■Point Of Departure / Andrew Hill (Blue Note)
我が国では誰が名付けたのか、「黒い情念」と呼ばれるアンドリュー・ヒル! それゆえに怖いイメージから聞かず嫌いの代表選手かもしれません。しかし現実的に、とっつきにくいピアニストであることは確かですね……。
そのスタイルはセロニアス・モンクの新主流派的展開というのも感違い気味ではありますが、とにかく一風変わったリズミックな曲作りとピアノの使い方が印象的です。そしてアドリブパートはフリーやモードのゴッタ煮ながら、意外にも聴き易い面があって、これが実に正統派モダンジャズの醍醐味に溢れているのです。
ちなみにアンドリュー・ヒルはハイチ生まれのシカゴ育ちで、1950年代からレコーディングも残していますが、ジャズ界で本格的に注目されたのは1963年にブルーノートと契約し、評論家の先生方が絶賛の「Black Fire」を翌年に発売してからでしょう。
そしてこのアルバムはブルーノートでは4枚目となる、これも強烈な傑作で、録音は1964年3月31日、メンバーはアンドリュー・ヒル(p,arr) 以下、ケニー・ドーハム(tp)、エリック・ドルフィー(as,bcl,fl)、ジョー・ヘンダーソン(ts,fl)、リチャード・デイビス(b)、トニー・ウィリアムス(ds) という凄すぎる実力者が揃っています。ちなみに演目は全てがアンドリュー・ヒルのオリジナル――
A-1 Refuge
いきなりトニー・ウィリアムスが十八番の三連ビート、そして幾何学的で混濁したテーマメロディの合奏という衝撃のスタートから、アンドリュー・ヒルの暗中模索のアドリブという、思わず唸るしかない演奏です。
しかしこれがジャズ喫茶の暗い空間、あるいは「鑑賞音楽としてのジャズ」という観念の中では、一際の輝きを放ってしまうんですねぇ~。
それは続くエリック・ドルフィーの激情のアルトサックス、ケニー・ドーハムの反イブシ銀なトランペット、強靭なバネで空間を切り裂くリチャード・デイビスのペースソロ、さらに地獄に仏というジョー・ヘンダーソンのテナーサックス! とにかく泥沼の中から自由を求めて飛翔していくようなアドリブが凄い勢いで展開されていきます。
そして当時まだ18歳だったトニー・ウィリアムスのドラミングは、あのパルスピートのシンバルワークから瞬発力満点のオカズ入れ、そして爆発的なドラムソロと感涙の極みです!
もちろんメンバー全員の演奏は、これだけ過激なスタイルながら、決して4ビートの芯を外さないものですから、絶妙の安心感がニクイところです。
A-2 New Monastery
曲タイトル、そしてそのメロディからして、セロニアス・モンクに捧げた演奏なのが納得されます。微妙に縦ノリの4ビートも「らしい」ですねぇ♪
アドリブパートでは、まずケニー・ドーハムがビバップのアングラ性を蘇らせたような幾何学的なソロを演じれば、エリック・ドルフィは空間時空を自在に行きかう悶絶アルトサックス!
ですからアンドリュー・ヒルもセロニアス・モンクに対する忌憚のない心情吐露に徹しています。さらに煮詰まったようなジョー・ヘンダーソンの悪あがきも、ここでは結果オーライでしょう。
演奏はこの後、リチャード・デイビスの独白とトニー・ウィリアムスの短いドラムソロがあって終焉を迎えますが、個人的には、こういう演奏こそLP片面の長さで聴きたいという我儘を覚えます。
B-1 Spectrum
ワルツピートから変拍子、もちろん正統派4ビートまでがゴッタ煮となった変態リズムの演奏ですが、こういう曲展開はトニー・ウィリアムスという天才が参加してこそ可能となったと思わざるをえません。
実際、ギョッとするようなオカズを入れるアンドリュー・ヒルの暴言に耐えながらバスクラリネットで咆哮するエリック・ドルフィーのヒステリックなところ、あるいはホーン陣が好き勝手に絡み合うところ、またブッ飛びすぎたリチャード・デイビスのペースソロと続くアドリブパートの怖さは異端の様式美です。
それゆえに大団円で再び登場するエリック・ドルフィーのアルトサックスから放出される妙な安らぎ、虚無的なケニー・ドーハムのミュート、アンサンブルで聞かれるドルフィー&ジョーヘン組のフルートが愛おしくなったりします。
まあ、このあたりは文章よりは実際に聴いていただくのが一番なんですが、それにしてもトニー・ウィリアムスのドラミングは「天才」としか言えませんねっ♪
B-2 Flight 19
このアルバムの中では、おそらく、一番聴き易い演奏でしょう。
早い4ビートで演じられるアンドリュー・ヒルのアドリブソロを中心にホーン陣が手の込んだアンサンブルのリフを入れ、トニー・ウィリアムスが白熱のドラミングを聞かせてくれます。
ただしリチャード・デイビスのペースワークが一筋縄ではいかない雰囲気ですから、やっはり疲れてしまうという……。
B-3 Dedication
オーラスは緩いテンポの混濁曲で、一抹の哀愁というか、ちょっと翳ったような和声の使い方は、素人には解釈不能かもしれません。
その中でエリック・ドルフィーのバスクラリネットが諦観滲む好演ですし、アンドリュー・ヒルのピアノは独善的な美意識に拘り、ジャズの深淵な闇を覗いてしまった感じでしょうか……。
このあたりは現代ではネクラとか、オタクとか、もう死語に近い表現かもしれませんが、つまりは時代遅れの独り言みたいな演奏です。しかし、それすらもジャズが一番の勢いに満ちていた時代の証明として不滅のような気がするのでした。
ということで、結局は難解な作品のような書き方になってしまいましたが、実際に聴いてみれば実にストレートなジャズの楽しみが、そこにあるのです。このあたりがアンドリュー・ヒルの魅力というか、プロデューサーのアルフレッド・ライオンが見染めた理由かもしれません。
なにしろ契約直後から短期間に連続してレコーディングセッションを敢行し、前述の「Black Fire」から商業主義とは無縁の先進的なアルバムを発売していったのは、これぞブルーノートの底力だと思います。
アンドリュー・ヒルは、その特異な音楽性・芸風からして結局はブレイクしないで終わった感じの人ですが、隠れファンの多さも異常なほどです。また共演者もセッションに参加すると必ずや刺激を受けたと言われ、ここではケニー・ドーハムというベテランが、決して場違いではない熱演を披露しているのを筆頭に、全員が自己のベストバウトじゃないでしょうか。
なかなか購入する勇気が出ないアルバムではありますが、ジャズ喫茶では常備盤ですから、リクエストには絶好かと思います。