を書きたいところですが、明瞭に謝罪の意思が示されたので、実名を書きません。
 
 でも、中谷さんは、本当に無能でした。道路で、派手な形で、井戸ばた会議を行い、それによって参加しないおとなしく手、上品な主婦たちをいじめている、いじめ軍団の女性たちに、「やめなさい。あんたがたが、諸悪の原因なんだから」と一喝すれば済むことだったのに、それが、できない弱さがあるのです。

 ただ、その鋭角の出っ張りと、私道とは言え、みんなが毎日通っている道路を、半分にして真ん中に兵を作るために、電動のこぎりで、切っているのは、鬼気迫る修羅の姿であり、そこまで、彼女を追い詰めたご近所主婦を憎むのですが、私が、犠牲になって済むのなら、それでもいいかなと、甘い考えを最初抱いたのも事実です。



 ところで、今ではミツバが、堂々と生えるほど、拡幅してしまった五ミリの隙間ですが、どうして、拡幅をしてしまったかというと、この山に生婚のチューブが私が引っ越してきてから後でも、三度か、四度、入り込んだからです。あれは、ひどく重いです。山の上なので、60年以上前の造成当時は、生コンのチューブなどなくて、道路のコンクリート自体が薄いですから、破れて、折れて、隙間が拡大して、五センチぐらいになっていて、藤本夫人が電動のこぎりで、道路を切っていたころの面影は、未知二万中には残っていません。
 ところが、我が家と対面の側には、藤本夫人が切ったもう一本の線がくっきりと残っていたのです。彼女は2本線を入れましたので。
 ところが、それが、証拠隠滅を図られていて、どんどん、消えて行ってしまいます。

 ここで、その証拠隠滅の件に入る前に、中谷氏の性格とか、藤本夫人の性格について述べないといけません。安野、前田の両夫人、それから、石川和子さんについては相当に、分析を重ねていますが、藤本夫人と、中谷氏に関しては、まだまだ、ほとんど触れていないのです。
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副題4、『藤本夫人とは何者なのだ?』

 藤本夫人の夫の、藤本某氏とは、もしかすると、この山を一時期保有していた、元東宝の重役藤本真澄氏の弟である可能性もあります。というのも、藤本家は、この20戸しか家がない、団地で、中心に当たる土地を買って、家を建てているからです。もともとは山口育ちである藤本真澄氏が、上京してのち、まだ持ち家がなかった弟さんに、それを無料で、あげたと仮定をすると、「この山の中心に、藤本家があるのも道理だ」と、うなずけます。
 ところで、ここで、挿入的に加えますと、藤本真澄さんと、父は山口中学時代の同級生で、親友でした。父の実家は、萩にあり、萩の中学へ進むべきでしたが、そちらに、先に先生として、11歳も年上の実兄が勤務していたので、照れくささもあったはずで、下宿をして山中に通ったのです。で、元に戻ると、藤本家では、
 坊ちゃんが、音楽家であり、そのお嫁さんは、有名なピアニストです。ご主人もコーラスに励んでおられたそうです。芸術に志向が深いので、藤本真澄氏の弟であるという可能性も強いのです。

 ただ、私が引っ越してきたころには、お宅内の心理的な環境も、物理的な環境も両方が荒れ果てていました。どうして、そうなっているかというと、例のいじめ主婦軍団に、いじめられて切っていて、しかも、戦おうと決意していて、実際に、いろいろな行動に走っていた時期なので、気が立つという典型だったのです。
 内部を言えば、お嬢さんは、ずっと独身でした。が、それなりに、華やかで楽しそうなら、それでもいいんですが、私が自宅で、パソコンが壊されるので、本の編集を、外でやって、夜の11時頃帰宅をすると、藤本家のお嬢さんが、石段の途中で、メールを必死になって点検していて、30分以上、自宅に帰らないのでした。それほど、プレッシャーをお嬢さんに与えていたのです。

 そして、一番気の毒なのは、ご主人に対する措置でした。どうも、北側の一室に閉じ込めて家庭内別居状態であるらしくて、しかも、お譲さんを、芝居っけたっぷりに、ご自分の味方にしていたので、ご主人は、休日でも、他の日でも、南側の、居間にも、庭にも出ることができず、本当にお気の毒でした、一種の軟禁状態に近い形で、閉じこもることを強要されていた、部屋は北側で、しかも四畳半だったかもしれませんよ。

 そのご主人がすでに足が悪くて(パーキンソン氏病だったのかもしれない)、うまく歩けないのに、ご自分だけの生ごみを持って、石段130段を下りて行くのに出会ったこともあり、気の毒で目も当てられない状態でした。
 普通の家庭なら、お嬢さんとお父さんは仲良しであり、お嬢さんに、「これを捨てておいて」と頼めるはずなのに、お嬢さんは、お母さんの言うなりだったのでしょう。
 そういうことになったのも、ご主人は良識派で、長いものには巻かれろという主義で、多数派である、前田夫人一派には逆らわないように、奥様を、諭したのだと思います。だけど、藤本夫人は、そんなことは聞くわけにもいかない話で、それで、ご夫婦仲が悪くなったのでしょう。非常に悲惨な状態でした。
 そこまでのことを、例のいじめ主婦軍団、前田・安野・石川(プラス中間的な立場の主婦、数人。しかし、毅然として、彼女たちに反旗を翻さなかったという意味では同罪であるが)は、やったのですよ。それは、銘記しておかないといけません。

 私が安野夫人を悪女だと言いきってしまうのも、ほとんど、自分がそういう悲惨さを招いた主犯に近い立場なのに、いつの間にか、藤本夫人をたらしこんで、藤本夫人が私に逆らうようにしていくからです。恐ろしい女性です。そのことは後で、詳細に語ります。
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副題5、『藤本夫人の実家は、通称鳩ノ巣屋敷という、洋館だ』

 鎌倉に長く住んでいる人なら、通称鳩ノ巣屋敷という洋館はご存じのはずです。鎌倉駅のホーム、東京寄りの最先端から、右を見ると見える総二階建の洋館で、元は小児科だったとか。私が越してきたときでも、築100年以上は建っているらしくて、板張りは塗装がはげたままにされており、一部が壊れていて、鳩が出入りしているという話でした。
 本当は、全体に200~300坪の敷地の、お屋敷だったと思われますが、住人がいないのか、(または、一部を使って、住んでいたのか? 
 荒れ果てていて、しかも、半分以上の敷地が、駐車場化されており、植栽がないので、幽霊屋敷が丸裸の状態で、鎌倉駅ホームに立っている人には見えるのでした。
 しかし、それが藤本夫人の実家です。で、家を壊さなかったのは、誰かが、そのまま使っていたわけで、それが、藤本夫人にとって、血縁のある人だったのか、それとも、医院ゆかりの看護師さんなどが、引き続き、住まわせてもらっていたのかは知りません。
 しかし、ある時期に、相続人としては、藤本夫人が主役であり、その家屋敷が、ご自分のものになるということが、はっきりしたのだと思います。その時に、藤本夫人は「ここは、反撃に出るチャンスだ。勝てなくても、その際は、引っ越していけばよい」と考えたのでしょう。

 で、用意周到に準備をした上で、前田夫人を最大のターゲットとして、反撃を開始したのでした。それが、アジサイ畑欺もう事件につながっていくのです。で、私の犠牲とは前田夫人に対するものが一番大きいのですが、一番ひどいいじめをしてきたのも前田夫人なのですから、天が、私のほうにお見方くださるのは物事の道理というものです。
 で、その最大のお見方の証拠として、天は鶴岡八幡宮のおお公孫樹を倒壊させたのでした。前田夫人は、八幡宮さまの推薦によって、国学院大学の講師にしてもらっていたからです。
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副題6、『私の深い同情により、藤本夫人は一時期安定して、落ち着いていたのだが』

 私は、よく、子供のころは、神奈川県一頭がよかったのだと言っていますが、それは、受験勉強用のお勉強ではなくて、何というか、遺伝が煮詰まったというようなことと、父が社会的な不幸にであっていて、・・・・・本庁の役人だったが、上司が収賄をしてしまったので、辞職をせねばならなくなった・・・・・もあって、その不幸から脱却するために、誇り高い生き方をせねばならぬと思っていたので、決して悪いことをしない、一種の優等生だったのです。それで、ノブレスおブリッジというのは身についた考えでした。で、この山で、ひどいことが行われているからこそ、それを浄化していく作戦を、自分なりに取っていたのです。

 それは、彼女ら、いじめ軍団が主宰している井戸端会議へ参加して、それを牛耳ることではないのです。そうではなくて、必ず、全戸を平等に扱う姿勢を示したことです。何で示したかというと、40代は常に、公募団体展(国展や、女流展など)や、コンクール(神奈川県点とは、上野の森大賞展など)へ参加していたし、個展もしょっちゅうやっていたので、その個展の案内状を全戸に配るという形です。来てもらわなくてもいいのです。ただ、全戸を平等に扱うという形で、安野夫人一派のいじめには抵抗していたのでした。

 それに、一番明瞭に感応したのが、藤本夫人です。非常に明るい雰囲気になってきて、創作活動を始められました。それが、彫刻です。失礼ですが、公募団体展に、応募するほどのレベルではないが、それでも、例の井戸端会議の内容を、考えると、行動として、ずっときれいで、好ましいものでした。

 で、コツコツとのみをふるう音を響かせる藤本家の南側に、我が家はあり、その中で、私は100号以上の対策を時には、年に10枚以上は、描いて、藤沢東美(画材店)の、中村さん(大原さんの同窓)や、市川さん(版画家)を、年に、五十万円以上の、買い物で潤していたのでした。
ときどきは、大原さんに来てもらって、批評をしてもらい、お礼に菓子折りを持って行くという関係を保っていたのです。とても平和な歳月が構築されていたのです。
 私はアジサイ畑欺もう事件には、今と同じぐらい怒っていましたが、それは表には出さず、ひたすら優美に、そして、必ずノブレスおブリッジを守って、生活をしていたのでした。その間に、もし自治会も改良をされ、三年に一度役員を改選するとかいう風に改良をされていったら、これほどの悪事が重なることもなかったと思いますよ。だけど、一切が悪い方に流れていくのです。
それは、安野夫妻、もしくは安野夫人の主張で、そういう流れになるのだと思いますが、
 でも、ふたたび、藤本夫人に戻れば、その明るい時期に彼女は鎌倉で、個展をしました。
 私と仲良くすると、すべての人は、運がよくなり、しかも、気持ちが、前向きになります。我が家は盗聴をされているのが明瞭ですが、その中で、大いなる夫婦げんかを起こしますが、・・・・・それは、藤本家の崩壊と似たような過程であり、この敵たちの存在がなければ起こりえない夫婦げんかなのですが、・・・・・それでも、主人が本当に離婚へ向かうことがないのは、口には出さないけれど、もし私がこの家にいなかったら、火が消えたという以上に、根本が揺らぐほどの、大きな力を私が持っているからです。自分でそれを言ってはおしまいですが、娘がそういいますので、それは、確かでしょう。

 私を手放す、または、私と喧嘩をすると、あなたの周辺から明るいもの、幸せな間隔は逃げ去っていきます。無論悪魔側は、仕事上のメリットとか、金銭的な充足はもたらすことができます。でも、それは、一過性であり、また、もらっても、もらっても、飢餓感が消えない種類の幸福だと思いますが、私が黙ってそばにいて見方をしてあげることほど、強い力を与えられるものはないのです。で、藤本夫人は、すっかり明るくなって、創作を行い、その結果を鎌倉で、これんを開く形で、発表をしました。その時に、息子さんや、お嫁さんはご紹介をいただきました。そのお嫁さんですが、その20年近く後の2012年わたくしがフェイスブックをやっていたころ、私のニュースフィードにたびたび、消息が登場したものです。クラシックではなさそうだが、相当に有名なピアニストだと思います。

 で、彼女が最も優雅で、自足をしていたころ、彼女は、心優しい、かつ、上品な奥様に戻っていて、いつも、猫に煮干しをやっていました。井上家(=岸田淳平家)に、ブーニンと呼ばれる美形の黒猫がいて、必ず、藤本家により、開けてとせがむのですが、必ず開けないで、代わりに、煮干しを五本ぐらいあげて、猫に家に入るのを、あきらめさせて井上家(岸田家)へ返すのでした。

 それは、私の猫を、手なづけて、その後、猫に背かれた途端に、警官を呼んで、意趣返しをしようとした、石川和子さんなどの、猛獣みたいに野蛮な態度と比較をすると、飼い主にも、礼儀を尽くしてトラブルを未然に防ぐ素敵なものでしたよ。

 しかし、そういう平和な時期を一気に壊したのが、石川和子さんです。彼女とその夫の、無教養でわがままな生活態度によって、すべてが、壊れていったのです。

 ここで、時系列的な順序としては、中谷氏の人格についての、解説や文すぇきにも入り、その中で、アジサイ畑欺もう事件の、まだ語られていない側面を語らないといけないのですが、先に、石川和子さんと、柳沢昇夫婦のことについて語ります。

 どうしてそういう順序になるかといえば、道路に生えている三つ葉ではなくて、藤本家の私道部分の三つ葉を、今朝、積み草したのが、どう考えても、柳沢昇家のお客さんだと、推察されるので、ここで、三つ葉に絞って語れば、突然に、藤本夫人についての文章から、柳沢昇と、石川和子さん夫婦に移るのも、本日の流れとしては、順当なのです。
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副題7、『積み草をした女性が、どこの誰であるかを、これから推理・同定して行く』

 上で、柳沢家のお客さんだと、推理結果を、明らかにしてしまっていますが、別に彼女の行方を、急いで追いかけて、柳沢家に入って行くのを確かめたわけではないのです。
 ただ、彼女が急いで、走り去った方向には、五軒の家がありますが、そのうちの三軒には、専業主婦がいます。そういうお宅で、お客さんに、休日の早朝、朝の七時に、「他人の敷地まで、行って、三つ葉を摘んできて」と頼むはずがないのです。お客さんには、「まだ、十分に寝ていて」と言って、自分が摘みに行くでしょう。
 彼女は、十人としては、いまだ、挨拶にも来たことはない女性ですから、お客であることは確かですが、専業主婦のいるお宅のお客ではないのも、確かでした。特にその三軒の家には、十分に、自宅内で、三つ葉を摘むことができる敷地の広さがあるからです。
 そして、その女性の、こそこそしていて、あたりをはばかる様子は、強烈な違和感を残し、あの女性は、いったいどこの誰だろうという強烈な疑問を呼び覚ましたのでした。それが、今回の、天の御助けとかご加護という話なのです。
 もう一軒のお宅は、究明を石井家といって、独身の男性が、借りて(?)住んでいます。これも、強烈な違和感を与える人物ですが、今朝のお客さんが、その家のお客だとは思えません。その男性は、ひそやかな生活を好む人で、お天気のいい日の昼間でも、黒い傘をさして、出かける人物で、秘密主義であり、自宅にお客を招くような気配は一切ないのです。

 そうなると、残るは一軒だけです。柳沢昇宅です。いわゆる鎌倉春秋窯です。ということは前夜、その女性は、鎌倉春秋窯にお泊まりをしたということになります。無論、セックスを含む関係でしょう。だけど、それを公開したら、困る関係なのです。それで、こそこそしていたのでした。
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副題8、『私が今まで、書いて来た事が正しいという事が証明されたから、この摘み草場面の目撃が、重要であるのだ』

 今日はリンクが効かないようなので、そのURLをここに記載をしますと、
www.shunjugama.jp/kyoushitsu.html だと思います。一年前ぐらいのものより、ちょっとだけ、デザインが変わっていて、かつ、石川和子が、1973年に築窯とは、加筆がありますが、以下の規則違反をした場合は除名をするという威張ったらしい項目は依然として残っていて、これが、伊藤玄二郎の文案であることは、明瞭です。

 第7条 会員に次の各号に該当する理由があるときは、除名をします。
1.この規約に違反したとき。
2.公序良俗に反したとき。
3.当会を利用されることが好ましくない事由があるとき。
4.月会費、受講料等の滞納があったとき

  第8条 会員は、次の場合その資格を喪失します。
1.退会の申し出があったとき
2.除名されたとき
3.死亡したとき

 第7条の、第三項とか、第8条の、第二項とかいう部分は、伊藤玄二郎が、中央大学の法学部政治学科を出ているので、こういう条項を書きくわえたが、それは、趣味の教室とか、お金を取っている側の発想としてはあり得ないほど、高飛車出であり、なぜ、そこまで、しないといけないかというと、大変に、醜い裏側が隠れいているからこそ、そうしないとならないことを示唆しています。

 で、ここから、私の文章がどういう風に正しかったかを書いて行くわけですが、それは見るもおぞましい部分となるでしょうから、先に公の部分で、明るい部分を書きましょう。
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副題9、『今、図書館が大変に使いにくくなっているが、それこそ、伊藤玄二郎を救うための発想であろう。鎌倉エージェント発の諜略といっていいほどだ』

 伊藤玄二郎を助けるために、井上ひさしが、次から次へとアイデアを出して、いじめ策を講じていますが、二人がペンクラブの、鎌倉支部会長、および、日本ペンクラブ会長であったことで、図書館に大きな力と影響力を持っているみたいです。
 最も困るのは、国会図書館の利用方法が変わったことなどですが、国会図書館については、すでに、膨大なことを書いてあるので、今日は抜かして、都立図書館と、鎌倉市立図書館について述べます。

 都立図書館で、一時期電源が使えない頃がありました。当時の副知事は猪瀬さんで、都知事は石原慎太郎氏です。猪瀬さんに申し上げたいが、「そんな非・文明・都市で、どうして五輪など開くのですか? えらそうな演説をなさっているが、足元で、野蛮なことが行われていますよ。私なんか見ていて恥ずかしくてたまりません。

 あなた方二人は、誰の教唆で、ああいうことをなさったのですか?」と。ぜひご返事をいただきたいとところです。
 そして鎌倉の図書館で行われているいまわしいことの数々、それも、今日は書きませんが、ともかく、サービスを提供するはずの側が、高飛車に出るというのが、伊藤玄二郎に特有な発想なのです。私に言わせれば勘違いの局地ですが、彼はそれが通ると思っているのです。
 そして、その手下の、柳沢昇もとても似ていて、自分たちの特権やわがままが、どこでも、そして、いつでも通用すると思っている、大勘違い男なのです。
 ところで、図書館の件については、書きのブログも関係があります。

二宮の図書館でPCに伊藤玄二郎と入れると、警官が二宮駅に現れたが、彼は何様のつもりなのだ?△
2013-04-20 20:28:14 | 政治
 過去にも何本も書いていますが、直近のものだけをあげておきます。本日はリンクが効かない模様なので、上のカレンダーで、20日のところをクリックしていただけると出てきます。で、それを紹介しただけで、先へ進みます。
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副題10、『伊藤玄二郎からの受け売りで、法律用語を駆使するが、見ていて笑っちゃうほど、教養がない二人だった』

 ともかく、我が家の猫のことで、石川和子と、柳沢昇の二人には、金輪際許せないというほどの大迷惑をかけられ続けています。それは、ほんのちょっと、教養が高かったら、起こりえない現象であり、どこまで、彼女と彼が、不道徳で、低級な人物であるかを示しています。藤本夫人は医者の娘であって、基本的な道徳観が高かったから、井上家(岸田淳平家)の猫を家に入れず、したがってトラブルにはなりませんでした。どうしても無理だったら自分の猫を飼えばいいのです。そうすればテリトリーの問題から、猫は春秋窯には遊びに行きません。

 しかも、お互いにすでにトラブルになっているので、絶対に入れてはいけない時期なのに、自宅へ入れ込んで、それをしかも隠すために、彼が大声で、私を脅かしたものですから、私の猫がびっくりして、外へ飛び出てきて、お母さん、早く帰ろうと言ったのでした。
 その場所が、下に置いた写真の左側の出窓の下です。


 ところで、これが、単に猫に背かれたという単純な話ではないのです。彼らは、潜在意識の中では、自分たちが、私たち夫婦には、劣位の位置にあるということは分かっていたと思いますよ。だけど、瀬島隆三が、ご近所人間を利用して、私を弾圧しようとしている、そういう仕組みの中で、随一の九の一として、私を圧迫し、いじめる役を担っているわけですが、その手法にとって、私の猫がそちらになついて、遊びに行くのは、大いなる証明となるので、絶対に大切なことであり、猫に裏切られて、私の猫が、私のほうを好んでいたとなれば、自分の立ち位置がぐずぐずに崩壊するからこそ、彼らは、茫然自失をするほど、ダメージを受け、そこからの回復を目指して、警官を呼び、「あそこの奥さんを、旦那さんに叱ってもらってください」などと言う、驚天動地のばかげた依頼をしたのでした。
 で、のこのこやってきた警官も警官です。そもそも、猫は私のものなので、柳沢昇が偉そうにも口にした、「住居侵入で訴える」になぞらえて、法律用語を使って、この事態を説明すれば、住居侵入をしたのは、過去に三回ぐらいしかありませんし、その当時は、ああ、探してみてと、ぞんざいにも、和子さんが許可していたのですよ。そして、最後のオオもめにもめたときだって、私は、実際には、一歩も中には入っていません。ところが反対方向を言えば、二人は法律違反の連続であり、窃盗を、200回ぐらい繰り返しているのでした。

 我が家の家族は、私以外は、彼女たち夫婦に対して、怒り毛頭でした。だから、私以外の三人に、法律用語で、言わせれば、窃盗を繰り返されたということになるでしょう。警官が見方をしなければならないのは、こちら側なのです。
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副題11、『私は別に弱くもないのです』

 私は、弱いから、彼らに屈して、猫をそちらに自由に、行かせていたわけでもないのです。猫とはテリトリーがあるもので、自由に行動をさせる方がベターなのです。そして、昼間そちらに行ってしまうのは、私が、真剣にメルマガを書いていて、相手をしてもらえないので、つまらないからでした。

 石川和子さんの仕事、陶芸教室の仕事とは甘いものなのでしょう。猫を探しに何度も、あちらへ行っていますので、その教室で、交わされている会話を耳にしていますが、とても甘くて、常識的なものであり、ほーっと、鎌倉の陶芸教室って、こんなにレベルの低い会話が飛び交っているのだと、驚いたほどです。だから、猫が十分に、ちやほやと、相手をしてもらえるので、そっちへよく行っていたのです。

 石川和子さん自身の言葉によれば、「私は、パーティコンパニオンをしていた時に、伊藤玄二郎と知り合った」そうですから、いわゆる水商売の一種をやっていた時に知り合ったわけで、それなりの教養しか持っていない女性です。

 私は半信半疑ですよ。だって、大切な自分の会社の看板を、そんな中途半端な女性に与えますか? それは、あまりにも無思慮というものでしょう。だから、それが、真実では無かろうと思っていますが、ともかく、石川和子さんが、鎌倉市の税金を使って、自分の名前を挙げてもらって、いい思いをしていたのは、伊藤玄二郎のおかげであることは確かです。

 そして、石川和子、柳沢昇の二人がパニックに陥って、猫によって、自覚をさせられてしまった自分たちの恥と、劣等性を、警官によって、覆してもらおうとしたときに、伊藤玄二郎の名前を使った可能性は大いにあるわけです。
 で、警官たちは、憲法で保障されている、平等の発想を破ったとも言えるのでした。

 だが、私は石川和子さんが、そう想像をしていた通りの弱い自分つではありません。警官が、立ち寄ろうと、信をガチャガチャ言わせて脅かそうと、何をしようと、楽しんでいるのです。閉めた。これで、一応アジサイ畑欺もう事件を世に出すチャンスができたと思って。

 そうなんですよ。何事も表と裏があります。彼ら夫妻は警官を呼べば、自分たちが勝てると思っています。ところが、正反対なのですよ。彼らは負けへ向かって真っしぐらに、落っこち始めたのでした。その時を境にしてです。
 それが、わからない彼ら夫婦は大バカ夫婦です。未来予測ができないからです。そして、人間は常に平等であり、必ず、相手を尊重していきないと駄目になるのだということさえもわかっていない、非都会派、なのでした。
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副題12、『野合の結婚だと、昔、私が言った部分が正しかったとなるのだった』

 私はその後も、いろいろな損害をパソコンの世界とか同窓会の世界でこうむり続けています。

 福音館の社長だった時田史郎君(中学の同級生であり逗子の住民でもある)が、突然に、ひどく不親切になったのもこの件から始まっていると思うので、怒り心頭です。で、大変に怒って、
 野合の結婚をしたぐらいの二人だから、格も無教養だとか、市民感覚、の充満している地域に住むにはふさわしくない人物だとか、過去に言っています。そりゃあ、六歩意義に住んでいるのなら、ああいう生活感覚もいいでしょう。だけど、この山見たいに、貧しくても、質素でも、きちんと生きていこうとする人間が住みたがる地域では、あまりにもだらしがないのです。、

 ここで、言う屋号の結婚とは、ぴゃぴゃっとセックスだけ先にやってしまって、「いわゆる肌合いがあったから、結婚をしましょうね」となる形です。
 それではない結婚の形としては、そっと、好きあって、なかなか、告白ができないなどという、静かな時間を経て、やがて、映画を一緒に見る時間を作り登山を一緒にしたり、お食事を一緒にしたりして、その次に、お互いの両親に紹介し合って、やがて結婚式をあげ、やがて子供が生まれる・・・・・そういう過程を経ていない、結婚だろうと言っているのです。

 それは、彼が野菜の配達人をしていたから、配達のついでにセックスに走ってしまいその結果の結婚だっただろうと推理しているわけです。が、本日の朝の摘み草の場面を見て、『おやおや、ああまで言ったことが失礼には当たらなかったみたいね』と感じました。

 だって、その女性は明らかに、自分の姿が、誰にも見られてはいけないのだというそぶりを見せていました。そりゃあ、そうでしょうね。
 元の妻の石川和子さんが死んだのは、夫としての自分の失敗から発生していることでしたから。

 しかも、その家が陶芸教室として成り立っているのは、築窯をした石川和子さんの施設が残っているからでしょう。まだ、そこで、セックスをほかの女性と堂々とする場合ではないと思いますよ。他人のおせっかいながら、はっきり言って、道徳的には許されないです。

 ただその女性が三つ葉を積んでいるときのしぐさで菅、大変に的確に場所を選定して、しかも、瞬時に三か所で、摘みました。ということは、この山の環境を熟知しているということとなります。それは、もしかしたら陶芸教室に来ている女性かな?と、言う想像をさせます。陶芸教室に来ている途中で、「あ、ここにミツバが生えていると、わかって、それを摘みに来たとなります。
 だけど、それって、「信用が、できない場所だなあ」となりますよ。人妻を通わせている旦那さん方は、お気をつけ遊ばせ・・・・・と言わないと駄目ですね。
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副題13、『もう一つの表現、・・・・・いじめとは、催淫剤にもあたるので、やめられないのだ・・・・・というのも当たっていた』

 本日、もうひとつありがたいことがありました。それは、いじめとは、セックスの快楽を高めるので、やっている人間がやめられないのだと、過去に書いている文章が、当たっていたとなったからです。

 どう考えても、まだ、柳沢昇が再婚をする適期ではないです。時期早尚だと、思います。でも、女性をすでに何回も家に、入れ込んで、朝お味噌汁と作ってもらうほどの仲になっているとすれば、「とても、セックスが好きなんでしょうね」ということとなります。または、とても手が早いのでしょうねということともなります。

 それが、わかった上で、ほっと安堵したのは、野合の結婚と同じくらいに下品な表現ですが、私側の昔の表現・・・・・いじめとは、催淫剤にもあたるので、やめられないのだ・・・・・が証明されたことになるからです。
 何度も言うように、私は弱いから、彼らのところに猫を自由に行かせていたわけではなくて、猫が好きだから、猫の自由を尊重したいから生かせていたのです。ところで、返してくれません。預かっているのだからお返ししますというような礼儀を示したのは、一回こっきりです。全体で、数年にわたって、このトラブルが続いたので、ほとんどの日には、私が取りに行ったということとなります。

 その取りに来るのが分かっているのに待たせるということがあります。まずドアを開けてからも、ゆったりと、「今、ここにはいないんだけど、二階にいるかしら。探してみるわ」と、うどの大木とひそかに、私が呼んでいるお女が、ゆっくりと、二階へあがって探し始めるのですよ。だから、ドアをあげてからも、数分間待たされるのですが、

 そのドアを開ける前も待たせるのです。こういうところが「彼らには、一切の教養がない」というゆえんです。そのドアには、大きな鉄製のリングが下がっていて、それをたたくと、とても大きな音がします。その音が聞こえると、ご近所様がみんな耳を澄ますのではないかというほど、辺りには、緊張感が漂います。それは、アジサイ畑欺もう事件があるので、私に引っ越して行ってもらいたい、安野夫人の感化で、私がいじめられているのを喜ぶ雰囲気が周りにあるからです。

 引っ越して行ってもらえば、そのあとで、最終的に証拠隠滅を図って、何を書いても嘘だといえますからね。それが軍産共同体の連中と、その私兵化している連中の、望みです。
 で、私はいろいろと考えて、ある時、怒ったことがあるのです。でも、その二人を相手に、言葉や声で、喧嘩をする気にもなれずに、お手紙を書いたのでした。
 猫をいったん家に置いた後で、すぐ取って返して、便せん二枚の、お手紙を投かんして、ドアベルを鳴らしたあとで、すぐ帰ろうとすると、何とすぐにドアを開けて、帰ろうとする私を引き留めます。つまり、その日の私の無言の怒りがどれほど、怖かったかということを示していて、彼らも、これはただ事ではないと覚悟をしたのでしょう。

 で、ひきとめて、何ですか?と、石川和子さんが言うので、「お手紙を、郵便受けに入れておきました。後で、読んでおいてください」と言うと、読みませんというのです。びっくりしました。

 でもね。おもんぱかれば、手紙を読んで市巻くと、そこには、自分たちの悪行が書かれていて、しかも、すぐ、連動して、メルマガに書かれてしまうと思ったのでしょう。無論、ここにこうして書いていますが、もしその時点で、きちんと彼女側が、私を正しく理解をしていたら、警官誤時を読んでも、私を負かすこともできないし、ただ、ただ、謝罪をしえておくしかないという音がわかったと思うのですが、手紙を読まないで、ぐずぐずと、玄関で、二人がお互いをなめあうようにして、勝手に慰めあうのですよ。

 今思い出してみても、大笑いをしてしまいますが、その家は、普通は一軒しかたっていない土地、35坪程度に、二軒の家が建っているという設計なので、玄関がとてもせまくて、三尺幅しかありません。
 で、おお女の、石川和子さんが、たつと、支援したい、柳沢昇に、は、私の姿が見えず、かつ、私ににらみを利かせることもできません。
 で、あうんの呼吸を持って、お女の石川和子さんがしゃがむと、上から、なめるように、かつまるで愛撫するように、柳沢昇るが、石川kず子さんを見つめるのです。あっけに取られm四h多。

 子供のいない夫婦、そして、セックスから始まった夫婦というのは、他人の前でも、縦横無尽な、セックス漬けの姿で現れるのでした。はっきり言って、こっちが恥ずかしくてたまりません。
 無論、どんなに気恥ずかしくても、私は警官を呼ぶような馬鹿な真似はしませんけれどね。(笑)

 ともかく、合計十分ぐらい、50を超えている、かわいげが微塵もない、おお男と、おお女の、視線によるセックスを見せつけられているうちに、はっきりとわかったことがあります。

 それはね。彼ら二人が、私を待たせて、意地悪をしたのは、セックスの昂進に役立つからだということをです。つまり、いじめとは催淫剤なのです。中学生程度でも同じことでしょう。

 石川和子さんが生きた証とは、その一つだけでも、世の中の真理を、私に明かしてくれたことですが、でも、彼女ががんで死んだのは夫としての彼の至らなさのおかげでもあるのですよ。警官を呼ばなかったら、彼女は死なずに済んだかもしれないのです。
 そういうことが、私には見えるのに、彼には見えないばかりか、それよりも何よりも現在の欲望処理のために、ある女性を咥えこんで、自分も楽しみ、彼女も楽しませ、感謝の余りのお味噌汁を作ってもらっているのでした。

 そして、その結果、私は過去に書いた私の文章が決して下品すぎなかったという確証を得て、「ありがとうございます。天の神様、私にあの摘み草の場面を見せてくださって」と、感謝の祈りを、今、ささげている次第です

 私にとって園芸とは、二の次、三の次の仕事であって、普段は、いつそれをするかなど、時間割など、決めていません。それをやるのは不随意中の不随意な出来事なのです。だが、見事なタイミングで、かつて、見たこともない女性が辺りを気にしながらさっと三つ葉を取って行くのを見たのです。
 本当に神様、ありがとうございますと、ここで、もう一回、言っておきましょう。
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副題14、『その摘み草の場所こそ、2009年5月4日に、藤本夫人が植木を抜こうとしていた場所であり、それに、手助けしようとした白井・小野寺夫妻が、決定的な、対・私への、攻撃精神を示した日でもあったのだ』

 さて、人のセックスを笑うなという映画があったと思います。ところが、本日は、その映画並みのタイトルをつけないといけないほど、私は柳沢昇るという男性をっ笑い飛ばしています。で、普段と違って、文章全体が、下品です。

 しかし、私の頭の中で、柳沢昇の部bんは、小さいものでしかあり安宣。問題は、その摘み草の場所がまさしく、私が、引き続いて書かないといけないと思っていた、お隣の夫妻、白井・小野寺組が、明瞭に反旗をひるがえしてきた場所なのです。
 非常に意味のある場所なのでした。以前一回ほど、大きな兵を断りもなく作られたいじめの件を書いています。
 それは、文章としてまとめあげると、・・・・・
 高さ三メートル、幅、五メートル、三寸角の柱が、10本使われていて、同じく一寸かける三寸幅のま柱が、50本も、使われている巨大な、塀を作って、しかも、どう見ても、越境しているように見える塀なのに、その日に施主夫妻として来ていながら、何の御断りもなくて、驚いた。隠微ないじめであり、こちらが、越境していますと言い出すのを待って、辱めを与えるつもりだったのだ・・・・・となります。

 でも、その日には、私は顔を合わせていないので、相手方は、実は来ていませんでしたと嘘を言って逃れることもできるのでした。

 だけど、今度の話は、明瞭にその姿を見ていますので、言い逃れはできないでしょう。
 藤本夫人が、引っ越し先へ、ある一本の植木を持っていきたくて、抜こうとしても抜けなかったときに、夫婦そろって出てきて、手つだったのは、明瞭な、いじめ行為であり、むしろ、いじめを乗り越えた、攻撃行為であったのです。どうしてそういうことになるのかを、次の文章で、語ります。夫婦ともに揃って東大出身で、しかも浜銀鎌倉支店を設計したとかいうほどの建築家なのに、そういう恐ろしいことをする。それがなぜかをひも解いていきましょう。

 あす誤変換を直します。今日は8時間も連続して書いていて、疲れ切ってしまいました。でも、書くことが嫌になりそうになると、こういう風に楽しく欠ける種を提供していただくので、神様は、いつも、私を見守って管さて散るのだなあと改めて、感心してしまいます。では、
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