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日本の難民報道、承知できぬこと   文科系

2016年12月29日 12時59分48秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)
 この間ここで、難民問題を多く扱ってきた。すると、最近の日本マスコミもこれを多く扱い始めていることに気付いた。このマスコミを観たり、読んだりしていて、僕がどうしても承知できないことがある。それを書いてみたい。

 まず、この23日の拙稿からこの問題の概略を抜粋しておくと、

【「世界総人口の一一三人に一人が強制移動」
 これは、二〇一六年六月二〇日の国連難民高等弁務官事務所発表の見出し自身である。二〇一五年末で紛争や迫害で追われた人々が過去最多の六五三〇万人。これを、世界総人口七三億四九〇〇万人で割り出した数字だ。一五年度の新しい数字は一二四〇万人である。よって、一五年度末難民総数の五分の一近くが、一五年度に生まれたことになる。一五年度に生まれた難民の出身国内訳の五四%が、シリア、アフガン、ソマリアの三か国で占められているともあった。また、いわゆる地中海ルートなどを除いたこの本(「ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く」、著者は、坂口裕彦・毎日新聞外信部。岩波新書)の舞台・バルカン半島北上ルートで多い順を見れば、シリア、アフガン、イラクの順になる。よって、難民が、戦争、内乱などから家族の命を守るために生まれるというのも明らかだろう。】

 さて、こんなに途方もない数の現世界の難民という存在は、何も自然に生まれたのではない。これを生み出した人間たちが存在する。上の文中からも明らかなように、アフガニスタン戦争、イラク戦争、そして、シリアの内乱が生みだした。つまり、戦火から家族、子どもらを守るために難民志願をしたのである。これらの戦火を起こしたのは誰よりも先ずアメリカだろう。そして、今国連をそっちのけにして世界を牛耳るG7は、日本政府を含めて皆この共犯者と言って良いと思う。だからこそ、日本のマスコミも「自然に難民が出た」ようにしか扱えないのだろう。

 ついでに言えば、これも難民発生のもう一方の原因であるアルカイダやイスラム国を生み出したのも、アメリカとその有志国である。アルカイダは、ビンラディンさえも含めて、旧ソ連寄りアフガニスタン政府を潰すための軍隊としてアメリカがおんぶに抱っこで育て上げたものであるし、イスラム国はアメリカが始めたイラク戦争やシリア内戦(工作)の産物である。こんなことは古いニュースを覚えている世界中の人々にとっては周知の事実だろう。

 さて、こうして、結論。日本のマスコミに、これら難民の淵源をはっきりと打ち出す姿勢が全く観られないのである。それでいて現在の日本マスコミが難民問題をどんどん扱い始めたから、パンチのない報道ばかりに見える。流石従米国家、従米日本マスコミと、開いた口が塞がらぬ。
 オバマが「世界の警察は、もうやめる」と声明したが、是非そう願いたいものである。内向き行政を始めると言われているトランプにも是非そう期待したい。国際舞台からアメリカやこれが主導するG7が引っ込めばこそ、国連が大事になる理屈だ。中東も、中南米も、アフリカ諸国も、大勢はそう望んでいるに違いないのである。イスラム国やソマリアやスーダンの問題は本来、G7などではなく、国連が扱ってこそ公正と言える。長くかかっても国連を民主主義的に運営して難民問題に対処していく、これ以外には正しい対処などあり得ないはずだ。
 米日が難民に悩んでいるEUを高みの見物で観ているようにさえ、僕には思えるのである。まるで、難民に手厚くしようとしているメルケルを揶揄するような目線で。こんなマスコミの目線は普通の人間の目という感じさえしないのである。自分らが生み出した難民に人道的に対処しようとしている政治家を嘲笑うような目。これは悪魔の目とさえ言える。難民問題を扱う視点がこうして、すべて狂っているのである。
コメント (13)
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随筆紹介 「病は作られる」    文科系

2016年12月29日 12時27分45秒 | 文芸作品
 病はつくられる   S・Yさんの作品です


 半年近く苦しんだ頭痛が治った。ある朝目覚めたら、いつもどおりの朝だった。
長いあいだ痛みで早朝に目覚め、その痛みがずうっと一日中継続するという苦難の日々を送っていた身としては、信じがたい普通の朝であった。
 これは夢ではないのか、あるいは気のせい? それとも一時的なものなのか。しばらくは誰にも話せなかった。理由はわからないが、おおやけにするとまた痛みが復活するような気がしたからだ。
 治ったというのに、二ヵ月も待ち望んでいた大学病院の痛みセンターの予約日が数日後に迫っていた。キャンセルしようかと迷ったが、今後のこともあるので一応受診をすることにした。ある日突然に痛みが治ったということは、またある日突然痛みのスイッチが入るかもしれないという不安があったからでもある。
 これが予想外の展開になってしまった。

 今までの治療法や画像データーを提出したにも関わらず、様々なレントゲン撮影やものすごい量の問診表記入に辟易となる。アイパットの問診記入を加えると、書類記入だけで二時間以上かかった。これでは病気は悪化するなと感じつつ耐えた。結果、運動療法で治療をすることになり、まずはメディカルチェックテストを後日受けることになった。 
そしてテスト当日、十数本のコードを身体に取り付け、ガスマスクのようなものを顔面に付け、頭にも被る。医師、看護師、検査技師、トレーナー立ち会いのもと、ランニングマシーンのスピードや傾斜を変えながら歩く。まるでモルモットの実験のようだ。だが、どうってことはない。私は走るのは得意だし、体力には自信があった。ところが終了後、医師に「心臓の冠動脈が詰まっているかもしれない。循環器科を受診するように」と勧められる。まったく晴天の霹靂。その後は、採血、心電図、超音波と検査がつづき、日を改めて造影剤を入れて検査をすることになった。落ち込むよなあ。でも、その後の数々の体力テストでは私は全て平均以上の好成績だったというのに。
 健康診断で今まで心臓は異常なしであった。こんな実験テストを受けたから異常がわかったのだが、なんだか複雑だ。また頭が痛くなりだした。

 思い返すと頭痛に悩まされている間、数え切れないほどの病院、整体、接骨院に通い、膨大な薬を処方された。しかし全く効果なしだった。薬の服用を止めて、あちこち出歩くようになってから治癒したのだから不思議だ。自律神経だともいわれたが、どうも私の病は自分で作っているところもある気がしてきた。
コメント (2)
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